37 / 50
本編
第35話 熱情の痕 9
しおりを挟む
葉ずれの音の中から、聞き慣れた足音に気が付いて、レフラの心臓が跳ね上がった。思った以上に早い戻りなのは、ラクーシュが言っていたように、ギガイとしてもレフラを心配して、急いでくれたのかもしれない。
空が青くて、風が心地良くて。側に居た3人が、大丈夫だと笑ってくれたから。気が大きくなっている自覚はあった。みっともない事をしている、とも思うし、もしかしたら怒られてしまうかもしれない、そんな不安がゼロになった訳でもなかった。でも、いまは試してみたい、そんな気持ちが勝っていた。
「レフラは?」
「この上にいらっしゃいます」
様子を窺うレフラの耳に、ギガイとエルフィルのやり取りが聞こえてくる。レフラにすれば、ずいぶん早く感じたギガイの戻りも、3人にすれば想定通りだったのだろう。下の様子はいつも通りで、特に焦った様子もない。そんな落ち着いた空気の中で、レフラだけがそわそわして落ち着かなかった。
(ギガイ様は、なんて仰るでしょうか……?)
怒ってはいなくても、今のこの状況は呆れられてもおかしくなかった。思い付いた時には、良い方法だと思ったはずなのに、いまさら子供っぽい抗議の仕方に、ちょっとずつ後悔が湧き上がる。
チラッと様子を窺うために視線を向ければ、いつからこちらを見ていたのか。ギガイの真っ直ぐな視線と、ぶつかり合って、レフラは慌てて目を逸らした。
「何かあれば呼ぶ。お前達は下がっていろ」
直後に3人を下がらせるギガイの言葉が聞こえてくる。冷たく聞こえる声だが、レフラ以外に向ける声としては、これまたいつも通りで、特段苛立った様子は感じなかった。
カチャカチャと微かに武具の鳴る音を立てつつ、3人の気配が遠ざかっていく。遠くで鳴く鳥の声さえ聞こえるぐらいの静けさの中、レフラはギガイへ背中を向けつつ、その様子を探っていた。
「レフラ」
息を吸って、吐き出して。そして名を呼んだギガイの静かな声に、レフラは肩をビクッと跳ねさせた。
「悪かった」
謝罪の言葉が、窺うような声音で聞こえてきた。怒っていても、いなくても。まずは降りて来るように、命じられると思っていた分、意外なギガイの反応に、レフラはえっ、と動きを止めた。
「見せないと約束していたのに、配慮が足りなかった。それに強引に宮へ戻した事についても、悪かった」
反応を返さないレフラに、それでもギガイは苛立つ様子もなく、促すようにレフラへ腕を伸ばす気配もない。
「無理に降りてこいとは言わない。お前がそこへ居たいだけ居て良い。私はここで待っている」
そして待っていると言ったギガイは、立ったまま、木の幹へと凭れて、動かなくなった。レフラが離れる事を、ギガイは何よりも嫌っている。それなのに、この世界の覇者として、誰かに配慮をする必要がないギガイが、レフラを思って距離や時間を置いてくれたのだ。それは自分がしたい事よりも、レフラの気持ちを1番に考えてくれているからこそだと分かる分、胸の奥が熱くなった。
「ギガイ様」
「どうした?」
呼び掛けた声は、そよぐ風に流されそうなぐらいに小さかった。だけど、どんなに小さな声でも、レフラが名前を呼べば、視線を必ず向けてくれるギガイに、少しだけ泣きたくなってくる。
「もう、良いのか?」
そう言って、柔らかく笑ってくれるから、ギガイがたまらなく愛おしくなる。幸せでも泣きたくなることを知ったのは、ギガイと共にいるようになってからだった。浮かびそうになる涙を堪えれば、ちょっとだけ鼻の奥が痛かった。
「おいで」
柔らかい声と一種に、両手がレフラへ向かって広げられた。スルッと枝から身体を滑らせれば、ギガイの逞しい腕がレフラの身体を包み込む。
胸に額を押し当てて、深く息を吸えば、いつもよりも濃いギガイの匂いが鼻腔を擽った。
「ふふ、ギガイ様の匂いがします」
「訓練の後、浴びていないからな。あまり匂いを嗅ぐな」
嫌そうに顔を歪めるギガイの姿が新鮮で、レフラはギガイの首筋にも顔を寄せた。
「汗の匂いはしますけど、ギガイ様の匂いは好きです」
「私が同じ事をすれば、全力で逃げだそうとするだろう」
「でも、ギガイ様も離しては下さらないでしょ?」
平然と言い返すレフラへ、ギガイが苦虫を噛み潰したような顔をする。でも、そんなギガイと視線が重なったレフラが口元を緩めれば、ギガイの眦も緩んで、レフラへ苦笑を返してくれた。
空が青くて、風が心地良くて。側に居た3人が、大丈夫だと笑ってくれたから。気が大きくなっている自覚はあった。みっともない事をしている、とも思うし、もしかしたら怒られてしまうかもしれない、そんな不安がゼロになった訳でもなかった。でも、いまは試してみたい、そんな気持ちが勝っていた。
「レフラは?」
「この上にいらっしゃいます」
様子を窺うレフラの耳に、ギガイとエルフィルのやり取りが聞こえてくる。レフラにすれば、ずいぶん早く感じたギガイの戻りも、3人にすれば想定通りだったのだろう。下の様子はいつも通りで、特に焦った様子もない。そんな落ち着いた空気の中で、レフラだけがそわそわして落ち着かなかった。
(ギガイ様は、なんて仰るでしょうか……?)
