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第2章 〇い〇く〇りん〇ックス

第10話 ブレイバー・シンドローム

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「・・・ナルカ、ご飯食べなきゃダメだよ、それにベッドもこんなに汚して・・・」

「・・・ごめん、・・・明日には、食べるから、・・・ベッドも、・・・ごめん」

「・・・何があったかは聞いてないけど、でも一応言っとくね、昨日、ライアくんが店に来たよ、「ナルカと話がしたい」って、ライアくんも、泣いてたんだって、何があったかは分からないけど、でもきっと、ナルカが話たんだとしたら、ライアくんが戸惑うのも普通だし、だからきっと、それで心にも無いことを言ったんじゃないかなって・・・」

「・・・違うよ、私は何も言ってないもん、だから・・・」

「・・・そっか、まぁナルカの行動を見れば、どっちがフラれたのかは分かるんだけど、それでも一応聞かせて貰える?、ナルカがライアくんにフラれたって事?」

「・・・・・・うん」

「・・・そっかぁ、意外だなぁ、じゃあこれ以上無神経な事言うの辞めるね、一応、気になっただけだから」

 そう言って姉は私の安否だけを確認して部屋を出ていった。

 私は一人になった部屋で何をすればいいのか手持ち無沙汰になり、呆然と窓の外の雲を眺めた。

 もしも時間を巻き戻せるのならば、どこから巻き戻せば、私は幸せになれたのだろう─────────。





「なんだライア、今日は迷いが無いな」

「ああ、うじうじ悩むなんて俺らしくねぇ、答えはいつも自分の中にあるって分かったからな、だから今日は吹っ切れていくぜ、ケン兄ちゃん!!」

「来い!」

 たった一日の出来事だが、俺は一対一の決闘においては目覚しい進歩を遂げていた。

 曇りの無い瞳でなら、今までよりも真っ直ぐにケン兄の動きが見える。

 ケン兄の動きを点では無く全体の面で捉える事により、自分の体をどう動かして対応するかのイメージがより鮮明になる。

 そして面で捉えつつも、一瞬の刹那に相手の動きの予兆、つまり、行動の狙いの予備動作を観察し、先読みを狙って出だしを攻撃する。

「ほう、こちらの狙いを読んだか、やっぱりお前センスがいいよ、元々他人の考えを深読みするコントロール型だからっていうのもあるんだろうが、こんなにも早く俺の動きに対応出来るなんて割とガチで驚く事だ、やるなぁ!」

「そうは言ってもこっちの誘いには全然乗ってくれないじゃんか、これじゃあいつまで立ってもこっちには決め手が無いし、消耗戦じゃ勝ち目ないしでどうしようも無いよ」

「つってもこれでも俺も手を抜いてるんだぜ?、俺は本気でやって無いんだから、自力で勝ちきって見せろよ、俺には片手でやる余裕だってあるんだぜ、ほらほら!」

 【ウィザード魔術師】相手に片手で完封されてると言う事は、杖を持ってるもう片方の手で魔法を食らっているという事であり、流石にそれは全然通用しているとは言えない話だ。

「くっ、なら俺は!!」

 ケン兄が片手になったのを好機と捉えて、俺は懐に手を入れた。

「なんだ?、臭い玉だけはやめくれよ、消臭、除菌の魔法かけても簡単には取れないからな」

「こいつを食らえ!!」

 と、俺がケン兄に投擲したそれは。

「これは────────ただの石か、脅かしやがって」

「だって、本命はこっちだし!!」

 そう言って俺は剣を離して鼻をつまんで秘伝の玉を地面に叩きつける。

「だから臭い玉はやめろっていっただろ!、ずるいぞ!」

 と、ケン兄は慌てて鼻を摘むが、俺はそれを好機と捉えてケン兄に一太刀浴びせた。

 俺が破裂させたのは臭い玉では無く、ただの煙玉であったのだ。

「うお、まじか!、こりゃ一本取られたぜ!!」

「やった!!不意打ちとは言えケン兄ちゃんから一本取れた!これなら闘技祭でも優勝狙えるかも!」

「いやぁ、やるなぁ、まさかたった二日で負かされるとは思わなかったぜ、この戦法なら初見に限り、どんな相手にも勝てる最強の戦法じゃねぇか、お前、ついに辿り着いたな・・・、高みへ」

