主人公はふたりいる。

織緒こん

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戦い終わって日が暮れて

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 体育祭の終わりは呆気なかった。ボンバーの美少年発覚という衝撃で、あやふやな雰囲気のまま分団対抗リレーが通り過ぎ、気づいたら閉会式が終わっていた。白百合団は準優勝だった。

 高揚感とかない。ざわざわ~っとした空気が漂っている。

 遠くの方でボンバーを囲って人だかりが出来ていたけど、奴に近寄るのは危険だと思う。今後の展開を見通すために、なんらかの情報は欲しい。でも君子は危うきには近寄らないもんです。

「三峰さん」

 呼ばれて振り向いた。⋯⋯聞こえないふりをするべきだった。藤宮会長がいた。危うきから近づいて来たら、君子はどうしたら良いんだろう。

「何か危険なことはあったかい?」

 ⋯⋯心配してくれているんだ。ちょっとうるっとする。だけども、結果的に余計なお世話になりそうだった。うん、櫓の陰から花城さんが見ているのよ。

 いつもの般若じゃない、小面こおもてだ。般若より怖い。視線がブラックホールに吸い込まれているようだ。能面のバリエーションが多くて嫌だ。

「これからありそうです」

 ゲンナリしていたら、うっかり本音がこぼれ出た。ヤバ、花城さんにドン引いて、色々ダダ漏れそうだ。

「あぁ、櫓の陰にいるね」

 藤宮会長の声は平坦だった。

 これはもう間違いない。会長ルートは消えた。花城さんのことを、藤宮会長ははっきりと危険人物認定している。

「一ノ瀬さんと二木さんはどうした? 君はなるべくひとりにならない方がいい。彼女の目的がわからないからね」

 なるほど、わたしがひとりでいたから様子を見に来てくれたのね。ふむ、階段落ち事件が解決していないから、慎重になっているのか。とは言え、解決っても花城さんが足を払ったことを目撃した人はいない。一番近くにいた藤宮会長だって、近すぎて足元で起こった出来事に目が行ってないもの。わたし自身も目視はしていない。

 この状況では、花城さんを処分するのは難しい。やったやらない、言った言わない、水掛け論になるのが目に見えている。

「櫓の撤去は明日だ。迎えが来るまで生徒会室にいるか?」
「心配なさらないでください。すぐに聡子さんたちが戻ってきます。会長はこれから打ち合わせなどあるのでは?」

 ほとんどの生徒が自家用車通学。うちもお手伝いさんが時間になったら迎えに来てくれる。専属運転手? 流石に運転のためだけの人員はいません。

 会長も体育祭の後処理とか忙しいんだから、女子生徒ひとりにかかずらってないで、お仕事したらいいと思う。心配してもらって乙女心はキュンキュンしてるけど、会長のそばにいると巻き込まれて酷い目に合う確率が上がると思うと、素直に喜べない。

 打算にまみれた自分が嫌だ。

 程なくして手洗いに行っていた聡子さんたちが帰って来たので、藤宮会長は去って行った。わたしがひとりじゃなくなったのを確認してって感じで、聡子さんがふふっと意味深に笑った。

「どうしましょう、春香さん。藤宮会長ったら依子さんのこと、とても心配していらっしゃるわ」
「あらあら、聡子さん。なにやら恋の予感がしませんか?」

 うわ春香さん、めっちゃ楽しそう。他人の恋バナは蜜の味デスヨネー。でも、それは無いな。何しろ三峰依子はモブその三なので、メイン攻略者とどうこうなるなんてありえない。全力で死亡フラグを叩き折る所存であります。

「階段から落ちたことを、心配してくださっているだけです。今期の会長はとても仕事熱心でいらっしゃるし、わたしと一緒に怪我をした三浦くんは、居合わせた風紀委員長が付き添っておられるそうよ」

 わたしだけじゃないのよ~とアピールしておく。骨折で体育祭に参加できない浦っちを、高根沢委員長がお姫様抱っこして引っ張り出したことを思い出させる。すまん、浦っち。記憶から消し去りたい出来事だろうけど、道連れじゃ。

 「ちょっと言いにくいのだけど、⋯⋯花城さんを警戒なさっているのよ」

 だから色恋じゃない、と声をひそめる。ふたりは合点がいったようだ。

「そうね、あの時は会長の陰になってよく見えませんでしたが、依子さんの落ち方は不自然でしたもの。⋯⋯わたしたちが証言できればよかったのだけど、嘘は言えませんものね」
「先ほども櫓の陰で見ましたわ。依子さん、本当にお気をつけてくださいませね」

 花城さんの能面を思い出す。

 会長ルートが外れたら、次は誰にいく? 学園モノのセオリー通りなら、三月までストーリーは続いていく。三年生が卒業するタイミングでエンディングを迎えるから、現在は序盤も序盤、イベントとして最初のキッカケのはずだ。

 週末明けには六月になる。しばらく学園行事はない。花城さんはこれから挽回するんだろうか?

 三人で櫓の陰の花城さんをやり過ごす。無事に通り抜けてほっとしていると、男子生徒が五人たむろしていた。体操着の学年カラーが三年生を示している。ちょっと嫌な予感。

「こいつらじゃねぇの?」
「花城アリスの取り巻きってあんたら?」

 なにアホなこと言ってんの?

 男子生徒たちは、一見だらしなく体操着を着崩したりしていない。けど、目つきがダメだ。先生や親の前でいい子ちゃんを装っている、二面性のあるタイプとみた。

 関わらないに限る。

 そうは問屋が卸さないけどね。

 聡子さんたちを促して、無視して通り過ぎようとしたんだけど、男子生徒のひとりが春香さんの手首を掴んだ。

「きゃっ」

 小さく悲鳴を上げた春香さんを、男子は引っ張って自分の方に手繰り寄せた。

「ねぇ、アンタが呼んだら花城アリス、来る?」

「来ません!」

 慌てて割って入る。春香さんを引き剥がして聡子さんに押しやり、ふたりを背に仁王立ちになる。

「なんの御用ですか?」
「いやなに、頼まれごとがあってね。ちょっと付き合ってくれよ」

 はい、来た!

「わたしひとりでいいですか?」
「全員だ。顔を見られてるからな」
「見られて困ることをするつもりなんですね?」

 逃げられる気がしない。わたしの運動神経じゃ男子五人を躱して逃げるなんて無理だし、春香さんだってそうだ。

 聡子さんはひとりで逃げるなら楽勝だけど、わたしたちを放って行く人じゃない。でも、聡子さんに行ってもらわなきゃ。

「聡子さん、この間から親切にしてくださっている方に知らせていただける?」

 敢えて会長の名前は出さない。でも聡子さんには通じたようで、彼女ははっとしてから、隙を見て駆け出したのだった。

 
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