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8 運命の恋
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カールが、変な目で俺を見てるーー。
ーーやばい。
ランディは、平静を装いながらひたすらにカレーを食べた。
なつかしいカレーの匂いにつられ、つい光輝しか知らない香の好みを口にしてしまった。
その上、甘口だの辛口だのと、この世界では誰も言わない言葉を……。
まさか、俺が転生者だとバレてないよな?
いや転生者だとはわかるはずはない。
ーーと思う。であって欲しい。
魔女を見つけ呪いを解くまでは、バレる訳にはいかないんだ。
それにしても、ノーラ聖女……『カレー好きな王子様』はないだろう?
それは前世、俺が間違えて買ったカレールーの名前だ。
ーーあれは、結婚して一年目。
就業間際、香からメールが届いた。
かわいいスタンプと一緒に『カレールーを買ってきてください』と頼まれた俺は、『わかった』と返信し、スーパーに向かった。
いつも使ってるカレールーがどれかは知っていた。
けれど、たまには違う物もいいだろうと思った俺は、たくさんあった商品の中から香が好きそうなかわいいイラストが描かれていたカレールーを買って帰った。
「光輝、これお子様用だよ。ーーでも、買ってきてくれてありがとう」
香は、お子様用カレールーを買ってきた俺を怒ることはなかった。
これが実家の母や姉だったら、めちゃくちゃ怒られた上に速攻でもう一度買いに行かされるところだ。
香はどんなに間違っても怒らないでいてくれる。
注意はするけど、言い方は優しい。
そんなところも大好きだ。
男は注意されたり怒られたりすると結構凹むものだから。
俺だけかもしれないけど。
その日は、俺が間違って買ったお子様用カレールーでカレーを作ってくれた。
ただーーお子様用カレーは、大人の俺たちには激甘だった。
新婚の二人でも甘すぎた。
だから、そこに七味唐辛子を入れてみた。意外といけた。だが、ちょっと物足りない。そこで、醤油をちょい足しし、ソースと、美味くなると噂のコーヒーを入れて……。
何でも入れればいいというものではない事を俺達は知った。
ーーあの日のカレーはもう二度と食べたくはないが、転生した今も忘れられない思い出だ。
◇◇◇
ハーモニー伯爵令嬢は、花が咲く様な笑みを浮かべてカレーを食べていた。
「私、このグリーンカレーが好きです! 美味しい! 美味しいので歌いますっ」
「はい、どうぞ」
私達が食べている間、ハーモニー伯爵令嬢は歌っていた。
とても楽しそうに、すごく上手に。
歌声を聞いていたら、なんだか胸がキュンとしてきた。
これはもしや……。
トクン、トクンと胸が弾む。
ハーモニー伯爵令嬢の周りがキラキラと輝いて……と、側にノーラ聖女とコーディ神官がいる。キラキラとして見えるのは彼らのせいだろう。
けれど、この胸のキュンとした感じは……恋?
私は、ハーモニー伯爵令嬢を好きになったのでは?
今までも、前世を思い出してからも、キュンと胸に感じた令嬢はいなかった。
これがはじめてだ。
ーー婚約者に決めてもいいかもしれない。
今、私には特別に好きな人はいない……いないよね? 好きな人……。
ーーフッと脳裏にランディの顔が浮かんだ。
ち、違う!
ランディは、前世の香が好きだったキャラに似ているだけで、男性だし、私は王子だから!
ーーうっ、このままじゃ本当にまずい気がする。
そうだ、こうなったら婚約者はハーモニー伯爵令嬢でいいじゃないか!
かわいいし、歌も上手で明るい。
将来の王妃として……社交性はあると思う。
よし、決めた!
思い立ったらすぐ行動!
私は、歌っているハーモニー伯爵令嬢の方に体を向けた。
「ラー……? カール王子様、どうしたのですかー?」
突然、真剣な顔をして見つめる私に、歌うのをやめたハーモニー伯爵令嬢はニッコリ笑って首を傾げる。
「は、ハーモニー伯爵令嬢、婚約……」
「カール王子様」
「ーーひっ!」
ビクッと体が震えた。
「ランディ……お前……」
知らぬ間にそばに来ていたランディが、耳に唇がつくほど近くに顔を寄せていたのだ。
その上、あの声をさらに甘くして囁かれてしまい、私の顔はカッと熱くなった。
(ああ絶対、今の私、真っ赤な顔になってる!)
