聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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新たな魔法使いと冬の思い出。

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 その人は言ってしまえばイケメンだった。青年と呼ぶには年嵩で、かと言って中年とかおじさんとか言うのは躊躇われる。でもどっかで見たことある。

「お前……夫に、なにを……す、る」
「わたくしはお前を夫とは思っておらぬ」

 箒が息も絶え絶えに言った。奥さん⁈ このイケメンが⁈ ってことは、ヌゥトのお母さんか! 似てるな、見たことあるはずだよ。それにしても箒の遺伝子はどこにいったんだ? 息子にカケラも受け継がれていないぞ⁈

「夫が聞いて呆れるわ。お前、息子よりも若い……それもいとけなわらわのような少年を手篭めにしようなど、性根が腐り切っておるのぅ」
「伯爵夫人よ! そなたの夫が浮気をしたからと、儂までこのような目に遭わせるとは何事だ!」
「はっ、片腹痛い。この状況では侯爵の首を捻じ切るのが先じゃ。わらわをなぶり殺そうなど、犬畜生にも劣る行いではないか」

 ヌゥトママ、正論! 彼は凍った眼差しで一瞥すると、ビア樽侯爵の言葉を一刀両断した。

 でも本当に殺しちゃまずいんじゃないかな。さっきまで俺自身が殺されそうだったので、おっさんたちを庇うつもりじゃない。ヌゥトママは多分敵だが、俺を助けてくれたっぽい。あんまり悪役っぽいことをして欲しくないという、極めて私的な感情だ。そしてヌゥトがお母さんのためにアレコレしているんだったら、この人を説得できたらなんとかならないか?

「あ、あの……」
「なに?」

 うわっ。こちらに向けられたヌゥトママの視線が、真っ直ぐに突き刺さる。なのにそれは俺を素通りして、どこか遠くを見ているようだ。茫洋とした物憂げな眼差し。胸に下げられた魔法使いの聖蹟輝石は鈍く燻んで、眼差しと同じ昏さを孕んでいる。

「えっと、殺すのはナシの方向で……。目の前で血みどろの殺人事件が起こるのは恐怖しかないです」

 昏い瞳にビビりながら希望を述べると、ヌゥトママが薄く笑った。おっさんふたりがドサリと音を立てて落下する。魔法的な何かで吊り上げていたのを解除したのだろう。床に転がったおっさんたちがゲボゲボ咳き込むのを無視して、彼はこっちにやってきた。ふわりと優雅な仕草で、へたり込んだ俺の前に跪く。白い指先でついと顎を掬われて、至近距離で目を合わせた。

「可愛い子。わたくしが義理の息子と呼ぶに相応しい子だね」

 義理の息子……。つまりヌゥトの嫁になれってことか。

「無理です。ヌゥトは俺の趣味じゃないし、ほかに好きなひとがいます。ヌゥトの好みも多分、俺じゃないですよ」

 アイツきっと面食いだ。俺みたいなのっぺり東洋人よりも、美人系のシュウさんを口説きにかかってるよな? 

「貴族の婚姻に愛は要らぬ」
「そんなことないでしょう? 特に男性同士では」

 お貴族様の後継者問題は、同性婚をするなら愛情は必須だ。どちらかが変態しなきゃならないからな。想いの強さが変態を促すなら、愛し合ってなきゃ無理だろ?

「ふん、わたくしがそこの戯けを愛しておると?」

 ヌゥトママが吐き捨てるように言った。心底嫌そうだ。……ごめん、例外はある。ヌゥトママは生まれたときから女の子みたいに育てられたんだっけ。王位継承の駒にならないために、性別が揺らぎがちな幼児のころから──。

「わたくしの母は亡くした夫の喪に服し、領地に隠れるようにしてひっそりと暮らしておった。それを出世に目のくらんだ婚家こんか狒々ひひどもの手で王家に差し出され、ときの王弟殿下の胤でわたくしを孕んだ」

 大まかにはギィたちに聞いていた。それは王族側から見た事実でしかない。ヌゥトママのお母さん側からは、違った事実が見えるだろう。

 ヌゥトママのお母さんは亡くなったご主人を深く愛していて、ときの王弟殿下の閨指南役に就くことを拒んだのだそうだ。それを婚家の舅と小舅が幼い娘の命を盾に、無理やり受け入れさせたのだという。ヌゥトママのお母さんにしてみたら、愛しい夫の忘れ形見と自分の貞操を天秤にかけさせられたんだ。当時はそれまでの慣例から、閨指南役の未亡人はそのまま愛妾として王族に侍るんだって。まぁ、成人したばかりの王子様にとって、初めての女性ってのは特別だろうね。本人が新しい恋を求めているのなら、願ってもない良縁だろうよ。……身を裂かれる思いで閨指南を終えたヌゥトママのお母さんにとっては地獄だけどね。

