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8 墓地までの馬車の中
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馬車の中はお父さまと私の二人きり。
昨日のこともあり、お父さまにはあまり顔を見せない方がいいだろうと思った私は、軽く会釈をし、手をかそうとお父さまが出してくれた手を阻み、馬車に乗り込み席に着いた。
なるべく顔を見せないようにして窓の外に目を移す。
(少しやり過ぎてしまったと思ったけれど仕方ない。こうでもしないと私がおかしくなりそうだから)
美しく磨かれている馬車の窓ガラスは、まるで鏡の様に私の姿を映し出している。
シンプルな黒いドレスを身に着けて、茶色い髪を一つに纏めている私は『メイドのリディア』に生き写しだ。
(ここまでそっくりに生まれ変わらなくてもよかったのに)
彼に裏切られていなければ、ラリーがお父さまでなかったなら前世とそっくりなこの姿も、彼に早く気づいてもらえると思えて嬉しかっただろう。
けれど、今の私には……。
(せめて瞳の色が違うなら、ここまで似ることはなかったのに)
せめて、目の色がお母さまと同じ美しい青色だったなら、お父さまのような優しい緑色の目だったなら……。
そんなことを思いながら、私は何気に視線を外し、お父さまを覗き見た。
(……えっ!)
驚きのあまり、びくりと体が震えた。
——お父さまが、私を見ていたのだ。
それも、メイドのリディアに向けられていたような甘い眼差しで。
(まさか……)
その目を見ていたら、ラリーが別れの間際に口にした言葉が脳裏に浮かんできた。
『君がどんな姿に生まれ変わっても、僕は必ず君を見つける』
あの言葉は、前世の私と同じように『願い』となったはず。
神様は前世の私の最後の願いを、すべて叶えてくれた。
だから彼が願ったことも叶えられたのではないだろうか。
私が、生まれ変わった彼女だと気づいたのだと、一瞬思ってしまった。
(違う、ラリーが気づくはずはない)
ラリーはただ、昨日はしっかりと見ることのできなかった娘を見ているだけだ。
——そもそも彼は、生まれ変わりなんて信じていないのだから。
前世で聞いた、彼が最後に口にした数々の甘い言葉は、メイドのリディアに毒入りのワインを飲ませる為の嘘だから。
ラリーが私を騙していたなんて、あの言葉が偽りだったなんて思いたくはないけれど。
理由もあるから。
公爵夫妻に交際が見つかる前、私はラリーに抱かれたのだ。
彼の十七歳の誕生日の夜だった。
その翌日、これまで誰に知られることのなかった逢瀬が、マクスウェル公爵夫妻に知られていた。
メイドのリディアは知らなかったけれど、あの時すでに彼と侯爵令嬢(私のお母さま)との婚約は済んでいて、結婚も決まっていたのだ。
ラリーは、軽い遊びのつもりで付き合っていたメイドに手をつけた後、自ら公爵夫妻に話した。
私が他の者に彼との交際を話したりしないよう、私が信頼していたテイラーを脅迫し、あの話をさせた。
確実に私を始末するために、自分も一緒に死ぬと演じたのだ。
酷い話だけれど、こう考えると全てに納得がいく。
そんな風に考えていた時、頭の中に声が響いた。
『ラリーはそんな人じゃない』
声は、私の中に蘇ったメイドのリディアだ。
『そんな風に思わないで。彼は心から私を愛してくれたじゃない』
(私だって違うと思いたい、けれど、彼が生きていることの説明がつかない)
彼の娘である『私』という存在が、彼の裏切りを決定付けている。
それに……。
彼から裏切られていたと思わなければ、ダメなのだ。
そうじゃなきゃ消せないから。
前世の記憶と一緒に蘇ってしまった恋心を、私は消さなくてはならないから。
——お父さま……。
誕生日ケーキのろうそくにかけた願いはずっと同じだった。
両親に会いたい、一緒に暮らしたい、その日を夢見てた。
絵姿のお父さまに憧れていた。
娘として、お父さまが好きだった。
前世を思い出すまでは、親へ向ける思慕だったのに。
ほんの数日前、前世を思い出した瞬間から、私の気持ちは彼を愛する気持へと変化してしまった。
どうしようもなく、お父さまのことが好き。
——けれど、この感情は許されない。
今の私は、彼の娘だから。
リディア・マクスウェルがローレンス・マクスウェルを恋い慕うことは、道徳的に許されない。
それに、この気持ちは、お母さまに対しての裏切りにもなる。
そう、わかっているのに……。
(こんな顔見られたら……)
ガラス越しにお父さまを見つめていた私の顔は、メイドのリディアがラリーと会っていた時のように赤くなっていた。
慌てて頬を押さえ下を向く。
(熱い……お父さまに見られてないといいけれど)
こんな赤い顔をしていては、おかしいと思われる。
(娘としての矜持を保たなければ)
ラリーは『お父さま』、私は娘、娘がお父さまに恋心を抱いてはいけない。
呪文のように自分に言い聞かせていた時。
「リディア」
ふいにお父さまから声を掛けられた。
「は、はい」
慌てて顔を上げ笑みを浮かべて見せると、なぜかお父さまは眉を曇らせた。
作り笑いが見透かされたのだろうか……。
「……顔が赤い……熱? 具合が悪いのか?」
お父さまは心配そうに私の頬へ手を差し伸べる。
「大丈夫です。ちょっと緊張しているだけです」
返事をしながら私は両手で彼の手を拒絶した。
お父さまは少し悲しそうな顔をして、差し出した手を引いた。
(ごめんなさい)
具合は悪くない、でも顔が赤い理由は話せない。それに、今触れられたら私はどうにかなってしまいそうだ。
お父さまはしばらくジッと私を見つめていたが「それならばいい」と小さく頷いた。
「話したい事があるんだ。今夜私の部屋へ来て欲しいのだが」
お父さまは今にも泣きそうな顔をして「嫌でなければ……」と、声を落とした。
私の過剰な態度が、お父さまを悲しませてしまったようだ。
「はい、わかりました」
申し訳なさに私の声も小さくなった。
車内には、馬車の車輪の音だけが聞こえている。
それからすぐに、馬車は墓地へと到着した。
昨日のこともあり、お父さまにはあまり顔を見せない方がいいだろうと思った私は、軽く会釈をし、手をかそうとお父さまが出してくれた手を阻み、馬車に乗り込み席に着いた。
なるべく顔を見せないようにして窓の外に目を移す。
(少しやり過ぎてしまったと思ったけれど仕方ない。こうでもしないと私がおかしくなりそうだから)
美しく磨かれている馬車の窓ガラスは、まるで鏡の様に私の姿を映し出している。
シンプルな黒いドレスを身に着けて、茶色い髪を一つに纏めている私は『メイドのリディア』に生き写しだ。
(ここまでそっくりに生まれ変わらなくてもよかったのに)
彼に裏切られていなければ、ラリーがお父さまでなかったなら前世とそっくりなこの姿も、彼に早く気づいてもらえると思えて嬉しかっただろう。
けれど、今の私には……。
(せめて瞳の色が違うなら、ここまで似ることはなかったのに)
せめて、目の色がお母さまと同じ美しい青色だったなら、お父さまのような優しい緑色の目だったなら……。
そんなことを思いながら、私は何気に視線を外し、お父さまを覗き見た。
(……えっ!)
驚きのあまり、びくりと体が震えた。
——お父さまが、私を見ていたのだ。
それも、メイドのリディアに向けられていたような甘い眼差しで。
(まさか……)
その目を見ていたら、ラリーが別れの間際に口にした言葉が脳裏に浮かんできた。
『君がどんな姿に生まれ変わっても、僕は必ず君を見つける』
あの言葉は、前世の私と同じように『願い』となったはず。
神様は前世の私の最後の願いを、すべて叶えてくれた。
だから彼が願ったことも叶えられたのではないだろうか。
私が、生まれ変わった彼女だと気づいたのだと、一瞬思ってしまった。
(違う、ラリーが気づくはずはない)
ラリーはただ、昨日はしっかりと見ることのできなかった娘を見ているだけだ。
——そもそも彼は、生まれ変わりなんて信じていないのだから。
前世で聞いた、彼が最後に口にした数々の甘い言葉は、メイドのリディアに毒入りのワインを飲ませる為の嘘だから。
ラリーが私を騙していたなんて、あの言葉が偽りだったなんて思いたくはないけれど。
理由もあるから。
公爵夫妻に交際が見つかる前、私はラリーに抱かれたのだ。
彼の十七歳の誕生日の夜だった。
その翌日、これまで誰に知られることのなかった逢瀬が、マクスウェル公爵夫妻に知られていた。
メイドのリディアは知らなかったけれど、あの時すでに彼と侯爵令嬢(私のお母さま)との婚約は済んでいて、結婚も決まっていたのだ。
ラリーは、軽い遊びのつもりで付き合っていたメイドに手をつけた後、自ら公爵夫妻に話した。
私が他の者に彼との交際を話したりしないよう、私が信頼していたテイラーを脅迫し、あの話をさせた。
確実に私を始末するために、自分も一緒に死ぬと演じたのだ。
酷い話だけれど、こう考えると全てに納得がいく。
そんな風に考えていた時、頭の中に声が響いた。
『ラリーはそんな人じゃない』
声は、私の中に蘇ったメイドのリディアだ。
『そんな風に思わないで。彼は心から私を愛してくれたじゃない』
(私だって違うと思いたい、けれど、彼が生きていることの説明がつかない)
彼の娘である『私』という存在が、彼の裏切りを決定付けている。
それに……。
彼から裏切られていたと思わなければ、ダメなのだ。
そうじゃなきゃ消せないから。
前世の記憶と一緒に蘇ってしまった恋心を、私は消さなくてはならないから。
——お父さま……。
誕生日ケーキのろうそくにかけた願いはずっと同じだった。
両親に会いたい、一緒に暮らしたい、その日を夢見てた。
絵姿のお父さまに憧れていた。
娘として、お父さまが好きだった。
前世を思い出すまでは、親へ向ける思慕だったのに。
ほんの数日前、前世を思い出した瞬間から、私の気持ちは彼を愛する気持へと変化してしまった。
どうしようもなく、お父さまのことが好き。
——けれど、この感情は許されない。
今の私は、彼の娘だから。
リディア・マクスウェルがローレンス・マクスウェルを恋い慕うことは、道徳的に許されない。
それに、この気持ちは、お母さまに対しての裏切りにもなる。
そう、わかっているのに……。
(こんな顔見られたら……)
ガラス越しにお父さまを見つめていた私の顔は、メイドのリディアがラリーと会っていた時のように赤くなっていた。
慌てて頬を押さえ下を向く。
(熱い……お父さまに見られてないといいけれど)
こんな赤い顔をしていては、おかしいと思われる。
(娘としての矜持を保たなければ)
ラリーは『お父さま』、私は娘、娘がお父さまに恋心を抱いてはいけない。
呪文のように自分に言い聞かせていた時。
「リディア」
ふいにお父さまから声を掛けられた。
「は、はい」
慌てて顔を上げ笑みを浮かべて見せると、なぜかお父さまは眉を曇らせた。
作り笑いが見透かされたのだろうか……。
「……顔が赤い……熱? 具合が悪いのか?」
お父さまは心配そうに私の頬へ手を差し伸べる。
「大丈夫です。ちょっと緊張しているだけです」
返事をしながら私は両手で彼の手を拒絶した。
お父さまは少し悲しそうな顔をして、差し出した手を引いた。
(ごめんなさい)
具合は悪くない、でも顔が赤い理由は話せない。それに、今触れられたら私はどうにかなってしまいそうだ。
お父さまはしばらくジッと私を見つめていたが「それならばいい」と小さく頷いた。
「話したい事があるんだ。今夜私の部屋へ来て欲しいのだが」
お父さまは今にも泣きそうな顔をして「嫌でなければ……」と、声を落とした。
私の過剰な態度が、お父さまを悲しませてしまったようだ。
「はい、わかりました」
申し訳なさに私の声も小さくなった。
車内には、馬車の車輪の音だけが聞こえている。
それからすぐに、馬車は墓地へと到着した。
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