少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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新しい名前。

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 ミシェイル様は眠って目覚めるたびに、回復していった。揺れが収まって吐くもの吐いたら、すっきりしたみたい。あとは脱水と栄養をなんとかすれば元気になる。⋯⋯帰りの馬車に酔ったらどうしよう。

 シーリアはこんこんと眠り続けた。魔力を全放出したせいで、体内のナントカ回路が狂っているせいだ⋯⋯とザシャル先生が言った。専門的な用語で一回聞いただけじゃ覚えられなかったわ。 体内で回復活動が行われているから、二~三日眠れば自然に目覚めるって。

 タタンはホッと息を漏らして、安心したのかそれを聞いた瞬間、バッタリ倒れた。緊張と魔剣に対する集中がいっぺんに切れて、安心したんだろうって言うのはアル従兄様。

「こいつ、いいぜ。ローゼウスにスカウトしない?」

 モテモテね、タタン。騎士団にも青田買いされてるし、もともとダフ商会の将来の算盤そろばん係だし、就職先はバッチリね。

 そんな中、ユンと私はけろっとして夕食を食べ、タライにお湯を張ってお風呂まで済ませた。疲れてはいたんだけど、根がずぶといというか⋯⋯なんか、ゴメンね?

「ユン、山に登って、降りただけ」

 少しショボンとしてユンが言った。バロライではこのくらいの山、歩き始めた子どもなら誰でも登るそうだ。ザッカーリャに矢を射掛けるわけにもいかなかったので、なにもしなかったのを気に病んでいるらしい。

「ユンがいなかったら、みんな死んでるから!」

 ユンの能力は、守護龍さんをぎょすることに振り切ってると思うの。弓矢の腕も天才的だと思うけど、一族じゃ当たり前って話しだし、本人も特技と思ってない。でもバロライの巫女っていうのは誰でもなれるものじゃないんでしょ?

 ザッカーリャにはじかれて宙に飛んだ私たちは、守護龍さんに受け止めてもらわなかったら、地面に叩きつけられて即死だったわよ。守護龍さんが私たちを助けてくれたのは、ユンがそう願ったからよ。

「そうかな⋯⋯?」

 ちょっぴり頬を染めてはにかむユンが激烈に可愛い。

 穏やかな顔で眠るシーリアの邪魔にならないように、真夜中までユンとお喋りしてたら、テントの外からザシャル先生が苦笑いして言った。

「ハ・ユン、ロージー・ローズ、気持ちが昂ぶって眠れないのはわかりますが、身体は疲れているんですからね。眠れなくても、目は閉じていなさい」

 小さな子供みたいな注意を受けて、私たちはクスクス笑った。そうして言いつけを守って目を閉じて、秒で落ちた。

 朝起きるとタタンが復活していて、シーリアの世話をくれぐれもと頼まれた。本当に気遣いの子よね。と言うか、彼はいったい何処を目指しているんだろう。漫画に出てくるようなスーパー執事さんなのかしら。

 ミシェイル様まで目覚めていて、朝食の席に座っていた。テントから出てきて食事をする姿は久しぶりね。傍らにべったりザッカーリャがへばりついていて、ちょっと動きにくそうだけど。

「みな、本当に世話になった。道中恙無いことを祈る」

 改まって、ミシェイル様が言った。なに? そのお別れみたいなの。

「僕はザッカーリャ様と共に、祠に残るよ。今生の全ては、ザッカーリャ様と共にある」

 うーんと、多分、代々の神子はそうしてきたんだよね?

「ここ、何にもないんですけど」

 ミシェイル様が困ったように微笑んだ。

 ベースにしている三合目のキャンプスペースは、崩れ去った建物の土台が見えるように、かつては人の生活があった場所みたいなの。祠や神子の世話をする人が住んでいたのだと思う。

 瘴気やら怨念で人が住める状態じゃなくなって放置されて、長く風雨にさらされた結果が、かろうじて残った石積みの竈門や、壁ですらない瓦礫の山よ。

 とにかくこんなところにミシェイル様とザッカーリャを置いていけない。

「祠を新しくして、供物が定期的に納められるようになるまで、何年くらいかかるのかしら?」

 それまで一緒にいないと、ミシェイル様の言う『今生』というのは一週間で終わるでしょうね。
 
 かつてのザッカーリャに対する信仰を取り戻すのは、難しい。信徒によって支えられていただろう生活を、ここで送るのはまず無理よね。だいたいこの山、領土的にはヴィラード国じゃなくてアエラ国なのよ。

 ザッカーリャを悪い蛇王と思っているヴィラード国もアエラ国も、祠の建立なんかしたがらないでしょ。

「蛇の姫も連れて行けば良い」

「え?」

 全員が一斉に守護龍さんを見た。

「我も姫と共にバロライを出た。蛇の姫が神子と共にここを離れたとて、なんの障りもない。この土地も、蛇の姫を大事に慈しんでおれば『終わりのない生命いのちと豊穣の象徴たる大地母神』を手に入れられたものを⋯⋯。蔑ろにされ、打ち捨てられた蛇の姫を、救うてやってなにが悪い」

 守護龍さん、めっちゃ怒ってない? ザッカーリャが神様になった時から知っていれば、妹か娘みたいな感覚かしら。

「それはつまり、蛇の姫を帝都にお迎えして大事にお祀り申し上げれば、将来的に素晴らしく強力な守護神を得る、ということですか?」

 ザシャル先生が探るように訊いた。

「真実愛されて育てば、であるな。まぁそこの神子が害されたりせねば、遠からず失った力も取り戻すであろうよ。あとは新たな名を得ることだ。この地に向かう怨嗟は蛇の姫を探して彷徨っている」

 ザッカーリャは正気にもどったけど、ヴィラード国の人々の怨嗟が止まったわけじゃないものね。憂さ晴らしみたいに、本当にいるかもわからない蛇王に悪態をついてるだけだとしても、積もり積もってザッカーリャに降りかかってくる。今も漂う怨嗟を守護龍さんは感じているのだろう。

 ザッカーリャが、ミシェイル様にすり寄った。ミシェイル様にくっついていればドッグタグの浄化作用でザッカーリャが怨嗟を受けることはない。

「神子、名を付けてやるが良い」

「僕が⋯⋯?」

「この場でそなたが一番、蛇の姫を大切にしている。強い想いは力になるゆえ」

「光栄です」

 ミシェイル様は少し考えた。

「あまり違いすぎると馴染みがないから⋯⋯。昔の僕はカーリャ様とお呼びしていましたね。カーリャ、カーリャ、カーラはいかがでしょう?」

「カーラ? わたくしの新しい名前はカーラ。嬉しい、素敵ね」

 カーラが微笑んだ時、眩い真珠の輝きが起こって美少女の姿が蛇身に転じた。サイズ的にはちょっと大きなニシキヘビで、赤黒く斑らに汚れた鱗をしていた。

 その鱗がにゅるんと剥けて、下から真珠の光沢を放つ美しい鱗が現れた。それから再び元の美少女に戻ると、足元に蛇の皮がかさりと落ちた。

 脱皮⁈

「新たな一柱の誕生であるな。立ち会った気持ちはどうだ?」

 守護龍様がどや顔で言って、私たちは呆然としたのだった。

 

 
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