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本編

第4話 剣帯の組紐 4

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「どうした?」
 
 そこへちょうど戻ってきたギガイが、訝しげに部屋の中を見回した。何がとは言えない。だが、執務室の中に漂う空気感とでもいうのだろうか。それがいつもと違っていた。
 
「いえ、なんでもありません」
 
 そんなギガイへニコッと笑いかけながら、レフラがゆっくりと近付いてくる。
 
 素早く目を走らせた室内には、いつもと違った様子はない。訝しく思いながら、ギガイは目の前に来た身体を腕の中に抱え込んだ。顎下を悪戯に撫でながら、さり気なくレフラの顔を上げさせる。
 
 これまでの積み重なった出来事で、レフラの「なんでもない」や「大丈夫」といった言葉は、まだまだギガイの中で信用度は低いのだからしょうがない。
 
 取りあえず、正面から確認した表情には、特に憂いや後ろめたさは無いようだった。
 
 ギガイの指にこそばゆそうに笑うレフラからは、むしろ機嫌の良さが感じられてくる。
 
(取りあえず、何か問題があった訳ではなさそうだな)
 
「本当か?」
 
「はい」
 
 ギガイの質問に視線も逸らさず、即答する様は、レフラにしては頑張ってごまかしたつもりだろう。本人としては、上手くいっていると思っているのが、腕の中の様子からも伝わってくる。
 
 だけど根が素直で嘘を苦手とする分、どうしても平然と嘘を吐けなかったのか。答える直前の呼吸が、一拍ズレていた。さらに見上げてくる目も、レフラが何か企んでいる時と同じなのだ。
 
(さて、今度は何を隠してるやら)
 
 ギガイは内心で苦笑しながら、ツイッと残していった側近へと目を向けた。
 
 わずかに重なったリュクトワスの視線が、レフラへ動いた後、頷く代わりのようにゆっくりと瞬きを返される。
 
(どうやら詳細については、リュクトワスが知っているらしいな)
 
 それなら、この後にどうせ報告が入るだろう。
 
(だが、隠し事は頂けないな)
 
 レフラはギガイだけの御饌なのだ。
 全てが自分だけのものだと主張するぐらい、唯一無二であるレフラへの独占欲は物凄い。
 そんなレフラから隠し事をされること自体、ギガイにとっては受け入れがたい事だった。だけど力で従わせる相手ではないのだ。拗ねたレフラ相手にさんざん手を焼けば、ある程度の譲歩も必要だと、さすがにギガイだって学びはする。
 
(むやみに聞き出そうとすれば、余計に手間がかかるからな。折を見て、レフラ自身からは聞き出すとしよう)
 
 ただその譲歩も、聞き出すタイミングへの考慮でしかなく、結局は隠し通させる気はないのだが。それをギガイは当然だと思っていた。
 
 本来なら望むままに振る舞えるはずの黒族長としても。そして、唯一無二の存在である、レフラへの独占欲から考えても。ギガイとしては十分に堪えているはずなのだから。これ以上の譲歩など、はなから思い浮かびもしなかった。
 
 ギガイはもう1度、何でもないフリをするレフラの顎下をするすると撫でていく。
 
(取りあえずは、お前自身からの報告を待ってやろう)
 
 執務室に漂っていた雰囲気や、リュクトワスの様子からも、緊急の事ではないのだろう。
 
(ただ、私が我慢できる内に伝えてこい)
 
 もちろんその前には、話せるように、何度か話題は振るだろう。それでも頑なに隠すのなら、その時は仕方ないと思うのだ。
 
(あまりに長引けば、寝台で啼かされながら言うはめになるだろうからな)
 
 腹の内を隠す事に長けたギガイの表情や眼差しは、そんな考えとは裏腹に、いつも通り柔らかくレフラへ向いている。

「ふふっ」
「だいぶ、機嫌が良さそうだな? 何かあったんじゃないのか?」
「いえ、本当に何もないですよ!」

 何もないと言いながらも、こちらを向いた目は、いつになくキラキラしているのだ。

(これでは、騙されてやるのも一苦労だ)

 ギガイは笑い出しそうになるのを、どうにか堪えた。

「そうか」

 まったく……。と思いながら、隠し事への仕返しに、顎下をくすぐる指を、耳たぶの方まで伸ばしてみる。

「ギガイ様、くすぐったいです」
 
 耳の弱いレフラは、思った通り耐えきれずに、逃れようと首をすくめた。そのまま笑いながらレフラが、ギガイの方へ手を伸ばしてくる。求められるままに抱える高さを変えれば、レフラの腕がギガイの首に回された。
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