それに、どうしてランディはいつも私のジャマをするんだ!
婚約者になって欲しいとハーモニー伯爵令嬢に言うつもりでいたのに……それどころじゃなくなってしまった。
「ランディ近い! お前いつも近いんだよ!」
ランディの唇が触れた耳がこそばゆくて、手で耳を押さえながらランディから距離を取った。
「……いつもと変わらないと思いましたが? それよりもカール王子様、お早めに食事を終えられた方がよろしいと。本日サインが必要な書類が、山積みとなっております」
書類……。
確かに溜まってた。
ここに来る前に少しだけ書いたけど、それでもまだかなり残っていた。
「ああ、わかってるよ。けれど、私はハーモニー伯爵令嬢に話が……」
仕事も大事だが、婚約も大切なことだ。
それを先に伝えようと口を開きかけた時、ランディが「ああ、お祝いの言葉をのべられようとされていたのですね」と笑みを浮かべた。
「お祝い……?」
どういうこと?
わからずに首を傾げると、ランディが目を見開いた。
「おや? 昨夜、国王陛下より『ハーモニー様はカイザス侯爵の御令息と婚約されることが決まったから『彼女』から外すように』とお話があったはずですが?」
「ーーそうだったかな?」
昨夜、国王陛下(私の父)と会ったのは晩餐の時だけ。
そんな大事な話してたかな?
カミーユ男爵令嬢の婚約が決まったことを伝えた後、いろいろ言われたことはうっすらと覚えているけど……。
書類が残っていたから、話どころじゃなかったんだよね。
そうか、ハーモニー伯爵令嬢も婚約が……。
「はい、ですから至急『彼女』からの除名手続きをしなければなりません」
「そっ、そうか」
はぁ……またあの大量の書類にサインをするのか。
でも、ハーモニー伯爵令嬢の幸せのためだ。がんばろう!
私は心からの笑みを浮かべ、ハーモニー伯爵令嬢に祝福を述べた。
「ハーモニー嬢よかったね」
「はい! カール王子様のお陰です♪」
「私の?」
「私のキューピッドはカール王子様です~♪」
「そうなの?」
カイザス侯爵とハーモニー伯爵令嬢のキューピッド? 私が?
「はい! 私たちは彼女会で出会ったのですから」
「……ああ、あの彼女会で……」
カール王子の『彼女』たちが、年に一度集う『彼女会』というものがある。
私が12歳の時にスカーレット公爵令嬢と作った彼女制度。さまざまな事情により彼女となった者たちが、私との関係を怪しまれないためにはじめられた会だ。
昨年行われた彼女会で、カイザス侯爵令息とハーモニー伯爵令嬢は出会い、恋に落ちたという。
出会いの場となった彼女会を開いた私は、ハーモニー伯爵令嬢にとって恋のキューピッドとなるらしい。
ーーしかし!
おかしくないか?
