カリスマ主婦の息子、異世界で王様を餌付けする。

織緒こん

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知らない話を語る人の、愛のお話。

ゆっくりゆっくり。6/8

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 ランバートとジョセフの仲が両家の公認となり正式に婚約の運びとなったことは、あっという間に広まった。⋯⋯宰相府内だけではない。城中にである。

「お前、めちゃくちゃモテてたんだな」

「⋯⋯知らない」

 夜会を終えて数日、ぐったりと机に臥して書記官のギルバートの言葉を流す。ランバートは人の視線に晒されすぎて、すっかり消耗していた。

「ジョセフも大変だねぇ。嫌がらせが酷いって聞いたよ」

「え? なんのこと?」

 ギルバートはなんでも面白がる性質たちだが声音に心配する響きが感じられて、ランバートは起き上がって傍で控えるジョセフを見上げた。

「嫌がらせというほどでもありません。せいぜい厭味か負け犬の遠吠えです」

「なにかされているの?」

「あなたのことを指を咥えて見ているだけだった輩に、羨ましがられているだけですよ」

 ゆったり微笑むジョセフは余裕だ。

「お前さん、ぽやっとしてるようでガード固かったからな」

「なんのこと?」

「⋯⋯前言撤回。気づいてないだけだったか。いや、入府したてのころ、しょっちゅうジジイに尻を触られて泣いてたから、無意識に男を回避してたか?」

「それは聞き捨てなりませんね」

 ランバートの頭上で、空気が重くなってきた。 

「気心の知れた宰相府の文官以外で、最初からこんなに側にいられたのって、ジョセフがはじめてじゃないか?」

「そうだっけ? ⋯⋯⋯⋯そうかも?」

 ランバートは首を傾げた。重い空気はあっという間に霧散して、ジョセフは椅子の傍で跪いた。

「いつでもお側におりますが、不在の折に不埒な輩になにかされそうになったら、必ず俺を呼んでください。俺はあなたの補佐ですが、護衛士でもありますから⋯⋯それに、晴れて婚約者と呼べる仲になりました。あなたを守るのは、俺の特権です」

「な、な、な、なにを言ってるの⁈ 今は勤務中でしょ!」

「休憩時間だけどなぁ」

 甘ったるい空気を祓うようにパタパタと手を振って、ギルバートはうんざりしたように呟いた。ふたりのやりとりは面白いが、そろそろ糖分過多でお腹がいっぱいだ。

「ランバートは慣れてないだろう? お勧めの香油とか分けてやるよ。舐めても平気だし、体臭と混ざるとエロい香りになるヤツ。使ってみてよかったら、店を紹介するよ」

 イチャイチャしているのがちょっとウザくなったので、少しいたずら心を出した。ギルバートは恥ずかしがり屋のランバートが嫌がって話を切り上げると思ったのだが。

「なにを言ってるのさ! そういうことは、結婚してからでしょ‼︎」

 ピシッ。

 と、空気がひび割れた音がした。もちろん比喩だが、ジョセフはもちろん揶揄からかったギルバート、聞き耳を立てていた宰相府の文官たちは、一瞬だけ頭の中が真っ白になった。

 今時、結婚まで純潔を守る男がいるのか⁈

「⋯⋯つかぬことを聞くが、お前さんは婚前交渉反対派か?」

 結婚前に付き纏い野郎ストーカーによって誘拐の被害に遭った現在の妻を、事件解決後にさんざっぱら愛し尽くしたギルバートは、なんとなくのけぞりながら尋ねた。

「愛し合っていて、双方合意の上ならいいと思うよ。暴力の手段としてとか、一方的に迫ってとかは犯罪だと思うけど」

 ランバートのきょとんとした表情カオを見て、ギルバートは首を捻った。ランバートはおっとりしているが、意に染まぬことは跳ね除ける男だ。そうでなければ、宰相補佐官など勤めてはいない。と言うことは、ジョセフとの婚約は嫌ではないのだ。と言うことは、ランバートが言うところの『愛し合っている』状態だと思うのだが。

「その定義で言ったら、お前さんも結婚まで待たなくてもいいんじゃないか?」

 ギルバートにしては珍しくなにも含みを持たない、ただの疑問だった。けれどランバートはそうは思わなかったらしい。真っ赤な顔で、冗談じゃない! と叫んだ。聞き耳を立てている人々は、全力で拒否されたジョセフを憐れに思ったが、本人はうっすらと優しく微笑んでいる。コイツおかしいんじゃないかと誰もが思ったとき、ランバートが顔を覆って叫んだ。

「好きな人の前で裸になるなんて、恥ずかしすぎて死んじゃうだろ‼︎」

 傍に跪いたままのジョセフを蹴り倒す勢いで、ランバートは宰相府の執務室から飛び出した。

 恥ずかしいのはアンタの発言だ。

 ジョセフ以外は全員そう思った。

「ふふふ、可愛いなぁ。俺のこと、好きなんですか」

 ランバートにはついぞ見せたことのない獰猛な肉食獣の笑みで、ジョセフが言った。彼は宰相府の文官たちには馴染みのない、闘気とでも表現するべき気配を漂わせながら立ち上がった。

「ランバートさんを保護してきます」

 捕獲の間違いじゃないのか?

 誰かが思ったが、賢明にも口にすることはなかった。彼らは宰相府には不釣り合いな、大きな大きな男の背中を見送った。二年前は城下の警邏隊に在籍していたジョセフなら、すぐにランバートに追いつくだろう。

 程なくして、ジョセフはランバートを見つけた。書庫の隅っこで書棚の隙間に隠れるように座り込んでいる。真っ赤な頬を両手で覆っていた。

「ランバートさん」

「ひゃいッ」

 宰相閣下の片腕として辣腕を振るう男の声がひっくり返った。

 ジョセフは膝が触れ合うほどの位置に跪いて、ランバートと視線を合わせた。

「ゆっくりでいいんです。俺とあなたの触れ合いが、誰かに迷惑をかけますか? 誰になにを言われても、ランバートさんの速度で触れ合っていきましょう」

「ジョセフはそれでいいの?」

「ふふふ、俺と結婚の約束をしてくださっただけで、エスタークの誰よりも幸せな男だと思っていますよ。不意打ちであなたに告白して、まさか受け入れていただけると思っていなかったので」

 ランバートの長兄ランドルフの登場によって、思いがけず話が纏まったが、そうでなかったらもっと時間をかける心算こころづもりであったジョセフは、本心から言った。彼は気長に待てる男だった。

「ジョセフは怖くないから」

 遠くを見るように、ランバートが呟いた。

「身体が大きくて怖いと言われることがありますよ」

「⋯⋯君は私の嫌がることをしないから、側にいるととても安心する。私が宰相府に入ったのは、宰相閣下がまだ補佐官をなさっていたころだよ。と言っても、前王陛下を傀儡にしてまつりごとほしいままにしていた前宰相はほとんどの職務を閣下に丸投げしていたから、実質国を動かしていたのは成人間もない宰相閣下だったけど」

 何か重要なことを話そうとしているのが感じられて、ジョセフは静かに言葉の続きを待った。

「力のない侍従官や文官は、物陰に引き摺り込まれることなんて日常茶飯事で、私も何度か触られたよ。⋯⋯幸い誰かに見咎められて大事には至らなかったけど、あのころはどうしようもなく辛かった」

 ランバートのまなじりが赤く染まって、瞳が潤んだ。ジョセフは堪らなくなって身を乗り出して、細い肩をそっと抱いた。

「助けてくれた人も何人かいたけれど、彼らは決まって言ったんだ」

『上書きしてやろう』

『助けた礼を寄越せ』

「なにがなんでしょうね。自分も同じことをしようとしているのに」

 宰相閣下と書記官とつるむことが多かったから、それ以上のことはなかったけれど、ランバートはそれから、家族以外の男と必要以上に近くに立つことはなくなった。身体の小さい自分はどうしたって嗜虐される側だと理解していたからだ。

「でもジョセフは、酔っ払いに絡まれた私を救ったからって、代わりに酌を要求したりどこかに連れ込もうとはしないから⋯⋯」

 自宅の鍵を渡すほどに、信頼できた。

「ジョセフのこと好きだけど、閨は怖くて恥ずかしい。⋯⋯呆れたりしない?」

「しませんよ。⋯⋯では、あなたが心苦しくないように、頬への口付けを許してくれませんか?」

 ジョセフの声音はとても穏やかで、ランバートは小さく頷いた。
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