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番外編
後編 ゆっくり出来るね
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突然のエスターの訪問に驚いたのは、レイナルド邸にいた者達だった。
「エ、エスター様⁈ どうしてこちらに? それも、そんなにずぶ濡れで……」
執事のバロンは呆気に取られている。
「雨が降っていて……何をそんなに驚いているの? 悪いけど、僕の部屋のお風呂準備してくれるかな」
「…………エスター様?」
バロンは何が何だか分からない。そこに、バンッとまた玄関が開いた。
同じくずぶ濡れで……これがまさに水も滴る美少年か、とつまらない事を考えいるバロンの前には、息を切らしたラディリアスが立っている。
「こ、こんばんは……はっ、はあ、雨の中は息がっ、口の中に雨入るしっ……はーっ、ふぅ」
息を整えたラディリアスは、雨に濡れて顔に貼り付いている髪を掻き上げると、ぺこりとお辞儀をした。
「こんばんは、僕ラディリアス・ガイアです」
「はい、よく存じております」
「それで、エスター兄さんの……」
バロンは頷き「とりあえずラディリアス様も入浴し、体を温められて下さい。お話はその後にお聞きしてもよろしいでしょうか?」と言うと、カミラを呼んだ。
「ラディリアス様はこちらへ、エスター様はカミラが案内致します」
「……どうして? 自分の部屋ぐらい分かるよ?」
「カミラが案内致します、カミラ頼む」
バロンは、目配せでエスターの異常をカミラに知らせる。
カミラは頷くと、エスターを客間へと連れて行った。
濡れた隊服が気持ち悪かったのか、エスターは上着を脱ぎながら、カミラの後を付いて行く。
「どうしてここなの? 部屋のお風呂は壊れたの?」
「……とりあえず入浴なさってください。詳しいお話は後でお聞きします」
「えっ? 僕が聞かれるの?」
湯船に浸かりながらエスターは考えていた。
なぜ自分が聞かれるのだろう、こっちが聞きたい事だらけなのに……
それに、ずっと胸の奥に引っかかっている事がある。
大切な事だ。思い出したくて堪らないのに思い出せない……
*
エスターが入浴中、他の客間の浴室へ案内されたラディリアスは湯船に浸かりながら、バロンと駆けつけて来たヴィクトール閣下に話をしていた。
「雷に打たれて……気を失って落ちた?」
話を聞いたヴィクトールは、目を見開いた。
竜獣人は、雷が落ちたとしても一瞬体が光るぐらいで、気を失う事など今まで聞いた事がない。
「そうなんです、それを僕がキャッチしました!」
まるでボールを掴んだかのように片手をグッと握ってみせるラディリアス。その顔は自慢げだ。
「それは……ありがとう。しかし、ラディリアス、その時なぜ君はそこに居て、今ここに居るのかな?」
ヴィクトール閣下の銀色の目が妖しく光る。
「ぐっ……そ、それは……」
「このことはガイア公爵は知っているのか?」
「父上は……」
「ラディリアス、君は誰に似たんだ……また勉強が嫌で逃げ出したのか……」
「ーーー僕は10分以上イスに座っていられない体なんです。ヴィクトール閣下なら分かるでしょう?」
「……しらんよ」
ガイア公爵の息子、ラディリアスは父親であるマクディアスによく似ている。黙っていれば……。
ただ、この少年はちっともジッとしていられない。
入浴を済ませたラディリアスを居間に通し、話の続きを聞いていると、腑に落ちない様な顔をしたエスターが入ってきた。
ヴィクトールは、エスターに現状を伝え、すでに結婚し妻がいると教えた。
「僕は結婚しているんですか……」
思い出せず苦悩するエスターを見て、皆は心配より先に驚いていた。
……あんな顔もできるのか……
「僕の『花』はどんな人なんですか?」
せつなげな表情を浮かべるエスターを見て、どうやら本当にすっかり忘れている様だ、とヴィクトールは思う。
……これは……バロンに状況を細かく記録する様に伝えると、ローズを呼んだ。
