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番外編
前編 突然の雷雨
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エスターとシャーロットが結婚して、二年が過ぎた。
エスターの屋敷で一緒に暮らしているのは、執事のジェラルドと妻のドロシー。護衛のダン、その妻でコックのクレアと二人の間に半年前生まれたばかりの可愛い女の子ミラ。
賑やかになったエスターの屋敷は、何事もなく穏やかな日々を過ごしていた。
その日、昼食を済ませたシャーロットはドロシーと居間で編み物をしていた。
クレアはミラを連れ部屋へと戻り、ジェラルドとダンは執務室で仕事をしている。
エスターは第二騎士団副隊長として、今日も町の警護へ行っていた。
そんな、いつもと変わらない一日のはずだった。
*
「あら、暗くなってきましたね」
それまで晴れていた空に暗雲が垂れこめる。
それは、ゴゴッーーッバキバキッという大きな雷を轟かせると、瞬く間に激しい雨を降らせた。
吹き込む雨に、慌てて窓を閉めに向かったドロシーさんは、外を見ながら「珍しい……」と呟いている。
アルバ王国は雨の日が少ない。降ったとしても、シトシトと降る程度、こんなに激しい雷雨は数年に一度ぐらい。
……なんだか変な感じがした。
よく分からないが、フワッとした気持ち悪さを感じる。
けれど、これはあの日を思い出したせいだろうと、私は稲妻の光が見える窓から目を逸らした。
「すごい雨ですね、雷まで鳴って」
そう話しながら振り返ったドロシーは、慌ててシャーロットの側に行く。
「シャーロット様どうしましたか⁈ 顔色が悪いです。もしかしてエスター様が心配ですか? エスター様なら大丈夫ですよ? 竜獣人は雷も平気なんですから」
「そうですね、分かっていてもやはりエスターの事は心配になりますが……」
「それでは?」
「私、雷が……こんな天気が怖いんです」
「怖い……それは……」
「七年前になりますが、私の両親が亡くなった日もこんな風に激しい雷雨でした」
ゴロゴロと鳴る雷の音とパシッと光る稲妻、空気の振動、激しく降る雨の音があの日を思い出させた。
両親が馬車の事故で亡くなった日
その日は、両親と一緒にマーベル伯爵主催のパーティーへ出掛ける事になっていたが、私は朝から少し熱が出てしまい、行けなくなった。
『夕方までには帰ってくるから』そう言って、寝ている私の頭を優しく撫で、両親は出掛けて行った。
その夕方、突然降り出した雨と雷の中を馬車に乗り家路へと向かっていた両親。
その馬車が並木通りを走っていた時、横に並ぶ高い木に雷が落ちた。
眩い光とバキバキという音、天と地から一度にくる衝撃に驚いた二頭の馬が暴れ、バランスを崩した馬車は横転、乗っていた両親は帰らぬ人となった。
すっかり熱も下がった私は、夕方には帰ってくるはずの両親を玄関で待っていた。
夕方を過ぎ、雨が上がっても、夜になっても両親は帰って来ない。
もう少し待てば帰って来る、そう思って玄関で待ち続けた。
夜遅く、両親の訃報を知らせに騎士達が来るまで。
話終えると、ドロシーさんは私をそっと抱きしめてくれた。
「寂しい思いをされましたね」
「はい、でもその後すぐに叔父達が来てくれて……寂しいと思う暇もなくなりました」
「……その事に関しては良かったとは言えませんが、これからは大丈夫です。エスター様はずっとシャーロット様の側にいらっしゃいますからね。竜獣人は決して『花』から離れません。この先、一人になる事も、寂しい思いをされる事もありません」
「はい、ありがとうございます。ドロシーさん」
*
ずぶ濡れの第二騎士団の騎士アルが、息を切らし屋敷に駆け込んで来たのはそれからすぐの事だった。
騎士アルから話を聞いたジェラルドは、急いでシャーロットのいる居間へ向かう。
「シャーロット様、大変なことになりました。エスター様が……」
いつも冷静なジェラルドが慌てている。
「エスターが大変って、何? 怪我をしたの?」
エスターは病気をする事はない。怪我もしたところを見た事は無いが、彼に起こる大変な事と言えば他に思いつかない。
「いえ、その……レイナルド邸へと帰られたそうです」
「…………?」
どういう事? レイナルド邸に行くのは大変な事では無いと思うけど……?