彼女会は私、カール王子と『彼女』たちの集まりだ。
必ずしも出席せねばならない訳ではないため、領地が遠いハーモニー伯爵令嬢は、昨年までずっと参加していなかったのだ。
たまたま出席した会で、ハーモニー伯爵令嬢はカイザス侯爵……いやキャメロン令嬢と出会い恋をしたというのだ。
ーーそう、カイザス侯爵令息は、名をキャメロン・キャスバル・カイザスという、私の2人目として入れることになった『彼女』だ。
キャメロンは、カイザス侯爵家の嫡男。けれど、事情により女性として育てられていた。
カイザス侯爵家の男子は何故か短命で、特に嫡男は二十歳を迎える迄に亡くなるものがほとんどだった。
呪いの類いかと調べたがわからず、当時の大神官より、打開策として二十歳までを女性の姿で育てることを提案された。
結果、その案は上手くいった。二十歳までを女性として育てば、その後は本来の姿である男性として寿命をまっとうすることが可能となったのだ。
そうして、カイザス侯爵家は男子が二十歳までを女性として生きるとこで代を繋いできていた。
ーーだが、キャメロンに大きな問題が起きてしまった。
女性版キャメロンはかなり美人だったのだ。
高身長に映えるスラリと伸びた腕や脚。作られたがゆえに形も大きさも世の男性の理想的な胸。
女性らしく見せるためか、つねに少しだけ開かれていたピンク色の薄い唇が、とてつもない妖艶さを醸し出してしまっていた。
そんなキャメロンに、婚約の申し込みが殺到してしまったのだ。
もちろん、男性からである。
侯爵家の事情を公にすることは出来ない。呪いかどうかは分からずじまいだからだ。
増えるばかりの婚約の申し込みに困ったカイザス侯爵は、侯爵夫人が若かりし頃侍女を勤めたことのある、王妃に相談をした。
王妃は、カール王子の『彼女』制度を伝え、キャメロンが二十歳を迎えるまで『彼女』に入れておけばいいと話した。
王子様の『彼女』に、おいそれと婚約を申し込む者はいないからだ。
その通りに、カール王子の『彼女』となったキャメロンへの婚約の申し入れはピタリとなくなった。
ーー今年、キャメロン侯爵令嬢は二十歳となり『彼女』から外す予定ではあったのだが。
女装姿のキャメロン侯爵令息とハーモニー伯爵令嬢は恋に落ちていた。
どんな姿でも惹かれ合うというのは……運命の恋なんだろう。
(……いいなぁ。運命って言葉、憧れる)
ちょっと羨ましく思えた。
「二人が私の『彼女』になったのも、昨年出会い恋に落ちたのも、私は関係ないよ。二人の運命だ、すごいよ」
「いいえ、すべてはカール王子様がいらっしゃったからです」
ハーモニー伯爵令嬢は咲き誇る花のような笑みを浮かべた。
「結婚式には必ず私も呼んでね!」
「はい、もちろんです! カール王子様 ♪ 」
◇◇◇
「うわーっ、疲れたぁーっ」
城へ戻った私は、キャメロン侯爵令嬢(令息)とハーモニー伯爵令嬢を『彼女』から外す手続きをした。
たくさん書類を書いた。
サインして判を押して、大変過ぎるよ……ううっ。
でも、なんとか終わったからね。
お風呂も入ったし、今日はもう寝よう。
今夜は、ソファーには寝転ばずに、ちゃんとベッドに横になった。
このベッド、広いんだよね。
寝相の悪い私でも、へっちゃらのキングサイズですよ。
天蓋も付いているし、白いフリフリがまさに王子様のベッドって感じ。
……お姫様っぽい気もするけど。
……おやすみ……
◇◇◇
「はぁーーっ」
城の一角にある自室に戻ったランディは、ベッドに寝転ぶと深く息を吐いた。
ノーラ聖女、やっぱり聖女だけあって感が鋭いようだ。
アイツ、すぐにカールが変わったことに気づいたし。
俺が、ノーラ聖女を魔女かと疑っていたことにも気づいてた。
俺が探している魔女については、残念ながら情報は得られず仕舞いだ。
カールが持っていたカード、コーディ神官に調べて貰ったが、記されていた名前は魔女だったが、魔女登録された身元のはっきりした魔女だった。ついでに魔女登録を見せてもらったが、カール王子の『彼女』たちの名前は無かった。
当然か、調べてわかるようなら探せとは言わないだろう。
カードに書いてあった名前の魔女は『シシリア・ドルバ』。
情報によれば、この魔女は『何でもお見通し』という変わった魔法を使えるらしい。
(よかった。もし、カールが魔女に会いに行っていたら大変なことになるところだった)
『何でもお見通し』
ふざけた名の魔法だが、その魔法なら前世を視ることができるはずだ。
カールの前世が香だということも、俺の前世が光輝だといういうことも、見通せるだろう。
……ん?
それってつまり、『彼女』の中にいる魔女も見通せるということじゃないのか?