「違うよケン兄ちゃん、これは初戦で臭い玉を使う事で成立する技だから、つまり2勝が確定してるって訳だよ、決勝トーナメントは3回勝てば優勝、つまり、これでもう村長になるのは確定したようなもんなんだよ」

「確かに!、じゃあこれで一安心だな!!、じゃあ景気づけに酒でも飲みに行くか!!」

「・・・もしかしなくても、ケン兄ちゃんって大分アルコール依存症だよね、いや戦地のストレスでそうなったのは分かるけど、飲み過ぎは体によくないよ」

「う・・・、じゃあぶどうジュースで我慢するよ」

 そしてその日も俺はゆる楽亭に顔を出したが追い出されて、それでも話たい事があると店長に赤い薔薇の花束と自身の想いを綴った手紙をナルカに渡すようにと土下座で頼んだのであった。




「・・・おはようナルカ、またご飯食べなかったんだね、ライアくん、昨日も店に来たよ、話がしたいんだって、それと、これ、お見舞いだって、赤い薔薇と手紙、・・・赤い薔薇を送るなんてベタだね、だから多分、手紙の内容も、そんなに悪い事書いてないんじゃないかな?、ライアくんも何か吹っ切れた感じだったし、今ならナルカの事情も受け止めてくれるかもしれないし、だからさ」

「・・・他に、何か言ってた?」

「いや、話がしたいって、それだけ、多分、ライアくんも訳ありなんじゃないかな、そういう雰囲気、してたでしょ」

「・・・うん」

 多分、私が惹かれたのは、影を落としたような、本心を包み隠したような、そんな彼の胡散臭さであり、強さだ。

 辛い時に笑い、理不尽や不条理にも笑えるのは、私にとってはとても得難い、憧れるような強さだったから。

 だからきっと、私は拒絶された事よりも、フラれた事よりも、彼に全く必要とされない事、その事に対して自分への失望が一番大きかったのだと思う。

 ──────────だから、赤い薔薇を貰って、単純明快に、愛してると形で気持ちを伝えられると。

 それだけで私は、単純に、純粋に、疑いもなく心が満たされて、馬鹿みたいに喜んでいた。

 私は添えられた手紙を開封しようと拾い上げるが。

 それでも手紙を読むのは怖かった。

 当然だ、期待を裏切られた時に人は最も傷つく、その痛みを私は彼から与えられて、知っていたのだから。

 手紙を開ける勇気が欲しい、そう思えど手は震える、だが、その勇気は思わぬ所から貰えた。

 手紙に小さく書いてあったのだ、「この間はウソついてごめん」と。

 それを見た時に、ほんの少しだけ心が軽くなって、手紙を読む勇気が湧いたのだった。



 拝啓 ナルカ様

 先ずは先日の件についてお詫びします、あの時言った事は全部嘘です、私は君の気持ちが分かった上で、受け止めるのが怖くなって、適当にウソを並べて君に嫌われようとしただけです、ごめんなさい。

 そのせいでナルカ様は深く傷つき、心に埋められない喪失感を感じている事でしょう。
 なので一つだけ言わせて貰います、ナルカ様は眠れない夜をお過ごしかもしれませんが、私は快眠し快食しています、なのでどうかナルカ様も、食事と睡眠を疎かにする事の無いようご自愛くださいと、勝手に心配させて頂きます。

 そして最後に、私は明日には村に帰ります、それまでにナルカ様と話たい事があります、明日の朝までナルカ様を待っています、もし来なければ、私は二度とナルカ様の前に姿を見せる事もなく、恐らく、そのまま徴兵されて死ぬ事になるでしょう、なので言い残した事、やり残した事があるのであれば、どうか私と一度会って話をしてください。

 その時には、あの時言えなかった私の真実と本音を全て話します。

 中央公園の銅像の辺りで待ってます、もし不安なら、お友達やお姉様やご両親を同伴させても構いません、だからどうか最期に一度の機会をください。

 ~あなたの愛しき勇者 ライアより~    敬具

「くすっ、何それ・・・」

 勇者、狙ってやったんだとしたら、それはあまりにも的確過ぎて、ナルカは笑うしか無かった。

「勇者、・・・勇者か、だったら私は行かないとだよね、だって私は・・・」






「おい、貴様、さっきからずっとそこにいるが何をしている!」

「彼女を・・・、待っているんです、・・・とは言っても、来るとは限らないんですけど・・・」

「怪しいヤツだな、身分証を見せろ!」

「どうぞ・・・」

「ジョブは【モンク】で、冒険者ランクはEか・・・、顔は下着泥棒に似ているが、まぁ【モンク】なら大丈夫か、いいだろう」

「うす・・・」



 ・・・・・・・・・・・・。



「おす、ライア、もう夜だけど、彼女は来たのか?、・・・って、その様子だとまだみたいだな、・・・まぁ、もし言いたい事があるなら俺が言伝くらいはしてやるから、明日帰る時にでも言ってくれ、じゃあ俺はまた飲みに行ってくるわ!」

「ありがとうケン兄ちゃん」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「うーん、これは来ないかなぁ・・・、明日は一日かけて村まで移動する訳だし、今日は宿で寝たいけど、まぁ我慢するか、ふわぁ・・・、うーん、・・・・・・・・・、くぅ・・・」






「・・・寝ちゃった、疲れてたのかな・・・、すぅー、はぁ、すぅー、はぁ、・・・ようし」





 何か、息苦しさを感じて俺はうたた寝を中断した、微睡んだ視界の先には、天使のように愛らしい女の子がいた。
 すこしやつれていたけれど、その目はあの日と同じで、どこまでも真っ直ぐに俺を見ていた。



 リスカ跡とかあったら刺されそうで怖いなと思っていたが、目に見える外傷は無いので杞憂のようだ。

「・・・あ、ナルカ、来てくれたんだ、嬉しいよ、ありがとう、そしてごめん、この間の事は全部ウソ、俺は本当はナルカが好きだし、ナルカにお礼して貰えるのもすごく嬉しいと思ってたよ」

「そ、そう、でも、じゃあなんで、ウソをついたの、そして、あんたの隠し事って何?」

「俺の隠し事、それは、・・・先ず、用事があって街に来たっていうのが嘘なんだ、本当は村で闘技祭があって、それに参加するから武器と防具を買いに来ただけで、全部自分の為で、遊びと実用性を兼ねた小旅行って感じなんだ」

「そ、そう、でもそれって別に、謝るような事情じゃないよね、だって正直に言うような事じゃないし、そんな複雑な事情でも無いし・・・」

「いや、今のはほんの序の口だ、そもそも闘技祭に参加する理由が、「徴兵されたくないから村のしきたりに則って闘技祭で優勝して村長になる事で徴兵を免れる」事が目的だし、ウーナに決闘で勝ったのも真相は不意打ちでたまたま勝っただけで、それに・・・」

