聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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思惑のある誘惑と無意識のそれ。*

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 グルグルと視界が回る。目を閉じてソファにぐったりと凭れるが、浮遊感と体内に燻る熱は酷くなるばかりだ。ヌゥトの前で、こんな無防備な姿を見せるわけにはいかない。

「母上が君をとても気に入ってね、僕の花嫁は君がいいと言うんだ。馬鹿みたいでしょう? いい年をして、母親の言いなりになるなんて。ふふふ、僕もおかしくなっているんだよ。物心ついたときには、王家に向けた母上の呪詛を聞き続けていたからね」

 ヌゥトがクスクス笑っている。俺は目を開いていられなくて、ヤツがどんな表情かおをしているのかわからない。でもヌゥトの笑い声は楽しそうには聞こえなかった。

「無理やり君を花嫁にしたって、僕が玉座に座れるなんて思っていないよ。謀反人のはずのカリャンテ大公と陛下が手を取り合って王都を奪還しに来るんだ。僕たちに大義がないのは誰の目にも明らかだ。……でもね、僕が君を手に入れることで少しだけ母上の溜飲を下げることができる。母上は王家が大嫌いだからね、王子の愛しいまなの君を奪うなんて、たいした嫌がらせだろう?」

 コイツは何がしたいんだろう。俺はとっくに動けなくなっていて、何かを仕掛けるなら邪魔をする者はいない。ヌゥトにヤラれるなんて死んでも御免被るが、滔々と喋るばかりでちっとも行動に移さないなんて気味が悪い。あぁ、それにしても目が回る。なんだ、この酩酊感は。お酒は飲んだことないが、酔っ払うとこんなふうになるんだろうか? そんなわけないか。お酒を飲んで腹の内側に鈍い熱の塊が沸き起こるなんてことが頻繁にあったら、宴会場は大惨事だ。

「思ったより効きが悪いね。熱を吐き出したくて堪らなくなってこない?」

 そこまでじゃない。答えてやる義理はないし、口を開いたら熱い呼気が漏れそうなので歯を食いしばる。眉間に力が入るのは、閉じた目蓋の裏側がグルグル回り続けているからだ。つうか、熱を吐き出したくなるようなものを飲ませたのか? それってエロゲーに出てくる魅了のポーションみたいなヤツか? エロゲーもやったことないけど。桜木家はそこんとこ当たり前に厳しくて、高校卒業まではエッチなコンテンツは許されなかった。

「あぁ、そろそろいいかな? 君の迎えが来たようだ」

 迎えって何? ヌゥトの言葉を咀嚼するが、意味を理解するのに時間がかかる。迎えって、助けが来たってことか?

 ぼんやりする頭で考えていると、グイッと上半身を引き上げられた。力の入らない身体はぐでんとして相手に凭れかかる。

「ちょっとだけ我慢してくれるかい?」

 ヌゥトの声だ。チッ、やっぱりヤル気かよ。我慢なんてするか。できる限り抵抗してやる。熱い呼気が漏れる。閉じようとする目蓋を無理やりこじ開けようとして、中途半端なウィンクみたいに片目だけがピクピクと薄く開いた。薄目の向こうにうっすら笑うヌゥトの顔がある。ヤツの手が部屋着の裾を捲り上げる。逃亡防止のためだろうが、靴は与えられていない。

「……やッ」

 止めろと言いたかったが、舌が回らない。弱々しい声が中途半端な制止を求めるだけだ。胃が迫り上がるような嫌悪と太腿を辿る冷たい手のひらの感触。生理的な震えが走って、力が入らない手でヌゥトを押しやろうとしたとき。

 ドーン! と言う破壊音の後にガラガラと何かが崩れる音がして、不意打ちに心臓が飛び跳ねた。驚いたのはヌゥトもいっしょで、俺の素肌をまさぐる手が止まっている。

「ルン‼︎」

 ギィの声だ……

「貴様、ルンから離れろ‼︎」
「嫌だと言ったら?」
「貴様を殺して奪い返すまでだ」
「聖女様、君のまなの君はおっかないねぇ。まぁ、いいか。返してあげるよ。ここまでしておけば、母上も一応は納得してくれるだろうから」

 ヌゥトが弾む声で言った。なぜかとても嬉しげに聞こえて、わけがわからない。朦朧とする頭では深く考えることも億劫で、俺の口は馬鹿みたいに『ぎぃ、ぎぃ』と声も出ないまま、大切な人の名前だけを紡ごうとする。

「イキってないで、こっちに来たらどうだい? 僕が先に離れてもいいんだけど、聖女様、もう自分で身体を支えていられないみたいだよ」

 うるさい。薬を盛ったのは誰だ? お前だろう! もちろん俺の口からは罵倒なんか出ない。それにしても、絶妙な薬だな。どうせなら意識が落ちてしまえば楽になれるのかもしれない。

 阿呆なことを考えていると、横から力強い手に引き上げられた。浮遊感と汗の匂いがする。

「ぎぃ……」

 我ながら本当にか細い声だった。力の限り喉を引き絞って、やっと出た声だ。

「ルン、ルン!」
「……」

 必死に呼びかけて来るギィに返事がしたいのに、さっきのが俺の精一杯だったようだ。はくはくと息が漏れるだけで言葉にはならなかった。

「気持ちよくしてあげれば、薬は抜けるよ。効きが弱いみたいだから、二、三回出せばいいんじゃないかな。ふふふ、おすに作用するヤツだけど効きが弱いってことは、変態が進んでるかもね」

 ヌゥトの楽しげな声がだんだん遠くなる。耳元でギィの舌打ちが聞こえた。

「畜生、あの野郎。なんのつもりだ。ここまでしておいて、あっさりルンを返しやがった。気味が悪いが……ルンが無事なら瑣末事だな」
「おい、殿下。ヌゥトの野郎は後回しだ」

 人が増えた。誰だっけ……聞いたことのある声だ。えっと、アロンさんかな。王子様のギィに向かって、相変わらずべらんめぇ口調だ。

「いくら効きが悪いったってルン君をそのままにはしておけねぇだろ。となりの寝室で手っ取り早く抜いてやれよ」
「こんな敵の本拠地で?」
「だからだよ。殿下の大事なルン君のいやらしい表情かお、有象無象に見せながら歩く気かよ」
 
 ふたりの会話が不穏だ。

「ルン君、聞こえてるだろう? そういう薬だからな」

 額にかかる前髪がかき上げられた。ギィの両手は俺を支えているから、アロンさんの手だろう。「触るな」とギィの不快そうな声が聞こえてきて、それを笑うようにアロンさんが鼻を鳴らした。

「あのな、殿下。ルン君はまっさらなんだろう? 受け入れる側の経験者からの助言くらいさせろよ」
「……それは」
「ちょっとだけ、黙ってりゃいいんだよ。で、ルン君。使われた薬は塔で調合された特別な媚薬だ。解毒薬はない。生命に関わるもんじゃねぇし、出しゃ効果も消える。だが、今のルン君は自分じゃどうもできねぇだろ? 今なら、殿下か俺か選べる。俺を選択肢に入れているのには理由があるぞ。薬でおかしくなっているのを伴侶には見られたくないっていう、受け入れ側の心理は俺たちにしかわからねぇからな」

 見た目と口調では想像できないけど、アロンさんは奥様側としてすでに変態を終えている。その立場で今の俺を見て、気にかけてくれたんだ。確かにヌゥトに使われた薬のせいで変になったのを、ギィになんとかしてもらうのは恥ずかしいし申し訳ない。代わりに魔術師のアロンさんが、医療行為として助けてくれるってことだ。

 でもその羞恥を超えて、触られるならギィがいい。力を振り絞って俺を支える逞しい身体に指を這わせた。腕ひとつ持ち上げるだけで、筋肉が悲鳴を上げる。腹の奥が熱い。息苦しい。いろんな不調が襲いかかって、なんでもいいから助けてほしい。

「よかったな、殿下。ルン君は殿下がいいってよ。とりあえず二、三度出せば落ち着くはずだから安心しろよ。扉の前は俺が見張っててやるし、塔はほぼ制圧した。聖蹟輝石せいせききせきを取り戻した俺は、絶好調だぜ。ブチもちゃんと保護したから、何も気にせず殿下に身を委ねとけ」

 じゃあなと言って、アロンさんの気配が遠くなった。

「ルン、すまない。怖かったら後で殴ってもいいから、今は俺に委ねてくれ」

 ギィの声音は硬い。バカだな、殴らないよ。ビア樽に変なことをされる前に、あなたに奪われておきたかったと思うくらい好き。
 浮遊感の後柔らかなマットレスの上に身体を落とされて、ベッドに移動したんだと思った。ズボンの前立が寛げられて、大きな手が下着の中に入ってくる。屹立は軽く擦られただけで呆気なく熱を吐き出したが、一回では効果はない。俺が吐き出したもので滑りがよくなり、ズボンの中でグチュグチュと音がした。それから三度解放させられたのに、お腹の奥の燻った何かは消えずに残っている。

 恥ずかしい。濡れたズボンが気持ち悪い。素肌に触れたい。キスしたい。

「駄目だ。お前を脱がせないし、俺も脱がない。ここでは抱かない。薬を抜くだけだ。だが……大公邸に戻ったら覚悟しろよ」
「あれ? ……口に出てる?」
「可愛いことを言う口を塞いでやりたいが、歯止めが効かなくなる。口付けも我慢してくれ」

 何度かイッて薬が薄くなった? それでもギィの手は止まらない。優しい手つきでじっくりと追い詰められて、今度は違う息苦しさが生まれる。

「待って……ああぁ……んぁ、も、もう、抜け……だぃじょーぶ」
「まだだ。一度、空にする」

 嘘だろ⁈ こんなに感じ続けたら、頭が煮えちゃうよ! 薬で燻っていた熱がギィの手管に生み出されるものに取って代わられて、俺はいっぱい喘いで腰をくねらせた。

「もう……ヤダぁ……ッ」

 甘ったれた俺の声が、どこか遠くで聞こえた……
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