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 シェランディア王国からステッラ副団長の書状が届いたのは、ハヤテが王太子宮に飛び込んできてから、三日後のことだった。おれとるぅ姉は王妃宮にいて、すぐに王妃さまに連れられて謁見の間に向かった。

 途中、謁見を求める属国の大使が数人いたけど、足止めされていた。スルーして先を急ぐ。

 謁見の間には国王陛下、副王殿下と数人のおじさんたち(多分大臣たち)、いちばん下座に若い文官がいた。この文官、上が根こそぎいなくなった法務の代表らしい。⋯⋯頑張れ。

 ややあって、ブライトさまとヴァーリ団長、いかにも魔術師なローブを着た男性がやって来て、早馬の騎士が書状を差し出した。

 ヴァーリ団長が受け取って、陛下の侍従長に渡す。陛下の手に渡ったところで、魔術師さまが待ったを掛けた。

「ステッラの封印が感じられます。⋯⋯失礼しました、もうよろしいです」

 パチっと小さな破裂音がしただけで、おれには特に変化は感じられない。

 陛下がうむ、と頷いて書状の封を破いた。ざっと目を通すと、ブライトさまに下げ渡す。

「アルノルド・ステッラは、シェランディアの王宮にいる。姿の確認は出来ていないが、ステッラ副団長の魔力感知精度は魔術師団随一のうえ、此度は自らの魔力を辿ったものだ。間違い無いと考えていい。そして、もうひとつ。シェランディア国王は来月、異世界の華姫と婚儀を挙げる発表をした」

 謁見の間の人々が、一斉におれを見た。ブライトさまが淡々と続ける。

「異世界の華姫はすでに王宮に入り、足入れ婚が成立しているらしい」
「ぼく、ここにいます」

 てことは何? シェランディア国王は、アルノルドさんをおれだと思ってるの? 阿呆? のつく阿呆なの⁈

「⋯⋯ステッラは騎士にしては小柄で童顔ですが」
「髪の毛も濃い茶色で」
「いや、見ようによっては黒い⋯⋯?」

 控えた騎士さまからの視線を感じる。おれとアルノルドさんの共通点を探しているんだろう。

「そうか、新大使は現王派なんだね。ぼく、会ったことないもん」
「なるほど、勢力が二分されていることは確定なわけね」
「ルーリィ嬢、何故確定だと?」

 るぅ姉とコソコソしてたら、ブライトさまに聞こえてたみたい。

「エルメル・ダビがシェランディア王の味方なら、アルノルドさんが華姫じゃないことはすぐにわかります。エルメル・ダビは王位を簒奪するために、異世界の対人形が欲しいのでしょう。間違いを正していないのは、自分で手に入れたいからだと考えられます」

 現王はお伽話の建国の王妃が欲しい。エルメル・ダビはもっと現実的に、おれたちの持参金とか、もしかしたら能力についても欲しがっているかもしれない。手に入れた上で、民がおれたちに建国の王妃を重ねても、利用価値が上がるだけのこと。

 るぅ姉とおれは思いつくままに語った。ブライトさまたちは黙って聞いていた。

「殿下は以前、魔導砲と仰っていましたが、それは実用化されているのですか?」

 ふいにるぅ姉がブライトさまに問うた。魔道砲って名前から想像するに、魔力をエネルギー源にした大砲のようなものだと思う。火薬は多分ない。だって騎士さまたちの訓練で、銃火器を見たことがないもん。

「開発は進んでいる。北の連邦軍が実用化一歩手前だな」

 ここで北が出てくるのか。

「魔力の消費量が多すぎて、大勢の魔力持ちが酷使されているらしい。北の魔術師が魔力枯渇状態で亡命してきた事がある」

「昨年、ジーンスワークで保護した人ですね。はーちゃんが助けました」

「そうなのか?」

 まだ言葉が覚束なかったから何言ってたのか分からないけど、よその国の人を助けたことがある。山菜取りに行って、ロベルトさんが熊と戦った時のヤツ。おれは熊の足の下に人がいるのを見つけただけ。冬眠明けの熊に人が襲われてたんだ。あの人、山越えしてきたって話だったけど、亡命者だったのか。

「わたし、その人に触れました。ほとんど意識がなかったのですが、助け起こしたら思ったより元気でしたけど⋯⋯僅かに残っていた魔力を、わたしが増幅させたんでしょうか?」

