泡沫のゆりかご 三部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

文字の大きさ
6 / 50
本編

第4話 剣帯の組紐 4

しおりを挟む
「どうした?」
 
 そこへちょうど戻ってきたギガイが、訝しげに部屋の中を見回した。何がとは言えない。だが、執務室の中に漂う空気感とでもいうのだろうか。それがいつもと違っていた。
 
「いえ、なんでもありません」
 
 そんなギガイへニコッと笑いかけながら、レフラがゆっくりと近付いてくる。
 
 素早く目を走らせた室内には、いつもと違った様子はない。訝しく思いながら、ギガイは目の前に来た身体を腕の中に抱え込んだ。顎下を悪戯に撫でながら、さり気なくレフラの顔を上げさせる。
 
 これまでの積み重なった出来事で、レフラの「なんでもない」や「大丈夫」といった言葉は、まだまだギガイの中で信用度は低いのだからしょうがない。
 
 取りあえず、正面から確認した表情には、特に憂いや後ろめたさは無いようだった。
 
 ギガイの指にこそばゆそうに笑うレフラからは、むしろ機嫌の良さが感じられてくる。
 
(取りあえず、何か問題があった訳ではなさそうだな)
 
「本当か?」
 
「はい」
 
 ギガイの質問に視線も逸らさず、即答する様は、レフラにしては頑張ってごまかしたつもりだろう。本人としては、上手くいっていると思っているのが、腕の中の様子からも伝わってくる。
 
 だけど根が素直で嘘を苦手とする分、どうしても平然と嘘を吐けなかったのか。答える直前の呼吸が、一拍ズレていた。さらに見上げてくる目も、レフラが何か企んでいる時と同じなのだ。
 
(さて、今度は何を隠してるやら)
 
 ギガイは内心で苦笑しながら、ツイッと残していった側近へと目を向けた。
 
 わずかに重なったリュクトワスの視線が、レフラへ動いた後、頷く代わりのようにゆっくりと瞬きを返される。
 
(どうやら詳細については、リュクトワスが知っているらしいな)
 
 それなら、この後にどうせ報告が入るだろう。
 
(だが、隠し事は頂けないな)
 
 レフラはギガイだけの御饌なのだ。
 全てが自分だけのものだと主張するぐらい、唯一無二であるレフラへの独占欲は物凄い。
 そんなレフラから隠し事をされること自体、ギガイにとっては受け入れがたい事だった。だけど力で従わせる相手ではないのだ。拗ねたレフラ相手にさんざん手を焼けば、ある程度の譲歩も必要だと、さすがにギガイだって学びはする。
 
(むやみに聞き出そうとすれば、余計に手間がかかるからな。折を見て、レフラ自身からは聞き出すとしよう)
 
 ただその譲歩も、聞き出すタイミングへの考慮でしかなく、結局は隠し通させる気はないのだが。それをギガイは当然だと思っていた。
 
 本来なら望むままに振る舞えるはずの黒族長としても。そして、唯一無二の存在である、レフラへの独占欲から考えても。ギガイとしては十分に堪えているはずなのだから。これ以上の譲歩など、はなから思い浮かびもしなかった。
 
 ギガイはもう1度、何でもないフリをするレフラの顎下をするすると撫でていく。
 
(取りあえずは、お前自身からの報告を待ってやろう)
 
 執務室に漂っていた雰囲気や、リュクトワスの様子からも、緊急の事ではないのだろう。
 
(ただ、私が我慢できる内に伝えてこい)
 
 もちろんその前には、話せるように、何度か話題は振るだろう。それでも頑なに隠すのなら、その時は仕方ないと思うのだ。
 
(あまりに長引けば、寝台で啼かされながら言うはめになるだろうからな)
 
 腹の内を隠す事に長けたギガイの表情や眼差しは、そんな考えとは裏腹に、いつも通り柔らかくレフラへ向いている。

「ふふっ」
「だいぶ、機嫌が良さそうだな? 何かあったんじゃないのか?」
「いえ、本当に何もないですよ!」

 何もないと言いながらも、こちらを向いた目は、いつになくキラキラしているのだ。

(これでは、騙されてやるのも一苦労だ)

 ギガイは笑い出しそうになるのを、どうにか堪えた。

「そうか」

 まったく……。と思いながら、隠し事への仕返しに、顎下をくすぐる指を、耳たぶの方まで伸ばしてみる。

「ギガイ様、くすぐったいです」
 
 耳の弱いレフラは、思った通り耐えきれずに、逃れようと首をすくめた。そのまま笑いながらレフラが、ギガイの方へ手を伸ばしてくる。求められるままに抱える高さを変えれば、レフラの腕がギガイの首に回された。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...