神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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神の僕。

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 神殿というのは、神の住まいとして建立された建物だ。いつ何時なんどきご降臨なされてもつつがなくお過ごしいただけるように、お世話がかりの巫子ふこたちが日々清掃し、供物を供え、祈りを捧げている。それは仕える主人あるじがいないまま、何百年と続いている。

 一方で教会は、神の素晴らしさを崇め讃え、いずれ神の御下に召される最期ときまで、人々に正しく生きることを教え諭す役割を担っている。

 そんなわけで、神殿は国にひとつかふたつ、教会は街々にひとつは必ず、という割合で存在している。

 ちなみにシュトレーゼンにも教会はある。今更ながら思うのは、赴任してきた神官は外務卿が体験したようなアレコレのドッキリを本部に報告したりしなかったんだろうか、ってこと。

 シュトレーゼンの領民は、イェンがふらりと遊びにくることを内緒にしたりはしないし、妖精エルフの緑の君や赤の君、黒の君だって気儘に顔を出していた。ベリーの家族は人前でも平気で魔法を使うし、マッティの狼の民一族だってケモ耳尻尾を隠したりなんかしない。

 神殿と教会の関係者に初めて会ったとき、そんな疑問が浮かんだ。⋯⋯程なく解決したけど。

 神官が赴任してくるたびイェンが、『面倒くさいから黙っておいて』って一言言うだけで、女神エレイアとその家族を崇める彼らは固く口を閉ざしたんだな。

「だって、本当に面倒くさいじゃない」

 拝謁する最高司祭に、神々しくもズボラな発言をするイェン。

 妊夫とはいえ侯爵継嗣夫人に過ぎない俺が椅子に座り、神たるイェンが立ったまま、教会の最高司祭と神殿の巫子長ふこおさが床に平伏ひれふしていた。

 そんな彼らが初めて訪問してきたときのことを思い出しながら、改めて目の前の客人を見る。

 茶話室サロンでシュリの給仕を受けながら、穏やかに微笑むおばさんに見えるおじさん。巫子長のマーレは神子返りなので性別が曖昧だ。呼び捨てなのは涙ながらに呼び捨てにして欲しいと懇願されたからで、神の母たる俺は仕えるべき相手らしい。

 その隣で同じく穏やかに微笑むのは、大司祭のムッシーニ。こちらは内務卿と同じくらいのお爺さんだ。彼も呼び捨てを要求してきた。笑顔で圧をかけてくるタイプだ。

 ふたりとも来る度、巫子や信徒からの贈り物を携えてくる。⋯⋯畑で採れたトマトやら、安産祈願の手作りのお守りやら。このふたりの思惑はさておき、巫子や信徒からは善意と思慕と敬愛しか伝わらない。⋯⋯突き返せねぇ。

「アリスレア夫人、ご夫君も一緒に神殿にいらせられませ」

 マーレは俺だけを無理矢理に神殿に連れて行こうとはしない。

「教会の神兵が神殿をお守り致すゆえ、ヴィッツ将軍もご心配なさらず。おお、そうだ。神兵でご不安なら騎士団の精鋭を派遣していただいても良いですぞ」

 ムッシーニもジェムを蔑ろにしない。

 だけどな、お腹の中にいるのはユレじゃないんだよ。出産後、臍の緒を媒体に生まれなおす予定のユレとは別人なんだ。俺的には、そこは絶対に認めてもらいたい。

 白湯を飲みながらお茶請け(お湯請け?)のトマトを頬張る。今日のは酸味が爽やかだ。食べ過ぎて利きトマトが出来そうだ。

「神殿にいる巫子の中には、行き場を無くした神子返りもいるのでしょう? そこに夫のような大きな体躯の男性が住まうのは良くないと思うのです。わたくしは夫なしではいられませぬゆえ、共にいられない場所には参りません」