「・・・いいよ、全部教えて、ちゃんと聞くし、どんな真実でも、多分あたしは、絶対にあんたの事嫌いになれない、だから・・・」

 俺は息を整えてから、更に、周りに人がいないのを確認して、声のトーンを下げて発言した。

「俺の本当のジョブは、・・・【モンク】じゃない」

「え・・・、でもライセンスには【モンク】ってあるのに、・・・偽装した?、一体何で?」

 これを言う事は、自分に誠実である事を示すと同時に、自分にとっての敵を作るかもしれない行為でもあった。

 だから俺は、真剣に見極めないといけない、ナルカが、最後まで俺の味方になれる人間かどうかを。

「・・・それを教えるには、君の覚悟を聞かないといけない事なんだ、いや、誓って貰わないといけない、この先なにがあったとしても、誰が死んで誰に裏切られたとしても、最期の瞬間まで俺を信じて、俺の味方でいる事を、俺の夢を叶える手助けをしてくれるという事を」

「・・・【乞食】や【遊び人】ならそこまで悩む必要なさそうだし、つまり、あんたのジョブがあんたの隠し事で、あんたが抱えているものの正体ってワケね、・・・分かった、その代わりあんたも、あたしの抱えているモノ、聞いてくれる?、多分、あんたと同じで、聞いたら引き返せなくなる話なんだけど・・・」

「ああ、聞かせてくれ、じゃないと何も始まらないから」

「じゃあ、話すね。
 ───────あたしは本当は、西の領地一帯の領主である、マハーラージャ公爵家の娘で、この間の革命で親が殺されて、それで母方の実家に拾われて来たの」

 道理で、赤髪は貴族のステータスだったし、平民にしては珍しいと思っていたが、やはり出自は貴族だったのか。

「・・・まぁ、今のご時世だったら別に珍しくもないんじゃないか、俺には亡命してきた王族の知り合いもいるし、今のご時世だ、没落した貴族なんて山ほどいるし、それくらい大した問題じゃないと思うが・・・」

「そうだね、今のあたしは貴族でもなんでもないただの平民だし、私が元貴族である事を知っている人間だって私の家族くらいで、だから、今の私はただの平民、でもね、私には一つだけ、他の人間とは明確に違う、役割があるんだ」

「役割・・・?」

「うん、マハーラージャ家は公爵家だから、だから王家と近い位置に存在していて、それで、ある重要な役割を任されていたんだ、それは一子相伝で、本当は誰にも教えちゃいけない話なんだけど、でも、あんたがこの先に進む覚悟が、あたしと一緒に地獄に落ちる覚悟があるのなら、・・・話すよ」

 ナルカがまさかそんな深刻な話をしてくるとは思わなかったので、俺は流石にそこまでの覚悟はしてないとしり込みするが。
 だが、地獄はともかく死線は幾度となく潜り抜けた俺だった、それに王女であるディメアすらも理屈責めで屈服させた俺だ、今更ナルカの事情如きで揺らぐ事も無いとタカをくくった。




「覚悟は出来てる、聞かせてくれ」

「ありがとう、じゃあ言うね、あたしの役割は







 ──────────勇者を殺す事」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」




 何故、という疑問は直ぐに自己解決出来そうなくらい答えが湧いてくるが、それでもその役割を背負ったのがナルカというのが、運命の神様を呪わなくてはいられないほどに残酷な話だった。

 偶然、なんの仕掛けも無しに出会った男女が、殺し合う事を宿命づけられているというのは最早、それは偶然を疑いたくなるような奇跡だろう。

「・・・驚くよね、なんで公爵家なのに勇者を殺すのかって、でも、王国の歴史の中で、勇者の暗殺なんて珍しくないんだよ、今の王国は222年で終わっちゃったけど、その前から勇者の暗殺者一族っていうのは存在していて、王家に敵対したり、魔族と協調しようとする勇者は全員、懐柔したり婚姻したり抹殺したりして、歴史の表舞台から抹消して来た、勇者の手柄を権力者に献上する為に、あたしは、そんな薄汚れた一族の、たった一人の末裔ってワケ・・・」

「でも、お前、今はもう貴族でもなんでもないし、そんなクソみたいな役割、担う必要なんて無いだろ、王国は否定されたし、貴族も否定された、だったらそんな薄汚れた掃除屋の役割なんて、誰もお前に望まないだろ」

