切り取られた青空

神山 備

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いと

香織の……

「亮ちゃん、あんた今日はこっちに泊まっていいけど、くれぐれも自分の部屋で寝なさいね。香織さん、夜中にこの子が来たら追い出すのよ。安定期に入ってるってっても、長旅で疲れてるんだから」
香織のために妹の部屋を整えた後、母はそう言った。
「何を言い出すかと思ったら……人をさかりの付いた猫みたいに言うなよ。わかってるよ、今の状況ぐらい」
「解ってないから、こうなったんでしょ」
苦笑しながらそう答えた私に、母がすかさずそう返す。

 それから、香織は携帯から彼女の実家に電話を入れた。
「もしもし、シオ?おねえだけど……パパ・ママいる? !? 代わらなくていいって!! あさってそっちに戻ろうかと思うんだけど、その時いるかな」
電話に出たのは香織の妹の詩織ちゃんらしい。香織も普段は会社近くのアパートに1人暮らしをしていると言っていた。
 話し合った結果、一刻も早く承諾が要るということで、この際香織は2日間会社を休んで、翌々日の土曜日に早速結婚の承諾をもらいに行こうということになったのだ。
「パパとママがいないと出来ない話、しなきゃなんないのよ。……うん。その、まさかよ」
電話の相手方の声は聞こえないが、香織の話しぶりで詩織ちゃんが結婚を匂わせたことが判る。そして、
「もう、シオ! 確かに、今岐阜からかけてるけど……あんたいい加減その呼び方止めてちょうだい!! ……今、本人横にいるんだから……」
香織は電話の詩織ちゃんにそう言い放った後、私の方を向いてすごく恥ずかしそうな顔をしてうつむいた。私は詩織ちゃんになんと呼ばれているんだろう。

「とにかく土曜日、なんとしてでも、特にパパを押さえといてくれない? でも、絶対に結婚なんて言っちゃダメよ。逃亡しちゃうだろうから。何度も足を運べる距離じゃないんだから、お願いね」
何度も足を運べる距離というより、何度も足を運んでいられる時間がない。それはまだ、言わぬが花か…

 私は香織が電話を切った後、詩織ちゃんに私がどう呼ばれているのかどうしても知りたくなった。
「えっ……ホントに言わなくちゃだめですか……」
それを言うと、香織は口ごもった。
「そんなにひどい呼び方してるの詩織ちゃん」
「いえ、ひどくはないんですけど、ちょっと……」
「ちょっと? 怒らないからきかせてよ」
そして、なおも食い下がった私に、
「おねえの王子様」
香織は真っ赤になりながら小さな声でそう告げた。先々なら笑って聞けたかも知れないが、向こうに行く直前の今、聞くべきではなかったかなと私は密かに後悔したのだった。
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