「望みもしない王弟殿下の寵愛を受けることになった母上は、愛妾の座を狙っていた若後家に雇われた不成者ならずものに誘拐され、輪姦された……わたくしを身籠もっているのが発覚したのは、その後よ。穢されて孕んだ胎の子は誰の胤だかわからぬと、婚家から放逐されたのだそうだ」

 そりゃ、恨むよ。

「あまり公にはなっておらぬが、そのとき幼い娘も共に放り出されてな。寒い冬の夜だ。わたくしの異母姉にあたるその娘は、三日と保たずに凍えて儚くなったそうだ。……わたくしが女児として育てられたのは、その身代わりの意味もあるのだろうな」

 聞いてたよりずっと悲惨な状況に、俺はなにも言えなかった。ヌゥトママのお母さんは、亡くなった娘を抱いて寒空の下を彷徨っているところを、通りすがりの聖職者に拾われた。そしてそのひとの伝手で、孤児院の子どもの面倒を見る見返りに食事と住居を手に入れたんだそうだ。

「月満ちて母上は、わたくしを産み落とした。すぐに実家と婚家の使いが来て、親子を保護したいと言ったそうだよ。追い出した後も、ずっと見張っていたのだろうね。異母姉あねが亡くなったときは放置していたというのに、生まれたわたくしが王弟殿下にそっくりだからと、手のひらを返したのだ」

 そうしてヌゥトママのお母さんは、魔術師の塔に逃げ込んだ。

 俺と王族ギィのつながりを知らないヌゥトママの丁寧な説明は、おおむね王家側の言い分と同じだ。お母さんの置かれた状況が記録に残るものよりも酷いけど。

「ふふふ。わたくしの顔は肖像画の間にあるレブラン大公にそっくりぞ」

 レブラン大公……王族史で習ったな。二代前の王弟で、成人してすぐ結婚もせずに亡くなった王子様だった気がする。死の直前に王子の位の他に公爵の位を賜ったとかなんとか。

「てことは、ヌゥトもレブラン大公に似ているんですね」
「そうだよ。故に、聖女を娶るのに不足はない」
「あのですね、ヌゥトのお母さん」
「レンと呼ぶことを許そう」
「レン……様?」
「うむ」

 王族の血を引く前提だから呼び捨てにするのはまずいかと、とりあえず敬称をつけて呼ぶ。どうせ本当の名前じゃない。レン様は鷹揚に頷いて、長いこと俺の顎を掬い上げていた手を離した。様付けは正解だったらしい。

「俺、真名を交わした相手がいるんですけど」
「なんと。それはそれは」

 話が通じるか? レン様は俺の発言を聞いて動きを止めた。ヌゥトによく似ているがそれよりも柔らかい頬の輪郭が、彼をやさしげに見せる。……あくまでだがな。わずかな思案の後、彼はアンニュイに微笑んだ。アンニュイな美中年ってなかなかお目にかかれないぞ。

「異世界には、真名を交わす慣いがあるのかえ?」
「そもそも名前を隠す風習がない」

 ヌゥトとそのママに自分が異世界から来たことを隠す意味を見つけられなかったので、素直に答えた。マジでバレバレだから、無駄な労力は使わない。

「ならば良いではないか。わたくしの息子は美麗であろう? 一生眺めておくのに不足はないぞえ」
「俺の国のありがたい格言に『美人は三日で飽きる』ってのがありまして。見た目じゃなくて、中身で勝負しろって言い聞かせられているんですよ。顔が美しくても話が噛み合わない相手と一生を共にするのは、結構な苦行だと思いませんか?」
「どうせ気に食わぬのなら、せめて顔でも良くあらねばやっておれぬだろう。わたくしはそこの顔も性格も最悪な男を夫と呼んでおるぞ」

 なるほど……アレに比べたらヌゥトは優良物件かもしれない。比べる相手がアレだけどアレだけどアレだけど。脳内でリピートをしてしまう程度には、レン様の夫がアレだという事実に同情する。

「あのぅ……離婚しないんですか?」
「それが出来ればとうにしておるわ」
「さーせん」

 身も蓋もなく言い切られた。それにしてもビア樽の靴跡の付いたシャツの胸元を、血で汚したままする話かね? なんとも緊張感のないことだ。なんて思っていた俺は馬鹿だ。

「異世界のわらわよ」

 レン様の白い指が俺の額をトンと突いた。一瞬触れただけの柔い衝撃。
 目の前が暗くなる。
 ……魔法だ。
 ここで俺の意識は闇に沈んだ。
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