【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第17話 悪意の海を泳いで

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 ライアが先ず見せられたのは一人の少女の記憶だった。

 少女の見る景色は歪んでいた。

 親はおらず、魔族の少女は生まれた時から最低辺の奴隷として扱われ、そして数々の理不尽や虐待を受けていた。

 その影響である日、少女は失明し、そして聴覚も失った。

 しかし少女にとっては、それが幸いだった。

 その日から少女は、自分の同族達が主人に虐待を受ける様を見る事も、悲痛な泣き声を聞くことも、理不尽に怒鳴られる事も、悪口を言われたり冷たい目で見られる事も無くなったからだ。

 〝仕事〟が出来なくなった少女は、与えられる食事の量も僅かなものになったが、それでも檻の中で口を開けていれば、誰かが少女に食事を与えてくれていた。
 だから少女は何を入れられても感謝を口にして、どんなにマズくても笑顔で飲み込んだのだ。

 そして少女はその時から、女神の声を聞くようになった。

 少女の血統は特別らしく、女神の依代となれる巫女の家系だから、だそうだ。
 それ故に少女は人間から脅威と見なされ、しかし同様に利用価値もあるとして、代々人間の、とある貴族の家で監禁されていたという事らしい。
 由緒正しき巫女の血統なのに、それの半分以上が人間の血になっているのは嘆かわしい事だったが、それでもこの世界で唯一の女神の依代の器だったから、女神は頻繁に少女に話しかけた。

 独り言が増えた少女を周りの人間達は不気味がったのだろう、部屋を仲間との相部屋から寒くて何も無い場所へと移された。

 そこでたまに落ちてるパンの切れ端を食べて飢えを凌ぎ、時折女神と会話しながら、何もしないを毎日続ける日々が始まった。

 そしてある日、屋敷が燃えるような熱と匂い、そして甘くて錆びた赤い匂いが充満したある日に、少女は解放されて、新しい主人の元に拾われた。

 その主人は少女の利用価値を知る魔族の男であり、少女を利用する為に少女を保護し、そして真実を知るものを全て、そこにいた少女以外の全てを処分したのであった。

 そしてカタストロフのトリガーにする為に、器として、この地獄のような場所に連れてこられたという訳だった。



 次に見せられたのは、生贄になった魔族の男の記憶だ。

 魔族の肉体が人間の薬になるという理由で、兄弟を人間に奪われた者。
 その薬を作る目的となった伝染病で、多くの仲間と家族を失った者。
 薬を盗みに行った王国で、魔族は徴税による餓死者に溢れているのに、王国では捨てるほど食料を余らせている事実を知った者。
 伝染病と同時期に起こった魔女狩りで、ただの奴隷だった同族達をギロチンのショーで処刑する様を見せられた者。
 王国の奴隷として、国王の陵墓の建造の為に子供の頃から過酷な労働に従事して、親兄弟を人柱として殺された者。
 【魔王】の誕生が予見された為に、その年に生まれた赤ん坊を殺害された者。
 とある貴族が治安維持の名目でただ困窮して税金が払えなかっただけの村を、己の実績作りの為に鎮圧という名の虐殺を行い、それにより家族を殺されたもの。
 税金を払えなかった為に奴隷として王国に連れてこられた挙句、変態貴族のオモチャにされて、魔族の誇りである角を折られた者。

 魔族から見た人間の姿とはあまりにもおぞましく、悪意という言葉で表現するには生温すぎる程に邪悪だった。

 続いて見せられたのは、この基地で戦死した人間達の記憶だった。

 とある村では、伝染病の薬を買う為には、子供のうちの2人に1人を間引く必要があり、それにより兄弟を失ったものは少なくなかった。
 その村に住む男は、父親が薬を盗んだが為に兄弟で罪人として扱われ、この徴兵に真っ先に送り込まれた。
 別の男は、家財を売って薬を買ったにも関わらず、当時、多く流通していたを掴まされて、一人息子を失った。
 孤児だった男は幼い頃より物乞いとして生きてきたが、1度も人として扱われる事はなかった。
 騎士だった男は、家族が命を捨てて貴族に尽くしたにも関わらず貴族に捨てられ、革命の際には一人で罪を背負わされていた。
 貴族だった男は、幼い頃より悪徳貴族の祖父から英才教育を受けて、人間を道具のように扱う術を教わったが、革命により家財を奪われた挙句、子供を人質に前線に送られ、竹槍一本で魔族に突撃する見せしめのショーにされて魔族に殺された。

 他にも全年齢版では筆舌にし難いような非道、無道、悪夢のような記憶を俺を見せられた。

 そんな彼らの持つ悪意とは、人間への憎悪、王国への憎悪、戦争を起こした魔族への憎悪と、様々な怨念であり、それに浸かってる俺の精神は、気が狂いそうな程に陰鬱だった。
 こんなものを見せられては、人間を、王国を、世界を、愛する事なんて出来ないだろう。
 この世界を滅ぼせるだけの悪意、この世界を壊していい理由としては十分な程の悪意を、俺は受けていた。

 だが、不本意ながら未だに俺は正気を保っていた。

 当然だ、何故なら俺は、この世界が大したものでは無いと、ずっと前から知っていたからだ。

 人間なんて、大なり小なりクズな生き物なんだと、無条件で救える様な尊い存在では無いのだと、知っていたからだ。

 そして俺の魂が既に邪悪に取り憑かれているというのであれば、そんな俺の魂を染め上げるには、ただの悪意やみでは足りないからだ。

 確かに、こんな醜いものを見せられては、全てを壊したくなる破壊衝動に取り憑かれて然るものだろう。

 俺は今まで自分が世界で一番不幸だと思っていた、俺より辛くて苦しい目にあってる人間など他に存在しないと思っていた。
 だが、世の中には俺より不幸で救いの無い人達がいるという〝現実〟を見せられた時、俺はこの世界を救済する必要性を確かに感じた。

 だが、【勇者】が一度や二度、百度や千度、この世界を救った所で、人間が大して変わることは無い事を俺は知っていたのだ。



 ──────────この世界は悲劇で満ち溢れている。

 

 それが何故か、はっきりと原因を特定し、その根っこを根絶出来るものはいないだろう。
 何故ならばそれが人間だから、としか言いようが無いからだ。
 人を救って感謝される行為は確かに気持ちいいものだが、それと同様に弱者をいじめたり、馬鹿を騙して手のひらで踊らせる行為も気持ちいいものなのだ。
 だから人が人を傷つけるのは、それが人だからとしか言いようが無いし、それを矯正したり世の中から取り除く事は不可能なのである。

 魂が邪悪な俺だからこそハッキリ言えるが、世の中はクズな方が幸せになれるし、幸せなヒーローなんてものはこの世に存在しないのだ。
 ヒーローとは、悲劇のヒーローだからこそ輝くのだ、たった一人で巨悪に立ち向かい、終わりのない戦いに身を投じるからこそ人々から支持を受けるものなのだ。
 戦争の英雄が皇帝になって支配者になった途端に支持を失うように、順風満帆で完全無欠のヒーローなんて存在しない。
 だから俺は【勇者】なんてこの世で一番興味も無くてやりたくない事だったし、そんな役割を押し付けられた俺の人生は悲劇一直線としか言いようがないが、それでも俺は俺らしく生きるだけだ。

 だからこの人の世の怨念全てを詰め込んだ嗚咽しそうな悪意でさえも、俺は丸ごと飲み込んでしまえたのだ。








「どうだ少年、この世界全ての悪意の味は、君には、この世界を許す事は出来るか?」

「俺は・・・」

 カタストロフの発動、王国の破壊、人類の虐殺、それが起これば、確かに魔族にとっても、人間にとっても、平和な時代を作る事が出来るのかもしれない。
 戦争をするのは貧しいからでは無い、人とモノに余裕があるからだ。
 だからその両方を無くして、生きる事に専念しなくてはいけないようにすれば、戦争自体は無くせるだろう。
 そもそも、伝染病を魔族の命で治療する特効薬が発明されなければ、人間は数を飽和させる事もなく、そして魔族から恨まれる事も無かった。
 結局、自分たちが生き残る為というエゴが、人類の淘汰という自然の摂理に逆らい、他者に理不尽を強いるという結果になるというならば、伝染病や災害と言った理不尽の全てを神の思し召しとして受け入れる事こそが、平和の為の近道なのかもしれない。
 理不尽な死を受け入れる事、自然に抗わないでいる事、それが出来たなら、人は誰かと争う必要は無いのだろう。
 だからそのけじめとして、人の手には負えない災害カタストロフを発動し、抗う力を奪う、人類の地ならしが必要だと、俺は理解していたが。

 人類を──────────生かすべき道理なんて一つも無いと理解していたが。












「──────────それでも俺は、人類を許します。


 ・・・だって、人も、魔族も、生きてるだけで不幸ですけど、不幸だからって、それが悲劇とは限らない、仮に救いの無い人生だったとしても、その人が救いを感じられたならば、それで幸せだって、話ですから」

 確かに、人類は過ちと悲劇の連鎖で成り立っているのかもしれない、粛清しなければいけないような愚かな生き物なのかもしれない。
 でも、どれだけ考えてもそれは、俺にとっては他人事だった。
 当然だろう、人類を救う役割を与えられた【勇者】なのだとしても、俺は辺境の寒村に生まれ、底辺下流の家で育ち、他人を愛した経験も、愛された経験も無かったのだから。
 だから俺は大切なものを奪われる苦しみを知らないから同情しないし、何が大切かと問われれば自分の命だった、だからどっちに転んでもどうでもよかったが。
 ただ、最終的な結論として、救いようの無い虫けらの命でも、生かしておけば、自分の為になるかもしれないと、そういう打算で生かす方を選んだだけだ。

「やはり許すか、流石は【勇者】だな、これだけの悪意を受けてもなお、まだ人を愛すというのだから」

「・・・いえ、別に好きとかじゃないスけど・・・、まぁ、嫌いでは無い、かもしれません」

「ならば我の役割はこれで終わりだ、少年、巫女の体をよろしく頼むぞ、それが我の最後の依代らしいからな、なるべく早く子作りして残機を増やしてくれ」

「いや、どう見てもあと4~5年は必要そうスけど、魔族ならもう赤ちゃん作れるのかな?、まぁ、善処します」

 正直こんな厄介な血統は根絶した方が平和かなとは思ったが、確かに神を降臨させられる依代というのは便利そうなので、カタストロフがただの伝承ならば残す方が得ではあるか。

 その言葉を最後に、クー(【巫女】の奴隷少女)に取り憑いていた女神マルシアスの気配は消えた。
 俺は取り敢えず水と食料を確保する為に、クーをその場に放置してベースキャンプへと向かったのであった。


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