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第1章 P勇者誕生の日
第11話 大魚ヲ釣ル
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「なぁライア、どうやったら大魚を釣れると思う」
あれは俺がまだ小さい頃の話だ、クロとリューピンの三人で釣りに行って、二人と誰が一番大きい魚が釣れるかという勝負をし、結局俺だけ一匹も釣れなかった事が悔しくて、日が暮れるまで釣りをして手ぶらで帰った時に親父が語ってくれた話。
「そりゃあやっぱり、いい竿といい餌を用意して、そんででかい魚がいる川で釣りをすれば釣れると思うよ」
「そうだな、大魚を釣る為に必要な事、それは大魚を釣り上げるに見合う竿、大魚の好む餌、大魚が棲む釣り場、それらを調べ、周到に準備する事、それが一番大事なんだ」
「でもクロもリューピンも、俺と同じ竿と餌を使ってたのにバンバン釣ってて、それなのに俺は一匹も釣れなくて悔しくて・・・」
「良く聞けライア、勝負っていうのは熱くなった方が負けなんだ、お前は先を越された二人に焦って、最初から大魚ばかり狙うようになり、それで勝負に引けなくなったんじゃないのか、大魚を釣るだけの竿も餌も無かったのに」
つまり負けた一番の原因は、大魚を釣る準備をしなかった事ではなく、勝負に熱くなって二人と別のスポットに移動し、大魚だけを追い求めた事にあると、その時になって俺は思い至った。
そして、最初に二人で順調に見せかける所までが作戦で、二人で俺をハメる作戦だったんだと、その時になって俺は初めて気付いたのであった。
「そうか、つまり、釣られたのは俺の方だったんだね・・・」
あの日の親父の教訓と、クロとリューピンが仕掛けた卑劣な罠は、今も鮮明に思い出せる程に俺の中に刻まれている。
世の中には口うるさい親をよく思わないと思う若者も多いと思うかもしれないが、俺にとって親父とは紛れもなく人生の偉大な先達であり、処世術を教えてくれた教師だった。
万全の準備と敵の調査、それこそが勝負に於いて最も重要なものであると、あの日の言葉はずっと俺の中に生きていた。
なのに────────。
「メア、今日はここでライアと一緒にお留守番するのん、危ないから一緒には連れていけないのん、大人しく待ってるのん」
「にゃにゃあ!(ご武運を!)」
「・・・お前ら、たった数日でえらい仲良くなったなぁ」
殲滅作戦当日。
スカウトしてきたウーナとシェーン、それをサポートするンシャリ村の精鋭である三英傑とクロ、メリーさん、サマーディ村からはフエメとその従者であるメル、その他二人の護衛を合わせて11人の部隊で作戦は行われる。
見送る為にほぼ総出の村人を広場に集めて、ささやかな開始式をしていた。
村長は作戦のあらましを確認するように告げた。
「本作戦の目的は『女王』に占領された地域の奪還と、周囲の魔物の殲滅である、ウーナ殿とシェーン殿の二名はAランク以上の魔物、及びネームドモンスターの討伐、そして各人は二人が戦いやすくなるように雑魚の露払い及び回復魔法での援護、
───────村の領土と財産を守る為に、各人、いのちだいじに、奮って戦うように、なお、この作戦を我々の誇りを取り戻しかつての栄光を還元するという意味を込めて、「金還作戦」と名付ける
───────金環作戦、開始!!」
サマーディ村の住人も見送りに来ている手前、本来の目的である“黄金山地”の単語は口に出さず、村長は作戦を説明して開始を告げる。
「どこが金環なんだ・・・?」
というシェーンのツッコミは、村人は村長のセンスを知っていたので誰も気にしなかった。
それよりフエメは、満身創痍の姿で見送る側に立っている俺を見て眉を釣り上げていた。
「犬、どういうことかしら、説明しなさい」
「ごめんなさいダニ、フエメしゃん、おいちゃん全身骨折して動けないダニ、だから今回は参加出来ないダニ、でも代わりに親父とクロが頑張るから許して欲しいダニ」
俺はそう言ってクロに話を振ると、クロは先日の演技の効果か、笑顔で頷いてくれた。
「任せるのん!、低レベル【モンク】のライアよりもレベル50【軍師】のクロの方が百倍役に立つのん、クロが百人分頑張るから、ライアは療養させてあげて欲しいのん、後生なのん!」
ちなみにクロは『女王』との戦闘の経験値で一気にレベル20上げて50になったらしい、馬鹿げた幼女だが、この調子だとカンストするのも半年かからなさそうだ。
「・・・っ、あなた、幼女に戦わせて自分は安全な場所で高みの見物を決め込むと言うの・・・?」
フエメは本気で引いてるようだった、確かに、俺もクロに面倒事を押し付ける事に抵抗が無い訳では無いが、それでも今回は死活問題になり得る話だ、故に参加する理由は無かった。
「全身骨折してるおいちゃんが参加しても足でまといになるだけダニ、だから不本意だけどしょうがないダニ」
「・・・私には元気そうに見えるのだけど、この松葉杖、本当に必要なの、本当は演技じゃないの?」
そう言ってフエメは俺の松葉杖を取り上げると、足を蹴り飛ばした。
「─────────っ、ダニイ!?」
俺は地面に突っ伏しながら痛がる演技をする。
僅か数秒で全身から吹き出すような汗を滲ませて、息も絶え絶えに悶え苦しむ俺を見て、これが演技であると見抜ける人間など存在しないだろう。
俺は全開100%の演技をする為に、フエメが疑い試すのを見越して、口の中に激辛唐辛子を含み、ダニィ!?の語尾で噛み砕いて飲み込む事でその辛さで汗が吹き出るという準備をしていた。
故に俺は今本気で悶え苦しんでいたし、それは演技であって演技では無かった。
「もうやめるのんフエメ、これで演技じゃない事は分かったのん、ライアなんてクロがいれば必要無いのん、だからもうやめるのん」
真に迫った俺の演技は少なからず周囲の人間の同情を引いたが、だが誰かが放った「でもあれご褒美みたいなもんだろ」がきっかけとなり、「そういうプレイなのね」と謎の理解をされた為に誰もフエメを糾弾する者がいなかったのは癪だが、取り敢えずこれで最大の関門をクリアした。
病欠でこの苦行から逃れられるのであれば、俺はいかなる労力も惜しまず費やせる、だからたとえ唐辛子のせいで胃潰瘍になったとしても安いものだと割り切っていた。
こうして「金環作戦」は始まり、俺は出発を見送ると急いで家に帰り胃の中から唐辛子を吐き出したのであった。
“沈黙の林”を抜けて“殺戮の森”へと至ったパーティは、そこを縄張りとする魔物達の討伐を始めようとしたのだが。
「・・・どういう事だ?、デビルベアどころかイグナイトリザードもブランドタイガーもいない、それなのに低ランクの弱小モンスターばかりいる、三皇の勢力が見る影も無いぞ・・・?」
『女王』が誕生するまでは三皇と呼ばれるこれらの魔物が“殺戮の森”を支配していたが、『女王』の誕生により“殺戮の森”の勢力バランスが崩れたとしても不思議は無いし、『女王』を恐れてその生態系の調査などは出来なかった話ではあるが、ここまで様変わりしている事には、前回の『女王』討伐に参加した他の三英傑も驚いていた。
しかしペテンストはその詳細を知っていたので適当に誤魔化した。
