カリスマ主婦の息子、異世界で王様を餌付けする。

織緒こん

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知らない話を語る人の、愛のお話。

堀の水を抜く大作戦。5/8

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 リュシフォード王の即位後初の年越しの夜会、そして二度目となる新年の夜会は、それは盛況だった。

 伝統は重んじつつ、貴族家の当主も議会議員も世代交代をして若返ったために、時代錯誤な悪習を絶つことが出来た。休憩室という曖昧な名称の部屋を廃止して、新たに救護室を設けたのだ。羽目を外した愚かな輩は、無人の休憩室に連れ込んだつもりが医者と看護師によって警備の騎士に突き出された。

 昨年の新年を祝う会も、当時はまだ王の婚約者であったエルフィン后子ごうしのお陰で若い女性が過ごしやすい夜会であったが、この年の夜会は更に安心して過ごせる会になったようだ。

 恋の鞘当ては大いに結構。新年の夜会が集団見合いの要素を含んでいるのは変わらない。

 もちろんその手配の一端は、宰相府も担っている。

 そんな理由わけでランバートは、夜会の準備に忙殺されて、領地に帰省するどころではなかった。来年以降の準備はこの取り組みが定着すれば、前例がある分楽になるだろう。

 宰相はガウィーニ伯爵として婚約者と共に夜会に出席している。代わりに宰相補佐官のランバートは不測の事態に陥った時のために、用意されている控室で待機していた。新年の夜会は一晩中続く。長丁場になるために、会場からご馳走のおこぼれも運び込まれて結構快適だ。

 酒はないが美味しいものが沢山あって、ランバートは機嫌が良かった。

「ランバートさん、これ、美味しいですよ」

「あ、ホントだ。これ好きだな」

 もぐもぐと咀嚼して、ランバートは顔を綻ばせた。

「これはいかがですか?」

「ん、ちょっとずつ、いろんな種類が食べたいな」

 膝が触れ合うほどの距離で並んでいるランバートとジョセフは、仲良く料理を摘んでいる。ジョセフがピンチョスをランバートの口元に運ぶと、彼は抵抗もなく口を開いた。

「⋯⋯俺たちは一体、なにを見せられているんだろう」

「いいんじゃないか? 下手に騒ぐなよ、エリー。補佐官殿が我に帰ったらジョセフに睨まれるぞ。奴を応援しておけば、後々、協力してくれるかもしれないしな」

 宰相府の控室には数人の文官と控室を警備する騎士がいたが、ジョセフはランバートの頭上から、彼らを一瞥した。幼年学校時代からの友人たちの目にはジョセフの瞳が殺気を飛ばしているように思えた。『邪魔をしたらコロス』とはっきり顔に書いてある。

 一年前まで騎士団でジョセフと切磋琢磨していた騎士のヴィンセントは、宰相府の事務官エリックを引き寄せた。

「馬に蹴られる前に退散しようか」

「駄目だよ、ヴィン。ちゃんと待機しとかなきゃ」

「⋯⋯お前、変なところで真面目だよな」

「ふたりとも一緒に食べませんか? ジョセフと幼年学校の同級生だったと聞きました。彼の子どものころのこと、教えてください」

 ヴィンセントとエリックがコソコソと話をしているのを見て、ランバートがふたりを手招きした。ジョセフの瞳が一瞬剣呑さを増したが、ランバートの関心が自分にあるのだとわかって、鷹揚に頷いた。もちろんランバートより背の高い彼は、そんな姿を悟られるようなヘマはしない。

「なぁ、ヴィン。ジョセフってこんな奴だったっけ?」

「運命見つけちゃったら、こんなもんだろ」

 ヴィンセントは苦笑してエリックの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。整えられたチェリーブロンドが乱れて、エリックは嫌そう唇を尖らせた。手櫛で髪の毛を整える。

 ふたりは結局、ランバートたちと一緒に食事を摘むことはなかった。ランバートに来客が告げられて、控室を出て行ってしまったのである。エリックは妙な緊張感から解放されて、ほっと息をついた。

 元騎士のジョセフはランバートの護衛も兼ねている。彼が控室を出るのに当然のように付き従った。

 年越しと新年の夜会には、普段領地に篭っている地方貴族も多く参加する。あちらこちらで旧友と親交を深めたり、久しぶりの家族との再会を喜ぶ姿が見られる。

 そんな人々ために設けられた一角で、ランバートは面会を求めて来た人物を見つけた。

「バート!」

 背が高く日に焼けて逞しい男が、ランバートの顔を見るなり駆け寄って担ぎ上げた。おさな子と遊ぶように高く掲げてクルクルと回る。小柄な身体が振り回されて、ランバートは目を回した。

「あ、兄上⋯⋯ッ、止めてッ。ジョセフ、助けて!」

 体格はまるで違うが柔らかな麦藁色の髪の毛と少し垂れた目元がそっくりだった。明らかに身内に見えたのでジョセフは遠慮していたのだが、ランバートから助けを求められたら話は別だ。

「わはは、バート。綺麗になったなぁ」

 ジョセフは満面の笑みで弟を振り回す兄から、ランバートをもぎ取った。それはもう、真綿で包むが如く腕に抱える。目を回してぐったりしたランバートは、口元を押さえてジョセフの胸に顔を埋めた。