「エスター様は、どうやら記憶を失くしておられるようです」
「「記憶を失くしてる⁈ 」」
驚いた私とドロシーさんの声が重なった。
ーーーーーー*
エスターは同僚の第二騎士団の騎士アルと二人で、町の警護をしていた。
二年前に四頭の魔獣が出て以来、この町には魔獣は出ていない。
結界を強化してもらった事に加え、エスターが見回りをしている事も影響しているようだった。
最近では、エスターも人々に囲まれる事も少なくなった。同時に、おかしなジンクスも減った。ヴィクトールが言った様に、見る頻度が増えれば人は慣れるものなのだろう。
二人が町の見回りを終え帰ろうとしていた時、ドンッ!と目の前に、ガイア公爵の長男ラディリアスが降ってきた。
「エスター兄さんっ、僕に聖剣貸してください!」
「突然現れて何を……」
「早くっ! 僕持って来てなくてっ、ほら、あそこ!」
ラディリアスが指差す空には、暗雲が立ち込めて来ていた。
ゴゴゴッと音が響くその雲の中央から、棘だらけのギラギラと光る魔獣が顔を出している。
「ラディリアス、もしかして連れて来たのか?」
「そんな訳ないよっ! ちょっと家から抜け出して、そこの屋根の上で休んでいたら見えたんですよ」
「抜け出してって……はぁ……僕が倒すから、アル、ラディリアスを捕まえといて、ガイア公爵家に連れて行かないと」
「ええっ! 嫌だよっ! 絶対怒られるよ!」
叫ぶラディリアスを横目に、エスターは聖剣を片手に持つと、ダンッと地面を蹴り、遥か上空にいる魔獣へ向けて跳躍した。
ザシュッという音と共に魔獣は炎に包まれ消え去ったが、それと同時にバキバキッと大きな音を立てた雷がエスターに直撃した。
「あっ! エスター兄さんっ‼︎ 」
「うわっ! エスター副隊長っ! 落ちるっ‼︎‼︎」
落雷をまともに受けたエスターは、上空で気を失いそのまま落下する。
ラディリアスは、走って降下先に行き、両手を広げ飛び上がりその体を受け止めた。
ーーードンッ!
ラディリアスがエスターを抱えて地上に降りると、ダンッとすぐ横に、聖剣が落ち、地表に突き刺さった。
「うっ………見た目細いのに……重いっ……」
「当たり前ですよ、ラディリアス様はまだ十二歳でしょ? エスター副隊長はもう二十歳、若く見えるけどいい大人ですよ。それにこの人、凄い筋肉質なんだから」
その言葉に、ラディリアスはアルを疑うように見る。
「……なんでエスター兄さんの体、知ってるの? 見たの?」
「着替える時見えるんですよ、ワザとじゃないです! そういう趣味はありません」
「趣味って何? 僕そんな事聞いてないよ?」
ポツ ポツ ポツ
路面に丸い点が無数に描かれはじめた。
「あ、雨だ……」
二人は気を失っているエスターと聖剣を抱えて、入口が開いていた近くのレストランに運び入れた。
入ったと同時に雨脚は激しさを増し、幾つも雷が鳴り響く。
運び入れたレストランは、夜の開店前の仕込み中の札が下がっていて、店は開いてはいたが客はいなかった。
店の主人が椅子を並べてくれ、そこにエスターを寝かせる。
開店前の準備をしなければならない従業員達は、急に入ってきた、初めてみる美少年とエスターに( それも寝ているというレアな顔だ) 仕事が手につかない。
ラディリアスはガイア公爵の長男。
誰に似たのかちっとも大人しくないが、静かにしていれば、見ているだけでため息が出るほどの美少年だ。
父親とよく似た青銀色の長い髪は、頭の後ろの高い位置で一つに結んでいて、動くたびにサラサラと揺れる。母親から譲り受けた濃い紫色の目は、神秘的な輝きを放つ。背も高く、美麗な顔立ちをしている。
「大丈夫でしょうか?」
アルは、目を閉じているエスターの顔を覗き込む。
「うん、雷ぐらい平気だよ。ただ、気を失っているから……ちょっと衝撃が強かったのかな? でも、もうすぐ起きると思うよ」
「はぁ……」
椅子に横になっているエスターの顔色は、確かに悪くはない。
「……ん……」
「あ、エスター副隊長! 目が覚められましたね!」
「…………?」
「エスター兄さん、大丈夫? 雷まともに受けちゃって気を失ってたんだよ⁈ 」
「……ラディリアス……か?」
