切り取られた青空

神山 備

文字の大きさ
37 / 65
いと

密会

 私は前日のかりんとの個人メールに、オフ会がはねたあと、一人でとある喫茶店に来てほしいと入れてあった。私が東京での社会人生活のころよく通ったなじみの店。あの頃私は、ストレスで既に90kg近くになっていた。

「マスター、お久しぶりです」
私は店のドアを開けると、少し額に皺は刻まれたが相変わらず人なつこい笑顔のその人に頭を下げた。
「おっ、何年ぶりかねぇ。それにしてもずいぶん痩せたよな。」
「ご無沙汰してます」
マスターはおおよそ14年ぶりでしかもすっかりと風貌の変わった私をいとも簡単に思い出した。
「それにしても、病気でもしたの?」
そして、ちょっと不安げに私にそう尋ねた。
「そう、見えますか?」
またか、と私は思った。こちらは懸命に痩せたのに、久々に会うと判で押したように病気を尋ねられる。私はその辺が不満だった。
「いや、そうじゃないならいいんだけどね。私くらいの年になるとね、見た目が変わったから聞くとそういう話ばっかだから。そうだよな、君はまだ若いか」
「もう、若くはないですよ」
「私に比べたらまだまだ若いさ……」
多分60代後半か70代頭であろうマスターは、ずれた眼鏡の位置を直しながらそう言って笑った。

 こんな面の割れたところで待ち合わせはするべきではなかったかと思ったが、東京でさっと思い出せる店はここしかなかった。少々複雑な気持ちのままかりんを待つ。
それに絶対に来てくれるという自信も私にはなかった。じりじりとした気持ちのまますごす時間は殊更長く感じられた。

 果たして、かりんは店に現れた。
「いらっしゃい」
店に入ってきてまっすぐ私のところに来たかりんを見て、マスターはほぉというような顔して、にやりとほくそ笑んだ。
「無事、撒いてきた?」
私は声を落として彼女にそう聞いた。
「みんな忙しいみたいで、そんな心配なかったわ」
すると、彼女はそう言って微笑んだ。
「そう」
「でも…このお店…」
「ああ、東京の大学に行ってたし、その後4年くらい仕事もしてた。帰ってもう14年かな……だから記事にもしてなかったと思うよ」
「知らなかったわ」
「今日もね、本当は迷ってたりなんかしてなかったんだよ。あの時僕は誰よりも先に君を見つけてた」
私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をして言った。
「じゃぁ、何で声をかけてくれなかったの?誰にも会えなくて不安だったのに」
「あまりにも君が僕の思っていたとおりの人だったから、君が僕を同じように思ってくれるかどうか急に怖くなったし、すぐにエルちゃんと合流したからね、みんなの前で迂闊なことも言えないだろ」
その言葉に、かりんは頬を染めて俯いた。

「外、出ようか……」
マスターは聞かない振りをしてくれてはいるのだが、私はやはり恥ずかしくてかりんを外に連れ出した。会計をする際に、マスターがかりんに聞こえないような小声で、
「やっぱり、若いっていいね。頑張りなさ。」
と囁いた。傍目には普通の幸せなカップルに映ったのだろうか。

 かりんとふたり夜の東京の街を歩く。私たちは周りの目にどう映っているのだろう。たぶん、この雑踏の中では誰もが他の人になんて興味はないに違いない。そんな安心感がここにはあるような気がした。

 そして、こんな眠らないごみごみした街の中にも死角がある。私たちはいつしかそんな死角に滑り込んでいた。
(ここでなら……)
心臓はもしかしたら彼女にも音が聞こえるのではないかというくらい鼓動を打っていたし、相変わらず私にはからきしの自信もなかった。それでも私はできるだけの虚勢を張って大きく息をして背後からかりんの肩を抱いた。
「僕は…うぬぼれているんじゃないよね…君も同じ気持ちでいてくれるんだよね。」
そして驚いて振り返った彼女の唇を奪った。

感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。 その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。 そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。 同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。 春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。 昔から志穂が近くにいてくれるから……。 しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。 登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。 志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。 彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。 志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。 そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。 その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。