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本編
第5話 剣帯の組紐 5
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「私はそろそろ宮へ戻ろうと思います」
「私が戻った直後だというのに、つれないな」
少し不満そうな声を出すギガイが、どこまで本気かは分からない。だけど想像していた通りの反応に、レフラはクスクスと笑って宥めるようにギガイの頬へキスをした。
「今日はギガイ様の鍛錬の見学をしたかっただけですし。それにギガイ様もこれから執務のお時間でしょ?」
レフラにかまけてしまえば、その分だけギガイの仕事が滞ってしまうはずなのだ。ギガイにもレフラの言いたい事は伝わったのだろう。仕方ない、というように溜息混じりに肩をすくめた。
「夕餉の前には戻る」
「はい、お待ちしてますね」
レフラが頬にキスをするのに対して、ギガイからリップ音と一緒に与えられたキスは、当然のように唇だった。
ギガイの振る舞いに、もうすっかり慣れたこの部屋の人達は、誰1人こんな程度の事には反応しない。それなのに肝心なレフラだけは、挨拶程度の軽いキスでも、唇同士を触れ合わせるのは、まだドキドキしてしまっていた。
ギガイの指がレフラの頬をなぞるのは、きっとまた今日も頬が染まっているのだろう。
「お前はなかなか慣れないな」
指摘されてしまえば、ますます恥ずかしさが募ってしまう。
「すみません……」
羞恥心から小さくなりかけて、そこでレフラはあれ?と気が付いた。
「違います! 慣れない私が悪いんじゃなくて、ひ、人前でキスをするギガイ様が悪いんです!」
それなのに、なぜ自分の方が申し訳なく思わなくてはいけないのか。むしろ改めるべきなのは、ギガイの方だというのに、これではあまりに理不尽だった。今さらだが、気が付いたレフラが訴えてみる。しかしギガイは、もう何度目だ、と言いたげな表情で片眉を上げて見せるのだ。
「だから、何度も言っているだろう。なぜ私が周りを考慮する必要がある? それにお前の為には、だいぶ配慮はしてやってるだろ」
表情に加えて、これまた理不尽すぎる言葉に、レフラはむぅ~と、唇を尖らせた。
「それは分かっているんです。でも、普通は人前でキスなんかしないんです! だから、恥ずかしいって思う私の方が普通です!」
なぜ自分だけが、こうも居たたまれない気持ちにならなきゃいけないのか。納得いかない、不満だ、とハッキリ告げてみる。だけど、そんなレフラを前にしても、ギガイは面白そうな表情を浮かべるだけだった。
「普通と言われてもな。お前に対しては、これが私の普通なのだから諦めろ」
平然と言い放つギガイに、レフラはジトッとした目を向けた。その目に堪えるどころか、面白そうに、ギガイがますますレフラの頬を突いてくる。
(止めて欲しい、とまでは言いませんけど、少しぐらい、私の気持ちも分かってくれたって良いじゃないですか……)
それなのに、慣れずに狼狽えるレフラを、こんな風に揶揄うのだから。
「もう良いです」
暖簾に腕押しとはこういう事か、とレフラは大きく溜息を吐いた。
(どうせ、ギガイ様に口で適うはずがないんです)
その上、常識さえ変えてくるような相手なのだ。真っ当に戦ったって、勝ちようがない。こうなれば仕方がない。レフラはハッキリと、拗ねています、と分かるような表情で、思いっ切り顔を背けた。
「そう膨れるな。普通なんてものは、場所が変われば容易く変わるものだ」
さすがにやり過ぎたとは思ったのか、ギガイの大きな掌が、ポンポンと頭を撫でてくる。言い聞かせるような声も触れる手も、さっきまでの揶揄うような感じはない。
「そうだろう?」
素直に頷くのも、何だか釈然としなくて、レフラは顔を背けたまま黙っていた。
確かに場所が変われば、生き方が変わる。そうすれば、何が普通なのかなんておのずと変わっていくだろう。
(それでも、人前でキスするのが、普通になったりしないと思うんですが……)
だけど、宥めるような声と一緒に頭を撫でていた手が、輪郭をなぞりながら、頬を包み込む。ゴツゴツと固く大きな掌は、すっぽりレフラの横顔を覆いながら、優しい力でギガイを向くように促してくる。
不満げに突き出た唇を、優しくなぞる親指の腹も。そして、その唇を戻すように、ぷにぷにと時折押し込むのも。きっと、レフラの機嫌を取っているのだろう。
何でも器用にこなすギガイが、不器用にレフラを宥める姿は、好きだった。それに誰に構うことなく、傍若無人に振る舞う事だって許されているギガイが、こうやって気遣うのも自分だけだと知っているから。その度に、愛されていると実感が湧けば、拗ねていた心も思わず絆されてしまう。
「……何だか、ズルいです……」
「何がだ?」
クスッと笑うギガイは、そんなレフラもお見通しなのかもしれない。
「はぁ~」
