泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第97 艶やかな毒 10

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「バカな女を長として崇めたまま、共に滅ぶか、それとも別な者を長に据えるか。猶予は1ヶ月だ」

「我ら白族を滅ぼすと、仰るのですか!?」

強い者へ付き従うのが、当たり前とされる世の中だ。戦いとなれば、他の部族も黒族へ追従するだろう。そうなれば、結果はもう見えている。

「滅ぶかどうかは、貴様ら次第だ」

ギガイが笑みを貼り付けたまま、言葉を無くす白族の顔を見回した。

「黒族を、私の寵妃を、そして私を侮って、何もなく過ごせる、とは思っていなかったはずだ」

「け、決して、ギガイ様を侮る気はーーーッ!!」

弁解しようとするナネッテに、近衛隊の1人が剣を向ける。『黙れ』とギガイが言った以上、ナネッテがこの場で話すことは、もう許されていない。

「一族の命を差し出すほどの女か。貴様らが決めろ」

最後にそう言ったギガイからは、形だけだった笑みさえ、剥がれ落ちていた。冷酷無慈悲と言われるだけの主だった。答えによっては、白族の数多の命を、少しも躊躇うことなく奪うのだろう。

蒼白になったナネッテの顔を、レフラは黙って見つめていた。

その姿に湧き上がるのは、決して同情心なんかではなく。かと言って、勝った、といった優越感なんかでもなかった。

ただただ、護るべき者や、護るべき場所を、背負っていながら、と思うのだ。それなのに、責務を軽んじたナネッテへ、苦い感情をどうしても抱いてしまっただけだった。

そんなナネッテから視線を外して、瞬き1つで感情を飲み込んで、気持ちを切り替える。後は彼女たち白族が考えるべき問題なのだ。

(そもそも、私も他の方を心配していられる状況じゃないですよね……)

歩き出したギガイに、人垣がサッと割れていく。
レフラを抱えたまま、その中を平然と進むギガイは、何かを話す様子は、全くなかった。

レフラは腕の中で小さく身動いで、ギガイの横顔をソッと見上げた。
冷たい威圧は感じない。それでも、今し方のことを考えれば、機嫌はだいぶ悪そうだ。

「ごめんなさい……怒ってますか?」

何にせよ、このまま黙ったままで、やり過ごせる事でもないはずだ。レフラはどうして良いのか分からないまま、まずは素直に謝った。

「何に対してだ?」

だけど、その謝罪に対して返ってきた声は、想像に反していつものように柔らかい。抱える腕の高さを変えられ、ようやく重なったギガイの眼にも、レフラが不安に思っていた冷たさは、少しも感じられなかった。

琥珀とも金ともつかない柔らかい瞳が、ただ呆れたように、レフラを見つめ返してくる。

殺気どころか、苛立ちさえも感じない。そんなギガイの表情が意外すぎて、レフラは驚いて黙り込んだ。その沈黙に腕を軽く揺すりながら、ギガイが「どうした?」と、もう一度答えを促した。

叱られることしか、考えていなかったのだ。 なのに、ギガイがどこか機嫌が良さそうにさえ、見えているものだから、レフラはこの状況に、上手く反応を返せない。

「……あ、あの……怒っていないのですか……?」

「だから、何についてだ?」

レフラは、ギガイのその返しに、思わず言葉を飲み込んだ。

(私が何についてお伺いをしているのか、ギガイ様が分からないはずはないのに……)

誰が見ても明らかなはずの状況で、わざわざギガイが質問で返してきたのだ。レフラには、何か特別なギガイの意図が、あるようにしか思えなかった。

(もしかして、ナネッテ様の件以外で、他にもギガイ様に怒られそうなことがあったでしょうか……?)

可能性があるのは、リランの発言を内緒にする、と約束したぐらいだ。それさえも、ギガイが知っているとも思えなければ、内容だって特に叱られそうなことではない。

(あっ、でも、隠し事をしてしまったこと自体でしょうか……)

確かに思い返してみれば、内容を問わず、その事自体がマズい気もしてくる。

(でも、リラン様と内緒にするってお約束しましたし……それに、下手なことを言って違っていたら、ますます大変なことにもなりそうですし……)

レフラだって、ギガイ相手に隠し事をしたいわけではないけれど、焦って不要なことを言ってしまえば、よけいに事態は拗れてしまいそうだった。

レフラはグルグルと。本当に色々なことをグルグルと、ずっとずっと考えていた。だけど、考えても考えても、いったい何が正解なのか、何を言えば無難に今の状況を抜けられるのか、レフラには全く分からなかった。
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