子どもじゃないから、覚悟して。~子爵の息子、肉屋の倅を追い詰める。~

織緒こん

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番外編

ひとつの星を君に。1/2

騎士団長 × 子爵家次男

 なし崩しに婚約が成立してしまった、子爵家の次男エリックは呆然として目の前の自分より頭ひとつ半分大きい男を見上げた。

 自分の婚約者になったのは、エスターク王国第五十六代騎士団長と言う、ひどく立派な肩書きを持っている。幼年学校で隣の席になったときからなんとなく馬が合って、それ以来ずっといい友人関係が続いていた。

 そう思っていたのは、エリックだけだったようだが。

「ヴィン、二十五年って、本当の本気か?」

 年の離れた可愛い弟が生まれる前から付き合いのあるヴィンセントは、おどおどと身を小さくするエリックの前で、重々しく頷いた。騎士団長と宰相府の文官はそれほど長い付き合いなのだった。

 宰相府の会議室でエリックへの告白をすっ飛ばして父親に申し込んだのは、貴族としては正しい姿なのかもしれない。だがエリックはなんとなく胸がモヤモヤして、話がしたくなった。いつも相談相手はヴィンセントだったので、モヤモヤさせた張本人に頼るのは変な気もする。それでも彼は他に選択肢を持たなかったので、いつものようにお気に入りの発泡葡萄酒を持って、ヴィンセントの自宅を訪れた。

 エリックの弟のフレッドが十二年越しの初恋を実らせて結婚する運びとなったのは、とても喜ばしいことだ。彼は十七歳も離れた弟に先を越されることに焦りを感じていなかったが、周りの人間はそうではなかったらしい。あれよという間に話がまとまって、困惑しきりだ。

 ヴィンセントだって、二十五年越しと言いつつ、適度に遊んでいたじゃないか。それをエリックが指摘したら、飄々と彼は言った。

「そりゃ適度に発散しとかないと、お前のこと襲うからだろうが」

「⋯⋯」

「それに俺が完全に独り身だったら、お前、俺にアレコレ相談したか?」

「⋯⋯」

 思い当たる節は幾つかある。エリックが気になる女性の素行をなんとなく教えてくれたり、失恋したときは自分の恋人を放って話を聞いてくれた。今となっては、放っておかれたのが本当に恋人だったのかも怪しい。

「俺がお前にそういう興味がないって、安心してたんだろう?」

「⋯⋯安心というか」

 諦められたというか。

「つうかさ、お前。自分は次男予備だから、は除外してたんだろう?」

「だったらなんだよ」

「酔っ払ったときの自分の口癖、知ってるか? 『なんで次男なんだろうなぁ』って繰り返すんだよ。だいたいお前、女性をフラフラ追いかけてたって、結局相手に逃げられたのは手ェ出さないからだろう?」

「手を出すなんて、失礼じゃないか」

 貴族家の次男が女性を娶る場合、釣り合いの取れる家格の貴族の娘を迎えることが多い。将来的に家を継ぐ可能性がゼロではないからだ。

「結婚できるかもわからない女性の純潔を奪うなんて、男の風上にも置けないだろう?」

 エリックは唇を尖らせた。

「それを言い訳にのらりくらりと躱されちゃ、婚期を逃しそうな女性はたまったもんじゃないな。だから振られたんだよ」

 ⋯⋯反論など出来なくて、エリックは俯いた。

「⋯⋯ランバート様だって、婚姻を結ぶまでは礼儀正しく交際してたじゃないか」

 ようやく絞り出した言葉は、自分自身を語るものではない。

「補佐官殿は特別だ。⋯⋯ジョセフはいつでも喰いに行っただろうが、補佐官殿の気持ちを優先しただけだ。相手が望んでいるのに、気づかないふりをし続けたお前とは違うだろう?」

