似ている

神山 備

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懇親会

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 新年度から3ヶ月、ボーナスが出たこともあり、部の懇親会が開かれた。光一も普段はあまり大勢で呑むのは好きではないのだが、同じ部署のメンバーは光一のそうした性質たちよく解っていて、長という事で上座をすすめてくれるが、宴が始まれば、手酌で勝手にやらせてくれる。後は自宅同様ゆっくり呑むだけで良かった。

 ふと見ると、志乃はちょうど対角線、入り口側にいた。彼女は入社4年目の高橋郁雄と何か親密そうに話している。
 やがて高橋が志乃にピンク色のカクテルを手渡したのを見て光一は眉を寄せる。(ピーチフィズか)ああいうのは、とっつきは良いが、悪酔いしやすい。まさかあいつ持ち帰るつもりじゃないだろうなといきおい不安になる。 
 だからと言って自分から彼らの中に割り込む訳にも行かない。光一はいつも通りを装って呑んでいるが、その気は漫ろだった。

 だが、その内志乃の方が光一に近づいてきて、いきなり何を言うかと思うと、
「ブチョウ? ブチョウっ、何で一人静かに飲んでるんですか。一緒にお話しましょ。
大体ね、ブチョウは普段からもっとしゃべった方がいいですよ。だから未だにひとりなんですよ」
茹で蛸のような顔で、彼に説教を始めたのだ。何せ志乃は今年入社したド新人である。周囲は光一が気分を害して怒り出すだろうと、冷水を浴びせられたように固まるが、
「煩い。それは私の勝手だろうが。
おい、誰だこいつに酒を飲ませた奴は。完全に目が座ってるだろ」
光一はそう言っただけで、相変わらず手酌で酒を進める。もちろん、光一は郁雄がすすめたことも知っている。しかし、それを言っては、志乃の事を逐一観察していたことを皆に悟られてしまう。それは拙い。こっちはこっちで背中に汗をかきながらの発言だ。
「知りませーん」
光一の発言を受けて周りもホッとした様子で白を切る。
「じゃぁ、自分で勝手に飲んだのか。しょうがない奴だ」
光一はそう言って、志乃の頭をポンポンと叩いた。
「私、私ですか? 私は酔ってませんよ。酔ってません。
ふわふわと気持ちいいだけです。それだけですよ」
すると、唇をちょっと突き出しながら志乃はそう言ってから小さくあくびをする。トロンとした目を光一に向けると、首がカタリと落ちた。
「それが酔ってるってんだ。おいこら寝るな!」
それを見た光一は慌てて志乃の肩を掴むと、そう言いながら揺さぶった。志乃の目がゆっくりと開く。
「うふふふ、部長の声って子守歌みたいですね」
何とか眠りに落ちなかった志乃は、今度はそう言うと、ケタケタと笑い出した。どうも慌てふためく光一の姿がツボに嵌ったらしい。
「笑うな! それに俺はおまえの父親じゃない」
と言っても、志乃は依然笑い続ける。
 しかし、ふと思い出したかのように、頭を上げると、
「あ、一つだけ聞きたいんですけど、卵焼き、私のと彼女さんの、どっちが美味しいですか?」
と、かなり怪しい呂律でそれを言い終わるや否や、志乃はコテンという擬音が聞こえてくるぐらい呆気なく眠りに落ちてしまったのだ。
「生方! 寝るなって言ってるだろ!」
 何故、今ここでその話題だ。しかも答えも聞かないまま戦線離脱か。あとに残される俺の事はどうしてくれるんだ……全く。
 
「卵焼きって朝ご飯ですよね。えーっ、部長とウブちゃんってそういう関係だったんですか?」
案の定佐伯がそう切り出す。こいつは今までからでもちょこちょこ俺と彼女をくっつけようとする発言をしていた。何を考えてんだ。彼女とは親子ほども歳が違うんだぞ。
「そう言う関係って、どういう関係だ! 誤解するな、私は彼女の弁当をだな」
それにしたって卵焼き=朝ご飯とはどういう図式だ。普通、卵焼き=弁当が正解だろうと、光一は憤慨する。
「へぇ、部長の弁当ってウブちゃんのお手製だったんですか」
すると、別の女子社員からそう言われた。どうして今日は皆そう曲解して取る。
「違う、彼女の弁当に入ってたのをもらっただけだ。彼女の卵焼きの作り方が私と似てると言うんでな、味見させてもらっただけだが、それが何か?」
本当は勝手につまみ食いしたら同じ味だったのだが。これ以上言われたくないし、唯一それを否定できる志乃は今、眠りの国だ。それを聞いた女子社員たちからは、
「なーんだ、つまんない」
と一様に落胆の声が聞こえる。俺はおまえ等の玩具かなんかかと光一は、ホッとしながらも密かに心の中で彼女らに毒づいたのだった。

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