「会いに行ってみるか……」
ランディはベッドから飛び起きると、クローゼットの奥から紋章入りのマントを取り出して羽織り、転移魔法を使い部屋を出た。
ーーやばい。
ランディは、平静を装いながらひたすらにカレーを食べた。
なつかしいカレーの匂いにつられ、つい光輝しか知らない香の好みを口にしてしまった。
その上、甘口だの辛口だのと、この世界では誰も言わない言葉を……。
まさか、俺が転生者だとバレてないよな?
いや転生者だとはわかるはずはない。
ーーと思う。であって欲しい。
魔女を見つけ呪いを解くまでは、バレる訳にはいかないんだ。
それにしても、ノーラ聖女……『カレー好きな王子様』はないだろう?
それは前世、俺が間違えて買ったカレールーの名前だ。
ーーあれは、結婚して一年目。
就業間際、香からメールが届いた。
かわいいスタンプと一緒に『カレールーを買ってきてください』と頼まれた俺は、『わかった』と返信し、スーパーに向かった。
いつも使ってるカレールーがどれかは知っていた。
けれど、たまには違う物もいいだろうと思った俺は、たくさんあった商品の中から香が好きそうなかわいいイラストが描かれていたカレールーを買って帰った。
「光輝、これお子様用だよ。ーーでも、買ってきてくれてありがとう」
香は、お子様用カレールーを買ってきた俺を怒ることはなかった。
これが実家の母や姉だったら、めちゃくちゃ怒られた上に速攻でもう一度買いに行かされるところだ。
香はどんなに間違っても怒らないでいてくれる。
注意はするけど、言い方は優しい。
そんなところも大好きだ。
男は注意されたり怒られたりすると結構凹むものだから。
俺だけかもしれないけど。
その日は、俺が間違って買ったお子様用カレールーでカレーを作ってくれた。
ただーーお子様用カレーは、大人の俺たちには激甘だった。
新婚の二人でも甘すぎた。
だから、そこに七味唐辛子を入れてみた。意外といけた。だが、ちょっと物足りない。そこで、醤油をちょい足しし、ソースと、美味くなると噂のコーヒーを入れて……。
何でも入れればいいというものではない事を俺達は知った。
ーーあの日のカレーはもう二度と食べたくはないが、転生した今も忘れられない思い出だ。
◇◇◇
ハーモニー伯爵令嬢は、花が咲く様な笑みを浮かべてカレーを食べていた。
「私、このグリーンカレーが好きです! 美味しい! 美味しいので歌いますっ」
「はい、どうぞ」
私達が食べている間、ハーモニー伯爵令嬢は歌っていた。
とても楽しそうに、すごく上手に。
歌声を聞いていたら、なんだか胸がキュンとしてきた。
これはもしや……。
トクン、トクンと胸が弾む。
ハーモニー伯爵令嬢の周りがキラキラと輝いて……と、側にノーラ聖女とコーディ神官がいる。キラキラとして見えるのは彼らのせいだろう。
けれど、この胸のキュンとした感じは……恋?
私は、ハーモニー伯爵令嬢を好きになったのでは?
今までも、前世を思い出してからも、キュンと胸に感じた令嬢はいなかった。
これがはじめてだ。
ーー婚約者に決めてもいいかもしれない。
今、私には特別に好きな人はいない……いないよね? 好きな人……。
ーーフッと脳裏にランディの顔が浮かんだ。
ち、違う!
ランディは、前世の香が好きだったキャラに似ているだけで、男性だし、私は王子だから!
ーーうっ、このままじゃ本当にまずい気がする。
そうだ、こうなったら婚約者はハーモニー伯爵令嬢でいいじゃないか!
かわいいし、歌も上手で明るい。
将来の王妃として……社交性はあると思う。
よし、決めた!
思い立ったらすぐ行動!
