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本編
第2話 剣帯の組紐 2
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「あの剣帯の飾り紐です」
レフラは諦めて、黙って成り行きを見守っている様子の武官を指差した。その指を追って、リュクトワスの視線が、剣帯を飾る組紐へと向けられる。
「装飾品にしては、若い方で付けている方は少ないですし。あと、同じ物を見ないので、ちょっと気になっていたんです」
似たようなデザインだったとしても、よく見れば、どこかが必ず違っていた。その人の為にだけ誂えられたように感じる紐は、跳び族内では見たことがない。それだけに、レフラの知らない黒族の風習のような気がしていたのだ。
「あぁ、あれはプロメイナですよ」
「プロメイナ?」
「はい、言わばお守りのような物です。武官ともなれば、命の危険が常にありますから。相手との繋がりが切れてしまわないように、何があっても戻ってこれるように。糸にそんな願掛けをして、武官の妻が贈る事が多いですね」
そんな大切な人の無事を願って編まれた組紐は、その1つ1つの編み目が、相手への想いそのものという事だった。
「だから、同じ物がなかったんですか」
なるほど、とレフラは頷いた。
この目の前の武官の妻も、彼が無事に家族の元に帰ってくるのを願って、編み上げたのだろう。
「素敵な贈り物ですね」
黒族長であるギガイの側で、珍しい物、高価な物。色々な貢ぎ物を見てきたけれど、そのどれよりも貴くて、心惹かれる贈り物だった。
レフラが組紐を指差しながら微笑めば、再び直接言葉を掛けられた武官は、迷ったような素振りを見せた。
「かまわん」
だが、伺い見たリュクトワスが苦笑しながらも頷けば、戸惑いつつも悪い気はしていなかったのか。
「ありがとうございます」
一言だけそう言って、頭を下げた姿からは、はにかむような空気が、どことなく漂っているようだった。
もしかしたら、その妻を思い出しているのかもしれない。
(離れていても、想い合える切っ掛けにもなるんですね)
そんな武官と組紐を見比べて、レフラは少し羨ましかった。
(私もギガイ様に贈ってみたいな)
そうしたら、喜んでくれるかもしれない。もしかしたら、こんな風に誰かとの会話の中で思い出して、笑ってくれるかもしれない。
少しそんな光景を思い浮かべてみる。そして直後に。
(さすがに他の方々と会話をしていて、ギガイ様がこんな風に、笑う事はないでしょうか……)
と心の中で独り言ちて、あり得なさに苦笑した。
でも、同時に思うのだ。
もしも、ギガイが1人なら。その時に、腰へレフラの贈った紐があったなら。きっと、ギガイは柔らかく笑ってくれる、と。
脳裏に描いたギガイの姿は、それだけでレフラの心を温かくする。レフラは幸せな想像で緩む口元に、指を添えた。
「レフラ様? 他は宜しいでしょうか?」
言葉が途切れたレフラへ、リュクトワスが確認する。ハッとしたレフラは頷き返して、付き合ってもらった事に礼を告げた。
返礼の言葉と共に礼を執り、その武官がギガイの執務室を退出した後は、それぞれがまた自分の仕事へ戻りだす。
傍らに跪いていたリュクトワスも、立ち上がり、さっきまでの作業に戻ろうとしているようだった。
「あ、あの……」
そんなリュクトワスの袖を、レフラは慌てて捕まえた。
「どうしましたか?」
ちょっと驚いた表情で、リュクトワスがレフラの方を振り返る。
「えっ、と……」
とっさに捕まえたまでは良かった。でも、告げたい内容の図々しさに躊躇って、言葉が上手く出てこなかった。それでも、日頃から言葉が少ないギガイを相手にしている側近は、言い淀んだレフラの表情から、言いたい事を何となく察したようだった。
「組紐に使う糸を手配しましょうか?」
クスッと笑ったリュクトワスが、改めてレフラの方へ向き直る。途端にレフラの顔が熱くなった。
(そんなに思っている事が、筒抜けなんでしょうか?)
