少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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屠る覚悟。

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 土煙が地を這ってこっちに向かって襲い掛かった。けれど不思議に私たちの身体をすり抜けて、後方に流れていく。つい、土煙の流れる方に目を向けると、守護龍さんがデレデレとしてユンに頬擦りしていた。

 なるほど、ユンに言われて守護龍さんがなんとかしてくれたのね。大型犬が『褒めて褒めて』と飼い主にじゃれついているみたいだと思っていいのかしら。犬役がやたらと美形だけど。

 私が作り上げた土壁が崩れた分が全部粉塵になって風に乗る。ダウンバーストって、こんな強力だった? マイクロバーストレベルだったんじゃない? 

 風が治まった後にはざんばら髪を千々に乱れさせて、禍ツ神がうつ伏せに伏していた。禍ツ神の横たわる大地も風の刃に抉られて、大小の岩が散らばっている。

 指先が、ぴくりと動いた。

 ぬろりと鎌首をもたげる。

 ゾロリと長く垂れ下がった前髪の隙間から、横に切れ込みの深い蛇の口が覗く。さっきまで人間の顔をしてたのに、蛇とどっちつかずの顔になっている。

 シューシューと威嚇音を出して、こっちを見た。

「魔術師⋯⋯よくもやってくれたな」

「ご自分から仕掛けておいて、どうしてやり返されないと思えるんですか? 馬鹿ですか?」

 憎々しげに言う禍ツ神と、飄々とこたえるザシャル先生。先生は心底馬鹿に仕切った口調で言った。

人間ひとは抗うものですよ」

 眠たげな目を細める。先生を囲む精霊たちから、攻撃的なざわめきを感じる。

 禍ツ神、やっぱり神格は相当低いと見た。それか、堕ちたる神だからか。守護龍さんには遠慮するのに、禍ツ神相手だとへっちゃらで攻撃的な現象を引き起こした。ザシャル先生が黄金の三枚羽だからってだけじゃないよね。だって精霊は、魔術師の塔の中級魔術師くらいの力量って言われている、シーリアのお願いも聞いてくれてるんだもん。

 それにしても⋯⋯戦闘のどさくさなら勢いで尻尾でも掴みにいって《沸騰》かましてやるんだけど、じっと対峙して会話をしている相手だと難しいな。それに手とか尻尾と違って、本体は生きている。

 生命の重さってヤツを考えてしまう。

 アラサーOLの記憶のせいか、人間のじゃなくても生命は大切にするものだと魂の奥底に刻まれちゃってる。そりゃお肉やお魚も生命であって、人間以外の生命を体に取り入れて生きているのはわかってる。だからこその『いただきます』のご挨拶よね。

 こいつは、人里に出てきた熊と一緒だ。養鶏場に忍び込んで、出荷前の卵を丸呑みする蛇だ。害獣なんだ。⋯⋯人の言葉を喋る害獣⋯⋯喋る⋯⋯喋る⋯⋯。

 だぁあぁあああッ!

 喋るなぁっ!

 喋らないワンニャンだって、保健所で殺処分って聞いたら辛いでしょッ⁈ 毒めいた言葉しか吐かないこんな奴でも、人間の言葉を理解する、謂わば知的生命体なのよ。

 人殺しの覚悟なんて、これっぽっちもできてないわよ。

 騎士や私兵団のみんなは、必要とあったら相手が人間でも斬るだろう。て言うか、すぐそこで実際に斬って捨てられたヴィラード国の兵士がころがっている。

 でもそれは守るために、彼らが人間の生命を奪う覚悟を決めたからできることだわ。

 守護龍さんは滅して良いと言うけれど、そしてそれが一番良いんだけれど、私がこの手で滅する勇気がない。

 禍ツ神がせめて、蛇のまんまでいてくれたら!

 今、弱ってるから、動けないよね。

「先生、ひとまず浄化します」

 《沸騰》させるかは、後で決めよう。ダイエットと一緒。後で考えればいい! ⋯⋯ホントはダメだと思うけどね。

 鉈をホルダーにしまって、両肘を伸ばして親指と人差し指で三角のスコープを作る。禍ツ神が私の動作に気づいた。アル従兄にい様が、三兄様さんのにいさまをほっぽって、私の前で剣を構えた。従兄様、嬉しいけど三兄様のこともいたわって⋯⋯。容赦なくポイッと。

 タタンが慌てて駆け寄って行ってくれたけど、しばらく三兄様のことは任せたわ!

 アル従兄様はいつでも斬りかかれるよう、腰を落として膂力を貯めている。

 よし!

「《浄光照射》!」

 光の帯が真っ直ぐに禍ツ神に向かっていく。次は追尾型でも研究しようかしら。いやまぁ、次はないに越したことないけど。

 キシャーーーーッ!

 威嚇音なのか悲鳴なのか判別しづらい音がして、禍ツ神がのけぞった。尻尾をくねらせて、まるで踊っているように見える。

 何度か照射を重ねると、禍ツ神の身体から黒い靄が滲み出してきた。最初はぼんやりとしてたんだけど、数度目を打ち込んだ瞬間、ブシャーっと噴き出す。

 ⋯⋯蒸気機関車ですか。

 SLの煙突から煙が噴き出すかの如く、真っ黒な靄が大気を汚していく。

 ヤバイ、拡がる!

 一瞬焦ったけど、すぐに四方結界が張られるフォンッて空気の揺らぎを感じた。ザシャル先生、シーリア、ユンが場所を移動して、私を含めた四点で結界を張った。

 見えない壁に遮断されて靄はそれ以上拡散することなく、その濃さを増した。黒すぎて禍ツ神の姿も見えなくなった。

「《浄化》」

 四方結界の中で光がパチパチと弾けた。濃い靄の中で雷電のように光っている。

 最初は靄の密度の方が濃かったけど、次第に光の割合が増えてきて、最後には四方結界の中は光が強すぎて真っ白になった。眩しすぎてみんな、腕で目をカバーしている。
 
 どのくらい時間が立ったのか、シャリーーンとガラスがさざめくような音が聞こえた気がした。

 浄化の光は瘴気の靄を焼き尽くして消えた。

 そこにいたのは、小さな男の子だった。

 ⋯⋯うわぁ、ますます殺せない。
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