泡沫のゆりかご 二部 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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本編

第168 終幕を迎えて 1

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イシュカの処刑より、約1ヶ月の時間が経っていた。生き残った者達と、これまでの経験の兼ね合いから、やはりシャガトが新しい族長となったらしい。

そのシャガトとギガイの間で、どのような約定が改めて交わされたのか、詳細までは分からなかった。それでも「悪いようにはしない」と、ギガイは度々言ってくれたのだ。
もともと両部族の取り決めは、レフラが口を挟めることではないのだから。レフラはギガイを信じるだけだった。

そして明日、ついにシャガト達が帰郷することになったらしい。

「最後にあの男と会っておくか?」

名を呼ばないまでも、ギガイが誰を指しているかは、分かっている。
それは、きっとあの石牢でイシュカがレフラへ託した言葉を思ってだろう。この機会を逃せば、もう話す機会がないと分かるだけに、レフラは「お願いします!」と勢い込んだ。

そうしてギガイに設けてもらえたシャガトとの席だった。ギガイの執務室の扉より続く、会談用の部屋へとレフラが入る。ギガイの執務室のように広い部屋に、重厚かつ大きな応接家具が置かれている。全体的に落ち着いた雰囲気で、花なども設えられているにも関わらず、部屋の持ち主のイメージもあってか、どこか重圧感を感じずには居られなかった。

「レフラ!」

先に部屋に通されたシャガトが、ソファーに座って待っていた。いつもの3人を伴って、部屋に入ったレフラの名前を呼ぶ声は、記憶にある声のままだった。

豪胆で、人が良く、そしてイシュカの右腕として笑っていた。だけど、並び立つイシュカが居ないいま、シャガトの顔にも、覚えのない大きなキズが付いていた。

「シャガト……そのキズは……?」

「跳び族の地から脱出をする時に、ちょっとな」

苦笑いの裏にあるのは、きっと凄惨な記憶だろう。キズの大きさや深さからも、そう思われた。それでも何も語らずに、苦笑で抑え込むシャガトに、その人間の本質を見たような気がした。

「それよりも、今日は呼んでくれてありがとな。ずっと、お前にお礼を言いたかったんだ」

「お礼? 礼を言われる事はしていない……?」

「ギガイ様が兵を出してくれただろ」

「それは……ギガイ様がお決めになったことで……私が何か出来た訳じゃないんだ……」

約定の破棄が決まった時、自分がしたことなんて、ただ悪戯に騒いで、皆を振り回しただけなのだ。レフラは思い出して、そっと目を伏せた。

「確かに決めたのはギガイ様かもしれないが、ギガイ様が兵を出して下さったのは、やっぱりお前のお陰だと思う」

それでも、シャガトはレフラへ笑っていた。

「だってな、お前が嫁ぐ前のギガイ様なら、きっとこんなに手間がかかる方法は、とって下さらなかったと思うからな」

御饌として嫁ぐ前のギガイのことは、噂ぐらいでしか知らなかった。でも嫁いだばかりの頃のギガイとは、確かにだいぶ違っている。

(リラン様も、前にギガイ様が変わったと仰ってましたし……)

もし、本当に自分の存在がギガイを変えて、それが一族の未来を変えたのなら。レフラのこれまでの日々は、ちゃんと意味があったということだ。

「だから、レフラ。一族を護ってくれて、ありがとう」

シャガトが深々と頭を下げて、お礼の言葉を伝えてくる。ずっと御饌として、一族を護るのだと、孤独の中で生きてきた日々。それを思えば、シャガトの言葉に喜んだって良いはずだ。

しかし、同じように一族を護りたかったのだと、イシュカも言っていた。脳裏に、競って地を駆けた幼い姿や、石牢での姿。息絶えた、処刑台の姿が過っていく。

(かと言って、勝ちを譲られるようなマネは、ひどく嫌ってましたから……)

自分を理由に、謝辞を断ろうものなら、イシュカはひどく腹を立てるだろう。だから。

「もしも、本当に力になれたのなら、嬉しいよ」

手放しに喜ぶことは出来ないけれど、それでもレフラは口角を上げて微笑んだ。
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