 絶対に口を挟まない約束で同席しているジェムをチラリと見る。

 神子返りは大切に保護されるけど、中には保護対象ゆえに辛い目に遭う人もいる。シュトレーゼンではイェンがうろうろしているからそんなことする人なんていないけど、他領ではままあることだ。貴人に売るために誘拐されたり、保護を名目に意に沿わない相手に嫁がされたりする。

 そこから逃げ出してきた神子返りは、大体が神殿に居付く。母たる女神エレイアのお膝下なら、神子返りの身は安全だから。そういった神子返りは権力を持った大柄な男性を苦手とすることが多い。

 とは言え、それを理由に断り続けるのも限界。神の母たる俺が選んだ夫が悪人のはずがないって言われてしまった。

 ジェムはいい人だよ! そんなんわかってるけど、俺の夫だっていうだけで全幅の信頼を傾けるなんて、神殿の危機管理意識はどうなってるの⁈ 巫子たちはちゃんと教育されてる⁈

 いろいろ不安になって聞いてみたけど、教育はちゃんとされていた。神様フィーバーで舞い上がってるだけみたい。⋯⋯それもナンダカナァなんだけど。

「わたくしは神殿に住まいを移すことは致しません。けれど来たるべき災厄への備えに、教会の皆さまとともに尽力したいと思っております」

 俺がどこに住むかより、大事なことはたくさんある。魔獣よけの守護壁を増設したり、保存食を蓄えたり、避難区域に井戸を増やしたりだよ。炊き出しのための燃料は当然必要だけど、冬越えするなら暖房用の燃料も必要だ。

 そういった話し合いを宰相と内務卿、軍務卿と一緒に、この人たちには話し合ってもらわなくちゃならない。幸いムッシーニと法務卿はクズ王の糾弾をきっかけに親しくなったらしいし、手を取り合うことはできるだろう。

 一番の懸念は、金勘定だ。

 財務卿のブレント卿が多胎妊娠で動けない。日常の仕事自体は財務府が回しているけど、大きな施策の予算は長である財務卿の採決が必要だもんな。幸い悪阻はないらしくて、軍務卿が毎日書類を持って財務卿の邸宅に帰宅している。

 ふたりはめでたく婚姻を結び、それぞれの領地を治める爵位を保持したままだ。将来的にはふたつの領地を行ったり来たりで治めて、さらにその先は三つ子ちゃんのうち、長男が軍務卿の伯爵家を継ぎ次男が財務卿の子爵家を継ぐんだろう。

 それはともかく、現在は軍務卿が財務卿の邸宅に移り住んで、帰宅時に翌日の仕事を持ち帰り、出勤時に前日のそれを持って行く。そんなルーティンが出来上がったけど、赤ちゃんが育ってきたらそれも出来なくなるだろう。

「神殿は神子返りの出産も手助けしてくださるのでしょう? マーレにお願いがあります。財務卿を務めておられるブレント卿は、わたくしのお友達なのです。気にかけて差し上げてください」

 初産が命懸けの三つ子。少しでも安全を確保したい。

「ええ、ええ、アリスレア夫人のお願いでございます。もちろん力になりますとも!」

「ブレント卿のお子はイェン神の祝福の子。我らも全力でお守りいたします」

 マーレが感動に打ち震えるように言って、ムッシーニがうむうむとうなずいた。

 どうしよう、いい人たちすぎてちょろいんだけど。俺にお願いされて舞い上がって、俺の居住地問題どこかにやっちゃった。

「ではさっそく、ブレント卿にご挨拶させていただくために、ケーニヒ卿にお伺いを立てましょうかね」

 ちゃんと旦那さんを立てる気遣いは、俺とジェムだけにではない。人を見て態度を変えてない、本当に善意の人たちだ。

 教会は、ある程度腹黒くないとやっていけない気がするんだけど、ムッシーニ、派閥争いとか大丈夫⁈

 この人たちと会うの、クズ王とは違う意味で気が重い。断るのが申し訳ない気持ちになってくるんだよ⋯⋯。ついうっかり『じゃあ行きます』とか言わないように、ジェムの袖口をテーブルの下で、ぎゅっと掴んだのだった。
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