どうせこんな気持ちでは、拗ね続けてもいられないのだから。諦めたレフラは溜息を吐きながら、ギガイの掌に頬を擦り付けた。
「私が戻った直後だというのに、つれないな」
少し不満そうな声を出すギガイが、どこまで本気かは分からない。だけど想像していた通りの反応に、レフラはクスクスと笑って宥めるようにギガイの頬へキスをした。
「今日はギガイ様の鍛錬の見学をしたかっただけですし。それにギガイ様もこれから執務のお時間でしょ?」
レフラにかまけてしまえば、その分だけギガイの仕事が滞ってしまうはずなのだ。ギガイにもレフラの言いたい事は伝わったのだろう。仕方ない、というように溜息混じりに肩をすくめた。
「夕餉の前には戻る」
「はい、お待ちしてますね」
レフラが頬にキスをするのに対して、ギガイからリップ音と一緒に与えられたキスは、当然のように唇だった。
ギガイの振る舞いに、もうすっかり慣れたこの部屋の人達は、誰1人こんな程度の事には反応しない。それなのに肝心なレフラだけは、挨拶程度の軽いキスでも、唇同士を触れ合わせるのは、まだドキドキしてしまっていた。
ギガイの指がレフラの頬をなぞるのは、きっとまた今日も頬が染まっているのだろう。
「お前はなかなか慣れないな」
指摘されてしまえば、ますます恥ずかしさが募ってしまう。
「すみません……」
羞恥心から小さくなりかけて、そこでレフラはあれ?と気が付いた。
「違います! 慣れない私が悪いんじゃなくて、ひ、人前でキスをするギガイ様が悪いんです!」
それなのに、なぜ自分の方が申し訳なく思わなくてはいけないのか。むしろ改めるべきなのは、ギガイの方だというのに、これではあまりに理不尽だった。今さらだが、気が付いたレフラが訴えてみる。しかしギガイは、もう何度目だ、と言いたげな表情で片眉を上げて見せるのだ。
「だから、何度も言っているだろう。なぜ私が周りを考慮する必要がある? それにお前の為には、だいぶ配慮はしてやってるだろ」
表情に加えて、これまた理不尽すぎる言葉に、レフラはむぅ~と、唇を尖らせた。
「それは分かっているんです。でも、普通は人前でキスなんかしないんです! だから、恥ずかしいって思う私の方が普通です!」
なぜ自分だけが、こうも居たたまれない気持ちにならなきゃいけないのか。納得いかない、不満だ、とハッキリ告げてみる。だけど、そんなレフラを前にしても、ギガイは面白そうな表情を浮かべるだけだった。
「普通と言われてもな。お前に対しては、これが私の普通なのだから諦めろ」
平然と言い放つギガイに、レフラはジトッとした目を向けた。その目に堪えるどころか、面白そうに、ギガイがますますレフラの頬を突いてくる。
(止めて欲しい、とまでは言いませんけど、少しぐらい、私の気持ちも分かってくれたって良いじゃないですか……)
それなのに、慣れずに狼狽えるレフラを、こんな風に揶揄うのだから。
「もう良いです」
暖簾に腕押しとはこういう事か、とレフラは大きく溜息を吐いた。
(どうせ、ギガイ様に口で適うはずがないんです)
その上、常識さえ変えてくるような相手なのだ。真っ当に戦ったって、勝ちようがない。こうなれば仕方がない。レフラはハッキリと、拗ねています、と分かるような表情で、思いっ切り顔を背けた。
「そう膨れるな。普通なんてものは、場所が変われば容易く変わるものだ」
さすがにやり過ぎたとは思ったのか、ギガイの大きな掌が、ポンポンと頭を撫でてくる。言い聞かせるような声も触れる手も、さっきまでの揶揄うような感じはない。
「そうだろう?」
素直に頷くのも、何だか釈然としなくて、レフラは顔を背けたまま黙っていた。
確かに場所が変われば、生き方が変わる。そうすれば、何が普通なのかなんておのずと変わっていくだろう。
(それでも、人前でキスするのが、普通になったりしないと思うんですが……)
だけど、宥めるような声と一緒に頭を撫でていた手が、輪郭をなぞりながら、頬を包み込む。ゴツゴツと固く大きな掌は、すっぽりレフラの横顔を覆いながら、優しい力でギガイを向くように促してくる。
不満げに突き出た唇を、優しくなぞる親指の腹も。そして、その唇を戻すように、ぷにぷにと時折押し込むのも。きっと、レフラの機嫌を取っているのだろう。
何でも器用にこなすギガイが、不器用にレフラを宥める姿は、好きだった。それに誰に構うことなく、傍若無人に振る舞う事だって許されているギガイが、こうやって気遣うのも自分だけだと知っているから。その度に、愛されていると実感が湧けば、拗ねていた心も思わず絆されてしまう。
「……何だか、ズルいです……」
「何がだ?」
クスッと笑うギガイは、そんなレフラもお見通しなのかもしれない。
「はぁ~」
どうせこんな気持ちでは、拗ね続けてもいられないのだから。諦めたレフラは溜息を吐きながら、ギガイの掌に頬を擦り付けた。
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