カミラから、エスターがどうやら最近の記憶を失っている様だ、と聞いたローズは慌てて部屋へと来た。
「母上」
「エスター、あなたシャ」
シャーロットの名を口にしようとしたローズの口を、ヴィクトールが押さえる。
「ローズ、ちょっと今はその名を呼ばないでおいてくれないか、調べたい事があるんだ」
「調べる?」
そう言うとヴィクトールはオスカーを呼んだ。
オスカーは家の中でも片時もティナを離さない。必然的に二人で来る事になる。
二人を見たエスターは目を丸くした。
「オスカー兄さん……それに、その人は……兄さんの『花』? なんだろう、兄さんの大切な人だって分かる……オスカー兄さん、結婚したんですね」
「……ほぉ、なるほど」
ヴィクトールは目を細め、バロンに何かを伝えた。
ヴィクトールはエスターを見て、楽しそうに微笑んでいる。
ローズはそんなヴィクトールが分からない、なぜ息子が大変な事になっているのに笑っているのかしら……
何も聞かされないままヴィクトールに呼ばれたオスカーは、エスターのおかしな言動が分からなかった。
「オスカー、お前はもういい部屋に戻ってくれ、ティナ来てくれてありがとう」
「えっ、何だったんですか? 俺、気になるんだけど⁈ エスターの様子もおかしいし、大体彼女がいないのにここにいるなんて……その上、ラディリアス、お前なぜ椅子の陰に隠れているんだよ」
ラディリアスは椅子の陰に隠れたまま、オスカーに答える。
「……もうすぐ、父上がここに来ます」
「お前、また逃げ出して来たのか」
「……またって、人聞きの悪い……」
その時、ゴーンゴーンとレイナルド邸の玄関ベルが鳴った。
何かを感じて、ハッとした顔をするエスター。
それを見てニヤリとするヴィクトール。
青ざめ、さらに椅子の陰に隠れるラディリアス。
どういうこと? と首を傾げるローズ。
片腕にティナを抱いたまま、皆を平然と見るオスカー。
腕に抱かれている事にすっかり慣れてしまったティナは、何となくこの先を察した。
パタパタと足音が居間へと近づく中、ヴィクトールがエスターに告げる。
「二日やろう、客間を用意させてある。それ以上はダメだ」
「……何? どういう事ですか、父上……」
パタンと扉が開き、最初に入って来たのはジェラルドだった。
「エスター様! 大丈夫なのですか⁈ 」
「あれ、ジェラルド? どうして君が慌ててるの?」
「……! やっぱり、おかしくなっている!」
「バロン、今の言葉も記録しておいてくれ」
「はい……」
次にガイア公爵が入ってきた。
その場にいる皆に一礼すると、椅子の陰に隠れるラディリアスに声をかける。
「ラディリアス、それで隠れているつもりなのか」
「……父上」
「帰るぞ」
「……怒らない?」
「…………ここでは」
「ここでは⁈ 」
マグディアスの言葉を読み取ったラディリアスは、椅子を掴んで離さない。
とりあえず、バロンはラディリアスの様子も記録しておいた。
そこにドロシーと一緒に、シャーロットが入って来た。
「エスター!」
シャーロットを見るエスターの目は一瞬輝き、口元は柔らかくほころんだ。
シャーロットが、駆け寄ろうとするより先にエスターが彼女のそばに行く。
「えっ……エスター、大丈夫なの?」
エスターに、ぐっと腰を引き寄せられ、頬に手を添えられたシャーロットは、何が何だか分からなかった。
『エスター様は記憶を失くされている様です』
そう聞いて、慌ててここに来た。
ジェラルドとドロシーと一緒に屋敷を出ようと準備をしていた時、ガイア公爵閣下が訪ねてきた。
「私も一緒に行こう。シャーロット嬢の護衛が君達だけでは何かと不安だろう」と言われ、四人でやって来た。
……けれど……⁈
私を見るエスターの目は、どうしてなのか仄暗い光を宿している。
「エスター……?」
「どうやって此処まで来たの?」
何故か彼の声は低く冷たい。
「えっ……馬車で」
「まさか一人で?」
「ちっ、違うわ、ジェラルドさんとドロシーさんと、それにガイア公爵閣下も一緒に来てくださったのよ⁈ 」
彼の事を心配して来たのに、叱られている様な気がするのはなぜ?
