百合蜜ヲ啜ル。

黄金稚魚

文字の大きさ
9 / 18

七話 鐘鳴らす巫女

しおりを挟む
 八月が終わりに差し掛かる頃。
 夏の熱気は衰える気配を見せず、青々とした山の木々を太陽の光が力強く照りつける。

 静かな山の中を鐘の音がこうこうと鳴り響いた。

 鐘が奏でる音域はけして単調なものでは無い。
 初めは荘重な響きの音が短く鳴り、その後を気品ある音が長く遠くに続きそれが唸りながら徐々に弱まってゆく。
 段階的にその性質を変えながら鐘の音は人々の耳と心に響く。

 この町では毎日夕方五時に決まって鐘が鳴る。町の住民にとって聞き馴染んだ音だ。何処の自治体にもある子供の帰宅を促す夕焼けチャイムと同じ。それが町ではこの鐘なのだ。

 だが、この鐘は一部の人間にとって別の意味を持っていた。


「あー、うるさいなぁ」

 この鐘を鳴らしている張本人である蛍原月花はそう吐き捨てて橦木の結び紐を乱暴に離した。
 耳当てを両手で抑え、逃げるとように塔の最上階を後にする。

「いいかげん誰か変わってくれないかなぁ」

 呟いた言葉が鐘の暴音に掻き消されて消える。毎日五時に月花はこの鐘を鳴らす。
 そう、毎日五時だ。それが月花の家の蛍原家の役割であった。学生である月花にとってこの役割は学生生活に大きな枷を嵌めていた。
 それを誤魔化す為に立ち上げたのがサイクリングなのだが、月花と一緒に毎日山を自転車で往復してくれるような物好きは後輩に一人居ただけだった。

 目の前で鳴り響く鐘は近くに立つ月花にとってはただ煩いだけだった。それこそ耳当てがなければ頭が壊れるのでは無いかと思う程に。

 その塔は山の中腹に聳え立っていた。古く小さな塔だ。
 周囲より少しだけ低い地面に建てられたその塔は背の高い木々に囲まれ、外からその姿を確認することを困難にしていた。
 塔は簡素な造りで、鐘が吊るされている最上階を除けば地上へ続く螺旋階段ぐらいだ。塔は鐘を鳴らす事だけを目的に建てられている。
 石造りの階段には薄らとカビや苔に覆われている。鉄格子に覆われた小さな窓が幾つがあるが、風通しは悪く特に夏場は蒸し風呂のような暑い湿気が満ちている。

 灯りなんて物はついておらず、窓から入り込むか細い光のみが塔の中に差し込んでいる。
 肝心の足元は殆ど何も見えない状態であったが、月花はポケットに手を入れたまま事もなしげに歩いてゆく。
 月花にとっては慣れた道だった。
 
 螺旋階段を降りて外へ出ると刺すような日差しに目が眩んだ。陽はもうじき沈むようで目玉焼きのように赤く輝いていた。
 

「お疲れ様です」

 塔の入り口には屈強な大男が直立不動の姿勢で待っていた。ただでさえ暑い山の中で見ているだけで暑苦しい分厚い法曹服に身を包んでいる。

 身体の全てのパーツが大きく大味で、ゴツゴツと岩から削りだされたような印象を受ける。その坊主に丸めた頭といい彼を目の前にした時の威圧感は計り知れない。
 狐のように釣りあがった目も男の人相の悪さを加速させていた。大男の名は城戸極臣。町にある大きな寺の住職だ。

 月花が塔から出て最初の一歩を踏み出すと同時に極臣が深々と頭を下げた。
 一瞥もせずに月花が歩き出すとバッと音を立てて極臣は元の姿勢へ戻る。
 
「明日は晴れる。以上」

 すれ違い様に、月花はそれだけを告げる。男は胸元からとり出した白札に筆でさらさらと書き記していく。
 そうこうしている間にも月花は足を止めず、塔から離れていく。

「お嬢様!」

 極臣が大声を張って月花を呼び止めた。急に立ち止まったせいで標縄を踏んでしまった。

 いや、それはいい。

 境界を区切る標縄は何度も踏まれていて地面に半端埋まっている。ここの標縄は塔と同じでもう随分と長いこと手入れされていない。月花にとってこの標縄は何の意味も持たない。
 
 今、月花は急いでいた。無駄な事で時間を取られたくなかった。何よりここはあまり好きではない。出来るだけ早く離れたかった。
 極臣は畏まった様子で言う。

「お車の用意がございます」
「は?」
「病院へ行くおつもりでしょう。お車を用意していますので送らせて頂きます」
「いらない」
「しかし、今からでは間に合いませんよ」

 月花が目を細める。自分のスケジュールを把握されている事は月花を苛立たせた。

「余計な事はしなくていい」
「御意」

 極臣が再び頭を下げた。音を立て姿勢を正すと塔に向かい両手を広げる。

「よぉおおおおおおお」

 極臣が雄叫びを上げる。両手を合わせ念仏に似た響きの真言を唱え始める。これ以上、その野太い声を聞いていると頭がおかしくなりそうだった。

 月花の鐘打ちも極臣の儀式めいた行動も代々続く町の風習の一つだ。月花は幼い頃から毎日これに参加させられていた。

「もういい加減、やめればいいのに」 

 吐き捨てるように呟き、月花は停めて置いた自転車に跨がる。夕日は刻一刻と沈んでいく、月花は力強くペダルを漕いだ。

 鐘の音は未だ止まず頭上で煩く鳴り響いていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...