花咲く君は戀に惑う《一旦完結》

織緒こん

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 それからしばらく、冒険者パーティ《命のかがやき》はパーティとしては開店休業であった。パーンとその伴侶であるサニーが蜜月に入ったためである。それを聞いたマムは複雑だった。恋心は飾り付けた花と一緒に酒場に置いてきたが、睦まじい様子を聞くのは別の居た堪れなさがある。友人の夫夫生活は聞きたくない。

「おはよう、マム君」
「おはようございます、ウィステリアさん」

 《命のかがやき》ほ開店休業だが、魔法剣士のウィステリアはもうひとりのメンバーとふたりで依頼を受けてきたようだ。街から出る道すがら、花屋の前を通った彼は、早朝の清しい空気の中で開店準備をするマムを見つけて声をかけた。マムとウィステリアはパーンの結婚祝いの後、こうして度々挨拶を交わしている。何度か食事にも行った。マムは新しい友人との誼を楽しんでいた。

「クラウンさんも、おはようございます」
「ん……」

 ウィステリアの連れはパーティの精霊使いで、クラウンという。《命のかがやき》は四人組のパーティだ。全員が腕ききの冒険者であるだけでなく、美形ばかりだと評判である。クラウンも彼自身が使役する精霊と見紛う美しい男で、マムは初めて間近で顔貌を見た時はのけぞってしまった。何だかんだ《命のかがやき》全員と知り合ってしまったマムである。花屋の客に仲介を頼まれることも増えて困惑している。

「今日はゴブリン退治だよ」
「珍しいですね、初級冒険者の割り当てじゃないんですか?」

 ゴブリンはふたつ足で歩く怪物で、大きさは人間の子どもほどである。ずんぐりしていて呼気は臭く家畜を襲って食い散らかす。人間を体毛が少なく食べやすい餌と認識していると言われていて、定期的に討伐の依頼が出るのだ。一頭ずつはあまり強くないし知能も高くないので、若手冒険者のための依頼と言っていい。それなのに大陸西部最高のパーティである《命のかがやき》が受けるのは、何か理由があるのだろうか。マムは不安を感じて問いかけた。

「今回は数が多いらしくて、新人にはちょっと荷が重い。中堅が出払っているから、俺とクラウンの暇つぶしにちょうど良いかと思って」

 大きな群れの報告もあり、急がねばゴブリンキングが発生するかもしれない。ゴブリンキングは一般的な個体よりも身体が大きく、ずる賢い。そして恐ろしいことに人間の胎内に子種を蒔いて繁殖するのだ。そうなる前に群れを潰してしまいたい。冒険者ギルドは遠征している中堅冒険者の帰還を待てないと判断したのだろう。

「この子が歌えばすぐさ」

 ウィステリアは腰に下げた細身の剣を撫でた。抜き身になると歌うという魔剣は、優美な鞘に収まっている。

「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」

 マムはそう言って魔法剣士を見送った。踊るようにふわふわ歩く彼の隣には、姿勢よくまっすぐに歩く美貌の精霊使いがいる。クラウンがほとんど喋らないのは、未だ覚醒していないからである。彼は寝起きがすこぶる悪く、朝はいつでも仏頂面だ。《命のかがやき》の中で最も美しいのは間違いなくクラウンだが、その人間とは思えない美貌で不機嫌な眼差しを向けられたら失神するかもしれない。マムは密かにそう思っている。もっとも喋らないのは寝起きだけで、夕方の店仕舞いの頃に会うと普通に会話が成り立つ。

「今夜、空いてる?」
「開けておきましょうか?」

 軽い冗談を言える程度には仲良くなった相手は、マムの返事を聞いてまなじりを下げた。いつでも歌うように響く声音で「よろしく」と告げて去っていく。並んで遠ざかる姿は後ろから見ても格好いい。黒い癖毛を頭頂部で束ねたウィステリアと黄金の髪を颯爽と風に靡かせるクラウンは、並ぶと壮観である。

 道を掃くふりをして聞き耳を立てていた小間物屋の女将が、手を止めてほぅと息を吐き出す。

「眼福だねぇ。パーンとサニーも結婚したし、ウィステリアとクラウンが結婚するのもすぐじゃないかい?」

 マムと女将はマムが生まれた頃からの付き合いだ。小間物屋で売っている舞台役者の銅版画は、彼女の趣味だ。色男の銅版画を見る目は確かで、女将が仕入れた品はいつも入荷するなり売り切れている。そんな彼女がため息をつくほどの美形――それが冒険者パーティー《命のかがやき》である。

「お似合いだねぇ。あのふたりが結婚するときは、またマムが花を用意するんじゃないのかい? 何か聞いてる?」
「そんな話は聞いてないよ?」

 マムの返事に女将は納得していないようだ。

「今夜、食事に行く約束したんだろう? それとなく聞いてみとくれよ」
 噂話の中に商機がある。商人の常識だがのんびりと花を愛でるのが性に合っているマムは、女将の勢いに気圧された。だがウィステリアの個人的な情報はたとえ本人が話してくれたとしても、マムが吹聴するものでない。

「小母さん、知りたいことは直接聞きなよ。知ってても俺は言わないからね」
「あらやだ、ケチな子だね。減るもんじゃなし」
「減るものかどうかはウィステリアさんが決めることで、俺やおばさんがどうこう言うものじゃないの」

