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エピローグ
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-週末、綿貫家のリビング-
「すいません、折角のお話なんですけど、お断りします」
美郷は遠慮がちにそう言いながらみどりに見合い写真を返した。
「そう、ええお話なんやけどね」
みどりは受け取りながらそう言ったが、
「ま、亮平さんが重い腰をあげたんならしょうがないわ」
とニヤニヤ笑いながらそう続けた。さすがにこれには横で茶をすすっていた亮平も、それを吹き出しそうになり、
「みどりさん!」
と、思わず声を荒げる。だが、
「なんが? ちがうん?」
と聞かれて、黙って頭を振る。確かに言っていることに間違いはない。間違いはないが……
「なんでて? そんなん気付いとらんのは、当の本人のあんたらだけだったがね。見ててまどろっこしいったら。
ま、みさちゃんがそこでぐいぐい押すようなら、私も応援せんだけどね」
それに対してみどりは亮平の何ともいえない表情を見ながら、笑いをこらえてそう返した。
「じゃぁ、このお見合いの話は……」
でっち上げだったのかと聞く美郷に、
「もちろん、この話は本当だがね。
けんど、お互い好き合うてるのに、なんで違う人んとこに行かないけんの」
と、みどりはため息混じりにそう答えた。
つまりは、これはお互い相手を慮って踏み出さないでいた亮平たち二人へのみどりからの試金石。もちろん、あくまでも亮平が自分の想いを殺して美郷を出しても良いように、いい加減な相手は選んではいないが。しかし、みどりには亮平が美郷を手放せないだろう、そんな妙な自信があった。
美郷は香織に似ている。確かに太ってくると誰しも表情が似通ってくるものだが、それだけではなく持っているいる空気感が同じだというのだろうか。だから、安心して? この計画を推し進めることができたのだ。そして、まんまとその企みにはまってくれたのだから、みどりは笑いが止まらない。
また、子供たちも反対するかと思いきや、
「親父がそれで良いんなら、別に俺は反対しない」
と我関せずの晃平はまだしも、
「私、妹が欲しい」
「あ、あたしは弟がいいよぉ」
と、娘たちは手放しの喜びようで、父親に孫ほどの歳の兄弟を要求する。
「もし死んだらって言うんだったら、大丈夫よ。あたしたちも一緒になって立派に育て上げるからさ。心配しないで」
とまでいう始末だ。
亮平も何となくそれに絆されて、失敗したらその時で、美郷に直接己の劣情を受け止めてもらってもいいかなと思い始めている。
確かに、美郷は娘たちと上手くやってはいるが、もし本当に自分がいなくなった時、血を分けた子供もいた方が良いのではないかと。よりにもよって、親ほども歳の違う自分を選んだ女だ。自分が死んでも再婚するとは思えない。
かなえの高校の卒業式が近づいたある日、美郷に言われて箪笥の抽出からとりだしたのは、香織のフォーマルスーツ。綿貫家三人の子供たちの門出を見守ってきたものだ。これを身につけて美郷は母としてかなえの卒業式に列席したいという。
「本当にこれでいいのかい?」
と聞いた亮平に、
「ええ、これが良いんです」
と、美郷は頷きながらそう答えた。それを見て亮平が笑う。
「変ですか?」
「いや、こういうとこ香織に似てるなと思って。
そう思えば、やっぱり縁だったのかもしれないな」
ぽつりと亮平が言う。
決して本人には言えないが、実はかなえができたこと自体、イレギュラーだったのだ。
あの当時、香織は強度の生理痛に悩んで、低容量ピルを服用していたが、うっかりと飲むのを忘れていたのだ。亮平は当然飲んでいるものとして付けないでことに及ぶ。
しかも、ピルは服用を止めた直後は「跳ね返り現象」と言って、逆に妊娠率が上がるため、かなえは晃平同様、ドンピシャで香織のお腹に収まってしまった。
だが、そのかなえがいなければ、こうして亮平は美郷と出会ってもいなかったのだから。
「まさか、ミサと旦那さんがくっつくとは思わなかったなぁ」
卒業式に列席した十合麻里も、感慨深げにそう言っていた。
実に、麻里が美郷を亮平に紹介したのは、ちょっとした会話からだった。病の床で、香織が趣味のない亮平が自分を失った後のことを心配したとき、
「じゃぁ、私の友達にちょっとヤバい体重の子がいるんだけどさ、指導してもらうってのはどう?
