主人公はふたりいる。

織緒こん

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衝撃の新事実

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「ねぇねぇ、浦っち」
「何だい、峰さん」

 ゴールデンウィークが明けた学校で、とある爽やかな五月晴れ。わたしは昼休みの中庭で、ひとりの男子生徒とひっそりお弁当を食べていた。

 彼の名前は三浦創太、言わずもがな男子モブその三である。前世は腐女子な姉とその友人(壁サークルとはなんぞや?)に虐げられたD Kと言っていた。

 階段から落ちたわたしの下敷きになった彼は、左足を骨折してギプスをはめている。ベンチには松葉杖が立てかけられていた。

 全身を打ったわたしは脳震盪を起こして失神したけど、命に別状は無かった。翌日は発熱と全身の痛みで起き上がれず、トイレに行くのもやっとの有様だったけど、彼がいなかったら死んでたと思う。制服の下の打身が、まだらに黄色くなっている。

 ふたりして救急車で運ばれて、わたしは頭を打っているので様子を見るために入院した。彼は帰宅が許されたものの、やっぱり発熱したと言っていた。

 病院に駆けつけた双方の両親は連絡先を交換したらしい。うちの親からすれば、彼は娘の命の恩人である。お礼をするにもどこの誰だか知らなきゃいけない。

 事故後入院し、なし崩しにゴールデンウィークに突入した。お陰で授業の遅れはほぼ無い。二回目の高校生なら楽勝だろうって? アラサーOL舐めるな。高校卒業して何年経ったと思ってる!

 それはさておき、両親から命の恩人のことを聞き、三浦くんとやらに是が非でも直接お礼が言いたいと頼み込んだ。母はもっと体を休めてからと言ったけれど、わたしは一刻も早く会いたかった。

 なにせ、『ツマキミ』で『モブその三』である。

 痛む身体に鞭打って、両親と共に三浦家にお邪魔する。丁寧にお礼を述べて、当たり障りのない会話をして、お互い調子も良くないので早々にお暇した。その帰りがけ、『ツマキミ』と呟いてみた。

 三浦くんがハッと顔を上げた。うん、地味な顔だ。

「三峰さん、ケー番交換しよう」

 言葉遣いが変わった。ケー番なんて略語、いいとこボンは使わない。

 こうしてスマホの番号を交換したわたしたちは、その日の夜、早速連絡を取り合ったのだった。その結果、たった三日で『浦っち』『峰さん』と呼び合うマブダチである。

 中庭の奥まったベンチに並んで腰掛けて、お弁当をつつきながら、浦っちに問いかける。

「わたしさぁ、実は『ツマキミ』プレイしてないんだよね。ムック本とファンサイトで情報止まってて、イベントがさっぱりわからないの。だからね、浦っちだけが頼りなワケ」
「あ、悪りぃ。俺も無理。姉さんに付き合ったの『F L』だけなんだ」
「『F L』?」
「『ファーストラブ』だよ。あれ? 『ディープラブ』知らない?」

 知らない。 

 なんですのん、それ。

「⋯⋯残念なお知らせだ」

 浦っちは箸を止めて、深くため息を漏らした。地味な横顔を見ると眉間にシワが寄っている。

「多分ここ、『ツマキミ』のセカンドシーズンって言うか裏バージョンなんだ。十八禁、R指定、ヒロインエロビッチバージョン!」

「なんじゃいそりゃーーッ!」

 知らない、そんなバージョン知らない! 何度でも言う、知らないッ!

「だいたい『爪弾くは君の調べ』ってタイトルだって、舞台が音楽科でもないのに変だろ。あれ、十八禁出すの前提でさ、ぶっちゃけエロいことしてあんあん言わせてやるってタイトルなんだって」

 だからディープなラブなのか!

「ボンバーも成金も、処女喪失がエンディングなんだ。イベントはエロエロ全開で、オモチャは入れまくりで、それもう処女じゃねぇだろってドロドロのぐっちゃぐちゃ。複数の攻略対象と関係もってるのに、何故かみんな自分だけと思い込む不思議! モブレ回避の度に攻略対象とイチャコラして、巻き込まれたモブはそのまま輪姦にあうんだよ。モブのがドロンドロンでぐっちゃんぐっちゃんでアヘ顔廃人ーーだから、アンタには攻略は無理ねって姉さんが言ってた」

 ⋯⋯わたしも無理。
 モブのモブレってなんだよ! 誰得だよ!

