【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第11話 呪いとは

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「貴様がここの司令か、カタストロフの発動、止めさせてもらうぞ」

「・・・ふっ、まさか本当にこの死地に来るとはな、貴様が騎士の首領か、まんまと罠にかかりおって、貴様の首を死者への手向けにこの〝儀式〟を完遂させる」

 俺たちが突入した管制塔の最上階、カタストロフの影響かそこは異様な空気が充満する、崩壊の予兆を感じる異空間だった。

 廃人同然までに消耗仕切った魔族が数名と、力尽きた魔族が数名、そしてその中心にて祈りを捧げるようにうずくまる魔族の少女が一人、これがカタストロフの発動の儀式なのだろうか、俺はもっとすごい機械や魔術的な装置を予想し、それを破壊すれば阻止出来ると思っていたのでこの仕掛けは期待外れだった。

「罠・・・つまり我らを贄とするつもりか、そうはさせるか、総員、敵を殲滅せよ、敗北する事は許さん」

「ゆくぞ同胞たちよ、最後の踏ん張り所だ、我らは魔王軍の頂点に立つ精鋭、例え死に体であっても人間に遅れを取るな」

 ジェリドンと魔族の部隊は早々に戦闘を開始した。

 見た所魔族の方が消耗しているようだが、しかしジェリドンも『銀の悪鬼』との一騎打ちで消耗していた為か動きにキレは無く、そして他の騎士達も死にかけの魔族相手に苦戦していた。

 魔族の方が数が多かった為に俺の所にも死にかけの魔族がやってきて襲いかかってきたので、俺はベネットから託された剣で慌てて攻撃を受けるが、その一撃で俺は吹っ飛ばされて剣は折られた。

「げふっ、魔族の本気、強すぎだろっ、くそっ、何の変哲もないなまくら剣じゃ一撃すら受けられないのかよっ、ウーナが名剣に固執する気持ち、少しだけ分かった気がするぜ、そりゃこんな地獄にいてなまくら剣担いで戦うやつなんて、ただの自殺願望のカモみたいなもんだもんな」

 強い奴が強い武器持って殺しにかかってくる戦場に、弱い奴がつまらない拘りで弱い武器を持って駆け付けるというのは本当に愚かな事だったとこの場になって気づいたし、ベネットの友情に応えようという気持ちもその一撃を食らって粉砕されたが、だが後悔してももう遅かった。

 俺を吹き飛ばした男は消耗の為に足取りは重かったがそれでも手早く必死に、俺の息の根を止めようと追撃しに来ていたからだ。

 俺の体は一撃を食らった影響で上手く動かなった、よろけながら立ち上がるが、回避など到底出来ないだろう。
 助けを呼ぼうとするが、噎せて上手く声が出せなかった。

 必死に頭を働かせる、しかし、体がそもそも動かない俺には、もうどうする事も出来ない。

 行動権の消失、それは即ち「詰み」でしかないという事だった。

 まさか戦闘開始僅か数秒で死亡するなんて、俺は予想していない事態に思考が停止する。

 だってそうだろう、超強いジェリドンとその配下の騎士がいて、敵は弱っていて俺は一人だけ元気いっぱい勇気凛々やる気満々だったのに、こんな結末なんて有り得ないだろう。

 こんな呆気なく死ぬのか、そんな走馬灯さえ走らせてくれないくらいの至短時間の間に、男の刃は振るわれた。

 だが男の凶刃は俺に届く事無く、別の人物が受け止めた。







「──────────班・・・長・・・・・・」





 俺はかすれ声でその名を呟いた。

 班長、オウカ軍曹は俺を容易く吹き飛ばした男の一撃を正面から受け止めていた。

 その乱入が予想外だったのと、死から救出された安堵で腰が抜けた。

 ・・・でも、この人が自殺願望に近い献身を持っていた事は知っていたから、ここに来る事に不思議と妥当性は感じていたのだ。



「班長、剣が握れないんじゃ無かったんですか、班長は王族が殺された事で剣を握れなくなって、それで俺らの部隊に配属されたって」

 俺は班長は剣を握れないままでもいいと思っていた、優しい人だから、他人の為に強くあれるのであれば、その手段は刃を振るう事に拘らなくてもいいと思ったからだ。
 でも班長は自ら剣を握って、そしてここにいた、ここを死に場所に定めたのであれば、それは俺がとやかく言う事では無いのかもしれない、だけど。

「・・・そうだな、私を剣を握れない、握る理由を失ったからだ、王国を守る盾となり、その敵を払う剣となる、それが私の家の家訓で、その依代たる王家を失った私は、自分自身の価値を見失った、でも、今は剣を握る理由がある」

「理由、ですか・・・?」

「ああ、私は私の班員達を命に代えても守り抜く事を己に課した、その為ならば修羅になってでも剣を振るおうと、しかし、それは果たせなかった、6人も・・・死んだ、私の目の前で、・・・もうあんな思いをしてたまるか、理由なんてそれで十分だ、だから、せめて君だけは、死なす訳にはいかないんだ」

 恐らく、オウカ班長はベネットが飛龍に搭乗していたにも関わらずに俺が飛龍に乗っていないのを見て、慌てて引き返して来たのだろう、呼吸を乱しながらおっとり刀で駆けつけたようだった。
 ベネット班の2名と赤タスキ班の四名、死因は全員砲撃だろう、それは班長にはどうする事も出来ない事だったが、それでも班長である以上その責任を感じるのは仕方ない事だ。

「貴様らだけが同胞を失ったと思うなよ、貴様らのせいで、我らはもっと沢山の同胞を失っているのだ」

「くっ・・・」

 班長は手すきだった二人の魔族を一人で相手取る、班長は由緒正しい騎士の家の生まれで携えている剣も立派なものであり、そして騎士学校の成績も途中までは首席を争うほどの優等生だっただけあり、その実力は死にかけとはいえ魔族二人を相手取っても互角だった。
 家柄で言えば超エリートであるスザクにも引けを取らない存在らしいので、この奮闘も妥当だろう。
 それにきっと、死んでいった部下を守れなかった不甲斐ない自分に対する悲憤と慷慨こうがい、そして俺を守ろうとする強い覚悟、その想いの力だけ、班長の刃には力が宿っているように見えた、故に俺は二人を相手取る班長の加勢など考えずに、班長に二人分の戦力を期待する事にした。

「俺の為にそこまでの剣を振るえるようになるなんて、・・・やっぱり班長はすごいですね、班長、後は頼みました、俺はカタストロフを止めに行きます・・・!!」

 俺はよろけながら、中央で祈りを捧げる少女の元へと向かう。

 どうやら彼女は巫女のようだ、戦場と化したこの場に於いても彼女は隔絶されたように、微動だにせずに祈りを捧げていた。

 ・・・多分、状況から鑑みて、こいつを殺せばカタストロフを阻止出来るのだろう、他の魔族が消耗している事から、こいつが術者なのは間違いない、故に、無防備なこいつを殺せば間違いなくカタストロフは止まる、俺がこいつに接近した事で他の魔族が俺に注意を向けている事からもそれは間違いないが、だが、こいつも少女とは言え魔族なのである、故に剣を失いボロボロになった今の俺に殺せる手立ては無い。

 まぁそもそも、俺の手札で一番強いカードが詐欺である以上、殺人なんて選択肢にすら入らない訳ではあるが。

 俺は説得を試みるために少女に話しかける。

「おい、お前、名前は何だ、俺はライアだ」

 名前は説得する上で一番重要な要素だ、名前の知らない相手の言葉は信用出来ないと親父に教わったから、だから俺は自ら名乗って少女に名前を聞いた。

「・・・・・・」

 しかし少女は俺の言葉など耳に入らないかのように微動だにしない、この剣戟が鳴り響く殺伐とした喧騒の中にあって、ただ一人静寂の世界に隔絶されているようだった。

 俺は肩を優しく叩いたり、耳元で「アイラービュー」と囁いたり、脇腹をくすぐったりスカートを捲ったりと色んな角度から少女の覚醒を試みるも、それらは全て空振りに終わり、「ならば」と仕方ないので少女をこの場から連れ出す事にした。
 少女が儀式に必要な部品であるならば、ここから連れ出せばそれで儀式が止まるだろうという考えからだ。

 体はまだ少し痛むが、【勇者】になってから多少の無理は効くようになった為に、俺は少女の体を右肩に担ぐと、その場から離脱しようとする。

「貴様、巫女を・・・っ!!させるか!!」

 そこで一人の魔族が俺に斬り掛かるが、間一髪で他の騎士がそれを阻止する。

 続く形で騎士たちが俺を守るように円で囲み、それを魔族がさらに囲い込む形となり、俺は身動きが取れなくなる。

「くそっ、このままじゃ何も出来ねぇ、オイ女、いい加減目を覚ませ、お前のやろうとしている事はただの虐殺だ、そんな事をして喜ぶ奴なんていない、だから馬鹿げた自爆テロなんて辞めろ!!!」

 状況が俺の手に余る危険域となりなりふり構ってられなくなったので俺は目覚めた少女に逆襲される事を躊躇わずに少女の肩を激しく揺さぶって言葉をかけた。

 そこまでしてようやく少女は目を開き、そして俺と視線を合わせた。

「・・・・・・ご飯の時間ですか?」

「・・・・・・は?」

 寝惚けている?、いやこの戦場で、いく千いく万の命が浪費され、砲弾と断末魔の悲鳴が木霊するこの地獄で、呑気におねんねしてるとかいくら何でもおかしいだろ、と少女の様子を警戒するが、少女を観察していて俺は答えに気づいた。

「・・・目、見えてないのか、耳も・・・」

「・・・・・・」

 少女の目は虚ろであり、何も見ていなかった。 
 そして口を開けて、普段そうされているのだろう、口に食事が放り込まれるのを待っているようだ。

「・・・・・・ご飯の時間では無いのですか?」

 俺はそんな少女の様子を訝しみ、試しに手を握ると、少女は驚いた様子で握り返した。

「・・・知らない手ですね、あなたは誰なのですか」

  少女は不意に俺に鼻を近づけて、俺の胸元に鼻を擦り付けてすんすんと匂いを嗅いだ。

「・・・人間の匂い、という事は私の次の主はまた人間なのですか、・・・では自己紹介をしましょう、私の名はクー、よくお腹が鳴くからクーと名付けられました、名付けたのはマルシアス様です、好きなものは葡萄です、一度しか食べた事はありませんが、丸くて甘いならそれは葡萄だとマルシアス様に教わりました、なので年に一度の祝い事の日には一粒頂けたら嬉しいです、お仕事はお掃除とお洗濯が出来ます、お裁縫はマフラーと帽子を編めます、後は・・・」

 少女は目の前にいる俺に向けて、俺と目を合わさずに淡々と自分の素性や特技などを言って聞かせた。

 だが俺はそれらを聞き流す程に混乱していた。

 そして彼女の様子に異常さを感じたのは俺だけでは無かった。

「・・・どういう事だ、【巫女】様、あなたはカタストロフの発動の為に我らの生命力を吸い上げたのでは無いのですか・・・?」

 魔族の隊長と思しき男が青ざめた顔でそう呟くと、その様子の異常さにジェリドンも気づいたのか、合戦を中断する。

「この者がカタストロフの術者・・・?、確かに凄まじい魔力が蓄えられているが、肉体は貧相な子供、一体どういう事だ・・・?」

 カタストロフが生贄を必要とするのならば、目も耳も使えない奴隷の少女ならば、それほど都合のいいものは無いだろう。
 しかし、魔族の奴らの反応からみるに、【巫女】の少女がただの祭壇に捧げられた供物では無い事は明白であり、そして彼女がカタストロフのトリガーなのは間違いないだろう。

 それなのに本人が盲聾者で、ロクに会話出来ないどころか任務すら理解してない奴隷の少女だというのならば、この状況は不可解過ぎるという話だった。
 それ故に両軍が今は少女の動向にとまどい目覚めた少女の一挙手一投足を注視する。
 このままカタストロフが発動するのか否か、それに注目しているのだ。


 周囲の反応を見て、俺はこの場を支配コントロール出来ると閃き、行動を起こした。
 このまま黙っていればジェリドンに少女を「殺せ」と命じられ、それを阻止しようとする魔族との殺し合いが再開してしまう、故に、この一瞬の好機を、詐欺師の息子の俺が見逃すなと言っているのだ。

「・・・団長、つまり、この子はただの見せかけ、カタストロフなんて元々、存在しないものという事では無いでしょうか。
 団長だって気づいていたはずです、この基地を守る敵軍の戦力が寡勢であり、本気で基地を守るほどの人数では無かったこと、故に我々は多くの同胞を失いはしたものの、本来奪還不可能だった起死回生の作戦を僅か二時間で達成する事が出来た、つまり、敵は最初から基地を捨てていた、それ故に撤退の口実に偽物のカタストロフが必要だったという話です。
 そもそもカタストロフを発動させるなら、合戦そのものが不要という話ではありませんか」

