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第6話 そこは大きな水槽のよう

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「バーカウンターのそばにある大きなジャックランタンの近くに、金髪と、赤縁のメガネと、クロムハーツのチェーンを付けたような3人組の男達が居る。アイツ等をつまみ出しておけ。あと、今後は立入禁止だとゲートに情報も流しとけ」

階段の入口に立っていた黒服のスタッフへ泰弘が指示を出していた。

(あれ?もしかしてコイツ機嫌が悪いのか?)

偉そうと言うか何と言うか。いや、実際に偉い立場だという事は知っている。だけどこんな態度をとる泰弘を見るのは初めてで、俺はだいぶ戸惑っていた。

(どうしよう……そんな機嫌が悪いやつに赤の他人がいきなり絡んだとして、ちゃんと相手になんてしてくれるのか? そもそも俺だって本当に気付かれていないのか……?)

俺は押し寄せてくる不安に、押し潰されそうになってくる。

「とりあえず、ここに入って」

通されたのは下のフロアが見渡せる部屋だった。
照明が抑えられ、薄暗い部屋の全面はガラス張りになっている。

「ここって俗に言うVIPルームとかいうやつ?」

「まぁ、そんなところだな」

始めて見た中に不安も忘れてあちらこちらを見回していく。そんな俺とは逆に当然慣れている泰弘の態度は素っ気ないものだった。

(やっぱりちょっと機嫌が悪い?)

長い付き合いだからこそ分かる、泰弘から漂うピリピリとした空気に少しだけ俺の緊張が増していた。でもハッキリと表に出されている訳じゃないのだ。だから俺は気がつかないフリをして、無邪気そうに全面の大きなガラスへ近づいた。

灯りをほんの少ししか点けないのは、下のフロアの見え方を邪魔しないためかもしれない。対照的に明るいフロアは、ここからは良く見える。いかにも特等席って感じだった。

(ずっと泰弘はここに居たのか? 1時間以上もフロアを探し回っても見つからなかったのはそのせいなのか?)

あんなに一生懸命探していたのに、ムダだったってことなのだ。何も分かっていなかった自分にガックリしながら下を見つめていれば。

「ここからなら、良く見えるだろ」

突然近くから泰弘の声が聞こえてきた。
あまりの声の近さに、えっ?と横を向いてみる。ガラスに凭れた泰弘が、ぶつかり合いそうなぐらいすぐそばで俺の方を向いていた。

「あっ、うん……」

何だその返事は、と我ながら思ってしまう。でも少しだけ治まっていた心臓が、またドキドキと跳ね上がってヤバかった。

(コイツが格好良すぎるせいか? もしかしたら、いつもよりも近い距離で見られて緊張しているせいなのか?)

どっちにしても顔もすごく熱いのだ。鏡が無くて見えないが、絶対に赤くなっているはずだ。

いつだって泰弘の近くに居れば緊張したし、目が合えばドキドキだってしていた。それでも今日よりはマシだった。いつもよりもひどい状況に俺の戸惑いも増していく。

男が男に見つめられて、こんなに赤面してるなんておかしいはずなのだ。いくら中性的な見た目とはいえ、喋っているのを聞かれている。

(俺自身の正体はバレていなくても、男だってことはもうバレてるはずだもんな……)

どうしようかと、また視線をさまよわせて、俺は下の階へと目を向けた。

「あっ、アイツらさっきの……」

ちょうど泰弘の視線を逸らす良いネタを見つけて、俺は下のフロアを指差した。さっきのヤツらが黒服の人達に、外へ追い出されているようだった。俺はその光景に、そういえばと小首を傾げた。

「ここってナンパ禁止なのか?」

追い出される理由がそれなら、アイツらがつまみ出されるのも分かりはする。だけど今時そんな厳しいイベントで集客が苦しくならないのはなぜなのか。俺は分からず首を傾げた。

「……そんな訳があるか」

今度こそ呆れと苛立ちを隠さないまま、泰弘が「はぁ」と大きく溜息を吐いた。

(なんで? いま何か怒らせるようなことを言ったか?)

突然増したように感じる泰弘の苛立ちに、俺の中に不安が湧き上がっていく。それに突然後ろに回り込んだ泰弘にも、俺は戸惑うばかりだった。

「な、に……?」

抱き締められていないけど、ガラスと泰弘の腕の間に挟み込まれるような体勢なのだ。当たり前だけど、今まで1度も経験したことがない状況に、俺は緊張して声が少し震えていた。

「下を見てみろ」

耳元で囁かれた声の響きにゾクリとする。

「色んな格好の奴がいると思わないか。人間の中身そのままだ」

泰弘がどういうつもりなのかは分からない。それでもこれだけ近い距離なのだ。泰弘の吐息が耳を掠めていく。その感触だけで、触れられてもいない俺の身体がビクッと跳ねた。

(ヤバイ、とりあえずこの状況をどうにかしないと)

心臓だけじゃなくて頭も沸騰しそうで、泰弘が何を言っているのか俺には考える余裕も残っていない。

「ちょっ、と離れーーー」

て。と最後の言葉を言う前に、後ろから回された指が、今度は首筋から鎖骨に向かって撫でていった。
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