泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第153 それぞれの想い 1

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ドンドンドン。

ノックと言うにはけたたましい音で叩かれた扉に、アドフィルが顔を顰めた。補佐の文官もまた、不快そうな表情を浮かべている。

「近衛隊。レフラ様付きのリラン、ラクーシュ、エルフィルです。緊急のお伺いに参りました。入室してもよろしいでしょうか?」

だが、その名乗りを聞いた瞬間、アドフィルが目を見開いた。扉の近くにいた補佐官が、慌てたように扉を開く。その途端、最低限の礼を取った3人が慌ただしく入室してくる。

「どうした?」

この3人は、ギガイの寵妃の護衛兼用聞きとして、常にレフラの側で仕えている者達だ。そんな者達が、なぜ揃ってこの場に居るのか。アドフィルが目を瞬かせながら、素早く部屋にいた臣下達を退室させた。

「突然、申し訳ございません。レフラ様に護衛の任を解かれてしまいましたため、アドフィル様が受任された決裁権についてお伺いに参りました」

「お前達を、レフラ様が解任されたのか!? 何があった?」

「私共にもハッキリとした理由は、分かっておりません」

「恐らく、先日の騒動を、気に病まれての事だと思います」

「ただ、あの直後にギガイ様が遠征となり、ご不在が長引いておりますため、その影響もあるのかもしれません」

口々に上がる報告は、どれも決め手には欠けている。だが、ハッキリと言えることは、この場に残った者達では、解決が困難だということだった。

「……残念だが、人事権については受任していない。いま、この地で人事権を持つのは、レフラ様のみだ」

予想していた答えだったのか、その答えに3人には、焦るような様子はない。ただ落胆を感じずにはいられなかったのだろう。わずかに目を伏せていた。

「では」

リランから出たその言葉に合わせて、3人が同時にアドフィルに向かって頭を下げる。

「私達にしばらく、この地を離れる許可を頂けますでしょうか?」

「私達の不在に際して、宮へ繋がる通路への警護に、人を割いて頂きたく存じます」

「護衛へ再任して頂けるよう、直接、ギガイ様にお願いして参ります」

「だが、いまギガイ様がどちらにいらっしゃるのかも、分からない状況だぞ!?」

そんな中で、いったいどこに向かうのか。

「……まずは、跳び族の地へ。後は匂いや、痕跡を追いかけるつもりです」

いくら優秀でリュクトワス自身が推薦した者達でも、紛争に際して、作戦などで身を潜めている状態なら、見つけ出すのは困難だろう。その上、3人の行動が、万が一にでも、ギガイが立てた作戦に影響してしまうと事だった。

「……とりあえず、5日ほど待っていろ。定期の報告が入るはずだ。その者と行動を共にした方が、ギガイ様にお会いしやすいだろう」

本当なら、秘密裏にやり取りをしている者だった。その存在を知っているのは、ギガイとリュクトワス、そして近衛隊の小隊長だけなのだ。

「ありがとうございます!!」

5日の待機が発生するとはいえ、ギガイに繋がる希望が見出せたためか、3人の声に力が籠もった。

これが正解だったのかは分からない。だが、いまの状況に対して、アドフィルが取れる方法はこれだけなのだ。

仕方ない、とアドフィルは溜息を吐き出した。

「……それにしても、なぜレフラ様は今回の騒動を起こされたのだ……?」

少ないながら、時間を共にしたレフラは自分の希望を通すために、このような騒動を起こすようには思えなかった。

「子のためだ、と仰ってました」

困惑したようなアドフィルに、答えたのはラクーシュだった。

「あの方は、常に誰かの幸せの為に、生きてしまう。自分の幸せの為に生きることを、知らないんです」

リランの声は、悲しみとも、苦しみとも、怒りとも、受け取れるような声だった。

「だから護衛の解任も、それが私達の幸せに繋がると、なぜか思ってしまったのでしょう」

同じような声でそう言ったエルフィルが。

「だから、さっさと護衛に戻って、ご自身の幸せを、まず優先するように、説教したいと思います」

と、言葉を続けた。

「まて、お前ら、ギガイ様の寵妃に対して、何を言っている!?」

だが、慌てるアドフィルに「ギガイ様から、レフラ様を嗜める権限は、得てます」と3人の目は据わってきている状態なのだ。

「そうでなければ、レフラ様自身の幸せを願っている、私達はどうなります!?」

「レフラ様自身が、幸せになろうとしてくださらなければ、お力になるのも難しくなる」

「現に今がそうではないですか!?」

そう勢い込んだ3人は、すっかり上席であるアドフィルに対しても、取り繕うことを忘れてるようだった。

この一連の騒動が、早く収まって欲しいものだ。
そんな3人を目の前に、アドフィルは心の底から、そう願わずには居られなかった。
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