ラディリアスを見、目を見開くエスターは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「そうだよ、どうしたの? うわぁ……そんなに驚いた顔、初めて見た!」
状況がよく分からないエスターは、頭を抱えていた。
「もしかして具合悪いの? えっ僕達は雷も平気だよね?」
「いや……具合は悪くない……だが……」
珍しく不安げなエスターの声に、二人は心配になった。
「エスター副隊長、本日はもう帰られた方がよろしいです。ちょうど見回りも終わっていた事ですし、後の事は他の者に頼みましょう。私はラディリアス様をガイア公爵家まで送り届けてきます」
「ええっ! 嫌だよっ、僕父上に怒られるよ」
ラディリアスは後退りをし逃げようとするが、その肩をアルは捕まえ逃さなかった。
エスターは、手のひらをジッと見つめ、それから横に置いてあった聖剣を確認する様に見ると、鞘に収めた。
「……うん、帰らせてもらう」
「はい、一人で大丈夫ですか?」
どうも様子がおかしいエスターのことが、二人は気になっていた。
さっきから自分の隊服を見ては首を傾げ、遠巻きにしている店員には、普段は見せない作った様な微笑みを見せているのだ。
「あ、ああ……大丈夫」
エスターはそう言うと、レストランの主人に礼を述べて店を出た。
外はまだ雨が激しく降っている。
それを気にもせず、エスターは雨の中をすたすたと凄い速さで歩き出した。
アルとラディリアスは思わず顔を見合わせる。
「様子がおかしくない?」
「付いて行きましょう」
二人が早足で、いやほとんど走って後をつけて行くと、エスターは本来なら帰るはずの屋敷とは真逆にある、レイナルド公爵邸へと向かったのだ。
「……どういうこと? エスター兄さんがシャーロット姉様の所へ帰らないって事ある?」
「いえ、あり得ません」
エスターは本来なら隊長になるはずだったのだが、それだとシャーロットといる時間が減ると言い、未だ副隊長をしているくらいだ。
「……だよね、おかしいよ。もしかして記憶が飛んでるのかな?」
「記憶が? それは」
「分かんないけどさ、エスター兄さんは今、シャーロット姉様の事忘れてるみたいだ」
どんどん早く歩いて行くエスターに、アルは追いつけなくなってきた。
「僕がついて行くから、お兄さんはエスター兄さんがおかしくなったって、シャーロット姉様に伝えて!」
「はい! 分かりました!」
ラディリアスは先に行ってしまったエスターを、走って追いかけた。
エスターの屋敷で一緒に暮らしているのは、執事のジェラルドと妻のドロシー。護衛のダン、その妻でコックのクレアと二人の間に半年前生まれたばかりの可愛い女の子ミラ。
賑やかになったエスターの屋敷は、何事もなく穏やかな日々を過ごしていた。
その日、昼食を済ませたシャーロットはドロシーと居間で編み物をしていた。
クレアはミラを連れ部屋へと戻り、ジェラルドとダンは執務室で仕事をしている。
エスターは第二騎士団副隊長として、今日も町の警護へ行っていた。
そんな、いつもと変わらない一日のはずだった。
*
「あら、暗くなってきましたね」
それまで晴れていた空に暗雲が垂れこめる。
それは、ゴゴッーーッバキバキッという大きな雷を轟かせると、瞬く間に激しい雨を降らせた。
吹き込む雨に、慌てて窓を閉めに向かったドロシーさんは、外を見ながら「珍しい……」と呟いている。
アルバ王国は雨の日が少ない。降ったとしても、シトシトと降る程度、こんなに激しい雷雨は数年に一度ぐらい。
……なんだか変な感じがした。
よく分からないが、フワッとした気持ち悪さを感じる。
けれど、これはあの日を思い出したせいだろうと、私は稲妻の光が見える窓から目を逸らした。
「すごい雨ですね、雷まで鳴って」
そう話しながら振り返ったドロシーは、慌ててシャーロットの側に行く。
「シャーロット様どうしましたか⁈ 顔色が悪いです。もしかしてエスター様が心配ですか? エスター様なら大丈夫ですよ? 竜獣人は雷も平気なんですから」
「そうですね、分かっていてもやはりエスターの事は心配になりますが……」
「それでは?」
「私、雷が……こんな天気が怖いんです」
「怖い……それは……」
「七年前になりますが、私の両親が亡くなった日もこんな風に激しい雷雨でした」