「屋敷を出ないと約束してたよね?」
「……でも、エスターが大変だって……」
「僕を呼べばいいだろう? ここまで来る間に何かあったらどうするんだ」
添えられた手がゆっくりと動き、シャーロットの頬を撫でる。
「何もなかったわ、ガイア公爵閣下もいたもの。何があってもきっと大丈夫だったと思う……」
「……そう」
頬を撫でていたエスターの手は、耳の後ろに回り、慌てて来た為に乱れているシャーロットの髪を梳いていく。
「シャーロット……」
甘い雰囲気( ⁈ )の漂い出した二人と、記録をするバロンを居間に残すと、ヴィクトールは他の皆を応接室へと案内した。
椅子を握り離さないラディリアスは、椅子ごとガイア公爵閣下に運ばれた。
二人きり( 記録中のバロンの事は別として) になった部屋で、エスターはシャーロットの額に額を寄せる。
「僕が心配で来てくれたんだ……」
「すごく心配したのよ。それに早く会いたかった……」
フッと妖艶な笑みを浮かべたエスターは、バロンに告げた。
「僕が握っていた聖剣に、雷が二つ同時に落ちたんだ。雷が聖剣を通った事で衝撃が強くなり、記憶に影響が出たんだと思う。全ての記憶は、彼女を見た瞬間に完全に戻ったよ。それ迄に起こった事も話した事も覚えているし、体には何も異常は無い。ただ、すぐにでも彼女が欲しい、以上だ」
「はい、記録しておきます」
バロンはエスターの話を書き記しながら、なるほど、と思っていた。
今までの調べによると、竜獣人は『花』と触れ合う事で、体力を回復したり、力を増す事が分かっている。『彼女が欲しい』と言ったエスター様も多少、体力の消耗があられたのだろう。
「二日もらっているから」
シャーロットの腰に添えられたエスターの手に、ぐっと力が入る。
「ゆっくり出来るね、シャーロット」
「……エスター、二日って何?」
微笑むエスターの目は、蕩けるような金色に変わりシャーロットを、欲情を孕み見つめている。
「部屋へ行こう」
「えっ、屋敷には帰らないの? それに一応サラ様に診てもらった方が……」
「必要ないよ」そうエスターに耳元で甘く囁かれ、シャーロットは抱き抱えられた。
*
【 エスター様は、訳が分からないままのシャーロット様を抱き抱え、客間へと向かわれた。
そのまま二人は丸二日間出てくる事はなかった。
部屋の中では、甘い時間を過ごされていたに違いない】
「中々の文章だな、バロン」
ヴィクトールは、バロンが記録した書類を受け取り、それを【竜獣人の特性】と書いてある箱の中へと入れた。
「雷で記憶を失う事があるとは知らなかったな……まぁ『花』がいれば問題ないか……だが、面白がって雷で遊ばない様に、子供のうちは気をつけさせないといけないな」
バロンと話ながら、ヴィクトールは過去の自分を思い出していた。
雷が鳴ると邸を飛び出し、落雷を受け光る体を友人に見せていた……。
ゲラゲラと笑う友人は、この国の王太子だった。今は王になっている。
「そうですね、ガイア公爵閣下にもお知らせしておいた方がよろしいと思います」
「そうだな、まぁラディリアスは実際に見たから分かったとは思うが、あの子達が『花』に会うまではまだしばらくあるからな……」
ラディリアスが成人するまで後四年、その頃には私には孫が居るかもしれないな、とヴィクトールは一人、目を細めていた。
「エ、エスター様⁈ どうしてこちらに? それも、そんなにずぶ濡れで……」
執事のバロンは呆気に取られている。
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「…………エスター様?」
バロンは何が何だか分からない。そこに、バンッとまた玄関が開いた。
同じくずぶ濡れで……これがまさに水も滴る美少年か、とつまらない事を考えいるバロンの前には、息を切らしたラディリアスが立っている。
「こ、こんばんは……はっ、はあ、雨の中は息がっ、口の中に雨入るしっ……はーっ、ふぅ」
息を整えたラディリアスは、雨に濡れて顔に貼り付いている髪を掻き上げると、ぺこりとお辞儀をした。
「こんばんは、僕ラディリアス・ガイアです」
「はい、よく存じております」
「それで、エスター兄さんの……」
バロンは頷き「とりあえずラディリアス様も入浴し、体を温められて下さい。お話はその後にお聞きしてもよろしいでしょうか?」と言うと、カミラを呼んだ。
「ラディリアス様はこちらへ、エスター様はカミラが案内致します」
「……どうして? 自分の部屋ぐらい分かるよ?」
「カミラが案内致します、カミラ頼む」