「ね、ねぇ、ホントに『ディープ』? なんで断言しちゃうの?」

 浦っちだってプレイしてないって言うなら、『ファースト』の可能性だってあるんじゃない? 階段落ちはエロイベントじゃなかったし、全年齢バージョンのがマシ!

「生徒会長の弟は『DL』にしか出てこないんだ」
「そんな人いるの?」
「『F L』と『D L』はオープニングから違うんだ。『F L』は桜吹雪が舞う校庭のショットがパンされるだけ。『D L』はビッチ成金なら桜の下で会長の弟と出会うんだ。プレイヤーがビッチボンバーを選択していた場合、そのシーンはダイジェストで流れてその後の伏線になるんだと」

 あの人か!

 入学式の日、桜の木から飛び降りた男子生徒がいた。攻略対象だとは思ったけど、遠くて顔まで見えなかったのよね。

「桜の下でメンヘラビッチが呪いの儀式してるの見てドン引きしてたら、上から会長の弟が降ってきたの見た」
「あなたも見たんだ、アレ。ホラーだよね~」

 なるほど、あのホラーシーンは十八禁バージョン限定なのか。と言うことは、これから毎日が貞操の危機ってワケだ。嫌すぎる。

「ルート的にはボンバーが風紀委員長、成金が生徒会長に入ってる気がするんだよな」
「そうなの?」
「事故った時、ボンバー叱りつけてたの風紀委員長なんだ。そっち生徒会長いただろう?」

 そう言えばあの時、知らない声がいたな。

「オリエンテーション中は生徒会と風紀が見廻りしてたはずだ。俺たち、階段の下で風紀委員長に呼び止められて、ボンバーのアフロヘアを注意されてたんだ」

 なんで? ヘアスタイルに校則の規制はないはずだけど。

「周囲に不快感を与えない、っつう項目に引っかかって」
「なるほど。もじゃもじゃで顔が見えないんじゃ、不審者そのものだもんね」
「瓶底眼鏡は視力の問題だけど、せめて髪の毛はなんとかしろって」
「正論だ」
「そしたらボンバーが『お前、俺のこと心配してるのか? でも大丈夫だ! ホントは目は悪くないんだぜ! お前、いい奴だな! 心配してくれてありがとな!』とかのたまいやがって」

 無駄にビックリマークを多用したモノマネを聞きながら、なんとも言えない気持ちになった。

「そしたら風紀委員長が、コイツをなんとかしろ、みたいな視線を俺に向けてだな。アタフタしてたら峰さんの下敷きになったわけだ。隅っこでひっそりしてたかったのに、風紀委員長に俺と言う存在を認識させちまったんだよ。風紀委員長のシンパにボンバーが私刑される未来が見える⋯⋯。そんで巻き込まれて輪姦される俺⋯⋯。嫌すぎる!」

 アフロボンバーがヒロインなら、BLでモブレか⋯⋯。うん、後ろの処女喪失の心配しなきゃいけないのね。今度、マキ◯ンをプレゼントするよ。昔CMで大仁◯厚が『マ◯ロンは痔にも効く』って言ってたよ。気になってラベル見たら、ホントに効能に書いてあったよ。

「おい、ぬるく笑ってんじゃねぇよ。あんただって、会長に成金の件で呼び出し食らったらアウトだ。処女喪失に腹ボテエンドまっしぐらだろ」




「⋯⋯腹ボテ?」




「当たり前だろ、レイプすんのにいちいちゴムなんて着けると思」
「思わないーーッ!」

 浦っちの言葉の最後を掻っ攫って、呻いた。そうよね、浦っちの男の尊厳も大事だけど、こっちは女なんだから、そっちの心配もあるんだ。

「回避回避回避ーーッ。フラグは折る! 一緒にへし折ろう!」
「こうなりゃ一連托生だな」

 浦っちが呟いた時、無情にも予鈴がなった。私たちはお弁当を食べるのを諦めて、教室に戻るのだった。
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