主人公はふたりいる。

織緒こん

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生徒会長 藤宮錦 ②

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 その令嬢は、日頃のマナーをかなぐり捨てて、生徒会室へかけこんできた。一年百合組の二木聡子嬢だった。

「招かれておりませんが、失礼いたします。藤宮会長はいらっしゃいますか?」

 雑務を手伝っていた学年委員が、咎めて追い出そうとするのを制して、藤宮は彼女を生徒会室に招き入れた。

「三峰さんになにかあったのかい?」

 半ば確信めいて問うと、彼女は静かにうなずいた。

「素行のよろしくない男子生徒に待ち伏せされましたわ。彼女たちの足では逃げきれません。中途半端に反撃すると危険ですので、助力を求めに参りました」

 茶道部員と聞いたが、立ち姿が武人のそれだ。置き去りにした友人を案じて落ち着かない様子だったが、藤宮が立ち上がるとほっと息を吐き出した。

「捕物をするなら風紀に寄るぞ」

 風紀委員会の活動室に立ち寄ると、地味な生徒が高根沢に縋り付かんばかりに何かを訴えていた。

「三浦が⋯⋯櫓がッ。きゅっ救急車ッ!」

 確か二宮と言ったか? 三峰依子が階段から落ちた時、頓珍漢野郎を宥めていたような。

「藤宮、何かあったか? 俺の方はご覧の通り急ぎの用ができた。すまんがお前は後だ」
「了解した。こっちもトラブルだが、なんとかするから、後で文句は言うなよ」

 お互い言いたいことを言って風紀委員室を飛び出す。二木嬢は昼間の疲れを感じさせない見事な駆けっぷりで、三峰嬢が声をかけられたと言う場所へ向かった。

 そこにはすでに誰もいなかったが、この近くには連れ込みスポットがある。不良と風紀はよく知る場所だ。もちろん生徒会も報告を受けている。二木嬢を促してその場に向かった。

 校舎の陰にあるのは、この季節は使われていない薪小屋だ。学園のホールにある見栄え重視の暖炉は、冬になると火が入る。晩秋には一冬賄うだけの薪で埋まるが、今は空っぽだ。

 小屋の前に見張りはいない。素人だな。

 躊躇なく扉を開くと、木の香りが鼻腔をくすぐった。立っていた大柄な男子生徒が三人、音に驚いて振り返った。生徒会長の姿を見て怯む。

「おう、なんだ⁈」

 柄の悪い声がして三人がたじろぐと、人の柱が退けた隙間から、床に引き倒された女子生徒が見えた。邪魔な三人を掻き分けて前に出ると、尻餅をついた一ノ瀬嬢に覆いかぶさる三峰嬢の姿が見えた。

 男がふたりがかりで一ノ瀬嬢から三峰嬢を引き剥がそうとしている。乱暴目的は明白だった。

「藤宮会長!」

 顔を上げた三峰嬢の笑顔が輝いた。

「三峰さん、一ノ瀬さん、少し我慢して」

 三峰嬢が安心したように頷いた。

 藤宮はあっという間にふたりの男を叩きのめし、入り口を塞いでいた三人に向き直った。ひとりはすでに床に沈んでいて、二木嬢が残るふたりと対峙していた。片方引き受けて掌底を打ち込むと、二木嬢が流れるような動きで相手の足を払い、ひっくり返った鳩尾に肘を突き入れているのが見えた。

 この女子生徒はなぜ茶道部なんだろう?

 疑問は湧いたが、口にはしなかった。藤宮が気にしなければならないのは、被害者だ。

「ありがとうございます」

 三峰嬢は丁寧に頭を下げた。一ノ瀬嬢は真っ青な顔でガタガタ震えている。

「間に合ってよかった」

 心の底から安堵した。

 藤宮は役職柄、いろいろなトラブルに立ち会っている。その数だけ被害者にも会ってきたが、三峰嬢の無事を確認した瞬間の安堵は、なんとも言えないものだった。

 三峰嬢は一ノ瀬嬢を庇うように覆いかぶさっていた。階段から落ちた時もそうだ。朦朧とするなか、友人ふたりを気遣って、譫言のように「大丈夫」と呟いていた。

 そこへ高根沢が手配したのだろう風紀委員が七名ほどやってきた。

「二木さん、ふたりを保健室へ連れて行ってくれるかい? 迎えの車が来るまで、そこにいるといい。俺はここを片付けるから」

 風紀委員の中から、一番面貌が優しげなひとりを選んで付き添わせることにする。

 彼女たちに話しを聞くのは明後日以降になる。

 崩れ落ちそうな一ノ瀬嬢を左右から三峰嬢と二木嬢が支えていたがうまく歩くことができなくて、結局風紀委員が抱き上げて行った。三峰嬢も青白い顔をしていて、その頬を温めてやりたくなったが見送るしかない。

 藤宮は軽く頭を振って雑念を払う。

 風紀委員と一緒に、加害者を運ばねばならない。幸いここにいる風紀委員は全員ガタイがいい。難なくそれぞれが、失神した男子生徒を肩に担いで運んで行った。

 残った風紀委員とふたり、櫓に向かう。三峰嬢に櫓には気をつけるよう言ったばかりだったのに、何かあったようだ。

 校庭から救急車のサイレンが聞こえる。

 崩れた櫓が見えて、その周りでキャンキャン騒ぐ生徒がいる。茫然とするジャージ姿の男子生徒が数人と、櫓を必死で退ける高根沢と救急隊員。

 藤宮は状況を把握すると、櫓に向かって駆けた。

 櫓の骨組みは複雑に重なり合って、完全に退けることができなさそうだった。下半身を櫓の下敷きにしてぐったりと目を閉じていたのは、三峰嬢の下敷きになった三浦創太だった。

 高根沢が櫓の下に滑り込んで、肩にかつぐようにして隙間を確保したので、藤宮は三浦の脇に手を突っ込んで引き摺り出した。高根沢がかついだ櫓から抜け出ると、ガシャンガシャンとバランスを崩した支柱があちこちで転がった。

 三浦はすぐにストレッチャーに乗せられて、保健医が付き添って救急車は出発した。

 救急車が見えなくなるまで立ち尽くしていた高根沢が、土の上にどっかりと座り込んだ。その前に仁王立ちになったのは、キラキラした金髪の可愛らしい少年だった。

「おい、高根沢! さっきからオレを無視するな! ずっと呼んでるのに、なんでオレの事、慰めに来ないんだ!」
「⋯⋯」
「オレ、コイツらに乱暴されそうになったんだぞ! 怖かったんだからな! もしかしてオレが可愛いから恥ずかしいのか⁈」
「⋯⋯」

 高根沢は返事をしない。地味な生徒がひとり、必死で少年に取りすがって止めている。一条とか言っただろうか。

「高根沢、オレを抱きしめてもいいんだぜ!」

 場違いな金髪の美少年は、間違いなく大空翔だ。藤宮は騎馬戦の折、飛んで行ったカツラを思い出した。

「⋯⋯黙れ、キ◯ガイ」

 唸るような声が、藤宮の口から漏れた。

 生徒会と風紀委員会は、体育祭が終わってもゆっくりする時間はないようだった。
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