バロンは、目配せでエスターの異常をカミラに知らせる。
カミラは頷くと、エスターを客間へと連れて行った。
濡れた隊服が気持ち悪かったのか、エスターは上着を脱ぎながら、カミラの後を付いて行く。
「どうしてここなの? 部屋のお風呂は壊れたの?」
「……とりあえず入浴なさってください。詳しいお話は後でお聞きします」
「えっ? 僕が聞かれるの?」
湯船に浸かりながらエスターは考えていた。
なぜ自分が聞かれるのだろう、こっちが聞きたい事だらけなのに……
それに、ずっと胸の奥に引っかかっている事がある。
大切な事だ。思い出したくて堪らないのに思い出せない……
*
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「雷に打たれて……気を失って落ちた?」
話を聞いたヴィクトールは、目を見開いた。
竜獣人は、雷が落ちたとしても一瞬体が光るぐらいで、気を失う事など今まで聞いた事がない。
「そうなんです、それを僕がキャッチしました!」
まるでボールを掴んだかのように片手をグッと握ってみせるラディリアス。その顔は自慢げだ。
「それは……ありがとう。しかし、ラディリアス、その時なぜ君はそこに居て、今ここに居るのかな?」
ヴィクトール閣下の銀色の目が妖しく光る。
「ぐっ……そ、それは……」
「このことはガイア公爵は知っているのか?」
「父上は……」
「ラディリアス、君は誰に似たんだ……また勉強が嫌で逃げ出したのか……」
「ーーー僕は10分以上イスに座っていられない体なんです。ヴィクトール閣下なら分かるでしょう?」
「……しらんよ」
ガイア公爵の息子、ラディリアスは父親であるマクディアスによく似ている。黙っていれば……。
ただ、この少年はちっともジッとしていられない。
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ヴィクトールは、エスターに現状を伝え、すでに結婚し妻がいると教えた。
「僕は結婚しているんですか……」
思い出せず苦悩するエスターを見て、皆は心配より先に驚いていた。
……あんな顔もできるのか……
「僕の『花』はどんな人なんですか?」
せつなげな表情を浮かべるエスターを見て、どうやら本当にすっかり忘れている様だ、とヴィクトールは思う。
……これは……バロンに状況を細かく記録する様に伝えると、ローズを呼んだ。
カミラから、エスターがどうやら最近の記憶を失っている様だ、と聞いたローズは慌てて部屋へと来た。
「母上」
「エスター、あなたシャ」
シャーロットの名を口にしようとしたローズの口を、ヴィクトールが押さえる。
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そう言うとヴィクトールはオスカーを呼んだ。
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ヴィクトールは目を細め、バロンに何かを伝えた。
ヴィクトールはエスターを見て、楽しそうに微笑んでいる。
ローズはそんなヴィクトールが分からない、なぜ息子が大変な事になっているのに笑っているのかしら……
何も聞かされないままヴィクトールに呼ばれたオスカーは、エスターのおかしな言動が分からなかった。
「オスカー、お前はもういい部屋に戻ってくれ、ティナ来てくれてありがとう」
「えっ、何だったんですか? 俺、気になるんだけど⁈ エスターの様子もおかしいし、大体彼女がいないのにここにいるなんて……その上、ラディリアス、お前なぜ椅子の陰に隠れているんだよ」
ラディリアスは椅子の陰に隠れたまま、オスカーに答える。
「……もうすぐ、父上がここに来ます」
「お前、また逃げ出して来たのか」
「……またって、人聞きの悪い……」
その時、ゴーンゴーンとレイナルド邸の玄関ベルが鳴った。
何かを感じて、ハッとした顔をするエスター。
それを見てニヤリとするヴィクトール。
青ざめ、さらに椅子の陰に隠れるラディリアス。
どういうこと? と首を傾げるローズ。
片腕にティナを抱いたまま、皆を平然と見るオスカー。
腕に抱かれている事にすっかり慣れてしまったティナは、何となくこの先を察した。
パタパタと足音が居間へと近づく中、ヴィクトールがエスターに告げる。
「二日やろう、客間を用意させてある。それ以上はダメだ」
「……何? どういう事ですか、父上……」
パタンと扉が開き、最初に入って来たのはジェラルドだった。
