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本編
第35話 熱情の痕 9
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葉ずれの音の中から、聞き慣れた足音に気が付いて、レフラの心臓が跳ね上がった。思った以上に早い戻りなのは、ラクーシュが言っていたように、ギガイとしてもレフラを心配して、急いでくれたのかもしれない。
空が青くて、風が心地良くて。側に居た3人が、大丈夫だと笑ってくれたから。気が大きくなっている自覚はあった。みっともない事をしている、とも思うし、もしかしたら怒られてしまうかもしれない、そんな不安がゼロになった訳でもなかった。でも、いまは試してみたい、そんな気持ちが勝っていた。
「レフラは?」
「この上にいらっしゃいます」
様子を窺うレフラの耳に、ギガイとエルフィルのやり取りが聞こえてくる。レフラにすれば、ずいぶん早く感じたギガイの戻りも、3人にすれば想定通りだったのだろう。下の様子はいつも通りで、特に焦った様子もない。そんな落ち着いた空気の中で、レフラだけがそわそわして落ち着かなかった。
(ギガイ様は、なんて仰るでしょうか……?)
怒ってはいなくても、今のこの状況は呆れられてもおかしくなかった。思い付いた時には、良い方法だと思ったはずなのに、いまさら子供っぽい抗議の仕方に、ちょっとずつ後悔が湧き上がる。
チラッと様子を窺うために視線を向ければ、いつからこちらを見ていたのか。ギガイの真っ直ぐな視線と、ぶつかり合って、レフラは慌てて目を逸らした。
「何かあれば呼ぶ。お前達は下がっていろ」
直後に3人を下がらせるギガイの言葉が聞こえてくる。冷たく聞こえる声だが、レフラ以外に向ける声としては、これまたいつも通りで、特段苛立った様子は感じなかった。
カチャカチャと微かに武具の鳴る音を立てつつ、3人の気配が遠ざかっていく。遠くで鳴く鳥の声さえ聞こえるぐらいの静けさの中、レフラはギガイへ背中を向けつつ、その様子を探っていた。
「レフラ」
息を吸って、吐き出して。そして名を呼んだギガイの静かな声に、レフラは肩をビクッと跳ねさせた。
「悪かった」
謝罪の言葉が、窺うような声音で聞こえてきた。怒っていても、いなくても。まずは降りて来るように、命じられると思っていた分、意外なギガイの反応に、レフラはえっ、と動きを止めた。
「見せないと約束していたのに、配慮が足りなかった。それに強引に宮へ戻した事についても、悪かった」
反応を返さないレフラに、それでもギガイは苛立つ様子もなく、促すようにレフラへ腕を伸ばす気配もない。
「無理に降りてこいとは言わない。お前がそこへ居たいだけ居て良い。私はここで待っている」
そして待っていると言ったギガイは、立ったまま、木の幹へと凭れて、動かなくなった。レフラが離れる事を、ギガイは何よりも嫌っている。それなのに、この世界の覇者として、誰かに配慮をする必要がないギガイが、レフラを思って距離や時間を置いてくれたのだ。それは自分がしたい事よりも、レフラの気持ちを1番に考えてくれているからこそだと分かる分、胸の奥が熱くなった。
「ギガイ様」
「どうした?」
呼び掛けた声は、そよぐ風に流されそうなぐらいに小さかった。だけど、どんなに小さな声でも、レフラが名前を呼べば、視線を必ず向けてくれるギガイに、少しだけ泣きたくなってくる。
「もう、良いのか?」
そう言って、柔らかく笑ってくれるから、ギガイがたまらなく愛おしくなる。幸せでも泣きたくなることを知ったのは、ギガイと共にいるようになってからだった。浮かびそうになる涙を堪えれば、ちょっとだけ鼻の奥が痛かった。
「おいで」
柔らかい声と一種に、両手がレフラへ向かって広げられた。スルッと枝から身体を滑らせれば、ギガイの逞しい腕がレフラの身体を包み込む。
胸に額を押し当てて、深く息を吸えば、いつもよりも濃いギガイの匂いが鼻腔を擽った。
「ふふ、ギガイ様の匂いがします」
「訓練の後、浴びていないからな。あまり匂いを嗅ぐな」
嫌そうに顔を歪めるギガイの姿が新鮮で、レフラはギガイの首筋にも顔を寄せた。
「汗の匂いはしますけど、ギガイ様の匂いは好きです」
「私が同じ事をすれば、全力で逃げだそうとするだろう」
「でも、ギガイ様も離しては下さらないでしょ?」
平然と言い返すレフラへ、ギガイが苦虫を噛み潰したような顔をする。でも、そんなギガイと視線が重なったレフラが口元を緩めれば、ギガイの眦も緩んで、レフラへ苦笑を返してくれた。
空が青くて、風が心地良くて。側に居た3人が、大丈夫だと笑ってくれたから。気が大きくなっている自覚はあった。みっともない事をしている、とも思うし、もしかしたら怒られてしまうかもしれない、そんな不安がゼロになった訳でもなかった。でも、いまは試してみたい、そんな気持ちが勝っていた。
「レフラは?」
「この上にいらっしゃいます」
様子を窺うレフラの耳に、ギガイとエルフィルのやり取りが聞こえてくる。レフラにすれば、ずいぶん早く感じたギガイの戻りも、3人にすれば想定通りだったのだろう。下の様子はいつも通りで、特に焦った様子もない。そんな落ち着いた空気の中で、レフラだけがそわそわして落ち着かなかった。
(ギガイ様は、なんて仰るでしょうか……?)