怒ってはいなくても、今のこの状況は呆れられてもおかしくなかった。思い付いた時には、良い方法だと思ったはずなのに、いまさら子供っぽい抗議の仕方に、ちょっとずつ後悔が湧き上がる。
チラッと様子を窺うために視線を向ければ、いつからこちらを見ていたのか。ギガイの真っ直ぐな視線と、ぶつかり合って、レフラは慌てて目を逸らした。
「何かあれば呼ぶ。お前達は下がっていろ」
直後に3人を下がらせるギガイの言葉が聞こえてくる。冷たく聞こえる声だが、レフラ以外に向ける声としては、これまたいつも通りで、特段苛立った様子は感じなかった。
カチャカチャと微かに武具の鳴る音を立てつつ、3人の気配が遠ざかっていく。遠くで鳴く鳥の声さえ聞こえるぐらいの静けさの中、レフラはギガイへ背中を向けつつ、その様子を探っていた。
「レフラ」
息を吸って、吐き出して。そして名を呼んだギガイの静かな声に、レフラは肩をビクッと跳ねさせた。
「悪かった」
謝罪の言葉が、窺うような声音で聞こえてきた。怒っていても、いなくても。まずは降りて来るように、命じられると思っていた分、意外なギガイの反応に、レフラはえっ、と動きを止めた。
「見せないと約束していたのに、配慮が足りなかった。それに強引に宮へ戻した事についても、悪かった」
反応を返さないレフラに、それでもギガイは苛立つ様子もなく、促すようにレフラへ腕を伸ばす気配もない。
「無理に降りてこいとは言わない。お前がそこへ居たいだけ居て良い。私はここで待っている」
そして待っていると言ったギガイは、立ったまま、木の幹へと凭れて、動かなくなった。レフラが離れる事を、ギガイは何よりも嫌っている。それなのに、この世界の覇者として、誰かに配慮をする必要がないギガイが、レフラを思って距離や時間を置いてくれたのだ。それは自分がしたい事よりも、レフラの気持ちを1番に考えてくれているからこそだと分かる分、胸の奥が熱くなった。
「ギガイ様」
「どうした?」
呼び掛けた声は、そよぐ風に流されそうなぐらいに小さかった。だけど、どんなに小さな声でも、レフラが名前を呼べば、視線を必ず向けてくれるギガイに、少しだけ泣きたくなってくる。
「もう、良いのか?」
そう言って、柔らかく笑ってくれるから、ギガイがたまらなく愛おしくなる。幸せでも泣きたくなることを知ったのは、ギガイと共にいるようになってからだった。浮かびそうになる涙を堪えれば、ちょっとだけ鼻の奥が痛かった。
「おいで」
柔らかい声と一種に、両手がレフラへ向かって広げられた。スルッと枝から身体を滑らせれば、ギガイの逞しい腕がレフラの身体を包み込む。
胸に額を押し当てて、深く息を吸えば、いつもよりも濃いギガイの匂いが鼻腔を擽った。
「ふふ、ギガイ様の匂いがします」
「訓練の後、浴びていないからな。あまり匂いを嗅ぐな」
嫌そうに顔を歪めるギガイの姿が新鮮で、レフラはギガイの首筋にも顔を寄せた。
「汗の匂いはしますけど、ギガイ様の匂いは好きです」
「私が同じ事をすれば、全力で逃げだそうとするだろう」
「でも、ギガイ様も離しては下さらないでしょ?」
平然と言い返すレフラへ、ギガイが苦虫を噛み潰したような顔をする。でも、そんなギガイと視線が重なったレフラが口元を緩めれば、ギガイの眦も緩んで、レフラへ苦笑を返してくれた。
27
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる