切り取られた青空

神山 備

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いと

東京での空白

 快い気だるさの中にいた私たちを、携帯の着信音が一気に現実に引き戻した。かりんが慌てて自分の鞄から携帯を取り出す。
「あ、おかあさん?ごめんね、話し込んじゃっててすっかり遅くなっちゃって……今から迎えに行こうと思ってたんだけど、マナ寝ちゃったの? 陸も映画が終わるまで帰らないって? いいの? じゃぁ明日迎えに行ったら良いのね。ありがとう、じゃぁそうするわ」
彼女の母親だろうか、それともお姑さん? 私の心臓は早鐘のように鳴った。
「今のはお母さん?」
どきまぎしながらそう聞くと、
「私のね。今日は迎えに来なくて良いって」
彼女は、ほっとため息をつきながらそう返した。
「迎えに行かないでいいなら、もう少し一緒に居られる?」
「ありがとう……でも、車を家に置いてきたから帰らなきゃ」
「じゃぁ、明日は逢える? 帰ってしまったらなかなか逢えないから」
「明日……明日は日曜日だから、ちょっとムリ」
休日に出られないと言われて、改めて彼女に家庭があることを思い知らされる。
「じゃあ明後日は? 有給がたまってるからもう1日ならこっちに居るのを延ばせる」
それでも、この逢瀬を一度きりにしたくなくて、私はなおも食い下がった。
「うん、月曜なら大丈夫だと思うわ。帰ってまたメール入れるわ」
「待ってるよ」
私は、そう言って別れ際もう一度彼女に口づけを落とした。

 だが、その日帰宅した後も彼女からはメールは来ず、朝、10時頃になって『明日9時に横浜駅に来て欲しい』とのメールを受け取る。また、駅だ。彼女には東京に住んでいたことを話したけれど、横浜は土地勘がないと思ったんだろうか、それとも偶然を装うためなのか…

 それにしても何も予定のない空っぽの日曜日、私は今のサイズに合わせた服を探してみたりして時間をつぶそうとしてはみたものの、まったく時が進まない。こんな時、以前なら食べることでずいぶん間が持ったような気がする。というか、食べることにこんなに時間を割いていたのかと思うくらい私はいつでも食べ続けていたのだと思う。
 だからと言って、この時間を食べることには割けないし、またかつてのように食べることはたぶんできないだろう。

 それに、彼女の白い肌に、顔の見えない彼女の夫が今日は触れているかもしれない。彼女は、3桁近くになってからは夫には求められもしなくなったと言っていたが、やせた今、復活していたっておかしくない。そんな思いが一度ならずも頭をかすめて、食欲がわかなかったのも事実だ。

 彼女が私の、色のなかった世界に色をつけた。それまで1人が寂しいと思ったことは一度もなかった。色のない世界が当たり前だと思っていたのだ。しかし、一度色のある世界を見てしまった今は、それまでの自分の世界がなんと味気なく感じるのだろうと思った。
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