神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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懐かしい邂逅。

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 残りの三日、地獄を味わった。

 将軍様のお膝は、ひどく快適であるよ(遠い目)。

 エーレィエンの馬車って、スプリングが効いてないから振動がダイレクトに腰に響く。侯爵家の馬車はもちろん最高級品だからシートに綿が詰められているし、盛り盛りクッションで快適だと思ってたんだけどさ、膝の上、もっと快適だった。⋯⋯羞恥心を何処かに置き忘れさえすればの話だけど。

 正面の外務卿はずっとニヤニヤしてるし、背後を振り返ればジェムはしれっと真面目な表情カオをしているしで、俺は無の境地とか言うものを会得しようと頑張った。結果? 聞くなよ。

 三年ぶりのシュトレーゼンの景色は不思議な感覚をもたらした。

 映画のロケ地に来たような、知ってるけど知らないヤツだ。見たことある! みたいな。

 やっぱりアリスレアとは同じ魂を共有してはいるものの、別の意識なんだなぁ。領境の旅籠から眺める景色は初めて王都に向かうはしゃいだ気持ちを思い出させた。王都で働く婚約者に会える喜びと初めての旅に夢と希望しかなかったのに。

 今の俺は可憐なアリスレアじゃなくて、四十七歳のおっさんだ。しかも一緒にいるのは隣領の継嗣じゃなくて、エーレィエン王国が誇る国軍の将軍様で、侯爵継嗣で、すでに夫。いろんなことが違いすぎて、父上に受け入れられるのか心配になった。

「なにを不安に思う?」

 ジェムの声が耳をくすぐる。お膝抱っこはジェムの唇が耳に近すぎておののく。

「父上は俺を認めないかもしれない」

 可愛い息子の身体を乗っ取った、得体の知れないおっさんだ。最悪、シュトレーゼンとは決別することになる。前世の父親の顔は朧げで、父と言ったらシュトレーゼン伯爵のほうが馴染む。けれどそれは俺の感傷でしかない。

 ジェムは王妃だったころのアリスレアとはほとんど交流がなかった。だからほぼ『はじめまして』の状態で俺と出会っている。トーニャや内務卿はドン底のアリスレアを知っていて、彼が自我を保てなかったのも納得してくれた。

 でも、父上や領民は、アリスレアのふりをしたおっさんを受け入れてくれるだろうか。

 そんなことをぽつりぽつりと話すと、ジェムが俺の手をギュッと握った。

「それでも、きちんと話をしなくちゃならない。そうでなけりゃ、父上は過去にケリがつけられない」

 愛息子を権力に奪われても、なにも手立てがなかった過去。

「もしかしたら父上だけが、クズ王⋯⋯クシュナ王を諌めることのできた唯一の人だったかもしれないんだ。いにしえまったき血のシュトレーゼンは、ユレの末裔なんだろう? 伝承では、女神エレイアは自身の末子すえごの末裔が心安く暮らせるように、この土地の支配者⋯⋯王家に加護を与えた。なら、ユレの末裔たるアリスレアに無体を働いたとき、もっと強く出てもよかったはずなんだ」

 シュトレーゼンありきの王家。

 シュトレーゼン伯爵家自体が、自らの血脈を軽んじてしまった。⋯⋯お伽噺に紛れた真実を、長い歴史の中で忘れかけてしまったってことだ。こんなにも身近に、女神の息吹を感じる土地なのに。

「我らとて、伯爵が王家に抗議することは危険と判断したのだ。王国全体が、シュトレーゼン伯爵家を長く蔑ろにしてきたのだろうな。そうとも気づかずに」

 今更言っても詮ないことだ。それにしても、耳元で喋るのはやめてくれんかな。

「アリスレア夫人、すっかり慣らされておしまいですね。実に堂々と膝に乗っておられる」

「うるさいです。気にしたら羞恥で死にます。見ないでください」

 真面目な雰囲気があっという間に霧散した。外務卿はトーニャがいないので、俺を揶揄うことにしたらしい。ときどきジェムのことも揶揄うけど。

 馬車の速度が少し緩んで、扉がノックされた。並走している馬の上から、護衛が何かを知らせようとしている。窓をスライドさせて開くと、護衛が馬上で身をかがめて大きな声を出した。

「前方に人影です! 目視でふたり! 比較的大きい影と小さな影のふたり連れです!」

 ただ歩いている人ならそのまま追い越せばいい。わざわざ言ってくるってことは、待ち伏せでもされているんだろうか。

「街道の真ん中で仁王立ちしています。⋯⋯尻尾?」

 ん?