「まぁ狩場を移動したとか、伝染病で強い魔物だけが絶滅したとか、そんな所だろ、取り敢えず今回は周囲の魔物の殲滅だ、無害な魔物は無視して先に進むぞ」
「・・・妙ですね」
メルは微かに漂う血と屍肉の匂いに気付いたが、敢えて追求はせず、心の内に留めておく事にした。
なぜなら今、この場にメルの主であるフエメはいない、だからこそ、真実に辿り着いた所で自分には如何にする術も無いからだ。
そして、メルの主であるフエメはと言うと。
「ヴォェ!、ウェェオ!、ゲェオ!、ウェェェ!、ォッォッ!、グェエエ!」
「・・・やっぱり、痛がるのは演技だったみたいね」
突如背後から聞こえたここに居る筈のないフエメの声に全身が逆立つように戦慄し、俺は唾液と胃液に塗れた口元を拭いながら振り返った。
「!?、なんでお前ここに!?、ていうか不法侵入だろ、母さん、なんでフエメを家に上げてるんだよ!?」
そう言うとフエメと一緒に立っていた母さんが屈託の無い笑顔で悪びれもせずに答えた。
「だってほら、真面目に働きもしないモンクのバカ息子の言う事より、隣村の最高権力者で、いずれこの地域の支配者になるかもしれないお姫様に従った方が利口でしょ?」
お姫様、それはフエメの村での呼び方であり、才色兼備、天衣無縫にして傍若無人なフエメの振る舞いに対して村人達が抱いているフエメに対する印象そのものでもあった。
そして母さんのその答えは、このンシャリ村の住人としては至極真っ当なものであり、家族と言えど窮すれば見捨てるという完全個人主義の思想から来るものだ。
他の村では男尊女卑を掟としたり、余所者を迫害する事を掟としたり、そういった村独自の制度や風習があるだろう、ンシャリ村は来る者拒まず、男女平等であると同時に、完全個人主義を理想とし、家族であっても平気で見捨てる事が掟になっているのである。
それ故に俺は家族にも【勇者】の事は明かさなかったし、親父と村長さえも出し抜こうとしている、だから母さんが利害で俺と敵対したとしても、それに文句を言うのはお門違いなのであった。
「じゃあしょうがないか、それでフエメ、一体何の用だよ」
「あら、いつもの気持ち悪い語尾はつけないのかしら、それとも開き直ったという意思の表れ?、どうでもいいけど、どうせその体も仮病なのでしょう、黙っててあげるから、代わりに私の頼みを聞いてくれるかしら」
「・・・頼み事、か」
語尾を付けない理由は単純、この場にはフエメの護衛がいないので、キャラを演じなくても無礼打ちされる心配が無いからだ
【モンク】の俺としてはフエメの頼み事に対してどういう姿勢を見せればいいのか、それが今でも曖昧故に俺は悩んでみせた。
「ライア、お姫様がわざわざ家まで出向いて直々に頼み込んで来てるのよ、男なら引き受けてあげるのが甲斐性ってものでしょう」
と、俺が街でどれだけ不当な労働力の搾取を受けたか知らない(いや、ウーナを紹介をしてくれた事を対価と考えれば明らかに俺に利のあった話ではあるのだが)母さんは、迷う必要など無いと言わんばかりにそう訴えるものの、それでもやはり、面倒くさがりで快楽主義なリューピンの因子を引き継いでいる俺の根っこの部分が、フエメとは逆の道を進みたいと言ってる気がするのだ。
「まぁ、その頼み事を聞かない限りは引き受けようも無いんだが、それで、フエメは一体何を頼みたいって言うんだ」
「それを聞いたら後には引き返せなくなるけれど、それでもいいかしら」
と、フエメは俺が語尾をつけなくなったからかマジなトーンでそう確認して来た。
俺は回避出来るのか、他に選択肢があるのか、しばらく考えて見たけれど、ここにフエメが単独で乗り込んできた事。
その事実が、いつものように有耶無耶に出来ない事を告げていた。
きっと後回しにする方が不利になる、そんな気がしたからこそ、なら話を聞いた上で、俺がどうするべきかを考えようと思ったのであった。
「ああ、聞かせてくれ、話はそれからだ」
フエメは母さんに席を外すように告げて、母さんは「分かったわ、ごゆっくり~」と二つ返事で出て行った。
結論を先に言うと、真実は残酷だった。
聞かない方が、何も知らない方が幸せな真実と言うのは確かにありふれている。
例えばとある病の特効薬が、人間由来の成分からしか作られないという事実や、臓器移植のために金で売られる貧しい人々が存在するという事実を知った時。
貧しさが悪なのか、病が悪なのか、そういう倫理的な問題が浮上するだろう。
結局、救われようとして救われる人間の数には限りがあり、救われない人間を無くす事は出来ない。
しかし人間は愚かな生き物だ、救われた事に感謝して残りの人生を生きればいいのに、救われなかった人間の仲間は、死者の弔いの為に復讐し、社会を敵と定め、悲しみの連鎖を続けてしまう。
他人と自分を不幸にする事に心血を注ぐようなマイナス因子が存在してしまうのが人間なのである。
何故人の世から争いが無くならないのか、それは最初から全ての人間に救いが与えられないものだからだ。
そんな世で世界を救おうとする【勇者】の存在など、欺瞞以外の何者でもない。
人間は自分の伴侶となる者や、愛する子供などの家族の為に命を投げ打って救いを与えるべきで。
世界を救うという役割なんてそもそも破綻しているし、欺瞞だ、だから俺は【勇者】なんてクソ喰らえだと最初から否定している。
だからフエメに何を言われたとしても、俺は俺の信念を曲げないし、ブレない自信があった、しかし───────。
「答え合わせの前に先ず、古い言い伝えの話をしましょう、ンシャリ村とサマーディ村の成り立ちについて、あなたは知っているかしら」
「当然だろ、ンシャリ村とサマーディ村を建設した人物は兄弟だった、だから二つの村は今日まで争いつつも合併せずに共生してこれたんだ」
「共生ね、さて、つまりあなたは真実を知らないという事ね」
「?、・・・どういう事だ?」
「昔昔、この地方にはささやかで貧しいけれど、人々が助け合って暮らす、オデュッセウスの子孫を名乗る人達が暮らす村がありました」
と、フエメは俺の疑問もよそに、語り手口調で自慢の美声を誇示するように仰々しく語り始めた。
「そして数百年前の事です、その村の村長は二人の息子のどちらに跡を継がせるか悩んでいました、長男は怠け者だけど勇猛な男、そして次男は真面目で勤勉だけど、英雄の末裔としての武力に欠ける男でした。そして村長は、どちらに村を継がせるか迷った挙句、戦争になるのを恐れて、それぞれが支持する方について行くようにと、村を分割する事にしました、村の中に垣根を作り、それぞれ独自に統治する事にしたのでした」
俺はフエメの語る御伽噺を知らなかった、元々二つの村は一つの村で、兄弟喧嘩をして別れただけだから兄弟みたいなものだというような漠然とした歴史しか知らなかった。
でも、その歴史は俺の想像以上にうしろ暗いものであったのである。
「ですが、真面目な弟がよく働いて発展を遂げていくのに対して、怠惰な兄は満足に働く事もせず、危険な魔物が現れた時だけ仕事をし、それで共生出来ていると勝手に思い込んで、兄の村は弟の村が富んでいくのと対照的に、だんだんと貧しくなっていきました」
まるでアリとキリギリスだが、その言い伝えを村長の親戚である俺が微塵も知らないというのも妙だった、だけどリューピンの存在がなんとなくその兄と被るような気がして他人事には思えなかった。