怒ってはいなくても、今のこの状況は呆れられてもおかしくなかった。思い付いた時には、良い方法だと思ったはずなのに、いまさら子供っぽい抗議の仕方に、ちょっとずつ後悔が湧き上がる。
チラッと様子を窺うために視線を向ければ、いつからこちらを見ていたのか。ギガイの真っ直ぐな視線と、ぶつかり合って、レフラは慌てて目を逸らした。
「何かあれば呼ぶ。お前達は下がっていろ」
直後に3人を下がらせるギガイの言葉が聞こえてくる。冷たく聞こえる声だが、レフラ以外に向ける声としては、これまたいつも通りで、特段苛立った様子は感じなかった。
カチャカチャと微かに武具の鳴る音を立てつつ、3人の気配が遠ざかっていく。遠くで鳴く鳥の声さえ聞こえるぐらいの静けさの中、レフラはギガイへ背中を向けつつ、その様子を探っていた。
「レフラ」
息を吸って、吐き出して。そして名を呼んだギガイの静かな声に、レフラは肩をビクッと跳ねさせた。
「悪かった」
謝罪の言葉が、窺うような声音で聞こえてきた。怒っていても、いなくても。まずは降りて来るように、命じられると思っていた分、意外なギガイの反応に、レフラはえっ、と動きを止めた。
「見せないと約束していたのに、配慮が足りなかった。それに強引に宮へ戻した事についても、悪かった」
反応を返さないレフラに、それでもギガイは苛立つ様子もなく、促すようにレフラへ腕を伸ばす気配もない。
「無理に降りてこいとは言わない。お前がそこへ居たいだけ居て良い。私はここで待っている」
そして待っていると言ったギガイは、立ったまま、木の幹へと凭れて、動かなくなった。レフラが離れる事を、ギガイは何よりも嫌っている。それなのに、この世界の覇者として、誰かに配慮をする必要がないギガイが、レフラを思って距離や時間を置いてくれたのだ。それは自分がしたい事よりも、レフラの気持ちを1番に考えてくれているからこそだと分かる分、胸の奥が熱くなった。
「ギガイ様」
「どうした?」
呼び掛けた声は、そよぐ風に流されそうなぐらいに小さかった。だけど、どんなに小さな声でも、レフラが名前を呼べば、視線を必ず向けてくれるギガイに、少しだけ泣きたくなってくる。
「もう、良いのか?」
そう言って、柔らかく笑ってくれるから、ギガイがたまらなく愛おしくなる。幸せでも泣きたくなることを知ったのは、ギガイと共にいるようになってからだった。浮かびそうになる涙を堪えれば、ちょっとだけ鼻の奥が痛かった。
「おいで」
柔らかい声と一種に、両手がレフラへ向かって広げられた。スルッと枝から身体を滑らせれば、ギガイの逞しい腕がレフラの身体を包み込む。
胸に額を押し当てて、深く息を吸えば、いつもよりも濃いギガイの匂いが鼻腔を擽った。
「ふふ、ギガイ様の匂いがします」
「訓練の後、浴びていないからな。あまり匂いを嗅ぐな」
嫌そうに顔を歪めるギガイの姿が新鮮で、レフラはギガイの首筋にも顔を寄せた。
「汗の匂いはしますけど、ギガイ様の匂いは好きです」
「私が同じ事をすれば、全力で逃げだそうとするだろう」
「でも、ギガイ様も離しては下さらないでしょ?」
平然と言い返すレフラへ、ギガイが苦虫を噛み潰したような顔をする。でも、そんなギガイと視線が重なったレフラが口元を緩めれば、ギガイの眦も緩んで、レフラへ苦笑を返してくれた。
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