「恐らくそのとき、追手が潜んでいたのでしょう。その後、間者がルーリィ嬢を観察していたのでは?」

 ヴァーリ団長が恐ろしいこと言い出した。

「るぅ姉、ストーカーホイホイ、国家規模だね!」

「おだまりなさい!」

 亡命者はジーンスワークで保護された後、現在は情報提供者として生活を保証している。安全のため、居住地などは秘匿されているんだって。
 
「亡命かぁ。前に、南北から挟み撃ちにされるかもって、話しましたけど⋯⋯。エルメル・ダビはぼくたちをお土産に、北に亡命するつもりだったのかも」

 シェランディア王国でどんな立場だったのか。王族で大使なら、そこそこ優秀だと思うけど。

「亡命? あの怪鳥けちょうが? 無いと思うわ。どっちかと言うと、わたしたちを手土産に、王位簒奪の片棒を担がせようとするんじゃ無いかしら。⋯⋯どなたかエルメル・ダビが、王族でどの地位にいたのかご存知ですか?」

「お調べしています。三代前に王家から家臣に降りた公爵家の、三男です。表向きは」

「実際は?」

「前王が公爵の二番目の妻を召し上げて産ませた、現王の異母弟です」

 さすが騎士団長の地位にあるひとだな。ヴァーリ団長、あの人がおれにちょっかい出し始めてから、調べたんだろうな。あれ? でも年齢おかしくない? 現王、孫までいるお爺さんだよね?

『親父まで耄碌もうろくエロじじいってわけね』

 るぅ姉、日本語! ⋯⋯でよかったな。耄碌とかエロじじいとか、淑女教育どっか行っちゃってるよ。

 それにしても王弟かぁ。割と王座に近いひとだったんだ。野心を持ってもおかしくないかも。

「北に放った間諜に、詳しく情勢を探らせましょう」

「うむ」

 ブライトさまが言って、陛下が頷いた。

「エルメル・ダビは現王と対立しているのだろう。シュザネット国内で北と接触し、取引をしたのであろうな」

「やはり、そう思われますか?」

「うむ、エルメル・ダビにシェランディアの王位を与え、南北からシュザネットに攻め込む算段であろう」

 攻め込むって、戦争が起きるってこと? 北の連邦国家って今まで様子を伺ってたのに、なんで急に思い立ったのさ? 完成した魔導砲の、エネルギー問題が解決しそうだから? それって、るぅ姉ありきじゃないか?

 あと武器の開発って、すごくお金がかかるはずだ。自衛隊の予算とか発表されたときびっくりしたもん。山脈の北側は寒くて食料の確保が第一だって習った。武器に回すお金なんか無いんじゃないの? どっから開発費が出てる?

 隣でるぅ姉がブルッと震えた。おれと同じ考えに至ったんだろう。

「⋯⋯法務大臣に渡った賄賂、北に流れてませんでしたか?」

 謁見の間の空気が凍った。

「北とエルメル・ダビが接触するための場所と資金、法務大臣から出てた可能性か」

 るぅ姉の言葉をついで、ヴァーリ団長が呟き、末席で若い文官が唸り声を上げた。文官はヘナヘナと腰を抜かして座り込み、呆然とヴァーリ団長を見ていた。

 陛下の御前でこの上ない不敬だけど、誰も咎めない。もともと謁見の間に他の大臣に混じって参加できるほどの地位もない、アルノルドさんと同じ年頃に見える人だ。壮年の大臣たちが気の毒そうにしている。

「じ⋯⋯自分、シェランディア王国前大使に、お茶を出したことがあります」

 この人、法務省のお茶汲みの下っ端なんだ。居並ぶ大臣たち、王族の皆さまの前で、震えながら証言している。法務大臣とエルメル・ダビが法務省で会談していたと言う証明だった。

 文官が涙を流しながら平伏し、陛下がそれを労った。

「そなたのせいでは無い。誰か、その者を休ませてやるが良い」

 文官は騎士さまに支えられて出て行った。扉が閉まる直前、嗚咽が聞こえた。

 北と法務大臣とエルメル・ダビが繋がった。るぅ姉が不思議に思っていた、コンラッド・チェスターが南の保養地に逃れようとしていたのは、この繋がりがあってこそなんだ。

「こうなると、アルノルドさんは全くのとばっちりってことですね」

「シェランディア国王は、エルメル・ダビが見初めた異世界の華姫だか蝶々姫だかを、横取りしたつもりなんでしょう」

「⋯⋯事態をややこしくしてくださいましたね」

 各々苦虫を噛み潰したような表情カオをしている。おれだってブスくれた表情カオしてると思うよ。

 一刻も早く、アルノルドさんを救出したい。そして、華姫はシェランディア国王とは結婚しない。結婚を発表したってどう言うことだよ。シュザネット王国だって、王太子の婚約を大々的に発表してるはずなのに!

「そう言えば属国の方々は、シュザネットの発表をどう受け止めているんですか?」

 ちょっと冷静になって、ブライトさまに聞いてみた。シュザネットは帝国の宗主国なので、属国の王族は結婚式に招待しない。けれど、属国側から祝いを申し出るのはありだ。

 呼ばないけど、そっちが来たいって言うなら選別して許可出すよって、ことだ。すでに複数の属国から打診があって、その国の歴史とか現国王のプロフィールを勉強しながら返事を書いていた。許可を出した国もある。

「⋯⋯先ほどから各国の大使が謁見を申し出ています」

 副王さまの手元にメモが何枚か見えた。侍従がちょこちょこ渡していたらしい。おれたちが追い抜いてきたあの人たち、まだ粘ってたのか。

「異例だが、全員謁見の間に通すが良い。この場はシェランディアの婚姻問題を議題にしたものとする。北の話は一切なしだ」

 陛下が言って、その場の全員が頭を下げた。

 謁見の間に入る事を許された大使たちは、慄きながら陛下の前に一列に並ばされた。こっちが宗主国とは言え、大使の扱いが雑じゃないか?

 並んで頭を下げる大使たちに、顔を上げるように促し、口上もそこそこに本題に入る。めっちゃ緊張してるなぁ。

「そこにあるは我が王太子の婚約者、異世界よりの迷い人たるハリー・ハナヤァギ・シュトーレンである。ハリー・ハナヤァギについて、シェランディア王国より不可解な文書が出回っておるようであるが、貴国らは耳にしておるか?」

 シュトーレンしか発音あってないよ、陛下。るぅ姉もゲンナリしている。

 いちばん端にいた大使が小さく会釈をして書面を掲げた。直答を許されて言うには、こちらの書面は国からのもので、華姫がシェランディア王国に嫁ぐと言う発表の真否を確認するものだ、と。他の大使も同じような問い合わせを本国から受けて、急ぎ登城した次第だった。

 すでに王太子の婚姻祝いへの参加を許可されていた国では、シェランディアからの招待状に面食らっただろう。

「わたくしは蝶々姫にお会いさせていただいたことがございます。そちらにおわす若君は蝶々姫とよく似ておいでです。やはり、シェランディア王国の御方おんかたは別人でございますか?」

 おれたちがふたり並んでいて、他人だと思える人は少ない。小さくて顔が平たい、明らかに人種がちがう。着物を着ていなくても、一目瞭然だろう。間違えるシェランディア国王が阿呆なんだよ。

 大使たちには、シェランディア王国の招待状は無視するよう言い聞かせ、大使館に帰らせた。反応としては、まずまずだろう。そもそもシェランディアの発表を眉唾物にしか思っていなかったようだ。シェランディア国王は国際的に信用を失った。

「父上、これはこれでエルメル・ダビの思うツボではありませんか? 国際的に非難を浴びる老いた国王など、諫める事の出来なかった王太子共々玉座から追い落とし易くなりました」

「うむ、なればシェランディアは、国としては残せぬ、と言う事だな」

 エルメル・ダビが得すると、国が残せないってどう言うこと? 大臣さんたちはうむうむ頷いてるけど、政治のことはさっぱりなおれには、理解が及ばない。大事な場面だけど、こっそりるぅ姉に聞いてみた。

「はーちゃんをハーレムに加えるって宣言した時点で、シェランディア国王は宗主国の顔に泥を塗ったわけよ。そしたら、南国の怪鳥はそれを理由に王座を奪うわけ」

 ふむふむ。

「で、怪鳥と北が繋がってたら、シェランディア王国全部が北の出張所になっちゃうのよ」

 出張所って、地方支所みたいだな。わかりやすいけど。

「北の連邦国家と南のシェランディアに挟まれたら、どうなる?」

 この間から言ってる、挟み撃ちだ。

 なんとなく理解できた。シュザネット王国、いや、シュザネット帝国は宗主国をコケにしたシェランディア国王を退位させなければならない。その後継に、エルメル・ダビを据えるわけにはいかない。南国の鳥男が王になったら、北の言いなりだろう。

 その場合、国王不在で内乱とか起こされる前に、国としての機能を解体しなくちゃならないって言うことなんだ。

 国際問題が大きすぎて、そろそろ頭がパンクしそうだ。

「ものは相談ですが」

 のほんとした声で割り込んできたのは、魔術師団の団長さまだった。長いローブを纏い、RPGの魔道士っぽい杖を持っている。

獣王姫じゅうおうきの救出も早いとこ算段つけましょうや。そろそろウチのステッラが暴れそうなんですよ。アイツ、嫁バカなんで」

 獣王姫? 

獣王眼じゅうおうがんのお姫さまだよ」

 おれの疑問、顔に出てたみたい。魔術師団長さまが捕捉してくれた。アルノルドさんだ。
 
「いや、もう、数分おきに魔法の蝶が送られてくるんで」

 ローブを翻すと無数の光の蝶が飛び回り、輝く鱗粉を振りまいた。これ、魔法なんだ。虹色に光って綺麗だ。

「これは、ものすごい催促だな」
「でしょ」

 ブライトさまが驚きと呆れの中間みたいな表情カオをして、魔術師団長さまがゲンナリと返事をした。周りを見ると魔術師さまは全員、騎士さまの中では魔法が使えるっぽい人が、うんざりした表情カオをしている。

 この蝶、ステッラ副団長が飛ばして来たの? 今、シェランディア王国にいるんじゃなかったっけ?

「一応国際問題なので、王宮の壁に穴を開けるのは我慢させてますがね。三日も経ってそろそろが効かないんですよ。獣王姫が怪我でもしてたら、王宮の住人皆殺しは確実ですな」

 壁に穴? 皆殺し? アルノルドさんの旦那さま、いったいどんな人なんだ⁈ るぅ姉は会ったことあるんだっけ。

「父上、わたしと玻璃とでシェランディアを訪うことをお許しください。直接抗議に行き、国王を退位させて来ましょう。玻璃を伴えば、囚われのステッラが人違いだと属国に知れ渡るでしょう」

「殿下が出張ってくれると助かります。陛下、ステッラ副団長がキレたとき、殿下なら止められると思うんですがね」

 ブライトさまって、一国滅すレベルの魔法使いだったよね⁈ そのブライトさまじゃなきゃ、止められないような人なの? さすが、国家魔術師の副団長さまだな。

「うむ、シェランディア王国は任せた。北は我らが対処しよう。エルメル・ダビがどちらに出没するかは、ちと不安ではあるがな」

 王さまの一言で、おれがシェランディアに行くことが決定した。ブライトさまと一緒ならどこへでも行くけど、おれには自衛手段がない⋯⋯。

 現実問題として普通の男子高校生DKは剣なんか扱えないから。ジーンスワークにいたとき、辺境騎士団の皆が面白がって教えてくれたけど、三回素振りしたとこで、何も言わずにそっと剣を取られたよ。

 そんなレベルのおれが、自分を最優先に守れるだろうか?

「大丈夫だ。玻璃とは片時も離れない。むしろ、こちらに残るルーリィ嬢の方が心配だな」

 ヴァーリ団長が言うように、北にストーキングされているのなら、間者がどこまで入り込んでいるのか分からない。

「それは安心して。ジーンスワークに遣いをやって、ミケを呼び寄せておる。ついでに氷華の君とその良人おっともね」

「王妃さま! それではジーンスワークが手薄になります!」

 王妃さまがおっとりと言うと、るぅ姉が慌てた。辺境騎士団の皆は帝国最強の誉もたかいけど、家令と従僕頭が抜けては、岩城の管理が成り立たない。

「ほほほ、安心なさいな。ロックウェルを帰しました。あれとて辺境の男。若い者には負けぬと張り切っておりましたよ」

 王妃さま、ジーンスワーク出身だったんだっけ。ロックウェルさんと知り合いなんだ。

「レオンや、シェランディアには氷華の君と我が侍女たちを連れて参れ」
「ありがとう存じます。母上」

 ブライトさまは陛下やヴァーリ団長と共に、随行員の選定に入った。おれはひとまず旅の支度をすることになり、王妃さまに連れられて謁見の間を後にした。

 この間の旅とは違う。おれは緊張でブルリと震えた。
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