「しかし弟は、そんな兄を養い続けました。武力をアテにした訳ではありません、お金持ちになった弟には、いつでも傭兵を雇うお金がありました。しかしそれでも弟は兄に対する愛で、困窮する兄の村に施しを与え続けたのでした、しかし、それは長く続きませんでした。ある日の事です、村に『災厄の黒龍』が現れて、村に甚大な被害を与えました、そうなれば大変です、弟にも兄を養う余裕が無くなったからです、しかし村の存亡の危機になってもなお、兄は働きませんでした」
そこで俺は、その先の展開が読めてしまったし、確かに聞いたら引き返せない話になるかもしれないと思ったが、黙って聞いた。
「弟の村の人達は弟に言いました、いつまで兄の横暴を許すのかと、しかし弟は兄を見捨てられず、最後まで愛を信じて、兄にこう言いました「黒龍を退治してくれ、そうすればこれからも兄さんを養っていける」と、しかし黒龍は災厄と呼ばれるほどの怪物、兄がどう思ったのか知れませんが、兄の村の人達は、それが間引きに等しい口減らしの口実と思い込み、弟を逆恨みし、そして、弟を殺しました。当然です、兄の村の人達は兄を救世主や神のように慕っているのですから、それに害する存在こそ死んで当然と考えたのです」
「─────────っ」
人は愚かだ、そんな風に歴史を達観するのは簡単だ。
しかし、愚かで、愚民的で、善悪を見極める目など持たないのが人間であり、そしてその行いを止める術なんて無い。
だから俺はなんとなく、そうなるのも自然の摂理だと、そう思ってしまった。
「そして弟を殺した事で立ち止まれなくなった兄の村の人達は、その勢いのままに弟の村を占領し、乗っ取る事を考えました。しかし弟の子供たちは、弟を殺されてもなお、戦争をしようとは考えませんでした、何故なら兄の村の人達は武闘派揃いであり、財産を失った今、まともに戦争して勝つ見込みが無かったからです」
意外だ、喧嘩別れしたというのなら、そこで一戦交えてから別れるものと思ったのだが。
しかし兄の村が武力によって生計を立てていたのだとしたら、弟の子供達が戦を避けるのも当然か。
「なので弟の子供と村の人達は村を捨てて、離れた場所で暮らす事にしました、こうして出来たのがサマーディ村であり、見捨てられたのがンシャリ村という訳でした」
「・・・初耳の御伽噺だが、言いたい事は伝わった、つまり、ンシャリ村の村長の家系である俺には、サマーディ村の村長の家系であるお前に協力する義理がある、そういう事だな」
過去の因縁、それが家系にまつわるものであるならば、それは将来村を背負う者として果たすべき義務である、という話かと思ったら、フエメの答えはその先を行くものであった。
「いえ、話はまだ続くわ、そこからサマーディ村は持ち前の勤勉さを生かし直ぐに復興を遂げて、ンシャリ村を凌ぐ発展を遂げました。しかしそれを快く思わないンシャリ村は幾度となく難癖をつけては、サマーディ村から略奪を行っていました、サマーディ村は豊かだったので、ンシャリ村が困窮して戦争するくらいならと、肥えた田畑や家畜をンシャリ村に譲り渡すようになりました。ンシャリ村はサマーディ村のことなかれ主義に増長し、それからも怠惰に悪事を重ねていきました」
なんだよ、兄と弟の代で終わりかと思いきや、まだ寄生の歴史は続くのかよ、そう思うと聞くのも耳が拒否し始めるが、そんな俺に構わずフエメは語り続ける。
「そして30年前、とある事件が起こりました、ンシャリ村が脱税をしていて、その分の補填の為に領主がサマーディ村へと過剰に搾取していた事が明らかになったのです」
「────────え?」
そこで俺はポーカーフェイスを忘れて無様な間抜け面を晒してしまった、何故ならンシャリ村の脱税は現在進行形で行われている事だったからだ。
しかしフエメは勝ち誇るでも無く俺の反応を見ても冷めた口調で淡々と、そのまま語り聞かせてくれた。
きっと俺は今まで、当たり前で当然の事に対して、見て見ぬふりをしていたのだろう。
誰かが不正をして得をした分、誰かが損をするという本当に当たり前の事に対して、分かっていながら知らないフリをしていたのだ。
「当然村人達は堪忍袋の緒が切れました、今まで甘やかしてやった恩を仇で返すような輩は生かしておけないと。当時、サマーディ村は完全にンシャリ村を上回る武力を保有していたので、その気になればンシャリ村を一人残らず殲滅する事は確かに可能でした。しかし、それに待ったを唱えた人物がいました、二つの村の領主であるキオ男爵です。彼は平和を何より愛する男でした、そして彼は不正が自分の知らない所で行われているにも関わらず、自らが生贄となる事で脱税の責任を一人で被ったのでした。こうしてサマーディ村の有力者は喪に服す事で暫しの間、ンシャリ村に更生する猶予期間を与える事にしました」
キオ男爵、ンシャリ村では圧政に耐えかねてサマーディ村が暴動を起こして処刑したと伝わっていたが、真実はンシャリ村の不正を被る事で村人に向けられる筈だった憎しみを一人で被った聖人だったという訳か。
しかもそれをンシャリ村の住人には知らせずに行ったのだとしたらその自己犠牲の精神は偽善では無く、紛れもない本物と言わざるを得ない。
だからこそサマーディ村の住人はキオ男爵の死を悼んで30年もの間、ンシャリ村を許し続けたのだろう。
「そして今、革命により貴族が廃された事で脱税が明るみになり、再びンシャリ村の不正は白日の下に晒されました、もうサマーディ村の村人の怒りを沈める人間はいません。
───────さて、あなたはこの話を聞いてどう思うかしら」
「・・・あまりにも闇が深過ぎる、俺は村長の親戚と言ってもまだ成人したばかりのガキで、こんな話聞かされてもどうしたらいいか分からねぇよ」
村の成り立ちから連綿と続く負の連鎖、片方は無知ゆえに罪を犯し続け、片方は愛ゆえにそれを許し続けるという構図。
幾度と小競り合いを続けて来た間柄で、サマーディ村の元老院は保守的過ぎると思っていたが、その根底にあったものがンシャリ村に対する「許し」であったというのは、あまりにも悲しくてままならない、人の業を煮詰めたような話だった。
おそらくこれが、ンシャリ村が「悪人の村」と呼ばれる所以なのだと、そこで線が繋がって、絶望に似た笑いが漏れた。
「・・・でも、あなたにはそれに対して、答えを出す必要があるのよ、ンシャリ村を許すか罰するべきか、それを決める資格があなたにはあるのよ」
「なんで俺なんかにそんな資格があるんだよ・・・」
「さぁね、その答えは私が語る事では無いわ、さて、御伽噺は終わり、ここからは今の話をしましょうか」
資格、思い当たるとしたら二つだが、だがその内の【勇者】ではない方が関係するとするならば、俺も親父も、なんて業が深い運命なのかと嘆かずにはいられなかった。
混乱しそうになるくらい思考を巡らせて、フエメの言葉に集中する。
「先に結論から言うわ、愚民は悪よ、正しい法律を悪法と言って廃し、節度を守らず勝手に繁殖して食糧難を生み出し、その挙句に社会が悪いと逆恨みして暴動を起こす、愚民を誅しなかった結果、今の混沌とした世界になった。
・・・だから私は、私の作る村は、正しい法と制度で絶対なる支配者が管理する、そういう村にしようと思っているの、それが私の責任だから、だから私はンシャリ村を滅ぼして、全ての住人をサマーディ村に受け入れて管理する、そう考えているの」
