聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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香辛料と胃痛と健康的な食事のすゝめ。

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 蛙をゲテモノと言うなかれ。河豚ふぐ海鼠なまこを食べておいて、蛙が気持ち悪いなんて言わせない。そりゃ夜の農道で自転車で轢いちゃったら驚くが、皮を剥いた肉はプリプリしていて綺麗なんだぞ。

 そう、蛙は決して、皮ごと食べるものじゃない。鶏だって羽をむしるだろ?

 今日の食事当番のヤンとジャンを両脇に従えて、蛙を一匹掴む。悲しそうな目は見ない。

「いただきます!」

 生命をありがとう。美味しくしてあげるからね。締めて首の周りに一周切れ目を入れると、そこからつるーんとボディスーツを脱ぐように皮が剥ける。そうしたら見た目は鶏の胸肉そっくりの蛙肉が現れる。こいつは俺が知ってる食用ウシガエルの三倍くらいの大きさだから、なおさら鶏肉にしか見えない。

「おおっ」

 ヤンが感動したように声を漏らした。

「残りの蛙、全部これとおんなじようにして」
「はいよ!」

 調子良く請け負ってくれたジャンに任せて、氷に突っ込まれている魚を引っ張り出す。⋯⋯重い、デカい。赤ちゃんを抱くようにヨタヨタ抱えていたら、ギィがひょいと脇から掻っ攫っていった。

「そこのまな板の上でいいか?」
「その前に洗い場に持っていきたい」

 鱗を外して内臓を抜くのは水場が良い。怪魚とでも言いたくなるデカい魚は鱗も大きい。わっしわっしとこすると、あちこちに鱗が飛んだ。サイズに四苦八苦していると、通りすがりの傭兵さんに呼びにいってもらっていたサイが来てくれた。水場を覗き込んだ彼は、なにをしているのか理解したんだろう。料理をする人だからな。

「貯蔵庫の香草の種類が知りたくて。匂いとかでなんとなくわかるけど、俺が知ってるのと微妙に違うし」
「どんなふうに使いたいんですか?」
「こいつの腹に詰めます」
「なるほど。持ってきますね」

 サイが香草を取りに行ってくれている間に怪魚に塩を擦り込む。空になった腹の中にもね。

 それから蛙と格闘しているヤンとジャンの様子を見に行くと、ピンク色のきれいな肉が山積みになっていた。やれば出来るじゃないか。肉を大きなボゥルに突っ込んで塩ともろみで揉んで生姜と大蒜を刻んで入れる。⋯⋯おろし金、あとでおねだりしよう。必要経費だ。

 こっちはしばらく漬けといて、怪魚に戻る。いい具合に水分が滲んでるから、それを布巾で拭き取ると臭みが取れる。新しい塩をすり込んで腹の中に香草を詰め込むと、天板に乗せてオーブンに突っ込んだ。長いこと使ってなかったみたいだけど、さっきまで謎スープを煮込んでいた竈門の炭をぶち込んであっためといたんだ。土木屋の息子舐めんな。自宅の庭に父さんが趣味で作ったピザ窯があるんだぜ。

 貯蔵庫にあった角猪とやらの肉から脂身だけを切り出す。猪だったら豚の仲間だ。白い脂の塊はラードだな。大きな鍋に少し落として弱火で溶かすと、いい感じに鍋底に広がった。イケると踏んで残りのラードも投入する。ヤンとジャンがぽけっと見てるのが可笑しい。

「その部分、焼くと脂が抜けてグニョグニョしたところしか残らないし、スープに入れると浮いた脂が輪を作るから、みんな捨ててるっす」
「その脂、冷めたら白い塊に戻るんで、美味しくないっすよ」

 謎スープを作ってる君たちがそれを言うのかね?

「そのまま食べないから。これ、揚げ油にするんだよ」

 トンカツ屋さんがラードで揚げたりしてるよね。植物油は少ししかなかったから、これで代わりにする。蛙は鶏肉に似てるから絶対唐揚げは美味い。

 片栗粉がないから小麦粉をつけてラードに投入すると、ジュワッといい音がした。もろみの焦げる香ばしい匂いがする。あー、醤油欲しい。もろみがあるならどっかに醤油と味噌がありそうだな。

「ルンちゃん、これ、すげぇいい匂いっすよ」
「ちゃん付けやめてよ」
「ビンちゃんのあにさんだろ? ルンちゃんでいいじゃん」
「この国の成人、何歳だ?」
「十八っすよ」
「じゃあ、俺、大人だよ」
「は?」

 とかなんとか言ってる間に、一回目の唐揚げがいい感じだ。

「謎スープよりは美味しいはずだよ」
「作ってる本人の前で酷いな」
「あれが美味しそうに思えたら、それは物凄い勇者だと思う」
「違いないや」

 おい、自分でもそう思ってるじゃないか。

「味見してみる?」
「そいつらより先にいいのか?」

 なんとはなしにサイと並んで俺が料理する姿を見ていたギィに唐揚げを差し出すと、食事当番のヤンとジャンを見た。

「みんなの分もあるよ。サイもどうぞ」

 香草のよりわけとかしてもらったし、多分一番信用できる舌を持ってるのはサイだよね。療養食、美味しかったし。

 ここでは蛙は普通の食材らしいので、蛙と言うこと自体に騒ぐ人はいない。日本の都会っ子なら大騒ぎだろうけど。四人は気負いなく唐揚げを口に入れた。スペアリブみたいに骨があるけど、するりと身が剥がれた。

