泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第3話 剣帯の組紐 3

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 リュクトワスを、どうすれば説得できるのか。全く自信が無くて、早々に心が折れそうになる。

(でも『ギガイ様へ贈り物を買うために、お金を稼ぎたい』なんて、ギガイ様自身に、言えないですし……)

 しかも、絶対的な力と潤沢な資財を持つギガイなのだ。伝えたら最後。

『好きな物を買えばいい』

 そう言って、予想を超えた額のお金を、レフラへ渡してくるだろう。

(それじゃあ、何の意味もないのに)

 想像に難くない未来は、これまでの経験で確信していた。
 
 1番頼れるはずのギガイを、頼る訳にいかないのだ。リュクトワスを説得できる自信がなくても、レフラにはそうする以外に術がない。

(何て言ったら、分かってもらえるでしょうか……)
 
 リュクトワスから返ってくるだろう言葉を想像しながら、必死に対策を練ってみる。でも、これといった案が、少しも浮かんでこなかった。
 
(1ヶ月、2ヶ月? ずっと説得を頑張ったら、聞いてもらえるでしょうか?)
 
 いざとなれば、子どものように駄々をこねて……。

 そう思っても、ようやく甘える事に慣れてきたギガイ相手ならいざ知らず、相手はこのリュクトワスなのだ。そのみっともなさを思えば、それもまた踏ん切れない。

 しかも、その間にギガイの耳に入ってしまう可能性も、高いだろう。

(ギガイ様へ内緒にしつつ、リュクトワス様相手に交渉し続けるなんて、できるんでしょうか……?)
 
 日々、他種族を含め、色々な者達と交渉をしている人なのだから。リュクトワスもレフラが口で敵うような相手じゃない。考えれば考えるほど、無理な気がして気持ちがどんどん沈んでいく。
 
 だけどレフラの落ち込みに反して、聞こえた言葉はあまりにも予想外な言葉だった。
 
「……分かりました。それでしたら、今までの鍛錬分に対して、金銭をお渡しするのはどうでしょう? 組紐の材料でしたら、十分購入できると思いますよ」
 
 気が付かない内に視線が落ちて、俯き加減になっていたレフラは、えっ? とリュクトワスの方へ顔を上げた。自分から聞いた事だったけど、ダメだと言われるだけだと思っていたのだ。
 
「ほ、本当ですか?」
 
「はい。この先もずっと、という事であれば、事前にギガイ様の許可がどうしても必要となりますが、これまでの分に対してのみでしたら、どうにかできますので」
 
 それでも良いですか? と笑みを浮かべるリュクトワスの真意は分からなかった。
 何もなく許可をしてくれる人じゃない。
 これまでのやり取りで知っている分、言葉の裏を考えなかった訳じゃない。でも、いくら考えた所で、老獪極まるリュクトワスの裏を読むなんて芸当を、レフラができるはずがない。それに、例え裏があったとしても、これが最初で最後のチャンスだと思うのだ。そうなれば、答えは1つだけだった。
 
「はい、十分です! ありがとうございます!」
 
 思惑が何であろうと、これで自分の力で、ギガイへ贈り物が出来る事には変わらない。そう思えばやっぱり嬉しくて、声はかなり弾んでいた。
 だが、もう1人の側近であるアドフィルは、何か思うところがあるのか。何か言いたげな表情で、リュクトワスに目を向けていた。そんなアドフィルに、リュクトワスも気が付いたようだった。それでも、顔をそちらへ向ける事もないまま、アドフィルをいなすように軽く片手を挙げただけだった。
 
「それでは、次回のギガイ様の視察の前には、この3人へ預けておきます」
 
 3人から受け取るように言われて、レフラが背後に立つリラン達を振り返る。こちらの表情もアドフィルと同じように、何か物言いたげな表情を浮かべている。それでも、リュクトワスがアドフィルを制止していた姿を見ていた為か、何も言う気はないようだった。そして、3人は真っ直ぐに見上げるレフラに気が付けば。
 
「良かったですね」
 
 そう言って、にこやかに笑ってくれた。
 いつだってレフラが嬉しい時に、一緒に喜んでくれる人達だから。何か思うところがあったとしても、レフラへ対しては心からそう思ってくれているのだろう。

「はい!」
 
 3人から向けられた笑顔に、ジワジワと喜びが沸き上がり、レフラは大きく頷いた。

 貧しい跳び族から、何も持たずに、身体1つで嫁いだのだ。
 ギガイの元に、日々送られてくる貢ぎ物。その贈り主のように、自分でギガイへ何かを送るなんて、一生無理だと思っていた。それが叶うなんて、まるで夢のようだった。
 
(ギガイ様は喜んで下さるでしょうか?)
 
 どれだけ引き締めようとしても上手くいかない口元を、レフラはもう1度指先で覆って隠そうとする。それでも、嬉しそうな雰囲気は、少しも誤魔化せていないのだろう。
 
 自分を取り巻く人達から、おもしろそうな空気が漂った。黒族のまつりごとの中枢に関わる人達には、自分が必死に誤魔化しても、結局は明け透けで拙く見えているのだろう。

「楽しみです」
 
 隠すことを諦めたレフラが、照れながら言えば、アドフィルの「そうですね」という相槌の後に、小さく笑う音が聞こえてきた。
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