 尻尾の生えた人が仁王立ち?

「馬車を止めて! アリスレアの知り合いかも!」
 
 俺の声を受けて、馬車はゆっくりと停車した。この辺りの森はよく遊びに来ていた場所だから、知り合いに会う可能性もなくはない。それに、尻尾って言った。脳裏に浮かぶのは幼馴染みの仏頂面だ。

 自分で扉を開けて飛び出す。ジェムが焦った声で『待て』と小さく叫んだけど、シュトレーゼンはのどかな田舎街だ。領境ならいざ知らず、領主館の目と鼻の先ならアリスレアのシマだ。

「あーーっ、アリス! やっぱりアリスだぁ‼︎」

「ベリー! マッティ!」

 間違いない、幼馴染みのベリンダとマティアスだ。小柄なベリーが凄い勢いでかけてきてそのまま飛びついてきた。

「アリスだ、アリスだ、アリスだぁ‼︎ うわぁーーぁん」

 ぎゅうぎゅうと抱きついて盛大に泣くものだから、護衛もジェムもあっけに取られて動きを止めた。アリスレアより頭ひとつ小さい少女を無理矢理引き剥がすのも憚られるようで、なんとも言えない空気が漂った。

「この子はアリスが言っていた、幼馴染みの魔法使いじゃないか?」

 勢いに押されてよろめく俺を、ジェムがそっと支えながら問う。赤味の強い多毛な巻毛、白い肌にうっすらと散った雀斑は、旅の間に語って聞かせた魔法使いの特徴そのものだ。

「そうだよぅ! アリス、あたしのこと忘れてなかったぁ。嬉しいよぉお」

 俺が答えるより先にベリーが答えて、盛大に鼻水をすすった。可愛い顔が台無しだ。

「ベリー、離れろ。アリスのお連れさんが困っている。アリス、久しいな。噂で聞くより元気そうに見える。悪いが俺は後ろの鉄錆の臭いの方が気になるんだが」

 マッティが淡々と言った。鼻をヒクヒクさせているし、ピンと立った耳も警戒している。隊列の後ろに引きずってる野盗のことだな。宿場で荷馬車を借りて乗せてきてるんだよ。

「彼は獣の神の末裔か?」

「うん、狼の民ヴォルティスのマティアス。怒ると怖いけど、あんまり怒らない」

「⋯⋯? アリス? アリスだけどアリスじゃないな?」

 マッティが俺に近寄ってクンクンと匂いを嗅いだ。ついでにベリーを引き剥がしていく。わちゃわちゃ暴れるベリーを背中からギュッと抱いて、真っ直ぐに俺を見た。

「あんた、アリスの魂の影にいた奴だろ? 一番前にいた、ちょっととぼけた小僧。アリスはどこだ⋯⋯あぁ、奥にいるのか。大勢の意識がアリスを守っている⋯⋯でも消えそう? いや、あんたと融合しかかってるな」

 マッティがぶつぶつと、しかしとても大事なことを言っている。ほとんど独り言だな。とぼけた小僧は余計だが。

「マティアス殿、私はヴィッツ侯爵家のジェレマイアと申す。後で時間をいただいて詳しく話を聞きたいのだが」

 ジェムがひどく真っ当なことを言った。確かにこんな大事な話、道端でするもんじゃない。

「では、俺も領主様のところに一緒に行こうか? アリスのややこしい状態、領主様に説明するんだろ?」

「あなたの感知能力は狼の民ヴォルティス特有のものだろうか? 共に来ていただければ、アリスも心強いだろう。感謝する」

 おい、俺抜きで決めるな。ありがたいけど。

 ふと視線を下げるとベリーが不満げな表情カオでマッティを見上げていた。あれ、俺とおんなじ表情カオしてね? 旦那が勝手に決めてムカツク~みたいな。

 いやいやいや、ジェムはまだ本当の旦那じゃないし。

 ⋯⋯まだ?
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