「美味いな。香ばしいし、肉汁を感じる。蛙の肉は淡白なのに、この旨味はなんだ?」
「角猪の脂のおかげだと思うよ。あれ、そのまま食べるとくどいし重いけど、調理用の油として使ったら、風味だけ移せるし。もちろん使いすぎは身体に悪いけどね」

「なんでなんすかねぇ。俺たちが料理すると、こいつら見るも無惨なスープにしかならないんすよ」

 しみじみ言うなや、ジャン。料理しながら聞いてたら魚も蛙も沸騰した鍋に丸ごと放り込んでたらしいじゃないか。なんでそれを完食できたんだろう。傭兵団の連中、ここにいるメンバーしか会ったことないけど、一体どんな舌をしてるんだろう。

「調理の最後に刻み胡椒と唐辛子と大蒜をぶち込んだら、意外と食えるようになるんすよ」
「食わなきゃ身体がもたないんで、食べられるようにする工夫は大事っす」

 それは舌が麻痺して味がわからないだけなんじゃないか? 工夫の方向が間違っている‼︎

「ねぇ、ギィ。俺のこと傭兵団で賄い夫とかで雇う気ない?」

 俺でも働けそうなところを斡旋してもらえないかと思ってたけど、なんかこの惨状を見たら、ここで働かせてもらうのもいいかもしれない。助けてもらった上に居座るなんてちょっと図々しい気もするけど、ぶっちゃけこの世界になんの伝手もないから、ここを追い出されたら死活問題だ。

「食事当番から解放されるっすか⁈」
「補助は欲しいから、当番は続けてもらえると嬉しいよ。流石にひとりで三十人分を毎日三食は無理だよ。俺の腕じゃ、魚一匹持ち上げるのに苦労するもん」
「そうっすよねー」

 ヤンとジャンは、なんと言うか軽い。ノリが学生なんだな。高校を卒業したばかりなのに懐かしい気持ちになる。

 当面は給料よりも衣食住を確保したいんだけど。ダメかなぁってギィを見上げようとしたら、そのとなりのサイが静かに泣いていて驚いた。

「サイ?」

 声をかけるとズンっと近づいてきて強烈にハグされた。ぎゃあ、口からなんか出る! ギィやヤンジャンコンビより小柄だけど、俺よりデカい男にギュッとされて軽く天国を見る。

「せっかくお前が助けたのに、あの世に送り返す気か?」

 ギィが苦笑いしてサイを引き剥がしてくれた。助かった。

「ギィ、ぜひルンちゃんを雇いましょう! 今すぐに‼︎ 僕が何度言っても改善しなかった賄いが、なんとかなりそうな瞬間なんです‼︎」
「それは激しく同意するよ」
「そうでしょう⁈ 体調不良を訴える団員の九割が胃痛って、絶対賄いのせいですよ‼︎」

 ⋯⋯。

 なんでこの賄いを放置してたんだ?

 しらっとした視線でギィを見ると、彼は苦笑した。

「いつもはちゃんとした賄いなんだ。傭兵団うちの治癒士兼台所番が出産のために今回は不参加で⋯⋯」
「治癒士⋯⋯?」
「僕の師匠です」

 そう言えば見習いって言ってたっけ。

「素直に嫁さんだって言えよ」
「確かに僕のつつつ、妻ですがッ」

 サイが耳まで赤くなった。なるほど職場結婚で、師匠ってことは多分姉さん女房で、おめでたのために本拠地で待機ってとこか。そうだよな、今回は土砂の撤去作業だからいいけど、護衛や戦闘の依頼のときに見習いの治癒士しかいないのは生死に関わるし、メシマズは士気に関わる。

「えーあー、ゴホンゴホン。とにかく、僕はルンちゃんが台所番してくれたら安心できます」

 強引に話を元に戻して、サイが改めてギィに進言してくれた。

「あと一ヶ月ほどで作業の目処は立つだろう。そのときは一緒に俺たちの本拠地に向かってもらうことになるが、問題ないか?」
「ここにビンちゃんとふたりで残っても、おっさんたちに見つかるか、その前に野垂れ死ぬだけだよ。食い扶持増やして申し訳ないけど、その分美味しいご飯を作るからよろしくお願いします」
「いや、それはこっちの台詞だろう。俺がお前の飯を強請ったのを忘れたか?」

 ミヤビンに俺の料理は美味しいって言われたんだっけ? 

「本当に美味いよ。本拠地に戻っても、食べさせてもらえたら嬉しい」
「え? 居候させてくれんの⁈ ありがとう‼︎」

 マジですか⁈

 思わずギィにハグをした。えぇい、デカいな。ハグって言うか大木にしがみつく蝉だ。俺の腕、なんとか胴回りを一周したけど、両手の指はつくかつかないかギリギリだ。

「めっちゃ嬉しい。すごく安心した!」

 甘え過ぎはダメだけど、生活の目処がつくまではお願いしよう。

「ほほぅ、副団長。そう言うことっすか」
「ははぁ、副団長。通じてないっすよ」

 ヤンジャンコンビがなにか言ってるが、よくわからない。

「あぁ、うん。まずは今日の昼飯を頼もうか」

 ギィは歯切れ悪く言った。

 変なの。
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