 マムがきっぱり言ったとき、ふわりと風が吹いた。店頭に並べた花たちはそよぎもしていないのに、マムの前髪だけが揺れる。

「あら、精霊のいたずらかしらね」

 女将も気づいたようだ。突然不可解なことが起こると、大抵は精霊のいたずらで納得する。街の住人はおおらかだ。女将がそれをきっかけに興味を他の噂話に移したので、マムはほっとした。新しい友人と過ごすのは楽しいが、注目されるのは好きじゃない。花屋は人生を彩る脇役なのだ。

 それからしばらくして、《命のかがやき》は活動を再開した。パーンとサニーは結婚したがパーティ内がごたつくこともない。むしろウィステリアとクラウンは、サニーが落ち着きのないパーンの手綱を握ってくれて安心しているようにも見える。

 全員が揃ったことで彼らは中規模の依頼や、宿泊を伴う遠征にも出掛けるようになった。変わらぬ活躍に、街の若い娘たちは夢中である。

 そんなある日の夕方、三日ほど街を離れていた《命のかがやき》が依頼を終えて帰ってきた。マムが営む花屋は街を守る砦門から冒険者ギルドまでの道沿いにある。というよりほとんどの商店が大通りに面していて、その突き当たりに冒険者ギルドがあるのだ。店番をしているマムは、ギルドへ報告に向かう冒険者たちを毎日見ている。

 《命のかがやき》は派手な上、彼らの歩みに合わせて歓声が近づいてくるので帰還はすぐにわかった。

「おかえりなさい」

 仕事の手を止めて四人に挨拶すると、先頭を歩いていたウィステリアがふらりと寄ってきた。

「マム君、手ェ出して!」
「え?」
「お土産!」

 咄嗟に突き出した手のひらに、コロンと小さな石が落とされる。乳白色のまろい石で角度によって虹の彩りが浮かぶ。

「可愛いでしょ?」
「か、可愛い……?」

 つるりとしたまろい石は確かに可愛いが、それをお土産にもらう意味がわからない。こういうものは、可愛らしい女性に相応しい。マムはそう思って首を傾げた。

「これは俺にじゃなくて……」

 どこかで購入した高価なものなら突き返し易かったが、ただの綺麗な石だ。ふたりで飲んでいるときに渡されたのなら、普通に受け取っていただろう。しかし野次馬が多すぎた。小間物屋の女将だけでなく、道ゆく人々もなんとなく歩みを緩めて様子を伺っている。

「はははっ。白くてつるんとしてるとこ、マム君にそっくりだと思って!」

 ウィステリアは軽やかに笑った。往来で揶揄われてマムは真っ赤になった。耳が熱い。つるんとしているというのは、成人男性の例えに合っているのだろうか?

「土産って言ってんだから、もらっとけば?」

 後ろで見ていたパーンが気が抜けた調子で言った。パーンとマムが友人同士なのは周知の事実である。彼が言うのなら、もらっておいても変ではないのかもしれない。

「ギルドに報告が終わったら、みんなでめしに行くんだけど、一緒に来ない?」
「っていうか、来いよ。ちょっと話があるんだ」

 ウィステリアの誘いにびっくりしていると、パーンが畳み掛けてきた。ウィステリアとは最近よく食事をするし、結婚する前のパーンともそれなりに。しかし《命のかがやき》が一堂に会するところに同席するなど、初めてのことだ。話があると言われては断りづらい。マムは項垂れるように頷いた。彼らが嫌いとか苦手とかいうのではない。となりの小間物屋の女将が、瞳を爛々と輝かせているのをひしひしと感じているからである。

「では店仕舞いをして合流します。どこの店ですか?」

 人を待たせるのはマムの性分に合わない。もう少しで閉店時間だし、少しくらい早く閉めても変わらない。場所だけ確認しておこうとたずねると、ウィステリアが満面の笑みで答えた。

「迎えにくるよ。待っててね」

 眠たげな目元は時々とても色っぽく見える。マムは困って目を伏せた。

「俺たちギルドに行ってくるから、ゆっくり片付けしてね」

 ウィステリアの手が伸びて、マムの焦茶色の髪をくしゃりと掻き回した。客に不快感を与えないよう、綺麗に整えられたそれが、あっという間に崩れて前髪が額に落ちてくる。

「……わぁお、ちょっとヤバいね」

 自分が崩した髪を手櫛で整えて、ウィステリアは声を上擦らせた。何がヤバいのかよくわからず、マムは自分より頭ひとつ分大きな男を見上げた。

「パーン。この子、お前の友達だろう? こんな危なっかしいの、放牧してちゃダメなんじゃ?」
「いい歳した男にはないんじゃ……?」

 ブツブツ言うウィステリアの態度にマムはますます困惑した。彼の疑問はもっともだったが、痺れを切らしたクラウンがウィステリアの頭をペシンと一発叩いて会話を中断させた。

「話は飯の時にしろ。さっさと行くぞ。マムもそれでいいな?」
「あ、はい」

 美貌の精霊使いの圧は凄まじかった。長い金髪の隙間から覗く銀色ががった紫の瞳に睨まれて、マムはこくこくと首を上下に動かしたのだった。
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