「そうだね、あたし自身も誰も、それを望んでいない、でも、あたしはそれをする為に育てられてきたし、あたしの中には、それを生業として来た一族の汚らわしい血が流れている、・・・見て」

 そう言ってナルカは服を捲りあげて、胸部を露出させた。
 胸の中央、そこに淫紋のような刻印が刻まれていた。

「なんだ、それ・・・」

 俺はブラジャーに包まれたほどよく膨らんだナルカの乳をガン見しつつ呟いた。

「勇者殺しの呪い、かな、私の一族は、勇者を殺す為にその昔、御先祖が神様と契約したんだって、勇者を殺す力と引き換えに、勇者を殺せなければ寿命が半分になるっていうそんな呪いが一族に引き継がれてて、だから、私は勇者を殺さないと生きていけない、そんな業を背負った一族なんだ」

「・・・そんな呪いくらい、浄化魔術とか聖水とかでなんとかなるだろ、それで呪いが無くなれば誰もお前にそんなクソみたいな役割を強要しないし、それで自由だ」

「無駄だよ、これは呪いだけど、神様との契約でもあるから、神様との契約は絶対、宣告したジョブが宣告でしか変わらないような、そんな絶対的なルールだもん、そしてこの契約のおかげで、私は宣告を受ければ絶対に【アサシン】になる、そういうルールで、変えられない事だから」

「・・・じゃあもしお前が【アサシン】になったら、お前は勇者を殺しに行くのか」

「どうだろう、その為に生かされて、その為に育てられたし、あたしはきっと、世界で一番勇者に執着している。
 ・・・でも今は、その意義や必要性も薄れているし、だから結局、全部、あんた次第なんだと思う、あんたがおじいちゃんおばあちゃんになるまであたしと一緒にいたいって言うなら、あたしはこの役割を受け入れるし、嫌だっていうなら、あたしはこの役割を捨てる、だから、あんたが、あたしの勇者に、なってよ・・・、そしたらあたし、どんな未来でも受け入れるから・・・」

「そうか・・・」

 つまり、勇者を殺すか、どこにいるかも分からない神を倒さないと、ナルカを業から解き放てないという、俺にとってはこの上なく面倒な話だった。

 この事を知らずに生きた方がよかっただろうか?、いや、ナルカと深い溝を残したまま仲違いしていたならば、俺はナルカに殺されていた未来も有り得ただろう、故に、そういう点では俺の選択は間違っていなかった筈だ。

 少なくとも、運命の神様を呪いたくなるような状況だったとしても、俺がナルカにとっての運命の人であるという事実は、意味合いは違えども本当だったのだから。

 だから俺は勇者として、どうやったらナルカを救えるか、どうやってナルカを救えばいいか、それを思考する。

 素直に自分が勇者だと明かして、それでナルカがじゃあ勇者を殺すのは辞めます、これからは神を倒して自力で呪いを解きます、っていう展開になるだろうか、いや無理だろう。

 そもそもナルカの一族が契約したのがどの神様なのかも分からないし、そもそも神様が現実に実在するのかも分からない。

 ユリシーズやミュトスのような、神格を感じる存在は確かにいるが、はっきりと神様だと言える存在を現実で見た事は無いし、もし神様が実在するのであれば、こんな歪んだ世界を生み出した事に文句を言いたいくらいだが。

 だから、勇者である事を明かして神様を倒しに行く展開は、それこそ現実味の無い夢物語だし、ナルカを救う手段として下策だろう。

 そもそも、与えられた役割が敵であるナルカに自分が勇者だと明かすことは自殺行為にも思える、だから、勇者を明かすというのはまだ選択肢として選べるものでは無い。

「あたしは全部明かしたよ、ねぇ、今度はあんたの秘密って、何?、あんたの本当のジョブ、それって
 ──────────勇者なの?」

 迷い悩む俺に、ナルカはどこまても真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。
 そうだ、俺が、今日打倒したいと思うものは、乗り越えたいと思ったものは、迷いのない、どこまでも真っ直ぐでひたむきなこの瞳だった。