「エスター様! 大丈夫なのですか⁈ 」
「あれ、ジェラルド? どうして君が慌ててるの?」
「……! やっぱり、おかしくなっている!」
「バロン、今の言葉も記録しておいてくれ」
「はい……」
次にガイア公爵が入ってきた。
その場にいる皆に一礼すると、椅子の陰に隠れるラディリアスに声をかける。
「ラディリアス、それで隠れているつもりなのか」
「……父上」
「帰るぞ」
「……怒らない?」
「…………ここでは」
「ここでは⁈ 」
マグディアスの言葉を読み取ったラディリアスは、椅子を掴んで離さない。
とりあえず、バロンはラディリアスの様子も記録しておいた。
そこにドロシーと一緒に、シャーロットが入って来た。
「エスター!」
シャーロットを見るエスターの目は一瞬輝き、口元は柔らかくほころんだ。
シャーロットが、駆け寄ろうとするより先にエスターが彼女のそばに行く。
「えっ……エスター、大丈夫なの?」
エスターに、ぐっと腰を引き寄せられ、頬に手を添えられたシャーロットは、何が何だか分からなかった。
『エスター様は記憶を失くされている様です』
そう聞いて、慌ててここに来た。
ジェラルドとドロシーと一緒に屋敷を出ようと準備をしていた時、ガイア公爵閣下が訪ねてきた。
「私も一緒に行こう。シャーロット嬢の護衛が君達だけでは何かと不安だろう」と言われ、四人でやって来た。
……けれど……⁈
私を見るエスターの目は、どうしてなのか仄暗い光を宿している。
「エスター……?」
「どうやって此処まで来たの?」
何故か彼の声は低く冷たい。
「えっ……馬車で」
「まさか一人で?」
「ちっ、違うわ、ジェラルドさんとドロシーさんと、それにガイア公爵閣下も一緒に来てくださったのよ⁈ 」
彼の事を心配して来たのに、叱られている様な気がするのはなぜ?
「屋敷を出ないと約束してたよね?」
「……でも、エスターが大変だって……」
「僕を呼べばいいだろう? ここまで来る間に何かあったらどうするんだ」
添えられた手がゆっくりと動き、シャーロットの頬を撫でる。
「何もなかったわ、ガイア公爵閣下もいたもの。何があってもきっと大丈夫だったと思う……」
「……そう」
頬を撫でていたエスターの手は、耳の後ろに回り、慌てて来た為に乱れているシャーロットの髪を梳いていく。
「シャーロット……」
甘い雰囲気( ⁈ )の漂い出した二人と、記録をするバロンを居間に残すと、ヴィクトールは他の皆を応接室へと案内した。
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「はい、記録しておきます」
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「二日もらっているから」
シャーロットの腰に添えられたエスターの手に、ぐっと力が入る。
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「……エスター、二日って何?」
微笑むエスターの目は、蕩けるような金色に変わりシャーロットを、欲情を孕み見つめている。
「部屋へ行こう」
「えっ、屋敷には帰らないの? それに一応サラ様に診てもらった方が……」
「必要ないよ」そうエスターに耳元で甘く囁かれ、シャーロットは抱き抱えられた。
*
【 エスター様は、訳が分からないままのシャーロット様を抱き抱え、客間へと向かわれた。
そのまま二人は丸二日間出てくる事はなかった。
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ヴィクトールは、バロンが記録した書類を受け取り、それを【竜獣人の特性】と書いてある箱の中へと入れた。
「雷で記憶を失う事があるとは知らなかったな……まぁ『花』がいれば問題ないか……だが、面白がって雷で遊ばない様に、子供のうちは気をつけさせないといけないな」
バロンと話ながら、ヴィクトールは過去の自分を思い出していた。
雷が鳴ると邸を飛び出し、落雷を受け光る体を友人に見せていた……。
ゲラゲラと笑う友人は、この国の王太子だった。今は王になっている。
「そうですね、ガイア公爵閣下にもお知らせしておいた方がよろしいと思います」
「そうだな、まぁラディリアスは実際に見たから分かったとは思うが、あの子達が『花』に会うまではまだしばらくあるからな……」
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