泡沫のゆりかご 一部・番外編 ~獣王の溺愛~

丹砂 (あかさ)

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第一部

唯一無二の御饌 2

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「あぁ、そう言えば。今日は御饌みけ様が嫁いでくる日でございましたね」

なるほど、といった顔でリュクトワスが大きく頷いた。その言葉に他の近衛官達も、腑に落ちた様子で互いに顔を見合わせている。
知る者は酷く限られた事だったが、歴代の黒族長とも自身の御饌みけへの思い入れは、執着に近いモノだった。

絶望に近い孤独を背負わされ、他者を守り続ける者の飢餓感など、この位置に立たされた者にしか分からない。だからこそ、誰にもこの事には口を出させるつもりはなかった。
ただただ、歴代の族長に倣って迎え入れた自分の御饌みけを、何よりも慈しもうと思っていた。

「あぁ、だからさっさと戻れるよう、逃げた三体を始末しろ」

忌々しそうに足元の肉片に剣を刺す。こんな事がなければ、今頃はギガイ自身が主要地でレフラを迎えていたはずなのだ。
それなのにこんな領地の片隅に出現した魔種のせいで、急遽討伐に出る事になってしまった事が腹立たしい。

取るに足らない魔種だとしても、数が多ければ話しは変わる。数はそのまま力ともなる。個で向かって敗北する恐れがあるなら、連携して群れとしてその数を的確に潰していく。
その戦い方は黒族が最も得意とする方法だが、その連携が発揮できるのも族長であるギガイだけだった。

扇型に追跡し、内へ閉じるように弧を描く。そうすれば描いた円の内側に、逃げた魔種は閉じ込められたはずだ。案の定、そろそろかと想定した時間と大差なく、殲滅の報告が下より入った。

これでようやく主要地へ戻れる。ギガイの御饌みけへと会えるのだ。
逸る気持ちを抑えながら、被害の確認と撤収を命じようとしていた時。遠方より急速に駆けて来る獣の存在に気が付いた。

黒族の祖である獣と同じ姿。通常の狼よりも一回り大きなソレがギガイの前へと踊り出た。

獣人として進化したいま、人の姿から獣の姿へ変化へんげできる者は多くはない。そして人の形で過ごす事を当たり前とした昨今、例え変化が可能だとしても獣の形を選ぶ事はそうそう有るような事ではなかった。
そんな中で四本脚で地を駆けてきたというならば、それだけ緊急の何かが生じたのだろう。

「ギガイ様、至急お戻りを!!エクストル様が御饌みけ様を!!」

「レフラをどうしたのだ」

途端に纏う空気が変わり、周りの者が後ずさる。
今にも唸り声が聞こえそうな怒りに満ちた表情に、ギガイの前の獣の者も怯えたように耳が垂れた。

御饌みけ様の御身を確認される、と医癒棟の地下へ入られてしまい、私どもでは手が出せません」

頬に風を受けたのと、その報告を告げ終えたのは、いったいどちらが先だったのか。周りの者が認識するよりも先に、変化したギガイの脚が地を蹴って、空を切るように走っていた。
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