 だから俺はその瞳の圧に気圧されるが、負けじと拳を握り締めて、己の本音を、真実を、偽りの無い姿を、晒す覚悟を決めたのだった。



「・・・その前に、先ず、聞いてもらいたい話がある、これはまだ、誰にも話した事の無い、俺の中だけに秘めた、そんな悪事の告白になるけど、聞いてくれるかな・・・?」

「・・・うん、聞くよ、何でも話して、どんな告白でも、・・・あたしは絶対に、あんたを許すよ」

「・・・ありがとう。

 ───────これは今から10年前、俺が6歳の頃の話、俺には妹がいたんだ、両親が共働きで、妹が出来てから妹の子守りばっかするようになって、俺が放ったらかしにされて、それで俺が妹を放ったらかしにしても妹は勝手に俺についてきて、俺はそんな妹の事を、疎ましく思ってた」

 この話は親父やお袋にすら言ってない、俺にとって本当の秘中の秘だ、それを自分を殺す役割を持つナルカに聞かせるというのは、自殺行為にも似たスリルを感じずにはいられなかった。

 そして、己の最も弱く醜い部分を晒す事、それを知られてしまえば自分の中の仮面が壊れて無くなりそうで、その恐怖心で声が震える。

「・・・分かるよ、私もお姉ちゃんの事、拾ってくれて愛してくれて養ってくれて心配してくれてるのに、お母さんから愛されて自由に暮らしててずるいって、疎ましく思う事あるもん、だから、あんたの気持ち、全部分かるよ、だから話して」

「ああ・・・、最初は妹と遊ぶのも楽しかった、でも俺が大きくなって近所の他のお兄ちゃんたちと遊ぶようになってから、妹の存在が邪魔になった、多分、俺は元々、自分の為なら人が死んでも、身内が死んでも気にしない最低のクズだったんだろうな、俺は、邪魔者になった妹を




 ───────川に突き落として殺した」

 言葉にすると今でもあの時の光景が脳内にフラッシュバックする。

 川を流されていくライムを俺は呆然と見送り、後になって罪悪感に苛まれて下流まで追いかけて、そして、そこでクロを拾った。

 それから何日もかけてライムを探したけど、ライムの死体すら見つからず、今に至る。

 最低の話だろう、こんな生まれながらのクズ、真性サイコパスである俺が【勇者】だなんて、運命の神様のいたずらとしか言えない。
 だから俺は一生世界を救わないし、誰かの為になんて生き方はしない、最初から最後まで自分の為にだけ生きると決めたのだから。

「・・・そっか、あんたも罪人なんだね、そんな十字架背負っちゃったら、普通の人生なんて送れないよね、だからあたしの事、フろうとしたってワケ?」

「いや、それは違う、俺は自分が幸せになってはいけないとか、幸せになる事に罪悪感とかは感じてないし、今を生きる事に後悔はしていない、ただ一つ言える事は、と言う事だ。
 ・・・ああ、今、言葉にして、魂で理解出来た気がする、誰かの味方になれば誰かの敵になる、それって当たり前の事なんだ、人間はそれぞれ生まれ持った思考回路が違う、環境が変えるものもあるのかもしれないが、それでも元々クズである俺は、クズの味方にしかなれないって事だ、だから、きっと、俺は君が普通の女の子に見えたから、君が俺の味方にはなれないと勝手に勘違いしたんだと、思う。
 ・・・そうだ、俺が本当に欲しいのは、求めるものはきっと、こんなクズの俺と同じくらいクズな、世界で一番クズな友達、なんだと思う、なぁナルカ、お前は自分をクズだと思うか?」

「・・・私はずっと、私は世界に生きる資格の無い存在なんだと思ってた、親も環境も血統も、何もかも最悪で、自分が何で生きてるのかも分からないくらい、無価値で醜悪な存在だって思ってた、でも、そんな私の事も、いつか勇者は救ってくれるって、そんな風に考えて、それだけが心の救いだった」

「・・・そうか」

 勇者願望、勇者が実在で本物の救世主である以上、世の理不尽や不条理に嘆く人々にとっては、神ではなく勇者こそが救いだったのだ。
 だから、仮に勇者を殺す役割を与えられたとしてもナルカが勇者に救いを求めるの当然の話だ、だってそれがナルカの存在意義なのだから。

「でもきっと、もし勇者がいたとしても、こんな私の事は救わないと思う、だって、私は生まれたことが罪深い、この世から根絶した方がいい最低の血統だもの。
 でも私が生きる為には勇者を殺さなくちゃいけないから。
 ・・・だからもし勇者が現れたら、それがどんな聖人だとしてもあたしは殺す、殺される為に殺しに行く、どこまでも自分勝手な私の都合で、・・・だからきっとあたしは最低のクズで、世界で一番自分勝手でクズの一族の、その不義で生まれた忌み子、だからクズ度を比較したら、多分あたしに敵う人間はいないんじゃないかな」

「安心しろ、ここにいる」

「・・・え?」

「お前がどれだけクズでも、必ず俺がそれを上回るクズ行為でお前を超えてやる、だからお前は安心してクズのまま自分の道を突き進め、俺は、は、クズのお前を全部肯定してやる。
 それにもともと世の中はクズでいっぱいだ、脱税して私腹を肥やす村長、奴隷から搾取と虐待をする雇用主、領民を戯れに虐殺する領主、徴兵した兵士を自分の出世の為だけに使い捨てる指揮官など、数を上げればキリが無いし、それに人間なんて元々、大なり小なりクズなんだよ、食事として殺される家畜が可哀想だと思う人間は少ないだろう?、それと同じ事を人間や魔族同士でやってるってだけの話だ。
 だから善人として振る舞う事こそ欺瞞であり、クズである事が正道なのだ、弱肉強食、優勝劣敗、その掟に当て嵌めて考えれば、殺された勇者が悪いだけの話であり、お前の一族は何も悪い事なんてしてない」

「・・・え、ちょっと待って、今、じゃあ、・・・もしかしてあんた・・・・・・」

「・・・ああ、・・・俺が、・・・【勇者】だ」

 俺はもう確信していた、ナルカは俺の味方になれるし、ナルカしか本当の本当に俺の味方になれる存在はいないのだと。

 だってこの世に一人になるような孤独と、ただ勇者にのみ求める執着と、生まれながらに最ッッッ低のクズの出自、メンヘラで気が狂いそうになるレベルの劣等感という矛盾を抱えて生きるという境地、メリーさんを完全に超越した圧倒的クズ度、俺と同等の存在、そんなものを併せ持つ者など、間違いなく世界に二人も三人もいないのだから。

「え、でもあんた、『男爵』に勝てないって・・・、それに、そもそもなんで隠してるの、隠す理由なんて・・・」

「それは俺がクズだからだ、世界を救いたくないし、魔族とも戦いたくない、俺は既に勝ち逃げ出来る金も得たし、あとは適当に他の誰かが世直しした世界で穏やかに暮らしたいと考えてるからだ」

「う、嘘、冗談よね、だってこんなのが勇者だなんて、そんな訳・・・」

「信じられないか?、でもただのなりたての【モンク】が、決闘で『剣の聖騎士』に勝つ道理があると思うか?、不意打ちだけでなんとかなる話だと思えるか?、ちなみに『男爵』は正真正銘に俺が運で自力だけで倒したし、『黒龍』と『神狼』も俺が倒した、【魔王】には殺されたが一勝一敗だ、俺は正真正銘に世界最強だし、疑うなら俺と一緒に村に来い、蘇生できる高レベル【プリースト】がいるから、そこで俺を殺して呪いが解ければ俺が正真正銘【勇者】だって証明出来る訳だしな」