「・・・待ってくれ、愚民と言うが、そりゃ【女傑】として多くの才能に恵まれたお前からすれば世の中は愚民だらけかもしれないが、世の中は愚民で出来ているんだ、普通の人間に善悪を正しく見極める事なんて出来ないし、正義なんて立場一つで簡単に裏返る、法律なんて国家を上手く運営する為に大を生かして小を殺す為のシステムでしかない、そんなシステム、殺される少数にとっては悪法になるのもまた道理だろう、だったら愚民を殺した所でいたちごっこにしかならないって分かるだろう、お前の主張は完全に独裁者の考えじゃないか!」
フエメの主張も確かに筋は通っているし、アンデス王国が崩壊したのも聖女、そしてリューピンに扇動された愚民のせいだという事も俺は既に知っていたが、でも、だからと言って愚民を切り捨てるというのは市井を、村人の暮らしを見てない人間の意見としか思えなかった。
確かにンシャリ村の住人は根が自己中で我田引水して博打と祭りが好きで怠け者が多い、控えめに言ってクズの寄せ集めみたいな村だし、その子供が行儀が悪いクソガキばかりで救いも無いが、それでも俺たちは、人間らしくただ生きているだけなのだ。
その行いがたとえ悪徳なのだとしても、それが人の人としての生き様であり、それは誰に押し付けられるものでも無い筈なのだ。
だからたとえフエメの言葉に理があったとしても、生き方を否定するのは独善的であり、正しい行いとは思えなかった。
「ならあなたは他人の好意に甘えて、ただ一方が寄生して一方が支え続ける今の構図のままの方が正しいと言うのかしら、それは搾取している側の言い分でしか無いと思うのだけれど」
「・・・そうだな、確かに脱税をしてその癖事ある毎にサマーディ村に頼りきっているンシャリ村の政治だって悪いし、怠惰でまともに発展すらしてない現状も詰んでいるように見える、でも、だからって滅ぼすのはやり過ぎだろ、悪いのは村長などの一部の人間だけで、関係無い人だって大勢いるのに」
「ならあなたは他にどうやったらこのどうしようも無い状況を変えられると思うかしら、言っておくけど、サマーディ村の元老院はこれまでにンシャリ村にされた仕打ちを深く恨んでいて、許せと言って許せるほどの恨みじゃない、必ず落とし前をつけようとするし、野盗を雇って村を燃やしたり、井戸に毒を入れたりだってするかもね」
「・・・なんだよそれ、なんでそんな切羽詰まってどうしようもない話を俺にするんだよ、俺にどうしろって言うんだよ」
駄目だ、頭が回らない、所詮16のガキでしかない俺には感情で語る事しか出来ないし、この無理難題を解決する方法なんてとても思い浮かばない。
それなのにフエメはどこまでも淡々としていて、それが【女傑】の本分なのか、迷いすらも感じられず、どこまでも凛として答えた。
「言ったでしょう、答え合わせだと、そうね、先ずはそこからするとしましょうか、ウーナの探しているという重要人物、そして今回の作戦に協力している魔族の冒険者、これらの符号が示すものなんて、今のご時世に於いては【勇者】か【魔王】、もしくは【聖女】に関係するどれかしか考えられないわね」
答え合わせ、ならフエメはやはり、【女傑】の本領発揮をして、その答えに辿り着いてしまったという事だろう。
「そして、そこで重要になってくるのがあなたの行動、あなたは『女王』が現れたと虚言を弄し、私を騙して街に連れ出した、私は当然あなたの企みなんて見通していたから最初から挨拶回りをするつもりで街に出向いたのだけれど、そこでウーナに出会って私は一つの可能性を見出したわ、ウーナの探す重要人物、それを貴方は知っていて、それを隠す為に、知られると最も都合の悪い私を街に連れ出すのが目的だったのだと」
・・・どうやらウーナに出会ったイレギュラーによって、フエメは勘違いをしているようだった、俺は本当に『女王』を倒せる冒険者を探すつもりだったし、フエメに対して含む所も全く無かった訳だし。
しかしそれを悟られないように黙ってフエメの言葉を聞いた。
「ここまで来たら答えは一つよね、誕生したのは【魔王】、勇者だったらわざわざ腕利きのウーナを聖女が隠密で寄越す理由が無いし、その存在を隠蔽する必要も無い、だからンシャリ村には【魔王】が存在し、そしてンシャリ村は魔族と王国の戦争がどっちに傾くか見極めてから、その新たに誕生した【魔王】をどう利用するかを考えようとしていた、そういう所なんでしょう。
そして今回の討伐は養殖によって【魔王】のレベルを安全圏まで上げるのが目的、【魔王】のカモフラージュにした職業が【軍師】とはよく考えられたものね、同じ指揮官という点で、【鼓舞】や【大号令】など獲得できるスキルも重複しているし疑われる事も少ないもの」
つまりフエメは、クロが【魔王】なのだと勘違いしているようだった。
流石に本物の【勇者】がロクにレベル上げもせずに存在の隠蔽に全力投球しているという可能性には至れないようだ。
しかし魔族の女ははっきりと【勇者】と口にしていた、だから彼女達二人が探しているのは【勇者】であり、【魔王】である筈が無い。
そもそも同じ村の同じ時期に【勇者】と【魔王】が同時に誕生するなんてあまりに馬鹿げている、だから【勇者】である俺はフエメの間違いに気づけるが。
確かに、今の現状を整理して考えれば、【勇者】がこっそり転職する為に何もしないという行為そのものが理解不能過ぎて、ならば【魔王】がいるのだろうという考えになるのも妥当な所であるし、フエメの推理は間違っているのだとしても鋭い所を突いていた。
だから俺は俺の無駄な努力が思わぬ形で実を結ぶかもしれないと、そのフエメの勘違いを最大限利用する事を考えた。
「さて、ここで話を戻すわ、怠惰で愚かで無価値なンシャリ村に、【魔王】という起死回生、挽回を図る事が出来るジョーカーが入った、しかしこのままではンシャリ村は消滅し、サマーディ村に吸収されるか、村民皆殺しにされるかの二択しかない、そもそも【魔王】を呼び出した村なんて人間からは目の敵にされて然るものだし、さてこの状況で、あなたならどうする」
俺はどうすれば落とし前にならずに落とし所に出来るか、そしてこのフエメの勘違いを生かしてサマーディ村の人達を納得させられるか。
詐欺師の本領発揮をして、俺の人生の全てをかけて、起死回生、一発逆転の策を考えた。
フエメの語った真実は残酷だった。
本来なら、「俺が勇者だから勇者が誕生して栄える事が約束された村を滅ぼすのは後々の禍根になるからやめて欲しい」としか説得出来ない八方塞がりの場面だったが。
俺が今日まで粉骨砕身して苦心した結果、フエメは盛大に勘違いをしてくれて、そのおかげで俺の秘密の勇者ライフは首の皮一枚繋がって、そして村を守る事も出来るかもしれない。
別にこんな村滅びてもいいと、そんな風に考える自分も確かに存在するが、でもやはり、自分の生まれ育った故郷が無くなるのは寂しいし、帰る場所が無くなるのは嫌なのだ。
人間に帰巣本能があるのか分からないが、この村にいて、家族のように見知った仲間と毎日馬鹿やったりして遊んだ日々というのは、それこそ何よりかけがえの無い宝物だった。
だから俺はこの時代遅れで牧歌的で自己中ばかりでお祭り好きなこの村が好きだし、ずっとこの村に住みたいから、守り通したいと思ったのである。
