36 / 50
本編
第34話 熱情の痕 8
しおりを挟む
「本当に、心配頂くような事ではないんです」
「そうなんですか?」
「はい。それに、跳び族に居た頃には、よく木に登っていたんですよ。見つかる度に、叱られましたけど」
何度も叱られていたのだと伝えるのは、過去のことといっても、少しばかり恥ずかしい。アハッ、と照れ笑いをしながら伝えれば、すかさず反応したのは、予想した通りラクーシュだった。
「へぇ~、レフラ様でも、叱られるような事をしていたんですね」
「はい、だいぶ御饌らしくない、と言われてました」
日々レフラの前で、リランに叱られているラクーシュだ。リランにすれば、色々思うところはあるようで、何か言いたげな表情をラクーシュへ向けていた。だけど、レフラの話しを妨げないためか、いまは特に何かを言う様子がない。
「その頃から、木に登るのがお好きだったんですね」
「うーん。好きか、と聞かれたら、いまだに良く分かりません。でも、あの頃は木のてっぺんまで登って、空以外には何もない場所で、よく遠くを見てました」
レフラ以外に何も存在しないその場所だけが、レフラがレフラとして呼吸をできた場所だった。そして、未来を夢見る事さえ許されなかった自分が、見えない地平線の向こうを、何の責任もなく夢想できた場所だった。好きだから、という理由ではなかったけど、そう思えば、木に登る事で心はずっと掬われていた。そんな過去にすこしだけ感情が引きづられれば、言葉にしなかった感傷をなんとなく3人も感じたのだろう。
気が付けば、今度こそハッキリと3人は表情を曇らせていた。
「あっ、でも、違うんです! 本当に今日は、何か落ち込んでるわけじゃないんです! そうじゃなくて、ただ……」
「ただ??」
3人の言葉が同時にシンクロしたのは、それだけ気がかりだからだろう。そんな3人をチラッと見て、レフラは少し気まずげに視線を逸らした。
「ちょっと、そこでいじけてようかと……」
ボソボソと言った言葉だった。だけど、身を乗り出すように聞いていた3人にはしっかり聞こえていたはずなのに、3人の口からは、「えっ?」だの「へっ??」だの「はっ?」といった、間抜けに聞き返すような言葉だけで、その後が続いてこなかった。
「ほら~、だから言いたくなかったんですっ」
顔を赤くして、歩く速度を上げたレフラに、慌てて3人が付いてくる。だけど、その表情や態度から、誤魔化しではなく、本気で言っていると伝わったのか。リランは苦笑を浮かべる中で、ラクーシュなんかは大きな声で笑い出した。
「でも、わざわざ木の上でですか?」
エルフィルも、喉の奥に笑いを閉じ込めながら、楽しそうに聞いてくる。そんな3人の様子に、少しばかりむくれながら、レフラは「だって」と言葉を続けた。
「寝室でいじけてたって、ギガイ様は入ってきてしまうでしょう。それに籠城なんかしたら、それこそ本当に怒られちゃいます」
ギガイの腕の中なら、どれだけ暴れても、それこそ引っ掻いたり噛みついても、ギガイはきっと怒らない。だけど、ギガイ自身を拒絶するような真似は別だった。不快だとハッキリ態度でも言葉でも告げるギガイを思い出せば、試したいなんて思わない。そこで、フッと浮かんだ方法がギガイが登ってこれないような、枝の上だったのだ。
「あの枝なら、ギガイ様でも手は届きませんし、枝の太さとしても登ることも難しいでしょ?」
「そうですね」
「それに、ギガイ様のご様子もハッキリ分かるので、もしお怒りのご様子でしたら、すぐにでも降りられますし……いざとなれば、ただ木に登っていただけって、言えばどうにか─── 」
「なりますか?」
苦笑交じりに、改めて聞かれてしまえば、ギガイ相手に誤魔化せる、なんて言い切れもせず、レフラはウッと言葉に詰まる。
「……やっぱり、止めておいた方が良いでしょうか?」
「うーん、何とも申し上げにくいところです」
「でも、レフラ様はやってみたいんですよね?」
「レフラ様のお心のままに、と思います」
意外にもハッキリと制止をしない3人に、レフラはまた目を瞬かせた。
「ただ、誤魔化すのだけは、止めた方が良いと思います」
確かに今までを思えば、下手な誤魔化しをするよりも、いざとなれば素直に謝ってしまった方が、ギガイは許してくれるだろう。口を揃える3人に、レフラは「分かりました」と頷いた。