「・・・そっか、じゃあ、あんたが本当に」

「ああ、俺が、俺こそが、勇者だ、だから安心しろ、この世界はクソ溜めだがお前が思ってるより酷いものじゃないし、仮に地獄だとしても俺がお前を救う、だから何も問題ない、だから俺を信じろ」

「・・・うん、意味分かんないけど、・・・でも分かった、あんたを信じる、これからは、あんただけを頼って生きていく、でも、それであたしはどうしたらいいの?、どうやってあんたを支えればいい?」

「いや、特に何もしなくていい、むしろ普通にしていてくれ」

「・・・・・・え?」

「言ったろ、穏やかに暮らす事が目的だって、世直しは俺よりもっと優秀でやる気のある奴に任せるって、だから俺がお前を救ってやるから、代わりにお前が俺を救ってくれ」

「・・・救うって、何を?」

「俺は今、【勇者】を辞める為にレベル上げを頑張ってる途中なんだ、その為には誰にも俺が【勇者】である事を知られてはいけない、俺が【勇者】だと知るのは宣告したプリーストだけで親にすら隠し通してる、だから俺が無事に転職出来るように祈りつつ、俺が勇者バレで村での居場所に困ったら多分街で潜伏する事になるから、その時は宿を貸したくれたりすると嬉しい、かな、もちろん対価として夜の御奉仕くらいはしてやるし、俺もお前に御奉仕してもらう分にはドンと来いだ」

「つ、つまり、要約するとヒモになりたいって事・・・、はぁ、あんたって本当にクズね・・・、てか夜の御奉仕ってなによ、あんたにして貰っても全然嬉しくないんだけど、流石に人格を疑うわ・・・」

「よく言われるけど、これはもう、生まれ変わっても治らない俺のさがだからどうしようも無い」

「開き直ってるし、・・・本当に、なんでこんなの好きになっちゃったんだろう、・・・運命だから?、本当に最悪だけど・・・」

 ブツブツと小声でナルカが呟いているのを俺は不安に思い、念を押すように言った。

「・・・どうした?、言っておくが、選択肢だからな、お前は俺の協力者に選ばれた、だからお前は俺がこれからレベルカンストして転職する日まで一生俺の味方だ、もし裏切ったらその時は俺が全力を上げてお前とお前の家族に生き地獄を見せてやるから、だから絶対裏切るなよ、お前が裏切らない限り、俺は一生お前の味方だからな」

「・・・いいよ、分かった、降参、その代わり夏休みくらいにあんたの村に行くから、そん時は呪い解くの手伝ってよね」

「ああ、それと、今更だが、助けたお礼貰ってないし、今貰ってもいいかな?、完全なる主従契約の証としてとびきりディープな奴で頼む」

「そ、それはダメ、だって、お礼はもうあげたし・・・・・・」

「え・・・・・・?」

「あと、浮気したらコロス、次あたしに嘘ついたらコロス、あたしの事放ったらかしにしたらコロスから、殺されたくなかったらちゃんとあたしを気にかけてよね!!」


 そう言ってナルカは走り去っていった。

 生まれ持った宿命、神と契約すれば宣告を操作出来るということ、これもユリシーズが言った通りに、血統と役割の因果関係の話なのだろう。

 勇者を殺す一族、それが公爵家であるのならば、勇者を支える王家とはマッチポンプの関係であり、勇者の「敵」となる家系など、それこそまだまだ存在するに違いない。

 だからその事に俺はある疑問と仮説が浮かび上がるのだが。

 この世が世紀末だというのならば、それらはきっと、いずれ明かされるのだろう、その探偵の役目が俺では無い事を俺は祈ったのだった。
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