「──────────俺なら、」
あれは俺がまだ小さい頃の話だ、クロとリューピンの三人で釣りに行って、二人と誰が一番大きい魚が釣れるかという勝負をし、結局俺だけ一匹も釣れなかった事が悔しくて、日が暮れるまで釣りをして手ぶらで帰った時に親父が語ってくれた話。
「そりゃあやっぱり、いい竿といい餌を用意して、そんででかい魚がいる川で釣りをすれば釣れると思うよ」
「そうだな、大魚を釣る為に必要な事、それは大魚を釣り上げるに見合う竿、大魚の好む餌、大魚が棲む釣り場、それらを調べ、周到に準備する事、それが一番大事なんだ」
「でもクロもリューピンも、俺と同じ竿と餌を使ってたのにバンバン釣ってて、それなのに俺は一匹も釣れなくて悔しくて・・・」
「良く聞けライア、勝負っていうのは熱くなった方が負けなんだ、お前は先を越された二人に焦って、最初から大魚ばかり狙うようになり、それで勝負に引けなくなったんじゃないのか、大魚を釣るだけの竿も餌も無かったのに」
つまり負けた一番の原因は、大魚を釣る準備をしなかった事ではなく、勝負に熱くなって二人と別のスポットに移動し、大魚だけを追い求めた事にあると、その時になって俺は思い至った。
そして、最初に二人で順調に見せかける所までが作戦で、二人で俺をハメる作戦だったんだと、その時になって俺は初めて気付いたのであった。
「そうか、つまり、釣られたのは俺の方だったんだね・・・」
あの日の親父の教訓と、クロとリューピンが仕掛けた卑劣な罠は、今も鮮明に思い出せる程に俺の中に刻まれている。
世の中には口うるさい親をよく思わないと思う若者も多いと思うかもしれないが、俺にとって親父とは紛れもなく人生の偉大な先達であり、処世術を教えてくれた教師だった。
万全の準備と敵の調査、それこそが勝負に於いて最も重要なものであると、あの日の言葉はずっと俺の中に生きていた。
なのに────────。
「メア、今日はここでライアと一緒にお留守番するのん、危ないから一緒には連れていけないのん、大人しく待ってるのん」
「にゃにゃあ!(ご武運を!)」
「・・・お前ら、たった数日でえらい仲良くなったなぁ」
殲滅作戦当日。
スカウトしてきたウーナとシェーン、それをサポートするンシャリ村の精鋭である三英傑とクロ、メリーさん、サマーディ村からはフエメとその従者であるメル、その他二人の護衛を合わせて11人の部隊で作戦は行われる。
見送る為にほぼ総出の村人を広場に集めて、ささやかな開始式をしていた。
村長は作戦のあらましを確認するように告げた。
「本作戦の目的は『女王』に占領された地域の奪還と、周囲の魔物の殲滅である、ウーナ殿とシェーン殿の二名はAランク以上の魔物、及びネームドモンスターの討伐、そして各人は二人が戦いやすくなるように雑魚の露払い及び回復魔法での援護、
───────村の領土と財産を守る為に、各人、いのちだいじに、奮って戦うように、なお、この作戦を我々の誇りを取り戻しかつての栄光を還元するという意味を込めて、「金還作戦」と名付ける
───────金環作戦、開始!!」
サマーディ村の住人も見送りに来ている手前、本来の目的である“黄金山地”の単語は口に出さず、村長は作戦を説明して開始を告げる。
「どこが金環なんだ・・・?」
というシェーンのツッコミは、村人は村長のセンスを知っていたので誰も気にしなかった。
それよりフエメは、満身創痍の姿で見送る側に立っている俺を見て眉を釣り上げていた。
「犬、どういうことかしら、説明しなさい」
「ごめんなさいダニ、フエメしゃん、おいちゃん全身骨折して動けないダニ、だから今回は参加出来ないダニ、でも代わりに親父とクロが頑張るから許して欲しいダニ」
俺はそう言ってクロに話を振ると、クロは先日の演技の効果か、笑顔で頷いてくれた。
「任せるのん!、低レベル【モンク】のライアよりもレベル50【軍師】のクロの方が百倍役に立つのん、クロが百人分頑張るから、ライアは療養させてあげて欲しいのん、後生なのん!」
ちなみにクロは『女王』との戦闘の経験値で一気にレベル20上げて50になったらしい、馬鹿げた幼女だが、この調子だとカンストするのも半年かからなさそうだ。
「・・・っ、あなた、幼女に戦わせて自分は安全な場所で高みの見物を決め込むと言うの・・・?」
フエメは本気で引いてるようだった、確かに、俺もクロに面倒事を押し付ける事に抵抗が無い訳では無いが、それでも今回は死活問題になり得る話だ、故に参加する理由は無かった。
「全身骨折してるおいちゃんが参加しても足でまといになるだけダニ、だから不本意だけどしょうがないダニ」
「・・・私には元気そうに見えるのだけど、この松葉杖、本当に必要なの、本当は演技じゃないの?」
そう言ってフエメは俺の松葉杖を取り上げると、足を蹴り飛ばした。
「─────────っ、ダニイ!?」
俺は地面に突っ伏しながら痛がる演技をする。
僅か数秒で全身から吹き出すような汗を滲ませて、息も絶え絶えに悶え苦しむ俺を見て、これが演技であると見抜ける人間など存在しないだろう。
俺は全開100%の演技をする為に、フエメが疑い試すのを見越して、口の中に激辛唐辛子を含み、ダニィ!?の語尾で噛み砕いて飲み込む事でその辛さで汗が吹き出るという準備をしていた。
故に俺は今本気で悶え苦しんでいたし、それは演技であって演技では無かった。
「もうやめるのんフエメ、これで演技じゃない事は分かったのん、ライアなんてクロがいれば必要無いのん、だからもうやめるのん」
真に迫った俺の演技は少なからず周囲の人間の同情を引いたが、だが誰かが放った「でもあれご褒美みたいなもんだろ」がきっかけとなり、「そういうプレイなのね」と謎の理解をされた為に誰もフエメを糾弾する者がいなかったのは癪だが、取り敢えずこれで最大の関門をクリアした。
病欠でこの苦行から逃れられるのであれば、俺はいかなる労力も惜しまず費やせる、だからたとえ唐辛子のせいで胃潰瘍になったとしても安いものだと割り切っていた。
こうして「金環作戦」は始まり、俺は出発を見送ると急いで家に帰り胃の中から唐辛子を吐き出したのであった。
“沈黙の林”を抜けて“殺戮の森”へと至ったパーティは、そこを縄張りとする魔物達の討伐を始めようとしたのだが。
「・・・どういう事だ?、デビルベアどころかイグナイトリザードもブランドタイガーもいない、それなのに低ランクの弱小モンスターばかりいる、三皇の勢力が見る影も無いぞ・・・?」
『女王』が誕生するまでは三皇と呼ばれるこれらの魔物が“殺戮の森”を支配していたが、『女王』の誕生により“殺戮の森”の勢力バランスが崩れたとしても不思議は無いし、『女王』を恐れてその生態系の調査などは出来なかった話ではあるが、ここまで様変わりしている事には、前回の『女王』討伐に参加した他の三英傑も驚いていた。
しかしペテンストはその詳細を知っていたので適当に誤魔化した。
「まぁ狩場を移動したとか、伝染病で強い魔物だけが絶滅したとか、そんな所だろ、取り敢えず今回は周囲の魔物の殲滅だ、無害な魔物は無視して先に進むぞ」
「・・・妙ですね」
メルは微かに漂う血と屍肉の匂いに気付いたが、敢えて追求はせず、心の内に留めておく事にした。
