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一部 番外編
番外編 何気ない日々 (『有期の幸せ』以降 )
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※『有期の幸せ』以降、『非常な日常』の前あたりのお話しです。
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色々な花木が息づく部屋の中。いつものように感じられないレフラの気配に、ギガイは訝しげに眉を顰めた。
「レフラ?」
中へ一歩踏み入れれば、青葉の匂いが身体を包む。その中でわずかに感じる清涼な香。その香りを辿るまでもなく、日中の定位置となっているソファーの上で、レフラは横になっていた。
顔を窓の方へ向けたまま、丸まっている姿はここに来て初めて見る姿だった。
(体調でも崩したか)
心配をして大股で近付いたソファーの上で、横たわるレフラの目蓋は閉じられたままだった。
動く様子がないレフラの額にソッと触れる。異常を感じる熱さはない。むしろ心配して覗き込むギガイに気付く事もなく、ゆっくりとした呼吸を繰り返すレフラの表情は穏やかだ。
その姿に拍子抜けして、ギガイはトサッと腰を降ろした。
柄にもなく、焦った自分が笑えてくる。
「眠っていても、起きていても、お前にはどうしても振り回されるな」
冷淡、冷酷、無情に無慈悲、さんざん言われている言葉が、呆気なくこの御饌の前では崩れてしまう。
「まぁそんな事、お前は知らないのだろうがな」
レフラが嫁いで来る前に、最後に笑ったのがいつだったか。何に心が動いたのか。思い出す事さえ難しい。
それなのに、レフラを前にするだけでギガイの感情は容易く動く状態だった。
かつてレフラを始めて見た時に自分が泣ける事実を知ったように、レフラと過ごす日々の中でさまざまな感情を知っていく。
今まで不動だった感情が揺れる状況に戸惑う事も多々あったが。それでも。
「ずっと私の側で笑っていてくれ」
それだけでギガイにとっては幸せだと感じられる日々なのだ。ギガイは口元を緩めてレフラの頭を優しく撫でた。
「…っん」
その感触にわずかな身じろぎをレフラが返す。だが思ったよりも眠りは深い状態なのか、その後に聞こえてくるのは小さな寝息だけだった。
「昨夜も無理をさせたからな」
初めの印象通り交わる事に慣れていないレフラには快感も羞恥も負担が大きいようだった。
分かっていながら健気に耐えている様に煽られて、抱き潰してしまっている事も多々あって。
昨日の記憶を思い出して、気まずさにもう一度頭を撫でた。
(せっかくだ、このまま休ませておくか)
せめてもの罪滅ぼしのような心境で、ギガイがフゥと息を吐いた。執務の合間に設けたレフラとの一時がギガイには大きな癒やしとはなっている。だが疲れて休むレフラを起こしてしまう事は気が引けた。
仕方ない。もう一度だけレフラの頭をサラッと撫でて、立ち上がるために足に力を込める。
クンッ。
途端に感じた抵抗にギガイがそこへ視線を落とした。
(いつの間に…)
ギュッと服を握りしめるレフラの手に、ギガイは思わず笑ってしまう。でもこのままでは動けない。もう1度腰を落とし直したギガイが、レフラの指に手を掛けた。
「…ぅん、ぎがいさま…?」
ぼんやりと目を開いたレフラがギガイの身体にしがみつく。
「起きたのか?」
そのまま身体を起こしたレフラから伸ばされた腕を掬い上げ、日頃のように膝の上に抱え込んだ。
ポスッとギガイの膝上に収まった身体は、据わりの良い位置を探しているのだろう。しばらくゴソゴソしていたレフラもようやく好みの位置を見つけたのか、ギガイの胸元にもたれかかったまま身じろぎしなくなる。
「レフラ?」
応える声の代わりに聞こえてきたのは、穏やかな寝息だけだった。
立ち去ろうとしていた所だったはずなのに。まさかの状況にギガイが思わず笑い出した。その声にむずがるようなレフラの仕草に、起こさないようどうにかギガイが笑い声を押し殺す。
