泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第131 陰る幸せ 3

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「それで、どうしたんだ?」

ギガイの視線が、チラッとレフラの持つ籠に向けられる。

『これは何だ?』

視線だけで問いかけられて、レフラはまた少し緊張をした。そっとギガイへ籠を差し出せば、自分宛の物だとは思って居なかったのだろう。ギガイが目を瞬かせている。

「さっき収穫したマトゥルです。……私が、初めて育てた物だったので、ギガイ様に、食べて頂きたくて……」

こうやって、優しく迎えてくれたギガイの事だから。こんなことで、とあしらったりはしないだろう。
でも、豪華な物から、珍しい物まで、日々数多の貢ぎ物が送られてくることを考えたら、やっぱり気後れはしてしまう。

(何よりも、こんな調理もされていないマトゥルの実を、美味しいって思ってくれるでしょうか……)

サラダにそのまま添えられるような野菜だけど、肥えたギガイの舌を満足させきれる食材だとは思わない。

(それでも食べて欲しかったんです)

ギガイが喜んでくれて、美味しいと言ってくれたら、とても嬉しい。そうはならないとしても、生まれて初めて自分の手で生み出した物が、ギガイの体内に取り込まれる。ほんの一欠片分だったとしても、大好きな人の血肉になる。それだけでもレフラにとっては、幸せだった。

「……お前の畑で、育った物か……?」

「はい」

「私へ、くれるのか?」

「はい」

「そうか……」

ギガイが、噛みしめるように呟いた。

「ギガイ様……?」

いったい、どうしたのだろう。

理由を知りたくて、レフラはギガイの頬へ手を伸ばした。頬へ添えた掌に、ギガイが大きな手を重ねてくる。

チュッ。

軽いリップ音と共に、ギガイがその手にキスをする。響いた音に、顔が熱くなる。

だけど誰も気にした様子はなかった。

初めの頃はギガイのレフラに対する振る舞いに、逐一驚いていたアドフィルさえ、慣れきってしまったのか。日頃の様子と変わりはない。

ここに居ると、まるでひとりドキマギしてしまう自分の方が、おかしいのかもと感じてくる。何だか落ち着かないまま、レフラはもぞもぞと身じろいだ。

「15分程度休憩を入れる。お前達も休んでこい」

結局のところ、今すぐに部屋を出て15分間は戻ってくるな、という指示だ。その意図を汲んだいつもの5人が、即座に頭を下げて退出する。

扉が閉まる音の後、ソファーに腰掛けたギガイが、レフラの手を掴んで、掌を親指の腹でなぞっていく。何も言わないギガイが、何を思っているのかなんて、推測でしかない。でも、何となく当たっている自信はあった。

何かを確認するように、掌をなぞり続けているギガイの親指を、レフラはキュッと握り込んだ。

ギガイの目がレフラの目と重なり合う。
もう、良いのだと告げるように、レフラが微笑んで首を振った。

ギガイが少しだけ苦笑をして、レフラの唇に触れるだけのキスをした。

「お前はもう食べたのか?」

ギガイの態度に気を取られていたレフラは、一瞬質問の意味が分からずに、反応が遅れた。何について聞かれているのか、と考えて、ギガイが摘まんだ赤い実に、あぁ、この実のことかと、首を振った。

「まだ、食べていません。ギガイ様に、初めに食べて頂きたくて」

「そうか」

フワッと笑った表情と同じように、声も嬉しそうな音だった。

「ギガイ様は、マトゥルの実は好きですか?」

「キライではなかったが、これからは好きになるだろうな」

目を細めて、ギガイが実を摘まみ上げる。
そのまま口へ放り込んで、咀嚼して飲み込む一連の動きを、レフラはドキドキしながら見つめていた。
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