なぜなら今、この場にメルの主であるフエメはいない、だからこそ、真実に辿り着いた所で自分には如何にする術も無いからだ。
そして、メルの主であるフエメはと言うと。
「ヴォェ!、ウェェオ!、ゲェオ!、ウェェェ!、ォッォッ!、グェエエ!」
「・・・やっぱり、痛がるのは演技だったみたいね」
突如背後から聞こえたここに居る筈のないフエメの声に全身が逆立つように戦慄し、俺は唾液と胃液に塗れた口元を拭いながら振り返った。
「!?、なんでお前ここに!?、ていうか不法侵入だろ、母さん、なんでフエメを家に上げてるんだよ!?」
そう言うとフエメと一緒に立っていた母さんが屈託の無い笑顔で悪びれもせずに答えた。
「だってほら、真面目に働きもしないモンクのバカ息子の言う事より、隣村の最高権力者で、いずれこの地域の支配者になるかもしれないお姫様に従った方が利口でしょ?」
お姫様、それはフエメの村での呼び方であり、才色兼備、天衣無縫にして傍若無人なフエメの振る舞いに対して村人達が抱いているフエメに対する印象そのものでもあった。
そして母さんのその答えは、このンシャリ村の住人としては至極真っ当なものであり、家族と言えど窮すれば見捨てるという完全個人主義の思想から来るものだ。
他の村では男尊女卑を掟としたり、余所者を迫害する事を掟としたり、そういった村独自の制度や風習があるだろう、ンシャリ村は来る者拒まず、男女平等であると同時に、完全個人主義を理想とし、家族であっても平気で見捨てる事が掟になっているのである。
それ故に俺は家族にも【勇者】の事は明かさなかったし、親父と村長さえも出し抜こうとしている、だから母さんが利害で俺と敵対したとしても、それに文句を言うのはお門違いなのであった。
「じゃあしょうがないか、それでフエメ、一体何の用だよ」
「あら、いつもの気持ち悪い語尾はつけないのかしら、それとも開き直ったという意思の表れ?、どうでもいいけど、どうせその体も仮病なのでしょう、黙っててあげるから、代わりに私の頼みを聞いてくれるかしら」
「・・・頼み事、か」
語尾を付けない理由は単純、この場にはフエメの護衛がいないので、キャラを演じなくても無礼打ちされる心配が無いからだ
【モンク】の俺としてはフエメの頼み事に対してどういう姿勢を見せればいいのか、それが今でも曖昧故に俺は悩んでみせた。
「ライア、お姫様がわざわざ家まで出向いて直々に頼み込んで来てるのよ、男なら引き受けてあげるのが甲斐性ってものでしょう」
と、俺が街でどれだけ不当な労働力の搾取を受けたか知らない(いや、ウーナを紹介をしてくれた事を対価と考えれば明らかに俺に利のあった話ではあるのだが)母さんは、迷う必要など無いと言わんばかりにそう訴えるものの、それでもやはり、面倒くさがりで快楽主義なリューピンの因子を引き継いでいる俺の根っこの部分が、フエメとは逆の道を進みたいと言ってる気がするのだ。
「まぁ、その頼み事を聞かない限りは引き受けようも無いんだが、それで、フエメは一体何を頼みたいって言うんだ」
「それを聞いたら後には引き返せなくなるけれど、それでもいいかしら」
と、フエメは俺が語尾をつけなくなったからかマジなトーンでそう確認して来た。
俺は回避出来るのか、他に選択肢があるのか、しばらく考えて見たけれど、ここにフエメが単独で乗り込んできた事。
その事実が、いつものように有耶無耶に出来ない事を告げていた。
きっと後回しにする方が不利になる、そんな気がしたからこそ、なら話を聞いた上で、俺がどうするべきかを考えようと思ったのであった。
「ああ、聞かせてくれ、話はそれからだ」
フエメは母さんに席を外すように告げて、母さんは「分かったわ、ごゆっくり~」と二つ返事で出て行った。
結論を先に言うと、真実は残酷だった。
聞かない方が、何も知らない方が幸せな真実と言うのは確かにありふれている。
例えばとある病の特効薬が、人間由来の成分からしか作られないという事実や、臓器移植のために金で売られる貧しい人々が存在するという事実を知った時。
貧しさが悪なのか、病が悪なのか、そういう倫理的な問題が浮上するだろう。
結局、救われようとして救われる人間の数には限りがあり、救われない人間を無くす事は出来ない。
しかし人間は愚かな生き物だ、救われた事に感謝して残りの人生を生きればいいのに、救われなかった人間の仲間は、死者の弔いの為に復讐し、社会を敵と定め、悲しみの連鎖を続けてしまう。
他人と自分を不幸にする事に心血を注ぐようなマイナス因子が存在してしまうのが人間なのである。
何故人の世から争いが無くならないのか、それは最初から全ての人間に救いが与えられないものだからだ。
そんな世で世界を救おうとする【勇者】の存在など、欺瞞以外の何者でもない。
人間は自分の伴侶となる者や、愛する子供などの家族の為に命を投げ打って救いを与えるべきで。
世界を救うという役割なんてそもそも破綻しているし、欺瞞だ、だから俺は【勇者】なんてクソ喰らえだと最初から否定している。
だからフエメに何を言われたとしても、俺は俺の信念を曲げないし、ブレない自信があった、しかし───────。
「答え合わせの前に先ず、古い言い伝えの話をしましょう、ンシャリ村とサマーディ村の成り立ちについて、あなたは知っているかしら」
「当然だろ、ンシャリ村とサマーディ村を建設した人物は兄弟だった、だから二つの村は今日まで争いつつも合併せずに共生してこれたんだ」
「共生ね、さて、つまりあなたは真実を知らないという事ね」
「?、・・・どういう事だ?」
「昔昔、この地方にはささやかで貧しいけれど、人々が助け合って暮らす、オデュッセウスの子孫を名乗る人達が暮らす村がありました」
と、フエメは俺の疑問もよそに、語り手口調で自慢の美声を誇示するように仰々しく語り始めた。
「そして数百年前の事です、その村の村長は二人の息子のどちらに跡を継がせるか悩んでいました、長男は怠け者だけど勇猛な男、そして次男は真面目で勤勉だけど、英雄の末裔としての武力に欠ける男でした。そして村長は、どちらに村を継がせるか迷った挙句、戦争になるのを恐れて、それぞれが支持する方について行くようにと、村を分割する事にしました、村の中に垣根を作り、それぞれ独自に統治する事にしたのでした」
俺はフエメの語る御伽噺を知らなかった、元々二つの村は一つの村で、兄弟喧嘩をして別れただけだから兄弟みたいなものだというような漠然とした歴史しか知らなかった。
でも、その歴史は俺の想像以上にうしろ暗いものであったのである。
「ですが、真面目な弟がよく働いて発展を遂げていくのに対して、怠惰な兄は満足に働く事もせず、危険な魔物が現れた時だけ仕事をし、それで共生出来ていると勝手に思い込んで、兄の村は弟の村が富んでいくのと対照的に、だんだんと貧しくなっていきました」
まるでアリとキリギリスだが、その言い伝えを村長の親戚である俺が微塵も知らないというのも妙だった、だけどリューピンの存在がなんとなくその兄と被るような気がして他人事には思えなかった。