ゴロゴロと鳴る雷の音とパシッと光る稲妻、空気の振動、激しく降る雨の音があの日を思い出させた。
両親が馬車の事故で亡くなった日
その日は、両親と一緒にマーベル伯爵主催のパーティーへ出掛ける事になっていたが、私は朝から少し熱が出てしまい、行けなくなった。
『夕方までには帰ってくるから』そう言って、寝ている私の頭を優しく撫で、両親は出掛けて行った。
その夕方、突然降り出した雨と雷の中を馬車に乗り家路へと向かっていた両親。
その馬車が並木通りを走っていた時、横に並ぶ高い木に雷が落ちた。
眩い光とバキバキという音、天と地から一度にくる衝撃に驚いた二頭の馬が暴れ、バランスを崩した馬車は横転、乗っていた両親は帰らぬ人となった。
すっかり熱も下がった私は、夕方には帰ってくるはずの両親を玄関で待っていた。
夕方を過ぎ、雨が上がっても、夜になっても両親は帰って来ない。
もう少し待てば帰って来る、そう思って玄関で待ち続けた。
夜遅く、両親の訃報を知らせに騎士達が来るまで。
話終えると、ドロシーさんは私をそっと抱きしめてくれた。
「寂しい思いをされましたね」
「はい、でもその後すぐに叔父達が来てくれて……寂しいと思う暇もなくなりました」
「……その事に関しては良かったとは言えませんが、これからは大丈夫です。エスター様はずっとシャーロット様の側にいらっしゃいますからね。竜獣人は決して『花』から離れません。この先、一人になる事も、寂しい思いをされる事もありません」
「はい、ありがとうございます。ドロシーさん」
*
ずぶ濡れの第二騎士団の騎士アルが、息を切らし屋敷に駆け込んで来たのはそれからすぐの事だった。
騎士アルから話を聞いたジェラルドは、急いでシャーロットのいる居間へ向かう。
「シャーロット様、大変なことになりました。エスター様が……」
いつも冷静なジェラルドが慌てている。
「エスターが大変って、何? 怪我をしたの?」
エスターは病気をする事はない。怪我もしたところを見た事は無いが、彼に起こる大変な事と言えば他に思いつかない。
「いえ、その……レイナルド邸へと帰られたそうです」
「…………?」
どういう事? レイナルド邸に行くのは大変な事では無いと思うけど……?
「エスター様は、どうやら記憶を失くしておられるようです」
「「記憶を失くしてる⁈ 」」
驚いた私とドロシーさんの声が重なった。
ーーーーーー*
エスターは同僚の第二騎士団の騎士アルと二人で、町の警護をしていた。
二年前に四頭の魔獣が出て以来、この町には魔獣は出ていない。
結界を強化してもらった事に加え、エスターが見回りをしている事も影響しているようだった。
最近では、エスターも人々に囲まれる事も少なくなった。同時に、おかしなジンクスも減った。ヴィクトールが言った様に、見る頻度が増えれば人は慣れるものなのだろう。
二人が町の見回りを終え帰ろうとしていた時、ドンッ!と目の前に、ガイア公爵の長男ラディリアスが降ってきた。
「エスター兄さんっ、僕に聖剣貸してください!」
「突然現れて何を……」
「早くっ! 僕持って来てなくてっ、ほら、あそこ!」
ラディリアスが指差す空には、暗雲が立ち込めて来ていた。
ゴゴゴッと音が響くその雲の中央から、棘だらけのギラギラと光る魔獣が顔を出している。
「ラディリアス、もしかして連れて来たのか?」
「そんな訳ないよっ! ちょっと家から抜け出して、そこの屋根の上で休んでいたら見えたんですよ」
「抜け出してって……はぁ……僕が倒すから、アル、ラディリアスを捕まえといて、ガイア公爵家に連れて行かないと」
「ええっ! 嫌だよっ! 絶対怒られるよ!」
叫ぶラディリアスを横目に、エスターは聖剣を片手に持つと、ダンッと地面を蹴り、遥か上空にいる魔獣へ向けて跳躍した。
ザシュッという音と共に魔獣は炎に包まれ消え去ったが、それと同時にバキバキッと大きな音を立てた雷がエスターに直撃した。
「あっ! エスター兄さんっ‼︎ 」
「うわっ! エスター副隊長っ! 落ちるっ‼︎‼︎」
落雷をまともに受けたエスターは、上空で気を失いそのまま落下する。
ラディリアスは、走って降下先に行き、両手を広げ飛び上がりその体を受け止めた。
ーーードンッ!