カオちゃん(麻里は香織のことをこう呼んでいた)と旦那さんってダイエットで知り合ったんでしょ?」
と気楽に言ったのがきっかけだ。ただ、その時麻里は、
「そんなんカオちゃんが元気になれば良いことじゃん」
と香織を励ましてはいたのだが、香織は治療の甲斐なく帰らぬ人となった。麻里はその時の約束を守って美郷を亮平に紹介した。ただ、それは亮平にダイエット指導という生きる目的をもってもらうだけだったのだが。
「でも、すっかり家族だわ」
麻里は、校門の前で彼ら三人の様子をカメラに収めながら、小さくそう呟いた。
-The End-
「すいません、折角のお話なんですけど、お断りします」
美郷は遠慮がちにそう言いながらみどりに見合い写真を返した。
「そう、ええお話なんやけどね」
みどりは受け取りながらそう言ったが、
「ま、亮平さんが重い腰をあげたんならしょうがないわ」
とニヤニヤ笑いながらそう続けた。さすがにこれには横で茶をすすっていた亮平も、それを吹き出しそうになり、
「みどりさん!」
と、思わず声を荒げる。だが、
「なんが? ちがうん?」
と聞かれて、黙って頭を振る。確かに言っていることに間違いはない。間違いはないが……
「なんでて? そんなん気付いとらんのは、当の本人のあんたらだけだったがね。見ててまどろっこしいったら。
ま、みさちゃんがそこでぐいぐい押すようなら、私も応援せんだけどね」
それに対してみどりは亮平の何ともいえない表情を見ながら、笑いをこらえてそう返した。
「じゃぁ、このお見合いの話は……」
でっち上げだったのかと聞く美郷に、
「もちろん、この話は本当だがね。
けんど、お互い好き合うてるのに、なんで違う人んとこに行かないけんの」
と、みどりはため息混じりにそう答えた。
つまりは、これはお互い相手を慮って踏み出さないでいた亮平たち二人へのみどりからの試金石。もちろん、あくまでも亮平が自分の想いを殺して美郷を出しても良いように、いい加減な相手は選んではいないが。しかし、みどりには亮平が美郷を手放せないだろう、そんな妙な自信があった。
美郷は香織に似ている。確かに太ってくると誰しも表情が似通ってくるものだが、それだけではなく持っているいる空気感が同じだというのだろうか。だから、安心して? この計画を推し進めることができたのだ。そして、まんまとその企みにはまってくれたのだから、みどりは笑いが止まらない。
また、子供たちも反対するかと思いきや、
「親父がそれで良いんなら、別に俺は反対しない」
と我関せずの晃平はまだしも、
「私、妹が欲しい」
「あ、あたしは弟がいいよぉ」
と、娘たちは手放しの喜びようで、父親に孫ほどの歳の兄弟を要求する。
「もし死んだらって言うんだったら、大丈夫よ。あたしたちも一緒になって立派に育て上げるからさ。心配しないで」
とまでいう始末だ。
亮平も何となくそれに絆されて、失敗したらその時で、美郷に直接己の劣情を受け止めてもらってもいいかなと思い始めている。
確かに、美郷は娘たちと上手くやってはいるが、もし本当に自分がいなくなった時、血を分けた子供もいた方が良いのではないかと。よりにもよって、親ほども歳の違う自分を選んだ女だ。自分が死んでも再婚するとは思えない。
かなえの高校の卒業式が近づいたある日、美郷に言われて箪笥の抽出からとりだしたのは、香織のフォーマルスーツ。綿貫家三人の子供たちの門出を見守ってきたものだ。これを身につけて美郷は母としてかなえの卒業式に列席したいという。
「本当にこれでいいのかい?」
と聞いた亮平に、
「ええ、これが良いんです」
と、美郷は頷きながらそう答えた。それを見て亮平が笑う。
「変ですか?」
「いや、こういうとこ香織に似てるなと思って。
そう思えば、やっぱり縁だったのかもしれないな」
ぽつりと亮平が言う。
決して本人には言えないが、実はかなえができたこと自体、イレギュラーだったのだ。
あの当時、香織は強度の生理痛に悩んで、低容量ピルを服用していたが、うっかりと飲むのを忘れていたのだ。亮平は当然飲んでいるものとして付けないでことに及ぶ。
しかも、ピルは服用を止めた直後は「跳ね返り現象」と言って、逆に妊娠率が上がるため、かなえは晃平同様、ドンピシャで香織のお腹に収まってしまった。
だが、そのかなえがいなければ、こうして亮平は美郷と出会ってもいなかったのだから。
「まさか、ミサと旦那さんがくっつくとは思わなかったなぁ」
卒業式に列席した十合麻里も、感慨深げにそう言っていた。
実に、麻里が美郷を亮平に紹介したのは、ちょっとした会話からだった。病の床で、香織が趣味のない亮平が自分を失った後のことを心配したとき、
「じゃぁ、私の友達にちょっとヤバい体重の子がいるんだけどさ、指導してもらうってのはどう?
カオちゃん(麻里は香織のことをこう呼んでいた)と旦那さんってダイエットで知り合ったんでしょ?」
と気楽に言ったのがきっかけだ。ただ、その時麻里は、
「そんなんカオちゃんが元気になれば良いことじゃん」
と香織を励ましてはいたのだが、香織は治療の甲斐なく帰らぬ人となった。麻里はその時の約束を守って美郷を亮平に紹介した。ただ、それは亮平にダイエット指導という生きる目的をもってもらうだけだったのだが。
「でも、すっかり家族だわ」
麻里は、校門の前で彼ら三人の様子をカメラに収めながら、小さくそう呟いた。
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