「しかし弟は、そんな兄を養い続けました。武力をアテにした訳ではありません、お金持ちになった弟には、いつでも傭兵を雇うお金がありました。しかしそれでも弟は兄に対する愛で、困窮する兄の村に施しを与え続けたのでした、しかし、それは長く続きませんでした。ある日の事です、村に『災厄の黒龍』が現れて、村に甚大な被害を与えました、そうなれば大変です、弟にも兄を養う余裕が無くなったからです、しかし村の存亡の危機になってもなお、兄は働きませんでした」
そこで俺は、その先の展開が読めてしまったし、確かに聞いたら引き返せない話になるかもしれないと思ったが、黙って聞いた。
「弟の村の人達は弟に言いました、いつまで兄の横暴を許すのかと、しかし弟は兄を見捨てられず、最後まで愛を信じて、兄にこう言いました「黒龍を退治してくれ、そうすればこれからも兄さんを養っていける」と、しかし黒龍は災厄と呼ばれるほどの怪物、兄がどう思ったのか知れませんが、兄の村の人達は、それが間引きに等しい口減らしの口実と思い込み、弟を逆恨みし、そして、弟を殺しました。当然です、兄の村の人達は兄を救世主や神のように慕っているのですから、それに害する存在こそ死んで当然と考えたのです」
「─────────っ」
人は愚かだ、そんな風に歴史を達観するのは簡単だ。
しかし、愚かで、愚民的で、善悪を見極める目など持たないのが人間であり、そしてその行いを止める術なんて無い。
だから俺はなんとなく、そうなるのも自然の摂理だと、そう思ってしまった。
「そして弟を殺した事で立ち止まれなくなった兄の村の人達は、その勢いのままに弟の村を占領し、乗っ取る事を考えました。しかし弟の子供たちは、弟を殺されてもなお、戦争をしようとは考えませんでした、何故なら兄の村の人達は武闘派揃いであり、財産を失った今、まともに戦争して勝つ見込みが無かったからです」
意外だ、喧嘩別れしたというのなら、そこで一戦交えてから別れるものと思ったのだが。
しかし兄の村が武力によって生計を立てていたのだとしたら、弟の子供達が戦を避けるのも当然か。
「なので弟の子供と村の人達は村を捨てて、離れた場所で暮らす事にしました、こうして出来たのがサマーディ村であり、見捨てられたのがンシャリ村という訳でした」
「・・・初耳の御伽噺だが、言いたい事は伝わった、つまり、ンシャリ村の村長の家系である俺には、サマーディ村の村長の家系であるお前に協力する義理がある、そういう事だな」
過去の因縁、それが家系にまつわるものであるならば、それは将来村を背負う者として果たすべき義務である、という話かと思ったら、フエメの答えはその先を行くものであった。
「いえ、話はまだ続くわ、そこからサマーディ村は持ち前の勤勉さを生かし直ぐに復興を遂げて、ンシャリ村を凌ぐ発展を遂げました。しかしそれを快く思わないンシャリ村は幾度となく難癖をつけては、サマーディ村から略奪を行っていました、サマーディ村は豊かだったので、ンシャリ村が困窮して戦争するくらいならと、肥えた田畑や家畜をンシャリ村に譲り渡すようになりました。ンシャリ村はサマーディ村のことなかれ主義に増長し、それからも怠惰に悪事を重ねていきました」
なんだよ、兄と弟の代で終わりかと思いきや、まだ寄生の歴史は続くのかよ、そう思うと聞くのも耳が拒否し始めるが、そんな俺に構わずフエメは語り続ける。
「そして30年前、とある事件が起こりました、ンシャリ村が脱税をしていて、その分の補填の為に領主がサマーディ村へと過剰に搾取していた事が明らかになったのです」
「────────え?」
そこで俺はポーカーフェイスを忘れて無様な間抜け面を晒してしまった、何故ならンシャリ村の脱税は現在進行形で行われている事だったからだ。
しかしフエメは勝ち誇るでも無く俺の反応を見ても冷めた口調で淡々と、そのまま語り聞かせてくれた。
きっと俺は今まで、当たり前で当然の事に対して、見て見ぬふりをしていたのだろう。
誰かが不正をして得をした分、誰かが損をするという本当に当たり前の事に対して、分かっていながら知らないフリをしていたのだ。
「当然村人達は堪忍袋の緒が切れました、今まで甘やかしてやった恩を仇で返すような輩は生かしておけないと。当時、サマーディ村は完全にンシャリ村を上回る武力を保有していたので、その気になればンシャリ村を一人残らず殲滅する事は確かに可能でした。しかし、それに待ったを唱えた人物がいました、二つの村の領主であるキオ男爵です。彼は平和を何より愛する男でした、そして彼は不正が自分の知らない所で行われているにも関わらず、自らが生贄となる事で脱税の責任を一人で被ったのでした。こうしてサマーディ村の有力者は喪に服す事で暫しの間、ンシャリ村に更生する猶予期間を与える事にしました」
キオ男爵、ンシャリ村では圧政に耐えかねてサマーディ村が暴動を起こして処刑したと伝わっていたが、真実はンシャリ村の不正を被る事で村人に向けられる筈だった憎しみを一人で被った聖人だったという訳か。
しかもそれをンシャリ村の住人には知らせずに行ったのだとしたらその自己犠牲の精神は偽善では無く、紛れもない本物と言わざるを得ない。
だからこそサマーディ村の住人はキオ男爵の死を悼んで30年もの間、ンシャリ村を許し続けたのだろう。
「そして今、革命により貴族が廃された事で脱税が明るみになり、再びンシャリ村の不正は白日の下に晒されました、もうサマーディ村の村人の怒りを沈める人間はいません。
───────さて、あなたはこの話を聞いてどう思うかしら」
「・・・あまりにも闇が深過ぎる、俺は村長の親戚と言ってもまだ成人したばかりのガキで、こんな話聞かされてもどうしたらいいか分からねぇよ」
村の成り立ちから連綿と続く負の連鎖、片方は無知ゆえに罪を犯し続け、片方は愛ゆえにそれを許し続けるという構図。
幾度と小競り合いを続けて来た間柄で、サマーディ村の元老院は保守的過ぎると思っていたが、その根底にあったものがンシャリ村に対する「許し」であったというのは、あまりにも悲しくてままならない、人の業を煮詰めたような話だった。
おそらくこれが、ンシャリ村が「悪人の村」と呼ばれる所以なのだと、そこで線が繋がって、絶望に似た笑いが漏れた。
「・・・でも、あなたにはそれに対して、答えを出す必要があるのよ、ンシャリ村を許すか罰するべきか、それを決める資格があなたにはあるのよ」
「なんで俺なんかにそんな資格があるんだよ・・・」
「さぁね、その答えは私が語る事では無いわ、さて、御伽噺は終わり、ここからは今の話をしましょうか」
資格、思い当たるとしたら二つだが、だがその内の【勇者】ではない方が関係するとするならば、俺も親父も、なんて業が深い運命なのかと嘆かずにはいられなかった。
混乱しそうになるくらい思考を巡らせて、フエメの言葉に集中する。
「先に結論から言うわ、愚民は悪よ、正しい法律を悪法と言って廃し、節度を守らず勝手に繁殖して食糧難を生み出し、その挙句に社会が悪いと逆恨みして暴動を起こす、愚民を誅しなかった結果、今の混沌とした世界になった。
・・・だから私は、私の作る村は、正しい法と制度で絶対なる支配者が管理する、そういう村にしようと思っているの、それが私の責任だから、だから私はンシャリ村を滅ぼして、全ての住人をサマーディ村に受け入れて管理する、そう考えているの」