「スノー宰相補佐官殿の兄上殿とお見受けいたします。自分は宰相補佐官殿の補佐でジョセフ・ノーマンと申します。久々の再会とは存じますが少々目立っております。場所を変えませんか?」

 ジョセフはにこやかに微笑んでランバートの兄を促した。彼はハッとして辺りを見回し、自身がおおいに注目を集めていることに気づくと頭をかいた。微笑ましいものを見る目がほとんどだが、中には好奇や嫌悪の視線もある。新年の夜会は無礼講とは言え、大騒ぎをするのはマナー違反だ。

「いや、申し訳ない。最近ちっとも帰ってこない弟が、すっかり垢抜けて美人になっていたものだから、年甲斐もなくはしゃいでしまったよ。バートの兄のランドルフだ。普段は領地に引っ込んでいるよ」

 ランドルフと名乗ったランバートの兄は人好きのする笑顔で言った。

「ドリュー兄上、私はもう子どもじゃないんですから、はさすがにありませんよ」

「うわぁ、バートがとか言ってるぞ」

「兄上がふざけるなら仕事に戻ります」

「すまんすまん。ノーマン殿のおっしゃる通り、場所を変えよう。バートも機嫌を直してくれ」

 ひとまず話の区切りがついたところで、ジョセフはゆっくりとランバートを床に下ろした。肩と腰をしっかり支えて、ふらつきがないのを確認してからそっと離れる。ランバートは自然に『ありがとう』と微笑んだ。ランドルフはそれを黙って見ている。

 ジョセフの先導で、スノー兄弟は兄が弟をエスコートする形で場所を移った。ランバートは子どものような扱いにそれを渋ったが、その場から離れることを優先したようだ。

 談話室のチェアに落ち着くと、女中がすぐにお茶の支度をしたワゴンを運び込んで来て、会談の場が整った。談話室にソファーが用意されていないのは、かつて理不尽な目に遭うことが多かった侍従官の意見を取り入れたものである。

『夜会の日は、ソファーなんて寝台の代わりみたいなものです』と酷薄な眼差しで后子ごうし付き筆頭侍従官が吐き捨てて、宰相府の文官も新人のころは被害にあった者も少なくなかったので、すぐにソファーは撤去された。ランバートも幾度も尻を触られた経験がある。

 本当に過ごしやすくなったものだと感慨に耽っていたので、兄の口から爆弾が落とされるのに心構えをしそびれた。

「宰相閣下から、お前に恋人が出来たと聞いたぞ! 同じ宰相府の文官だと言うじゃないか。嫁に貰っても行ってもいいが、まずは紹介してくれないか」

「こ、こ、こ、恋人⁈」

后子ごうし殿下もニコニコして頷いてらっしゃったから、この兄、相手はいい人物だと確信したぞ! 反対なんかしないさ。春になったら休みを貰って、ふたりで領地に遊びに来なさい。家族みんなで歓迎するぞ!」

 満面の笑顔で告げる兄の前で、ランバートの白い肌は服から出ている場所全てを真っ赤に染めた。

「ドリュー兄上、まだ、そんな、こ、恋人だなんて!」

「スノー子爵継嗣様、俺⋯⋯私がランバートさんに結婚を前提に交際を申し込みました」

「ジョセフ、私まだ、返事をしていないよ⁉︎」

「ええ。ですからスノー子爵継嗣様には、交際を申し込んだ事実だけをお伝えしました」

 焦って挙動がおかしいランバートと違って、ジョセフは堂々としたものだ。ランドルフはそんなふたりを面白そうに眺めている。

「いや、バート。お前、家族以外はそんな近くに寄せ付けないじゃないか。少なくともノーマン殿は、家族にだいぶ近いところにいるんじゃないのか?」

「兄上⁈」

 言われて気づけば、焦りのあまり掴んで振り回していたのは、チェアの傍で控えていたジョセフの腕だった。

「うわぁ、ごめんよ!」

 ランバートは慌てて手を離すと、顔を覆って俯いてしまう。サラサラと落ちかかった麦藁色の髪の毛から覗く耳が赤く熟れていた。ジョセフはそれを穏やかな眼差しで見つめていて、ランドルフはそんなふたりを満足そうに眺めている。

「よし、家長代理権限で、私がバートの婚約者を定めよう。ジョセフ・ノーマン殿、うちの可愛い三男を貰ってくれないか?」

「あ、あ、あ、兄上⁈」

「喜んでお受けいたします。かならずランバートさんを幸せにいたします」

「ジョセフもなに言ってるの⁈」

 チェアから立ち上がって、ランバートは兄に掴み掛かった。日に焼けて大柄な兄は弟を軽くいなして、頭をぽんぽんと叩いた。

「だってお前、強引に行かなきゃ恥ずかしがって、ちっとも進みやしないだろう? 嫌な時は嫌って言う子だから、言わないってことはいいってことだろう?」

「兄上ええぇぇぇ」

 ランバートはこれ以上ないほど赤くなって、ふっつりと意識を失った。

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