「そうなんですか?」
「はい。それに、跳び族に居た頃には、よく木に登っていたんですよ。見つかる度に、叱られましたけど」
何度も叱られていたのだと伝えるのは、過去のことといっても、少しばかり恥ずかしい。アハッ、と照れ笑いをしながら伝えれば、すかさず反応したのは、予想した通りラクーシュだった。
「へぇ~、レフラ様でも、叱られるような事をしていたんですね」
「はい、だいぶ御饌らしくない、と言われてました」
日々レフラの前で、リランに叱られているラクーシュだ。リランにすれば、色々思うところはあるようで、何か言いたげな表情をラクーシュへ向けていた。だけど、レフラの話しを妨げないためか、いまは特に何かを言う様子がない。
「その頃から、木に登るのがお好きだったんですね」
「うーん。好きか、と聞かれたら、いまだに良く分かりません。でも、あの頃は木のてっぺんまで登って、空以外には何もない場所で、よく遠くを見てました」
レフラ以外に何も存在しないその場所だけが、レフラがレフラとして呼吸をできた場所だった。そして、未来を夢見る事さえ許されなかった自分が、見えない地平線の向こうを、何の責任もなく夢想できた場所だった。好きだから、という理由ではなかったけど、そう思えば、木に登る事で心はずっと掬われていた。そんな過去にすこしだけ感情が引きづられれば、言葉にしなかった感傷をなんとなく3人も感じたのだろう。
気が付けば、今度こそハッキリと3人は表情を曇らせていた。
「あっ、でも、違うんです! 本当に今日は、何か落ち込んでるわけじゃないんです! そうじゃなくて、ただ……」
「ただ??」
3人の言葉が同時にシンクロしたのは、それだけ気がかりだからだろう。そんな3人をチラッと見て、レフラは少し気まずげに視線を逸らした。
「ちょっと、そこでいじけてようかと……」
ボソボソと言った言葉だった。だけど、身を乗り出すように聞いていた3人にはしっかり聞こえていたはずなのに、3人の口からは、「えっ?」だの「へっ??」だの「はっ?」といった、間抜けに聞き返すような言葉だけで、その後が続いてこなかった。
「ほら~、だから言いたくなかったんですっ」
顔を赤くして、歩く速度を上げたレフラに、慌てて3人が付いてくる。だけど、その表情や態度から、誤魔化しではなく、本気で言っていると伝わったのか。リランは苦笑を浮かべる中で、ラクーシュなんかは大きな声で笑い出した。
「でも、わざわざ木の上でですか?」
エルフィルも、喉の奥に笑いを閉じ込めながら、楽しそうに聞いてくる。そんな3人の様子に、少しばかりむくれながら、レフラは「だって」と言葉を続けた。
「寝室でいじけてたって、ギガイ様は入ってきてしまうでしょう。それに籠城なんかしたら、それこそ本当に怒られちゃいます」
ギガイの腕の中なら、どれだけ暴れても、それこそ引っ掻いたり噛みついても、ギガイはきっと怒らない。だけど、ギガイ自身を拒絶するような真似は別だった。不快だとハッキリ態度でも言葉でも告げるギガイを思い出せば、試したいなんて思わない。そこで、フッと浮かんだ方法がギガイが登ってこれないような、枝の上だったのだ。
「あの枝なら、ギガイ様でも手は届きませんし、枝の太さとしても登ることも難しいでしょ?」
「そうですね」
「それに、ギガイ様のご様子もハッキリ分かるので、もしお怒りのご様子でしたら、すぐにでも降りられますし……いざとなれば、ただ木に登っていただけって、言えばどうにか─── 」
「なりますか?」
苦笑交じりに、改めて聞かれてしまえば、ギガイ相手に誤魔化せる、なんて言い切れもせず、レフラはウッと言葉に詰まる。
「……やっぱり、止めておいた方が良いでしょうか?」
「うーん、何とも申し上げにくいところです」
「でも、レフラ様はやってみたいんですよね?」
「レフラ様のお心のままに、と思います」
意外にもハッキリと制止をしない3人に、レフラはまた目を瞬かせた。
「ただ、誤魔化すのだけは、止めた方が良いと思います」
確かに今までを思えば、下手な誤魔化しをするよりも、いざとなれば素直に謝ってしまった方が、ギガイは許してくれるだろう。口を揃える3人に、レフラは「分かりました」と頷いた。
12
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる