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行為の代償
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その後、
「ところで君はどうしてこんなことになっているんだ。
対外的には急性虫垂炎で腹膜まで炎症が達しているので緊急手術したということになっているが」
本当は違うのだろうと健史は直接核心に切り込んだ。そして、
「ええ、ほのが妊娠している子どもは僕の子です」
と言って秀一郎は今までの経緯を説明する。だが、その報告にてっきり何をしているのかと怒鳴られると思っていたのに、健史は静かに、
「そうか……」
と言って深いため息をついただけだった。だが、秀一郎には逆に叱られないことが余計にことの重大さを痛感させられた。
ほのかの意識は依然戻らぬまま。
当然、身に覚えのない子どもを憲幸は放棄すると秀一郎は思っていた。他に男の影などないのだ。真っ先に秀一郎のことを疑うはずだ。そして、子どもは堕ろされると。当の子どもにとっては不幸きわまりない話ではあるが、元々生まれてはならぬ命だ。
だが、憲幸はそうはしなかった。妊娠は継続された。本人の意思が確認できないからというのがその第一の理由だが、さらに憲幸は妻の面倒は自分が看る言い出して仕事を辞め、鳴澤本家に病院と同等の医療設備を入れた部屋を設えて看護師を置き、病院とネットワークでつないで自宅を病室としてしまったのだ。そうなると、秀一郎は足も手も出ない。終日憲幸がいる鳴澤家に足繁く顔を出すこともできず、時々未来に様子を窺ってもらうことしかできなかった。
そして、ほのかが目覚めぬまま9ヶ月後、帝王切開で女児が誕生した。その上、憲幸が子どもにつけた名は、なんと『穂波』。かつて秀一郎が長女千波につけようとして未来の反対に遭い断念した名前だ。 実は姉妹だと知っていると暗に言いたいのか。だが、本当のところ秀一郎の血は一滴も流れてはいないし、その名前こそが千波の本当の父親を示していると知ったら、憲幸はどう思うのだろうか。
ともかく、兄として姪の誕生は祝わねばならない。秀一郎は未来と共に高い高い鳴澤家の敷居を跨いだ。
型どおりの挨拶をして、未来が選んだお祝いを渡した秀一郎は、
「娘を抱いてやってくれ」
と穂波を抱かせようとする憲幸に驚いた。断り切れずおそるおそる抱き上げた我が子は、それがかつて自分を闇に葬ろうとしていた男だとも知らず、すやすやと眠っている。
「可愛いだろ? 男腹だった鳴澤家に生まれた待望のお姫様だぜ。この子はどんなことがあろうが俺とほのちゃんの娘だ、間違ってもお前にはやんねぇよ……お義兄さん」
と言われて顔を上げると、憲幸は何故か笑顔だった。
そして、憲幸は蕩々と語り始める。
ほのかが憲幸の初恋の人であること。憲幸は高校時代の学園祭に来たほのかに一目惚れしていたらしい。
だから、学生時代声をかけることもできなかった彼女が向こうから自分の所にやってきてくれた喜びは計り知れなかった。たった二ヶ月で外堀を埋め尽くして彼女との結婚を実現してしまうほどに。 その当時から自分が一番ではないことは薄々は気づいていたが、まさかその一番が兄の秀一郎だとは思っていなかったから、アメリカに一緒に連れ歩いて、自分しか見えない生活をすれば打破できると思っていた。実際、孝憲を妊娠出産した頃のほのかは結城家に寄りつくこともなく、ごく普通の夫婦として生活していた。
だから、憲幸は油断した。ほのかの心はもう自分の所にあると思い、独身時代ほどではないものの、勢力的に仕事をこなした。
「その結果がこれだよ。
だから俺は決めたんだ。もう二度とほのちゃんに寂しい思いはさせない。
それに、昏睡状態が長く続くと目覚めたとき記憶が一時的にでもなくなることがあるらしい。俺はずっとほのちゃんの側にいて、ほのちゃんが目覚めたとき、真っ先に彼女の瞳に映ることにした」
一種の刷り込みだよと、笑顔さえ浮かべながら語る憲幸。(こいつも狂っている)自分も憲幸のことを言えた義理ではないが、働き盛りで、有能な男が初恋に殉じるのは、正気の沙汰とは思えない。だが、憲幸をそこに駆り立てたのは、他でもない自分たちだ。これは憲幸なりの自分たちへの復讐なのだと秀一郎は思った。