私は、歌っているハーモニー伯爵令嬢の方に体を向けた。
「ラー……? カール王子様、どうしたのですかー?」
突然、真剣な顔をして見つめる私に、歌うのをやめたハーモニー伯爵令嬢はニッコリ笑って首を傾げる。
「は、ハーモニー伯爵令嬢、婚約……」
「カール王子様」
「ーーひっ!」
ビクッと体が震えた。
「ランディ……お前……」
知らぬ間にそばに来ていたランディが、耳に唇がつくほど近くに顔を寄せていたのだ。
その上、あの声をさらに甘くして囁かれてしまい、私の顔はカッと熱くなった。
(ああ絶対、今の私、真っ赤な顔になってる!)
それに、どうしてランディはいつも私のジャマをするんだ!
婚約者になって欲しいとハーモニー伯爵令嬢に言うつもりでいたのに……それどころじゃなくなってしまった。
「ランディ近い! お前いつも近いんだよ!」
ランディの唇が触れた耳がこそばゆくて、手で耳を押さえながらランディから距離を取った。
「……いつもと変わらないと思いましたが? それよりもカール王子様、お早めに食事を終えられた方がよろしいと。本日サインが必要な書類が、山積みとなっております」
書類……。
確かに溜まってた。
ここに来る前に少しだけ書いたけど、それでもまだかなり残っていた。
「ああ、わかってるよ。けれど、私はハーモニー伯爵令嬢に話が……」
仕事も大事だが、婚約も大切なことだ。
それを先に伝えようと口を開きかけた時、ランディが「ああ、お祝いの言葉をのべられようとされていたのですね」と笑みを浮かべた。
「お祝い……?」
どういうこと?
わからずに首を傾げると、ランディが目を見開いた。
「おや? 昨夜、国王陛下より『ハーモニー様はカイザス侯爵の御令息と婚約されることが決まったから『彼女』から外すように』とお話があったはずですが?」
「ーーそうだったかな?」
昨夜、国王陛下(私の父)と会ったのは晩餐の時だけ。
そんな大事な話してたかな?
カミーユ男爵令嬢の婚約が決まったことを伝えた後、いろいろ言われたことはうっすらと覚えているけど……。
書類が残っていたから、話どころじゃなかったんだよね。
そうか、ハーモニー伯爵令嬢も婚約が……。
「はい、ですから至急『彼女』からの除名手続きをしなければなりません」
「そっ、そうか」
はぁ……またあの大量の書類にサインをするのか。
でも、ハーモニー伯爵令嬢の幸せのためだ。がんばろう!
私は心からの笑みを浮かべ、ハーモニー伯爵令嬢に祝福を述べた。
「ハーモニー嬢よかったね」
「はい! カール王子様のお陰です♪」
「私の?」
「私のキューピッドはカール王子様です~♪」
「そうなの?」
カイザス侯爵とハーモニー伯爵令嬢のキューピッド? 私が?
「はい! 私たちは彼女会で出会ったのですから」
「……ああ、あの彼女会で……」
カール王子の『彼女』たちが、年に一度集う『彼女会』というものがある。
私が12歳の時にスカーレット公爵令嬢と作った彼女制度。さまざまな事情により彼女となった者たちが、私との関係を怪しまれないためにはじめられた会だ。
昨年行われた彼女会で、カイザス侯爵令息とハーモニー伯爵令嬢は出会い、恋に落ちたという。
出会いの場となった彼女会を開いた私は、ハーモニー伯爵令嬢にとって恋のキューピッドとなるらしい。
ーーしかし!
おかしくないか?
