ふたたびの……

神山 備

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起爆剤

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 そして、いよいよ美郷が綿貫家に引っ越してきた。とは言え、家財道具は元々綿貫家にあるし、タンスとドレッサーは持ってきたものの、化粧品類は既に運んであり、服も今の美郷が着るには大きくなってしまっていて、ほとんど持ってくるものがなく、ホームセンターで大物を買うと貸してくれる軽トラを亮平が借りてきて事足りてしまった。それでも、カーテンもそれまでのブルーから、明るいオレンジに変更し、ドレッサーが収まると、いかにも女性らしい部屋になった。

「な、何!?」
 そんな簡単な引っ越しをあっという間に終えてダイニングに降りてきた美郷は、テーブルの上に所狭しと置かれている食事に声が出るほど驚いた。何に驚いたかと言うと、その量もさることながら、その内容にだ。ピザに唐揚げなどの揚げ物類、クリームパスタなど、ここはどこかのファミレスかと言うようなラインナップである。

 ただ、『ダイエットに禁忌食材はない』が亮平の持論なので、綿貫家の食事では揚げ物も出てくる。ただ、出てくるが非常に少量だ。そして、常にその横には大量の野菜がある。どっちかと言えば野菜の添え物として揚げ物があるくらいのバランスなのだ。だが今日はその野菜はまったく見あたらない。
「こ、これ……」
当惑した表情でダイニングの入り口に立ち尽くす美郷に、
「君の引越祝いだ。さぁ、冷めない内に食べよう」
とにこやかに笑う亮平。
「美郷さん、パーティーだよ、パーティ!」
「ねぇ、どんどん食べて! 
あ、デザートに私特製の桜餅があるから、その分のお腹はあけといてね」
「おねえの桜餅ホントに美味しいんだよ」
娘たちも口々にそう言って美郷を食卓へと誘う。なおも動けずにいる美郷に、亮平が
「君の好きな物ばかりだろ」
と言う。
「ええ、それはそうですけど……」
確かに、そこに並んでいるのは美郷の大好きなメニューばかりだ。それはそうなのだが、ダイエットでしかも体重の減らない今、こんなモノを食べたらどうなってしまうか。考えるだけで怖ろしい。
「今までがんばったご褒美だよ。今日はお腹いっぱい食べなさい」
だが、亮平はそう言って美郷に椅子を勧める。
「頑張ってる君へのご褒美だ」
と再度言われて、美郷の目が下を向く。
「……そんな、頑張ってません……」
まだまだ努力が足りないのだ。だから……という美郷に、
「いや、頑張りすぎだなんだよ。あんまりにも頑張りすぎるから身体の方が拗ねてしまってるだけでね。
だから、曲げた臍を戻すために今日はしっかり食べなさい」
亮平は普段より強い口調でそう言った。そして、
「そんなことしたら体重が戻……」
と、不安気に抵抗する美郷に、亮平は、
「いや、戻らないよ。
ま、食べた重量もあるから、翌日は増えるかもしれないが、明日から今までの食事に戻したら、3日後までに必ず減る。約束するよ」
と、力強く断言した。そこまで言われるともう反論もできず、美郷は渋々席に着き食事を始める。
「美味しい……」
大好物のクリームパスタを口に入れて、思わずそんなつぶやきが漏れた。
「でしょ。美郷さんの身体もきっと喜んでるよ。
でさ、どうしても気になるんだったらさ、食後にダンス対決やろう。
今日は負けないからね」
「私だって、負けませんよ」

 そして結果は何とその翌日に出た。びっくりするほど高カロリーな食事をしたにも関わらず、減っていたのだ。しかも、それからは停滞していたことが嘘のように、毎日減っていくようになった。

 本当の所、亮平は内心ヒヤヒヤだった。確かに、燃えなくなった身体にカロリーをぶち込んで起爆剤にする手法は聞くが、果たしてそれが美郷に効くのかどうか。
 ただ、引越の直前、体重が減っていないのにボトムが緩くなっていると呟いていたので、思い切ってそれにかけた。
 体重、体脂肪率、ウエストサイズは一見同時に減っていくように思われがちだが、それぞれ減る速度は違っている。そして、ウエストサイズが減ったのだから、近い内にそれは必ず体重に反映されると亮平は踏んだのだ。

 それと、ダイエット前とは明らかに食事量も違っていて、彼女が思っているほどには食べていなかったということもある。太っている人が知らず知らず食べているのと同じように、痩せている人は案外食べたつもりだが、意外と量はいっていないことが多い。亮平が敢えて品数を多くしたのも、少量でも一品として捉えるので、ものすごくたくさん食べていると脳は認識する。フランス料理のフルコースがよい例だろう。それを利用したのだ。

 とにかく、その後は体重の変化を一日をスパンとせず、3日スパンで修正していく方向に切り替えた。
 また、サプリメントも取り入れ、積極的に代謝を促した結果、かなえが高校を卒業する年が明けた頃、美郷は50kg台の扉を叩いたのだった。
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