「ところで君はどうしてこんなことになっているんだ。
対外的には急性虫垂炎で腹膜まで炎症が達しているので緊急手術したということになっているが」
本当は違うのだろうと健史は直接核心に切り込んだ。そして、
「ええ、ほのが妊娠している子どもは僕の子です」
と言って秀一郎は今までの経緯を説明する。だが、その報告にてっきり何をしているのかと怒鳴られると思っていたのに、健史は静かに、
「そうか……」
と言って深いため息をついただけだった。だが、秀一郎には逆に叱られないことが余計にことの重大さを痛感させられた。
ほのかの意識は依然戻らぬまま。
当然、身に覚えのない子どもを憲幸は放棄すると秀一郎は思っていた。他に男の影などないのだ。真っ先に秀一郎のことを疑うはずだ。そして、子どもは堕ろされると。当の子どもにとっては不幸きわまりない話ではあるが、元々生まれてはならぬ命だ。
だが、憲幸はそうはしなかった。妊娠は継続された。本人の意思が確認できないからというのがその第一の理由だが、さらに憲幸は妻の面倒は自分が看る言い出して仕事を辞め、鳴澤本家に病院と同等の医療設備を入れた部屋を設えて看護師を置き、病院とネットワークでつないで自宅を病室としてしまったのだ。そうなると、秀一郎は足も手も出ない。終日憲幸がいる鳴澤家に足繁く顔を出すこともできず、時々未来に様子を窺ってもらうことしかできなかった。
そして、ほのかが目覚めぬまま9ヶ月後、帝王切開で女児が誕生した。その上、憲幸が子どもにつけた名は、なんと『穂波』。かつて秀一郎が長女千波につけようとして未来の反対に遭い断念した名前だ。 実は姉妹だと知っていると暗に言いたいのか。だが、本当のところ秀一郎の血は一滴も流れてはいないし、その名前こそが千波の本当の父親を示していると知ったら、憲幸はどう思うのだろうか。
ともかく、兄として姪の誕生は祝わねばならない。秀一郎は未来と共に高い高い鳴澤家の敷居を跨いだ。
型どおりの挨拶をして、未来が選んだお祝いを渡した秀一郎は、
「娘を抱いてやってくれ」
と穂波を抱かせようとする憲幸に驚いた。断り切れずおそるおそる抱き上げた我が子は、それがかつて自分を闇に葬ろうとしていた男だとも知らず、すやすやと眠っている。
「可愛いだろ? 男腹だった鳴澤家に生まれた待望のお姫様だぜ。この子はどんなことがあろうが俺とほのちゃんの娘だ、間違ってもお前にはやんねぇよ……お義兄さん」
と言われて顔を上げると、憲幸は何故か笑顔だった。
そして、憲幸は蕩々と語り始める。
ほのかが憲幸の初恋の人であること。憲幸は高校時代の学園祭に来たほのかに一目惚れしていたらしい。
だから、学生時代声をかけることもできなかった彼女が向こうから自分の所にやってきてくれた喜びは計り知れなかった。たった二ヶ月で外堀を埋め尽くして彼女との結婚を実現してしまうほどに。 その当時から自分が一番ではないことは薄々は気づいていたが、まさかその一番が兄の秀一郎だとは思っていなかったから、アメリカに一緒に連れ歩いて、自分しか見えない生活をすれば打破できると思っていた。実際、孝憲を妊娠出産した頃のほのかは結城家に寄りつくこともなく、ごく普通の夫婦として生活していた。
だから、憲幸は油断した。ほのかの心はもう自分の所にあると思い、独身時代ほどではないものの、勢力的に仕事をこなした。
「その結果がこれだよ。
だから俺は決めたんだ。もう二度とほのちゃんに寂しい思いはさせない。
それに、昏睡状態が長く続くと目覚めたとき記憶が一時的にでもなくなることがあるらしい。俺はずっとほのちゃんの側にいて、ほのちゃんが目覚めたとき、真っ先に彼女の瞳に映ることにした」
一種の刷り込みだよと、笑顔さえ浮かべながら語る憲幸。(こいつも狂っている)自分も憲幸のことを言えた義理ではないが、働き盛りで、有能な男が初恋に殉じるのは、正気の沙汰とは思えない。だが、憲幸をそこに駆り立てたのは、他でもない自分たちだ。これは憲幸なりの自分たちへの復讐なのだと秀一郎は思った。
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