そのまま胸元に目線を落とせば、服の袂をしっかり掴んでいるレフラは、このまま放す気はなさそうだ。日頃我慢しがちなレフラの無意識の甘えのようで、ギガイはそんなレフラの頭にキスをした。
「とりあえずリュクトワスへ連絡をさせるか」
用聞きの者を呼び出す為の鈴を取り出しギガイが振った。これですぐにあの3人のうち誰かがここへ来るだろう。
レフラの髪を梳きながら、ギガイもクッションへもたれかかる。横になるギガイの身体の上へレフラの身体を引き上げれば、レフラの口元が綻んだ。
「お休みの所恐れ入ります。リランとエルフィルでございます。入室してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、入れ」
「し、失礼致します!」
まさかギガイの声が返ってくる、と思わなかったのか。一瞬、間があった後に入室してきた2人の表情は固かった。
「静かにしろ、レフラが起きる」
そんな2人に顔をしかめれば、2人の目線が胸元で眠るレフラの方に落ちてくる。呆気に取られたような様子で凝視する姿に眉を顰めれば、我に返ったのだろう。
「も、申し訳ございません」
慌てて頭が下げられた。そんな2人の姿を睨め付ける。
だが最近のレフラの様子を見る限り、用聞きの3人へようやく馴染んでいるらしい。ここで何かあればレフラがおそらく気にするだろう。
「長生きしたければ、興味本位な視線は止める事だ」
そんな2人相手には、せいぜい舌打ち交じりのそんな牽制のみに留めておく。威圧も含まれていないその言葉に、2人にしても戸惑った様子が感じられた。
「は、はい…」
「とりあえず、リュクトワスへ続きはここで行う旨を告げてこい。それから入退室は静かにしろとも伝えておけ」
言葉を承った2人が慌てたように部屋から下がる。これで、しばらくすればリュクトワスとアドフィルの2人がここに必要な書類を持って来る。
それまでこのままレフラと共に休んでいるのも良いはずだ。
目覚めた時にレフラはどんな反応をするだろう。楽しみだと思いながら、しばらくの休息に癒されるように、ギガイはレフラの温もりを抱き締めた。
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色々な花木が息づく部屋の中。いつものように感じられないレフラの気配に、ギガイは訝しげに眉を顰めた。
「レフラ?」
中へ一歩踏み入れれば、青葉の匂いが身体を包む。その中でわずかに感じる清涼な香。その香りを辿るまでもなく、日中の定位置となっているソファーの上で、レフラは横になっていた。
顔を窓の方へ向けたまま、丸まっている姿はここに来て初めて見る姿だった。
(体調でも崩したか)
心配をして大股で近付いたソファーの上で、横たわるレフラの目蓋は閉じられたままだった。
動く様子がないレフラの額にソッと触れる。異常を感じる熱さはない。むしろ心配して覗き込むギガイに気付く事もなく、ゆっくりとした呼吸を繰り返すレフラの表情は穏やかだ。
その姿に拍子抜けして、ギガイはトサッと腰を降ろした。
柄にもなく、焦った自分が笑えてくる。
「眠っていても、起きていても、お前にはどうしても振り回されるな」
冷淡、冷酷、無情に無慈悲、さんざん言われている言葉が、呆気なくこの御饌の前では崩れてしまう。
「まぁそんな事、お前は知らないのだろうがな」
レフラが嫁いで来る前に、最後に笑ったのがいつだったか。何に心が動いたのか。思い出す事さえ難しい。
それなのに、レフラを前にするだけでギガイの感情は容易く動く状態だった。
かつてレフラを始めて見た時に自分が泣ける事実を知ったように、レフラと過ごす日々の中でさまざまな感情を知っていく。
今まで不動だった感情が揺れる状況に戸惑う事も多々あったが。それでも。
「ずっと私の側で笑っていてくれ」
それだけでギガイにとっては幸せだと感じられる日々なのだ。ギガイは口元を緩めてレフラの頭を優しく撫でた。
「…っん」
その感触にわずかな身じろぎをレフラが返す。だが思ったよりも眠りは深い状態なのか、その後に聞こえてくるのは小さな寝息だけだった。
「昨夜も無理をさせたからな」
初めの印象通り交わる事に慣れていないレフラには快感も羞恥も負担が大きいようだった。
分かっていながら健気に耐えている様に煽られて、抱き潰してしまっている事も多々あって。
昨日の記憶を思い出して、気まずさにもう一度頭を撫でた。
(せっかくだ、このまま休ませておくか)
せめてもの罪滅ぼしのような心境で、ギガイがフゥと息を吐いた。執務の合間に設けたレフラとの一時がギガイには大きな癒やしとはなっている。だが疲れて休むレフラを起こしてしまう事は気が引けた。
仕方ない。もう一度だけレフラの頭をサラッと撫でて、立ち上がるために足に力を込める。
クンッ。
途端に感じた抵抗にギガイがそこへ視線を落とした。
(いつの間に…)
ギュッと服を握りしめるレフラの手に、ギガイは思わず笑ってしまう。でもこのままでは動けない。もう1度腰を落とし直したギガイが、レフラの指に手を掛けた。
「…ぅん、ぎがいさま…?」
ぼんやりと目を開いたレフラがギガイの身体にしがみつく。
「起きたのか?」
そのまま身体を起こしたレフラから伸ばされた腕を掬い上げ、日頃のように膝の上に抱え込んだ。
ポスッとギガイの膝上に収まった身体は、据わりの良い位置を探しているのだろう。しばらくゴソゴソしていたレフラもようやく好みの位置を見つけたのか、ギガイの胸元にもたれかかったまま身じろぎしなくなる。
「レフラ?」
応える声の代わりに聞こえてきたのは、穏やかな寝息だけだった。
立ち去ろうとしていた所だったはずなのに。まさかの状況にギガイが思わず笑い出した。その声にむずがるようなレフラの仕草に、起こさないようどうにかギガイが笑い声を押し殺す。
そのまま胸元に目線を落とせば、服の袂をしっかり掴んでいるレフラは、このまま放す気はなさそうだ。日頃我慢しがちなレフラの無意識の甘えのようで、ギガイはそんなレフラの頭にキスをした。
「とりあえずリュクトワスへ連絡をさせるか」
用聞きの者を呼び出す為の鈴を取り出しギガイが振った。これですぐにあの3人のうち誰かがここへ来るだろう。
レフラの髪を梳きながら、ギガイもクッションへもたれかかる。横になるギガイの身体の上へレフラの身体を引き上げれば、レフラの口元が綻んだ。
「お休みの所恐れ入ります。リランとエルフィルでございます。入室してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、入れ」
「し、失礼致します!」
まさかギガイの声が返ってくる、と思わなかったのか。一瞬、間があった後に入室してきた2人の表情は固かった。
「静かにしろ、レフラが起きる」
そんな2人に顔をしかめれば、2人の目線が胸元で眠るレフラの方に落ちてくる。呆気に取られたような様子で凝視する姿に眉を顰めれば、我に返ったのだろう。
「も、申し訳ございません」
慌てて頭が下げられた。そんな2人の姿を睨め付ける。
だが最近のレフラの様子を見る限り、用聞きの3人へようやく馴染んでいるらしい。ここで何かあればレフラがおそらく気にするだろう。
「長生きしたければ、興味本位な視線は止める事だ」
そんな2人相手には、せいぜい舌打ち交じりのそんな牽制のみに留めておく。威圧も含まれていないその言葉に、2人にしても戸惑った様子が感じられた。
「は、はい…」
「とりあえず、リュクトワスへ続きはここで行う旨を告げてこい。それから入退室は静かにしろとも伝えておけ」
言葉を承った2人が慌てたように部屋から下がる。これで、しばらくすればリュクトワスとアドフィルの2人がここに必要な書類を持って来る。
それまでこのままレフラと共に休んでいるのも良いはずだ。
目覚めた時にレフラはどんな反応をするだろう。楽しみだと思いながら、しばらくの休息に癒されるように、ギガイはレフラの温もりを抱き締めた。
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