少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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最初の一歩は関所から。

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 私に武器を持たせるかどうか、揉めに揉めた。

 なぜなら。

 聖女の武器が鉈ってどうよ?

 露払いに《焔》の魔法剣のタタン、後ろに短弓のユン、魔術杖のシーリアを従えて、真ん中の聖女が鉈。

「⋯⋯せめて宝石でも飾る?」

 武器に装飾性は求めないんだけど、みんなの視線があんまりにも痛々しいものを見る目だったので、提案してみた。

「装飾を施しても、鉈は鉈ですわ」

 シーリアが冷たく言った。否定はできない。

「なにも持たせないのも不安ですね。ロージー・ローズは恐慌状態パニックに陥ると、咄嗟に聖句が出てこないようですから」

 さすが先生、私をよく見ている。

 ザッカーリャ山で宙に飛ばされたとき、焦って《反重力》とか訳のわからないことを言ってなんの効果も得られなかったのよね。自分で意味がイメージ出来ないと形にならないのよ。あのとき《浮遊》とでも言っておけば、空を飛べたかもしれない。

「魔術師風情が、我らが宝石姫を語るな」

「そうだそうだ」

 そこ、叔父様たち、うるさいわよ! 弟子を語れない師匠なんて、師匠じゃないでしょ⁈

 ザシャル先生は眠たげな眼差しを叔父様に向けた。

 美髯びぜんを蓄えたウィル叔父様は、ザシャル先生の神秘的な眼差しに見つめられて怯んだ。先生がふっと微笑むと、叔父様は視線を逸らす。なにかの勝負がついたようだ。

 重要なんだか下らないんだか、よくわからない話し合いが続けられて、最終的に丸腰は良くないってことになったみたい。急いで準備されたのは革を滑して美しい艶を放つ、なんとも優美なホルダーだった。腰に下げて鉈をセットする。

 なんと言うことでしょう。

 使い込まれた無骨な鉈は、隠す収納でその見栄えを気にすることなく、無事に私の身を守ることになったのです。

 どこぞのナレーター風に言ってみた。

 こうして装備を整えた私たちは、ヴィラード国の兵士が関所に足を踏み入れるのを待った。

 いよいよ迫ってきたヴィラード国の軍勢は、宣戦布告もなくいきなり、砦の石垣を投石機カタパルトで攻撃してきた。カタパルトは隠すでもなく堂々と曳いてきたので、最初の一撃からザシャル先生が風の壁で防いでいる。

「擬装しようと考える思考力も、低下しているようですね」

 物見台に立った次兄様つぎのにいさまが、オペラグラスを片手に言った。

 そうよね、普通、相手の隙を突くために、ギリギリまで存在は隠しとくものよ。あんな木樵きこりが丸太を運ぶみたいに、堂々と担いでくるなんて馬鹿じゃない?

 ザシャル先生は私たちに魔法の壁のコツを講義しながら、ゆっくり聖句を唱えた。カタパルトが視界に入ってから射程距離まで近づいてくるまでに、たっぷりと時間があったから、先生は精霊が喜ぶと言う美辞麗句をこれでもかと並べ立てた。

 先生の無尽蔵の魔力を喰らって、精霊たちが笑いさざめいている気配がする。先生が黄金の三枚羽なのは、魔力の多さと共に精霊に愛される資質を持っているからだと聞いた。

 ユンが魔術をうまく使えないのは、守護龍さんに魔力を喰われているせいだけじゃなくて、精霊が神たる龍に遠慮して寄ってこないからだろうって、先生が言った。

 シーリアは魔力保有量をじわじわと増やしている。この一ヶ月で塔の中級魔術師を超えたんじゃないかって話よ。今もザシャル先生が唱える聖句に、真剣な表情カオで耳を傾けている。

 中の中しかない魔力の私じゃ、一言一句間違えずに聖句を唱えても、砦の東方全面にあんな分厚い風の壁は作れない。

 カタパルトから放たれた石は、ガツンガツンと音をたててヴィラード国側に落ちていく。カタパルトより前に出ていた兵士が、自軍の攻撃の煽りをくらって悲惨な目にあっている。カタパルトを使うなら、兵士は下げとくのが基本でしょ。次兄様が言ったみたいに、考える力を失っているみたいだ。

 なんとか生きていてくれたら、全部終わったら助けてあげるんだけど⋯⋯って、上から目線でごめん。一応敵国なのよ。

 カタパルトの上に指揮官らしき人が乗っている。指揮官はたくさんの犠牲者を出して、ようやく投石が自軍にしか被害をもたらしていないと気付いたらしい。大きな身振りで攻撃をやめさせると、軍配を掲げて進軍を始めた。

 砦に迫ったヴィラード国の兵士は、素人の目から見ても、統率が取れていなかった。こっちはザシャル先生が作った風の壁以外の抵抗はしていないのに、勝手に壁に群がって弾かれて自滅していく。先頭の漢は投石を受けたのか、パックリ割れた額の傷から、だらだら血を流しながら剣を振り回している。

 この世界、ホラーとかスプラッタだったのかしら?

「ザシャル殿、関所の門のところだけ、壁に穴を開けてください」

「承りました」

 次兄様の要請にザシャル先生は慇懃に答えた。

 風だから、目に見える変化はない。けれど体感でわかるのか兵士が数人、壁の穴を抜けた。パントマイムみたいに、おっとっとって感じで転げそうに門扉にたどり着くと、勢いに乗って押し広げる。

 実は門扉は施錠していなかった。無理にこじ開けられたら修理費がかさむじゃない。同じ理由で砦の壁を破壊されたくないから、あえて関所の門を開けてもらったのよ。

 そんなことは彼らは微塵も思ってないだろう。最初のひとりが無表情で関所を越えた。

 一歩、踏み込まれる。

「「見届けた!」」

 ザシャル先生と守護龍さんが、高らかに宣言した。

 さあ、仕返しの時間よ!
 



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