 ヴィンセントは意地悪だ。エリックの内面を容赦なく暴き立てる。イライラして綺麗に整えられた髪の毛を掻き乱したエリックは、駄々をこねるように言った。

「だって、勃たないんだもの!」

 本気になりたいと願えば願うほど、頭の芯が冷え切った。わかっている、頭で考える時点で恋でも愛でもない。胸が熱くなる相手は、今まで追いかけてきた女性たちじゃない。

「好きじゃない相手なら、そんなもんだろ」

「ヴィンは勃つんだろう? それなりに浮名を流してるじゃないか!」

「馬鹿だなぁ。お前をオカズにしてるから勃つんじゃないか」

 爽やかな笑顔で王都の女性たちをぽーっとさせている騎士団長が、色を乗せた眼差しでエリックを見た。手が伸ばされて、顎が掬われる。

「いい加減、気付けよ。お前、俺のこと好きだろう? 子爵家の次男予備だって意識で雁字搦めになって、俺のことを好きじゃないって、自分に言い聞かせるのはやめろよ」

「⋯⋯違う。ヴィンは同級生で、親友で、誰よりも俺を理解してくれて」

「理解してるから、お前が俺を好きなのがわかるんだろうが。嫌ならなんでこの手を振り払わない? 諦めて堕ちて来い」

 言われて、顎に添えられたままのヴィンセントの大きな手に気付いた。エリックは振り払おうとしたのか。

 ヴィンセントの手首を掴んだエリックの手は、白くて細かった。

「⋯⋯義姉上が三女を難産で産んだ後、医者が次の子は諦めろと言ったんだ。男の子を産めなくて申し訳ないって義姉上は泣いて、離縁して新しい妻を迎えてくれと兄上に頼んで⋯⋯⋯⋯一旦は、フレディを兄弟親子として養子縁組しようかって話になったよ」

 三人の娘のうちの誰かが婿を取ることもできるが、やはり直系の男子がいる場合はそちらに軍配が上がる。長兄と末っ子は二十歳も年齢が離れていたから、長兄の長男として縁組すればうまく行くだろうと話がまとまりかけたとき、当の末っ子が肉屋の若主人に恋をした。

 若主人が相手では、子は成せない。予備スペアですらない歳の離れた三男に、初恋を諦めて子爵家を継げなんて、仲の良い優しい子爵家の家族は言えなかった。

「知ってるよ。義姉上が辛くないように、わざとチャランポランに女の子の尻を追っかけ回してたんだろう? どれだけ俺が、お前を見てきたと思ってるんだ。根が真面目だから遊びに徹することもできない。好きでもない相手にも誠実であろうとする。勃たないってのはそう言うことだろう?」

 遊びと割り切れるなら、好きでもない相手でも欲望のままに抱けるのが男という生き物だ。世の中の男が全員エリックのような性格だったら、性犯罪は起こらない。

「お前が男を選んだら、義姉上はまた、後継問題を持ち出して兄上に離縁を言い出すとでも思ったんだろう?」

「⋯⋯ヴィンは」

 絞り出されたエリックの声はか細くて、彼を見上げる瞳はどこか途方に暮れていた。

「二十五年って、本当に本当?」

「なにに誓えば信じる?」

「今更⋯⋯義姉上が男児を産んだからって、どのツラ下げてヴィンのこと好きって言える? その上、すっかりとうの立ったおじさんじゃないか」

 散々『あの子に振られた』『この子に振られた』と泣き言を言ってきたのに。本当は振られたことにかこつけて、ヴィンセントに会いたかっただけだというのを今更言うのは卑怯だと思う。騎士団長を拝命する男前の偉丈夫には、若くて美しい人が似合う。エリックは本気でそう思っていた。

 視界が揺れて滲んで、エリックは自分のまなじりが涙に濡れたのを自覚した。

「ほら、やっぱり俺のこと好きだった。確信はしてたけど、実際に言われると、やっぱり嬉しいもんだな」

 男臭い口元を引き上げて、ヴィンセントが嬉しげに笑った。
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