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第5話 求めていた熱帯魚
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「なっ、誰だ!?」
「邪魔すんじゃねえぞ」
「おら、さっさとグラスを返せ」
一斉に腕を追いかけて背後の方を男達が振り返る。
(だからなんで毎回毎回、3人揃って畳み掛けるんだ? お前等は漫才のトリオか、狙ってるのか?)
そんなツッコミを心の中で呟きながら、俺もグラスの行方を目で追いかけた。
「あっ、武内さん……」
そこに居たのは、コイツらにとっても予想もしていなかった相手なんだろう。
今までと違って唖然とした声で聞こえてきたのは、今度は1人分の声だった。
(なんでここに居るんだ……?)
俺にとっても予想もしていなかった相手なのだ。
ようやく見つかった泰弘に良かったという気持ち以上に、戸惑いの方が勝ってしまう。
そんな俺の目の前で、俺が飲んでいたグラスを泰弘がわずかに傾けていた。
「……何だこれは。こんなマズイ酒を俺は出させた覚えはないが」
「いや、えっと、これは……」
「あの、何か、スタッフの人が、配合を間違えてしまったみたいで」
しどろもどろに口を開く3人の言葉を待たずに、泰弘が「ふーん」と相槌を入れていた。
俺にはいま何が起きているのか分からなかった。
(なんでコイツらこんなにおどおどしてるんだ。さっきまでの自信満々の様子は、どうした?)
俺を囲っていた3人と泰弘の様子をキョロキョロと見比べていれば、泰弘と視線が重なった。
その瞬間、胸がドキッと跳ね上がる。
(だ、大丈夫だよな。いつもとは見た目が全然違うんだ。親戚でも気が付かないのに、始めてみる泰弘が絶対に俺に気が付くはずがないもんな……)
バクバクと心臓が痛いぐらいに跳ねていた。俺は泰弘へ向かって知らない人の振りをして、慌てて頭をペコッと下げた。
「とりあえず彼は俺が連れて行く。残りの酒はお前が飲んでおけ」
味見をした俺のグラスをすぐそばの1人に手渡しながら、泰弘が俺の手を引っ張って歩き出す。
いったいどこに連れて行かれようとしているのだろう。何も言わない泰弘に俺は戸惑うだけだった。
(俺だって、バレて…ないよな……?)
少し早足で人混みの間を縫っていく泰弘に、俺も何も言い出せない。でもあまり強くないアルコールを一気に飲んだのが悪かったのか、ちょっと歩いただけなのに身体がどんどん熱くなっていく状態なのだ。
(歩き回るのが今はちょっとしんどいんだけど、いったいどこに行くんだろう)
不安になって俺より高い位置にある泰弘の横顔を見上げてみる。
「あと少しだから」
もしかしたら、そんな俺の感情が表情に出ていたのかもしれない。泰弘の大きな掌が俺の頭をクシャリと撫でて離れていった。
(なんでコイツは俺にこんな態度を取っているんだろう。泰弘にとって俺は初対面の相手なはずなのに……)
こうやって優しく絆して、その場限りの遊び相手を手に入れるのに慣れているってことかもしれない。
(まぁ、昔からモテててたのに、特定の相手の噂は聞かない奴だったもんな……)
こうやって1人に縛らないで、適当に遊んでいたとしても何もおかしくない。むしろ俺だってそんな泰弘を良いことに、ちょっとした悪ふざけが許されそうなイベントの決まり文句を利用して、キスの1つぐらい仕掛けようと思っていたぐらいなのだ。
(中性的に見える格好を選んだのだって、この方が拒否されないんじゃないかって考えたからだもんな)
俺は黙って引かれていた手に力を込めて、泰弘の手を握り返した。
「Trick or Treat」
「……Trickで。あいにくお菓子は持って居ない」
俺を見る泰弘の目がゆっくりと細くなっていく。今の間やこの視線に何か意図が含まれているのか。そんなことを感じさせる雰囲気に俺はわずかに緊張した。
(でもそれよりも待て、何だ今のフッて笑うキザっぽい笑い方は。なんでそんな笑い方が似合うんだ、おかしいだろ!)
他の奴がやったならムカつくだけの表情さえ、泰弘がやったら滅茶苦茶似合っているなんて、世の中って何だか不公平だと思ってしまう。
緊張を誤魔化すようにそんなことをツラツラと考えて、そしてなぜだかゆっくりと気持ちが落ちていく。優秀なこいつは人の感情にも敏感なのか、そんな俺に泰弘がおやっ?と顔を向けてきた。
「どうした怒ってるのか? 何だお菓子がよかったのか?」
「お菓子が貰えなくて、拗ねてるわけないだろ」
「あぁ、なるほど。イタズラなら、もう少し待て」
別にイタズラのタイミングが流されたと思って怒ってるわけでも当然ない。
(でもこうやって、泰弘が遊び相手に選んでくれるのなら、俺としては都合がいいはずなのに)
そう思うのに……何だか心が痛かった。
そんな事を考えている内に連れて来られたのは、2階へ続く階段だった。
「邪魔すんじゃねえぞ」
「おら、さっさとグラスを返せ」
一斉に腕を追いかけて背後の方を男達が振り返る。
(だからなんで毎回毎回、3人揃って畳み掛けるんだ? お前等は漫才のトリオか、狙ってるのか?)