「・・・待ってくれ、愚民と言うが、そりゃ【女傑】として多くの才能に恵まれたお前からすれば世の中は愚民だらけかもしれないが、世の中は愚民で出来ているんだ、普通の人間に善悪を正しく見極める事なんて出来ないし、正義なんて立場一つで簡単に裏返る、法律なんて国家を上手く運営する為に大を生かして小を殺す為のシステムでしかない、そんなシステム、殺される少数にとっては悪法になるのもまた道理だろう、だったら愚民を殺した所でいたちごっこにしかならないって分かるだろう、お前の主張は完全に独裁者の考えじゃないか!」
フエメの主張も確かに筋は通っているし、アンデス王国が崩壊したのも聖女、そしてリューピンに扇動された愚民のせいだという事も俺は既に知っていたが、でも、だからと言って愚民を切り捨てるというのは市井を、村人の暮らしを見てない人間の意見としか思えなかった。
確かにンシャリ村の住人は根が自己中で我田引水して博打と祭りが好きで怠け者が多い、控えめに言ってクズの寄せ集めみたいな村だし、その子供が行儀が悪いクソガキばかりで救いも無いが、それでも俺たちは、人間らしくただ生きているだけなのだ。
その行いがたとえ悪徳なのだとしても、それが人の人としての生き様であり、それは誰に押し付けられるものでも無い筈なのだ。
だからたとえフエメの言葉に理があったとしても、生き方を否定するのは独善的であり、正しい行いとは思えなかった。
「ならあなたは他人の好意に甘えて、ただ一方が寄生して一方が支え続ける今の構図のままの方が正しいと言うのかしら、それは搾取している側の言い分でしか無いと思うのだけれど」
「・・・そうだな、確かに脱税をしてその癖事ある毎にサマーディ村に頼りきっているンシャリ村の政治だって悪いし、怠惰でまともに発展すらしてない現状も詰んでいるように見える、でも、だからって滅ぼすのはやり過ぎだろ、悪いのは村長などの一部の人間だけで、関係無い人だって大勢いるのに」
「ならあなたは他にどうやったらこのどうしようも無い状況を変えられると思うかしら、言っておくけど、サマーディ村の元老院はこれまでにンシャリ村にされた仕打ちを深く恨んでいて、許せと言って許せるほどの恨みじゃない、必ず落とし前をつけようとするし、野盗を雇って村を燃やしたり、井戸に毒を入れたりだってするかもね」
「・・・なんだよそれ、なんでそんな切羽詰まってどうしようもない話を俺にするんだよ、俺にどうしろって言うんだよ」
駄目だ、頭が回らない、所詮16のガキでしかない俺には感情で語る事しか出来ないし、この無理難題を解決する方法なんてとても思い浮かばない。
それなのにフエメはどこまでも淡々としていて、それが【女傑】の本分なのか、迷いすらも感じられず、どこまでも凛として答えた。
「言ったでしょう、答え合わせだと、そうね、先ずはそこからするとしましょうか、ウーナの探しているという重要人物、そして今回の作戦に協力している魔族の冒険者、これらの符号が示すものなんて、今のご時世に於いては【勇者】か【魔王】、もしくは【聖女】に関係するどれかしか考えられないわね」
答え合わせ、ならフエメはやはり、【女傑】の本領発揮をして、その答えに辿り着いてしまったという事だろう。
「そして、そこで重要になってくるのがあなたの行動、あなたは『女王』が現れたと虚言を弄し、私を騙して街に連れ出した、私は当然あなたの企みなんて見通していたから最初から挨拶回りをするつもりで街に出向いたのだけれど、そこでウーナに出会って私は一つの可能性を見出したわ、ウーナの探す重要人物、それを貴方は知っていて、それを隠す為に、知られると最も都合の悪い私を街に連れ出すのが目的だったのだと」
・・・どうやらウーナに出会ったイレギュラーによって、フエメは勘違いをしているようだった、俺は本当に『女王』を倒せる冒険者を探すつもりだったし、フエメに対して含む所も全く無かった訳だし。
しかしそれを悟られないように黙ってフエメの言葉を聞いた。
「ここまで来たら答えは一つよね、誕生したのは【魔王】、勇者だったらわざわざ腕利きのウーナを聖女が隠密で寄越す理由が無いし、その存在を隠蔽する必要も無い、だからンシャリ村には【魔王】が存在し、そしてンシャリ村は魔族と王国の戦争がどっちに傾くか見極めてから、その新たに誕生した【魔王】をどう利用するかを考えようとしていた、そういう所なんでしょう。
そして今回の討伐は養殖によって【魔王】のレベルを安全圏まで上げるのが目的、【魔王】のカモフラージュにした職業が【軍師】とはよく考えられたものね、同じ指揮官という点で、【鼓舞】や【大号令】など獲得できるスキルも重複しているし疑われる事も少ないもの」
つまりフエメは、クロが【魔王】なのだと勘違いしているようだった。
流石に本物の【勇者】がロクにレベル上げもせずに存在の隠蔽に全力投球しているという可能性には至れないようだ。
しかし魔族の女ははっきりと【勇者】と口にしていた、だから彼女達二人が探しているのは【勇者】であり、【魔王】である筈が無い。
そもそも同じ村の同じ時期に【勇者】と【魔王】が同時に誕生するなんてあまりに馬鹿げている、だから【勇者】である俺はフエメの間違いに気づけるが。
確かに、今の現状を整理して考えれば、【勇者】がこっそり転職する為に何もしないという行為そのものが理解不能過ぎて、ならば【魔王】がいるのだろうという考えになるのも妥当な所であるし、フエメの推理は間違っているのだとしても鋭い所を突いていた。
だから俺は俺の無駄な努力が思わぬ形で実を結ぶかもしれないと、そのフエメの勘違いを最大限利用する事を考えた。
「さて、ここで話を戻すわ、怠惰で愚かで無価値なンシャリ村に、【魔王】という起死回生、挽回を図る事が出来るジョーカーが入った、しかしこのままではンシャリ村は消滅し、サマーディ村に吸収されるか、村民皆殺しにされるかの二択しかない、そもそも【魔王】を呼び出した村なんて人間からは目の敵にされて然るものだし、さてこの状況で、あなたならどうする」
俺はどうすれば落とし前にならずに落とし所に出来るか、そしてこのフエメの勘違いを生かしてサマーディ村の人達を納得させられるか。
詐欺師の本領発揮をして、俺の人生の全てをかけて、起死回生、一発逆転の策を考えた。
フエメの語った真実は残酷だった。
本来なら、「俺が勇者だから勇者が誕生して栄える事が約束された村を滅ぼすのは後々の禍根になるからやめて欲しい」としか説得出来ない八方塞がりの場面だったが。
俺が今日まで粉骨砕身して苦心した結果、フエメは盛大に勘違いをしてくれて、そのおかげで俺の秘密の勇者ライフは首の皮一枚繋がって、そして村を守る事も出来るかもしれない。
別にこんな村滅びてもいいと、そんな風に考える自分も確かに存在するが、でもやはり、自分の生まれ育った故郷が無くなるのは寂しいし、帰る場所が無くなるのは嫌なのだ。
人間に帰巣本能があるのか分からないが、この村にいて、家族のように見知った仲間と毎日馬鹿やったりして遊んだ日々というのは、それこそ何よりかけがえの無い宝物だった。
だから俺はこの時代遅れで牧歌的で自己中ばかりでお祭り好きなこの村が好きだし、ずっとこの村に住みたいから、守り通したいと思ったのである。
「──────────俺なら、」
応援ありがとうございます!
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