見透かされている事が恥ずかしくて、思わず視線が彷徨いかける。でもそれでは意味がないと、息を詰めて堪えながら、レフラはフルフルと首を振った。
「違うんです……」
それに対して、今度はリュクトワスの顔に、おや?っといった表情が浮かんだ。
「不要でしたか?」
「あっ、欲しいです! でも、そうじゃなくて、ただ……」
「ただ?」
「あの……自分の力で、買いたくて……だから……何かお金が頂けるようなお仕事が、私もしたいな……と思ってて……」
「お金ですか……」
よほど意外な内容だったのか、そう言ったきり、リュクトワスが黙り込んだ。
お金の無心をしているようで、レフラとしても、こうやって伝える事も本当は恥ずかしかった。リュクトワスの沈黙にどんどん居たたまれなくなってくる。しかも。
(ギガイ様は私が働くのを嫌がりますから……)
前に何かさせて欲しいとお願いした時に『寵妃を働かせるなど、私に甲斐性がないようだ』と渋られている。そのため、レフラがやらせて貰えているのは、せいぜい近衛隊との週1回程度の鍛錬だけなのだ。
ギガイの意に反する事は明らかなのだから。
リュクトワスはきっと困ったように笑って、レフラを窘めてくるだろう。そんな事を思いつつ、レフラはジッとリュクトワスの顔を見つめた。
レフラは諦めて、黙って成り行きを見守っている様子の武官を指差した。その指を追って、リュクトワスの視線が、剣帯を飾る組紐へと向けられる。
「装飾品にしては、若い方で付けている方は少ないですし。あと、同じ物を見ないので、ちょっと気になっていたんです」
似たようなデザインだったとしても、よく見れば、どこかが必ず違っていた。その人の為にだけ誂えられたように感じる紐は、跳び族内では見たことがない。それだけに、レフラの知らない黒族の風習のような気がしていたのだ。
「あぁ、あれはプロメイナですよ」
「プロメイナ?」
「はい、言わばお守りのような物です。武官ともなれば、命の危険が常にありますから。相手との繋がりが切れてしまわないように、何があっても戻ってこれるように。糸にそんな願掛けをして、武官の妻が贈る事が多いですね」
そんな大切な人の無事を願って編まれた組紐は、その1つ1つの編み目が、相手への想いそのものという事だった。
「だから、同じ物がなかったんですか」
なるほど、とレフラは頷いた。
この目の前の武官の妻も、彼が無事に家族の元に帰ってくるのを願って、編み上げたのだろう。
「素敵な贈り物ですね」
黒族長であるギガイの側で、珍しい物、高価な物。色々な貢ぎ物を見てきたけれど、そのどれよりも貴くて、心惹かれる贈り物だった。
レフラが組紐を指差しながら微笑めば、再び直接言葉を掛けられた武官は、迷ったような素振りを見せた。
「かまわん」
だが、伺い見たリュクトワスが苦笑しながらも頷けば、戸惑いつつも悪い気はしていなかったのか。
「ありがとうございます」
一言だけそう言って、頭を下げた姿からは、はにかむような空気が、どことなく漂っているようだった。
もしかしたら、その妻を思い出しているのかもしれない。
(離れていても、想い合える切っ掛けにもなるんですね)
そんな武官と組紐を見比べて、レフラは少し羨ましかった。
(私もギガイ様に贈ってみたいな)
そうしたら、喜んでくれるかもしれない。もしかしたら、こんな風に誰かとの会話の中で思い出して、笑ってくれるかもしれない。
少しそんな光景を思い浮かべてみる。そして直後に。
(さすがに他の方々と会話をしていて、ギガイ様がこんな風に、笑う事はないでしょうか……)
と心の中で独り言ちて、あり得なさに苦笑した。
でも、同時に思うのだ。
もしも、ギガイが1人なら。その時に、腰へレフラの贈った紐があったなら。きっと、ギガイは柔らかく笑ってくれる、と。
脳裏に描いたギガイの姿は、それだけでレフラの心を温かくする。レフラは幸せな想像で緩む口元に、指を添えた。
「レフラ様? 他は宜しいでしょうか?」
言葉が途切れたレフラへ、リュクトワスが確認する。ハッとしたレフラは頷き返して、付き合ってもらった事に礼を告げた。
返礼の言葉と共に礼を執り、その武官がギガイの執務室を退出した後は、それぞれがまた自分の仕事へ戻りだす。
傍らに跪いていたリュクトワスも、立ち上がり、さっきまでの作業に戻ろうとしているようだった。
「あ、あの……」
そんなリュクトワスの袖を、レフラは慌てて捕まえた。
「どうしましたか?」
ちょっと驚いた表情で、リュクトワスがレフラの方を振り返る。
「えっ、と……」
とっさに捕まえたまでは良かった。でも、告げたい内容の図々しさに躊躇って、言葉が上手く出てこなかった。それでも、日頃から言葉が少ないギガイを相手にしている側近は、言い淀んだレフラの表情から、言いたい事を何となく察したようだった。
「組紐に使う糸を手配しましょうか?」
クスッと笑ったリュクトワスが、改めてレフラの方へ向き直る。途端にレフラの顔が熱くなった。
(そんなに思っている事が、筒抜けなんでしょうか?)
見透かされている事が恥ずかしくて、思わず視線が彷徨いかける。でもそれでは意味がないと、息を詰めて堪えながら、レフラはフルフルと首を振った。
「違うんです……」
それに対して、今度はリュクトワスの顔に、おや?っといった表情が浮かんだ。
「不要でしたか?」
「あっ、欲しいです! でも、そうじゃなくて、ただ……」
「ただ?」
「あの……自分の力で、買いたくて……だから……何かお金が頂けるようなお仕事が、私もしたいな……と思ってて……」
「お金ですか……」
よほど意外な内容だったのか、そう言ったきり、リュクトワスが黙り込んだ。
お金の無心をしているようで、レフラとしても、こうやって伝える事も本当は恥ずかしかった。リュクトワスの沈黙にどんどん居たたまれなくなってくる。しかも。
(ギガイ様は私が働くのを嫌がりますから……)
前に何かさせて欲しいとお願いした時に『寵妃を働かせるなど、私に甲斐性がないようだ』と渋られている。そのため、レフラがやらせて貰えているのは、せいぜい近衛隊との週1回程度の鍛錬だけなのだ。
ギガイの意に反する事は明らかなのだから。
リュクトワスはきっと困ったように笑って、レフラを窘めてくるだろう。そんな事を思いつつ、レフラはジッとリュクトワスの顔を見つめた。
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