彼女会は私、カール王子と『彼女』たちの集まりだ。
必ずしも出席せねばならない訳ではないため、領地が遠いハーモニー伯爵令嬢は、昨年までずっと参加していなかったのだ。
たまたま出席した会で、ハーモニー伯爵令嬢はカイザス侯爵……いやキャメロン令嬢と出会い恋をしたというのだ。
ーーそう、カイザス侯爵令息は、名をキャメロン・キャスバル・カイザスという、私の2人目として入れることになった『彼女』だ。
キャメロンは、カイザス侯爵家の嫡男。けれど、事情により女性として育てられていた。
カイザス侯爵家の男子は何故か短命で、特に嫡男は二十歳を迎える迄に亡くなるものがほとんどだった。
呪いの類いかと調べたがわからず、当時の大神官より、打開策として二十歳までを女性の姿で育てることを提案された。
結果、その案は上手くいった。二十歳までを女性として育てば、その後は本来の姿である男性として寿命をまっとうすることが可能となったのだ。
そうして、カイザス侯爵家は男子が二十歳までを女性として生きるとこで代を繋いできていた。
ーーだが、キャメロンに大きな問題が起きてしまった。
女性版キャメロンはかなり美人だったのだ。
高身長に映えるスラリと伸びた腕や脚。作られたがゆえに形も大きさも世の男性の理想的な胸。
女性らしく見せるためか、つねに少しだけ開かれていたピンク色の薄い唇が、とてつもない妖艶さを醸し出してしまっていた。
そんなキャメロンに、婚約の申し込みが殺到してしまったのだ。
もちろん、男性からである。
侯爵家の事情を公にすることは出来ない。呪いかどうかは分からずじまいだからだ。
増えるばかりの婚約の申し込みに困ったカイザス侯爵は、侯爵夫人が若かりし頃侍女を勤めたことのある、王妃に相談をした。
王妃は、カール王子の『彼女』制度を伝え、キャメロンが二十歳を迎えるまで『彼女』に入れておけばいいと話した。
王子様の『彼女』に、おいそれと婚約を申し込む者はいないからだ。
その通りに、カール王子の『彼女』となったキャメロンへの婚約の申し入れはピタリとなくなった。
ーー今年、キャメロン侯爵令嬢は二十歳となり『彼女』から外す予定ではあったのだが。
女装姿のキャメロン侯爵令息とハーモニー伯爵令嬢は恋に落ちていた。
どんな姿でも惹かれ合うというのは……運命の恋なんだろう。
(……いいなぁ。運命って言葉、憧れる)
ちょっと羨ましく思えた。
「二人が私の『彼女』になったのも、昨年出会い恋に落ちたのも、私は関係ないよ。二人の運命だ、すごいよ」
「いいえ、すべてはカール王子様がいらっしゃったからです」
ハーモニー伯爵令嬢は咲き誇る花のような笑みを浮かべた。
「結婚式には必ず私も呼んでね!」
「はい、もちろんです! カール王子様 ♪ 」
◇◇◇
「うわーっ、疲れたぁーっ」
城へ戻った私は、キャメロン侯爵令嬢(令息)とハーモニー伯爵令嬢を『彼女』から外す手続きをした。
たくさん書類を書いた。
サインして判を押して、大変過ぎるよ……ううっ。
でも、なんとか終わったからね。
お風呂も入ったし、今日はもう寝よう。
今夜は、ソファーには寝転ばずに、ちゃんとベッドに横になった。
このベッド、広いんだよね。
寝相の悪い私でも、へっちゃらのキングサイズですよ。
天蓋も付いているし、白いフリフリがまさに王子様のベッドって感じ。
……お姫様っぽい気もするけど。
……おやすみ……
◇◇◇
「はぁーーっ」
城の一角にある自室に戻ったランディは、ベッドに寝転ぶと深く息を吐いた。
ノーラ聖女、やっぱり聖女だけあって感が鋭いようだ。
アイツ、すぐにカールが変わったことに気づいたし。
俺が、ノーラ聖女を魔女かと疑っていたことにも気づいてた。
俺が探している魔女については、残念ながら情報は得られず仕舞いだ。
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当然か、調べてわかるようなら探せとは言わないだろう。
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情報によれば、この魔女は『何でもお見通し』という変わった魔法を使えるらしい。
(よかった。もし、カールが魔女に会いに行っていたら大変なことになるところだった)
『何でもお見通し』
ふざけた名の魔法だが、その魔法なら前世を視ることができるはずだ。
カールの前世が香だということも、俺の前世が光輝だといういうことも、見通せるだろう。
……ん?
それってつまり、『彼女』の中にいる魔女も見通せるということじゃないのか?
「会いに行ってみるか……」
ランディはベッドから飛び起きると、クローゼットの奥から紋章入りのマントを取り出して羽織り、転移魔法を使い部屋を出た。
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