ラディリアスがエスターを抱えて地上に降りると、ダンッとすぐ横に、聖剣が落ち、地表に突き刺さった。
「うっ………見た目細いのに……重いっ……」
「当たり前ですよ、ラディリアス様はまだ十二歳でしょ? エスター副隊長はもう二十歳、若く見えるけどいい大人ですよ。それにこの人、凄い筋肉質なんだから」
その言葉に、ラディリアスはアルを疑うように見る。
「……なんでエスター兄さんの体、知ってるの? 見たの?」
「着替える時見えるんですよ、ワザとじゃないです! そういう趣味はありません」
「趣味って何? 僕そんな事聞いてないよ?」
ポツ ポツ ポツ
路面に丸い点が無数に描かれはじめた。
「あ、雨だ……」
二人は気を失っているエスターと聖剣を抱えて、入口が開いていた近くのレストランに運び入れた。
入ったと同時に雨脚は激しさを増し、幾つも雷が鳴り響く。
運び入れたレストランは、夜の開店前の仕込み中の札が下がっていて、店は開いてはいたが客はいなかった。
店の主人が椅子を並べてくれ、そこにエスターを寝かせる。
開店前の準備をしなければならない従業員達は、急に入ってきた、初めてみる美少年とエスターに( それも寝ているというレアな顔だ) 仕事が手につかない。
ラディリアスはガイア公爵の長男。
誰に似たのかちっとも大人しくないが、静かにしていれば、見ているだけでため息が出るほどの美少年だ。
父親とよく似た青銀色の長い髪は、頭の後ろの高い位置で一つに結んでいて、動くたびにサラサラと揺れる。母親から譲り受けた濃い紫色の目は、神秘的な輝きを放つ。背も高く、美麗な顔立ちをしている。
「大丈夫でしょうか?」
アルは、目を閉じているエスターの顔を覗き込む。
「うん、雷ぐらい平気だよ。ただ、気を失っているから……ちょっと衝撃が強かったのかな? でも、もうすぐ起きると思うよ」
「はぁ……」
椅子に横になっているエスターの顔色は、確かに悪くはない。
「……ん……」
「あ、エスター副隊長! 目が覚められましたね!」
「…………?」
「エスター兄さん、大丈夫? 雷まともに受けちゃって気を失ってたんだよ⁈ 」
「……ラディリアス……か?」
ラディリアスを見、目を見開くエスターは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「そうだよ、どうしたの? うわぁ……そんなに驚いた顔、初めて見た!」
状況がよく分からないエスターは、頭を抱えていた。
「もしかして具合悪いの? えっ僕達は雷も平気だよね?」
「いや……具合は悪くない……だが……」
珍しく不安げなエスターの声に、二人は心配になった。
「エスター副隊長、本日はもう帰られた方がよろしいです。ちょうど見回りも終わっていた事ですし、後の事は他の者に頼みましょう。私はラディリアス様をガイア公爵家まで送り届けてきます」
「ええっ! 嫌だよっ、僕父上に怒られるよ」
ラディリアスは後退りをし逃げようとするが、その肩をアルは捕まえ逃さなかった。
エスターは、手のひらをジッと見つめ、それから横に置いてあった聖剣を確認する様に見ると、鞘に収めた。
「……うん、帰らせてもらう」
「はい、一人で大丈夫ですか?」
どうも様子がおかしいエスターのことが、二人は気になっていた。
さっきから自分の隊服を見ては首を傾げ、遠巻きにしている店員には、普段は見せない作った様な微笑みを見せているのだ。
「あ、ああ……大丈夫」
エスターはそう言うと、レストランの主人に礼を述べて店を出た。
外はまだ雨が激しく降っている。
それを気にもせず、エスターは雨の中をすたすたと凄い速さで歩き出した。
アルとラディリアスは思わず顔を見合わせる。
「様子がおかしくない?」
「付いて行きましょう」
二人が早足で、いやほとんど走って後をつけて行くと、エスターは本来なら帰るはずの屋敷とは真逆にある、レイナルド公爵邸へと向かったのだ。
「……どういうこと? エスター兄さんがシャーロット姉様の所へ帰らないって事ある?」
「いえ、あり得ません」
エスターは本来なら隊長になるはずだったのだが、それだとシャーロットといる時間が減ると言い、未だ副隊長をしているくらいだ。
「……だよね、おかしいよ。もしかして記憶が飛んでるのかな?」
「記憶が? それは」
「分かんないけどさ、エスター兄さんは今、シャーロット姉様の事忘れてるみたいだ」
どんどん早く歩いて行くエスターに、アルは追いつけなくなってきた。
「僕がついて行くから、お兄さんはエスター兄さんがおかしくなったって、シャーロット姉様に伝えて!」
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