「・・・しかし、こちらのナンバー2であるテンガが確認していたと言っていた、それなのに・・・まさかあやつ・・・!!」

 テンガ、飛龍に乗ってカタストロフの存在を報告した騎士の事だろう、ジェリドンが信用していた事からかなりの地位にいるようだが、ま、俺には関係ない話なので利用させてもらう。

、そのテンガって奴が敵と結託し、ここにカタストロフがあると思わせる事で俺たちを撤退させた、後はここを適当に爆破し、汚染物質を森にばら蒔けば俺たちは〝呪い〟を恐れて基地に近づけなくなる。
 つまりそのテンガって奴が敵と結託し、賄賂か何かを貰って撤退を誘導した、そういう事なのでしょう」

「・・・確かに、奴は裏切り者のスザクの肩を持っていた、裏切る理由としては十分か、おのれ・・・!!」

 ・・・・・・!!、スザクは俺に負けた事で裏切り者扱いされていた・・・?、まさか魔族を見逃しただけで裏切り者扱いとは恐れ入ったが、ま、それも関係無い話だし、スザクの実力ならば仮に指名手配されたとしても逃げ延びる事は容易だろうしどうでもいいか。
 取り敢えずジェリドンが俺の意見を鵜呑みにしているようなので、その隙に俺はこの場を離れる事を試みる。

「取り敢えず、この子を避難させても宜しいでしょうか?、目も耳も不自由な完全な非戦闘員はこの場には場違いでしょう、彼女への尋問は俺がしますんで、後は頼みます・・・・・・!!」

 俺は尋問が重要な任務みたいな空気感で熱弁した。
 それに対してジェリドンも流石に不信を抱いていたようだが、ここまで俺が完璧な勇者を演じていたが故に俺を疑う事はしなかったようだ。

「・・・・・・分かった、こヤツらの相手は私に任せろ」

 俺は少女の手を引いてこの場を去ろうとする、それを魔族の兵士たちは阻止しようとするが、カタストロフの発動だけが奴らの頼みの綱だったのだろう、それがただの偽装だった事に少なからずショックを受けていたようであり、動きが鈍っていて騎士に押し返される。

 俺は部屋を出る前に班長に告げた。
 班長は二人を相手取っているのだ、少しくらい手助けしたい気持ちもあったが、戦闘面での支援は無理なので気持ちだけ送る事にした。

「班長!!、絶対生きて帰ってきてください、班長はこんなごみ溜めで死ぬような人間じゃありません、だから絶対生きて帰ってきてください!!」

「・・・・・・不思議だな、別に約束をしている訳でも無いのに、君の言葉には不思議な強制力を感じる、・・・君は最後まで逃げなかった、だから今度は私も、もう一度戦ってみよう・・・!!」

 班長は獅子奮迅の勢いで魔族二人相手に切りこみ圧倒する、あの様子なら班長も死に急いだりせずに生きて帰ってくれるだろう。

 ジェリドン含め他の騎士達は弱っているとは言え魔族の精鋭が相手なので相討ちになるかもしれないが、ま、俺には関係の無い話だし、【勇者】だとバラしちゃった事だし、出来ればここで共倒れして欲しいが。
 だが兎にも角にもここは危険なので、俺はここで自分の都合のいい展開の高望みはせず、速やかに脱出する事を優先したのであった。



 ・・・しかし、カタストロフがどういうものなのかは知らないが、仮にこの基地をまとめて吹き飛ばせるようなヤバい兵器があるのだとしたら、それは存在するだけでとんでもない抑止力となるだろう。
 だからこそジェリドンたちも血相を変えていた訳ではあるが、仮にもしも王国もカタストロフを所持していると魔族達に思わせる事が出来るとしたら、それこそが真に平和を生み出せる〝力〟になるのでは無いかと、そこで俺は思ったのだ。

 古来より力とは数だった、故に個体に優れていても数に劣る魔族は敗北の歴史を刻んできた訳だが、それを覆すような大きな〝力〟が存在すれば、それは互いにとって不可侵を維持する手形になり得るという話だ。

 カタストロフの狂言、これは俺の理想を叶える為に使えると、その時に俺は思ったのであった。
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