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いと
密会
私は前日のかりんとの個人メールに、オフ会がはねたあと、一人でとある喫茶店に来てほしいと入れてあった。私が東京での社会人生活のころよく通ったなじみの店。あの頃私は、ストレスで既に90kg近くになっていた。
「マスター、お久しぶりです」
私は店のドアを開けると、少し額に皺は刻まれたが相変わらず人なつこい笑顔のその人に頭を下げた。
「おっ、何年ぶりかねぇ。それにしてもずいぶん痩せたよな。」
「ご無沙汰してます」
マスターはおおよそ14年ぶりでしかもすっかりと風貌の変わった私をいとも簡単に思い出した。
「それにしても、病気でもしたの?」
そして、ちょっと不安げに私にそう尋ねた。
「そう、見えますか?」
またか、と私は思った。こちらは懸命に痩せたのに、久々に会うと判で押したように病気を尋ねられる。私はその辺が不満だった。
「いや、そうじゃないならいいんだけどね。私くらいの年になるとね、見た目が変わったから聞くとそういう話ばっかだから。そうだよな、君はまだ若いか」
「もう、若くはないですよ」
「私に比べたらまだまだ若いさ……」
多分60代後半か70代頭であろうマスターは、ずれた眼鏡の位置を直しながらそう言って笑った。
こんな面の割れたところで待ち合わせはするべきではなかったかと思ったが、東京でさっと思い出せる店はここしかなかった。少々複雑な気持ちのままかりんを待つ。
それに絶対に来てくれるという自信も私にはなかった。じりじりとした気持ちのまますごす時間は殊更長く感じられた。
果たして、かりんは店に現れた。
「いらっしゃい」
店に入ってきてまっすぐ私のところに来たかりんを見て、マスターはほぉというような顔して、にやりとほくそ笑んだ。
「無事、撒いてきた?」
私は声を落として彼女にそう聞いた。
「みんな忙しいみたいで、そんな心配なかったわ」
すると、彼女はそう言って微笑んだ。
「そう」
「でも…このお店…」
「ああ、東京の大学に行ってたし、その後4年くらい仕事もしてた。帰ってもう14年かな……だから記事にもしてなかったと思うよ」
「知らなかったわ」
「今日もね、本当は迷ってたりなんかしてなかったんだよ。あの時僕は誰よりも先に君を見つけてた」
私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をして言った。
「じゃぁ、何で声をかけてくれなかったの?誰にも会えなくて不安だったのに」
「あまりにも君が僕の思っていたとおりの人だったから、君が僕を同じように思ってくれるかどうか急に怖くなったし、すぐにエルちゃんと合流したからね、みんなの前で迂闊なことも言えないだろ」
その言葉に、かりんは頬を染めて俯いた。
「外、出ようか……」
マスターは聞かない振りをしてくれてはいるのだが、私はやはり恥ずかしくてかりんを外に連れ出した。会計をする際に、マスターがかりんに聞こえないような小声で、
「やっぱり、若いっていいね。頑張りなさ。」
と囁いた。傍目には普通の幸せなカップルに映ったのだろうか。
かりんとふたり夜の東京の街を歩く。私たちは周りの目にどう映っているのだろう。たぶん、この雑踏の中では誰もが他の人になんて興味はないに違いない。そんな安心感がここにはあるような気がした。
そして、こんな眠らないごみごみした街の中にも死角がある。私たちはいつしかそんな死角に滑り込んでいた。
(ここでなら……)
心臓はもしかしたら彼女にも音が聞こえるのではないかというくらい鼓動を打っていたし、相変わらず私にはからきしの自信もなかった。それでも私はできるだけの虚勢を張って大きく息をして背後からかりんの肩を抱いた。
「僕は…うぬぼれているんじゃないよね…君も同じ気持ちでいてくれるんだよね。」
そして驚いて振り返った彼女の唇を奪った。
「マスター、お久しぶりです」
私は店のドアを開けると、少し額に皺は刻まれたが相変わらず人なつこい笑顔のその人に頭を下げた。
「おっ、何年ぶりかねぇ。それにしてもずいぶん痩せたよな。」
「ご無沙汰してます」
マスターはおおよそ14年ぶりでしかもすっかりと風貌の変わった私をいとも簡単に思い出した。
「それにしても、病気でもしたの?」
そして、ちょっと不安げに私にそう尋ねた。
「そう、見えますか?」
またか、と私は思った。こちらは懸命に痩せたのに、久々に会うと判で押したように病気を尋ねられる。私はその辺が不満だった。
「いや、そうじゃないならいいんだけどね。私くらいの年になるとね、見た目が変わったから聞くとそういう話ばっかだから。そうだよな、君はまだ若いか」
「もう、若くはないですよ」
「私に比べたらまだまだ若いさ……」
多分60代後半か70代頭であろうマスターは、ずれた眼鏡の位置を直しながらそう言って笑った。
こんな面の割れたところで待ち合わせはするべきではなかったかと思ったが、東京でさっと思い出せる店はここしかなかった。少々複雑な気持ちのままかりんを待つ。
それに絶対に来てくれるという自信も私にはなかった。じりじりとした気持ちのまますごす時間は殊更長く感じられた。
果たして、かりんは店に現れた。
「いらっしゃい」
店に入ってきてまっすぐ私のところに来たかりんを見て、マスターはほぉというような顔して、にやりとほくそ笑んだ。
「無事、撒いてきた?」
私は声を落として彼女にそう聞いた。
「みんな忙しいみたいで、そんな心配なかったわ」
すると、彼女はそう言って微笑んだ。
「そう」
「でも…このお店…」
「ああ、東京の大学に行ってたし、その後4年くらい仕事もしてた。帰ってもう14年かな……だから記事にもしてなかったと思うよ」
「知らなかったわ」
「今日もね、本当は迷ってたりなんかしてなかったんだよ。あの時僕は誰よりも先に君を見つけてた」
私がそう言うと、彼女は驚いたような顔をして言った。
「じゃぁ、何で声をかけてくれなかったの?誰にも会えなくて不安だったのに」
「あまりにも君が僕の思っていたとおりの人だったから、君が僕を同じように思ってくれるかどうか急に怖くなったし、すぐにエルちゃんと合流したからね、みんなの前で迂闊なことも言えないだろ」
その言葉に、かりんは頬を染めて俯いた。
「外、出ようか……」
マスターは聞かない振りをしてくれてはいるのだが、私はやはり恥ずかしくてかりんを外に連れ出した。会計をする際に、マスターがかりんに聞こえないような小声で、
「やっぱり、若いっていいね。頑張りなさ。」
と囁いた。傍目には普通の幸せなカップルに映ったのだろうか。
かりんとふたり夜の東京の街を歩く。私たちは周りの目にどう映っているのだろう。たぶん、この雑踏の中では誰もが他の人になんて興味はないに違いない。そんな安心感がここにはあるような気がした。
そして、こんな眠らないごみごみした街の中にも死角がある。私たちはいつしかそんな死角に滑り込んでいた。
(ここでなら……)
心臓はもしかしたら彼女にも音が聞こえるのではないかというくらい鼓動を打っていたし、相変わらず私にはからきしの自信もなかった。それでも私はできるだけの虚勢を張って大きく息をして背後からかりんの肩を抱いた。
「僕は…うぬぼれているんじゃないよね…君も同じ気持ちでいてくれるんだよね。」
そして驚いて振り返った彼女の唇を奪った。
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