そんなツッコミを心の中で呟きながら、俺もグラスの行方を目で追いかけた。
「あっ、武内さん……」
そこに居たのは、コイツらにとっても予想もしていなかった相手なんだろう。
今までと違って唖然とした声で聞こえてきたのは、今度は1人分の声だった。
(なんでここに居るんだ……?)
俺にとっても予想もしていなかった相手なのだ。
ようやく見つかった泰弘に良かったという気持ち以上に、戸惑いの方が勝ってしまう。
そんな俺の目の前で、俺が飲んでいたグラスを泰弘がわずかに傾けていた。
「……何だこれは。こんなマズイ酒を俺は出させた覚えはないが」
「いや、えっと、これは……」
「あの、何か、スタッフの人が、配合を間違えてしまったみたいで」
しどろもどろに口を開く3人の言葉を待たずに、泰弘が「ふーん」と相槌を入れていた。
俺にはいま何が起きているのか分からなかった。
(なんでコイツらこんなにおどおどしてるんだ。さっきまでの自信満々の様子は、どうした?)
俺を囲っていた3人と泰弘の様子をキョロキョロと見比べていれば、泰弘と視線が重なった。
その瞬間、胸がドキッと跳ね上がる。
(だ、大丈夫だよな。いつもとは見た目が全然違うんだ。親戚でも気が付かないのに、始めてみる泰弘が絶対に俺に気が付くはずがないもんな……)
バクバクと心臓が痛いぐらいに跳ねていた。俺は泰弘へ向かって知らない人の振りをして、慌てて頭をペコッと下げた。
「とりあえず彼は俺が連れて行く。残りの酒はお前が飲んでおけ」
味見をした俺のグラスをすぐそばの1人に手渡しながら、泰弘が俺の手を引っ張って歩き出す。
いったいどこに連れて行かれようとしているのだろう。何も言わない泰弘に俺は戸惑うだけだった。
(俺だって、バレて…ないよな……?)
少し早足で人混みの間を縫っていく泰弘に、俺も何も言い出せない。でもあまり強くないアルコールを一気に飲んだのが悪かったのか、ちょっと歩いただけなのに身体がどんどん熱くなっていく状態なのだ。
(歩き回るのが今はちょっとしんどいんだけど、いったいどこに行くんだろう)
不安になって俺より高い位置にある泰弘の横顔を見上げてみる。
「あと少しだから」
もしかしたら、そんな俺の感情が表情に出ていたのかもしれない。泰弘の大きな掌が俺の頭をクシャリと撫でて離れていった。
(なんでコイツは俺にこんな態度を取っているんだろう。泰弘にとって俺は初対面の相手なはずなのに……)
こうやって優しく絆して、その場限りの遊び相手を手に入れるのに慣れているってことかもしれない。
(まぁ、昔からモテててたのに、特定の相手の噂は聞かない奴だったもんな……)
こうやって1人に縛らないで、適当に遊んでいたとしても何もおかしくない。むしろ俺だってそんな泰弘を良いことに、ちょっとした悪ふざけが許されそうなイベントの決まり文句を利用して、キスの1つぐらい仕掛けようと思っていたぐらいなのだ。
(中性的に見える格好を選んだのだって、この方が拒否されないんじゃないかって考えたからだもんな)
俺は黙って引かれていた手に力を込めて、泰弘の手を握り返した。
「Trick or Treat」
「……Trickで。あいにくお菓子は持って居ない」
俺を見る泰弘の目がゆっくりと細くなっていく。今の間やこの視線に何か意図が含まれているのか。そんなことを感じさせる雰囲気に俺はわずかに緊張した。
(でもそれよりも待て、何だ今のフッて笑うキザっぽい笑い方は。なんでそんな笑い方が似合うんだ、おかしいだろ!)
他の奴がやったならムカつくだけの表情さえ、泰弘がやったら滅茶苦茶似合っているなんて、世の中って何だか不公平だと思ってしまう。
緊張を誤魔化すようにそんなことをツラツラと考えて、そしてなぜだかゆっくりと気持ちが落ちていく。優秀なこいつは人の感情にも敏感なのか、そんな俺に泰弘がおやっ?と顔を向けてきた。
「どうした怒ってるのか? 何だお菓子がよかったのか?」
「お菓子が貰えなくて、拗ねてるわけないだろ」
「あぁ、なるほど。イタズラなら、もう少し待て」
別にイタズラのタイミングが流されたと思って怒ってるわけでも当然ない。
(でもこうやって、泰弘が遊び相手に選んでくれるのなら、俺としては都合がいいはずなのに)
そう思うのに……何だか心が痛かった。
そんな事を考えている内に連れて来られたのは、2階へ続く階段だった。
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