経験値ゼロ

神山 備

文字の大きさ
6 / 33

キ、キャラ違うんですけど……

 マイケルさんは信号待ちの間に素早くインカムを取り出すと、どこかに電話をかけた。スマホは乗った直後に専用のポートに差し込んである。たぶん、普段からこんな風に電話することが多いのだろう。
「……ああ、櫟原いちはらだが。今からそちらに向かうんで、駐車場に車いすを用意してもらいたい。連れが怪我をしているんで。じゃぁ、15分後ぐらいにそちらに着くのでよろしく」
 それにしても、いったいどこに行くつもりなのだろうか。でも私は、電話のマイケルさんの口調が思いの外高圧的なのにびっくりして、それを聞くことができず、マイケルさんも何もしゃべらない。電話のためのか、カーオーディオのボリュームを切ってある静かな車内には微妙な空気だけが流れていた。
 そしてついたのは都内の有名デパート。駐車場に着くと、デパートの偉いさんらしき人が、車いすを持って待ち構えていた。
「櫟原様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました。こちらのお嬢様をお乗せすればよろしいでしょうか」
デパートの人はマイケルさんににこやかに挨拶をすると、素早く助手席に回り込んでそのドアを開けたけど、
「いや、彼女は私が乗せる。それよりも彼女が動きやすい服を見繕ってもらいたいのだが」
「かしこまりました」
マイケルさんはこちらに回り込み、私を抱き上げると、デパートの人が持ってきた車いすに私を座らせた。デパートの人は、部下の人らしき男の人に、
「和光さんを外商に」
と指示を出した。すぐさま部下の人が和光さんを呼びに走って行く。そして、
「すいません、櫟原様ご自身のお買い物だと思いましたので、中村を来させたんですが」
と恐縮しながら頭を下げた。
「いや、女性の買い物だと言わなかった私が悪い」
「とんでもございません。お電話を頂いたとき、まずこちらがお伺いするべきでした」
大体、デパートの人って低姿勢だけど、この人の姿勢は更に低いような気がする。それだけマイケルさんが普段このデパートで買い物しているのだって解る。でも、相変わらずマイケルさんの口調は高圧的で、私には話しかけてもくれない。どうしちゃったんだろう。
 いつもとは違うエレベーターで最上階に上がると、そこは応接室のようなところだった。これが噂の外商部って奴なのね。私には一生縁のないとこだと思っていた。
 デパートの人が両開きのドアを開けると、そこには、既に和光と書かれた名札をした女性が衣類ハンガーに服をいっぱい吊り下げて待機していた。そして、
「初めまして、和光と申します」
と完璧な角度でお辞儀をした後、
「お御足のことを考えますと、ストッキングを穿くことも難しいと思いまして、パンツスーツを中心にご用意させていただきました。トップスは7号でボトムスは9号でよろしいでしょうか? それでしたらこれなどいかがでしょうか?」
とたくさん吊ってある中から、ワインレッドのものを取り出す。たぶん私が今着ているエンジに小花柄の着物を見てのチョイスだろう。でもこれは、ママから『見合い』の為に着せられただけなんだけど。それに気づいているのかどうかは別として、和光さんはさらに私が目で追っているの場所を素早く見て取って、
「それからこちらなどもよろしいかと」
と、目線の先にあったスカイブルーのものも取り出した。
 それにしても、体型がわかりにくい着物を着て車いすに座ったままの私を見て、どうして即座にサイズが判る?
「それでいいのか」
とマイケルさんが聞く。まぁ、男の人は女の人の服になんか興味ないもんね。私はそれには答えず、
「うーん……」
と言いながらプライスタグを探す。見た目からして、私が普段バーゲンのワゴンで漁っているような奴の3倍? 5倍?? もっとかなと思いつつ。
 だけど、残念ながらタグは外してあるのか、はたまた最初からこんなとこに用意するものにはついていないのか見つからなかった。しつこくプライスカードを探し続ける私に、
「決まらないなら、両方買えばいい」
マイケルさんはこともなげにそう言った。折角私はどちらが安いかで品定めをしてるっていうのに、あなたはその努力をムダにするって言うんですか? 
 大体、私はちゃんと着物を着ているんです。新たに洋服を買ってもらう必要性を感じません。しかも、こんなフランスだかイタリアだかわからない高級ブランドの服、買ってもらう謂われはありません。
 だけど、私は声高にそのことを言うことができなかった。ここにいるマイケルさんは、何だかさっきとは別人かと思うくらいに顔つきまで違っているし、なんだかんだと言ってもここまで来てしまった手前、私がギャーギャー騒いだらマイケルさんに恥をかかせてしまうような気がしたからだ。
 結局、
「お嬢様はお色が白いですから、この方がお顔映りがよろしいかと」
という和光さんのトークに押し負けて、エンジ色に決定。男性陣にはしばしご退出願って、私はそのパンツスーツに着替えた。
 ただ、その時、ぜんぜんそれまで話題にもしていなかったファンデーション(ブラ・キャミソール)までコーディネートして差し出されたのには、驚きを通り越して寒気すら感じた。さすがデパートの外商員、怖そるべし。
 もちろん、そのサイズがブラに至るまでジャストフィットだったのは言うまでもない。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。 その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。 そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。 同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。 春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。 昔から志穂が近くにいてくれるから……。 しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。 登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。 志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。 彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。 志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。 そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。 その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。

婚約者を寝取った妹に……

tartan321
恋愛
タイトル通りです。復讐劇です。明日完結します。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。