14 / 25
帰省
しおりを挟む
翌日、飯塚家を後にした加奈子は、その足で横浜にある加奈子の実家に向かった。
今年77歳になる加奈子の母は、加奈子の顔を見たとたん、
「どっこらしょ」
と言いながら台所にお茶の用意に向かう。
「お母さん、お客さんじゃないんだから別に気にしないで、私がやるから。」
生まれ育った家だ。どこに何があるか位はわかっている。
「いいえ、お客さんよ。わざわざ名古屋からでてきた人にお茶なんて入れてもらえるもんですか」
それに対して、母はそう返す。加奈子は、
「まだ、名古屋に行ったこと根にもってるの?」
と聞き返す。
「そんなことないわよ。朝早くにあっちをでたんでしょ、疲れてるだろうって言ってるだけ」
加奈子はただ、知り合いの出産祝いの帰りに寄ると言っただけなので、母は朝早く家を出て来たのだと思っているのだ。
「お茶を入れるくらいの元気はあるわよ」
それに対して、加奈子はそう言って笑った。下手に飯塚家に泊まってきたことを言えば母のことだ、4回目の年女を目前にしている娘に、やれ先様に失礼はなかったかなど無用な取り越し苦労を述べるに決まっているのだ。
そういう意味で、加奈子は箱入り娘だったと自分で思う。自宅通学・通勤だった加奈子は結局結婚するまで男を知らなかった。それが良かったのかどうかは今一つわからない。修司しか知らなかったことで従順でいられたと思う反面、免疫のなさで亮平のめり込んでしまったとも思う。
夕刻、兄夫婦が娘たちを連れてやってきた。もう大きくなってしまった彼女らは、普段なら一緒にくることはないが、今回叔母の作るお好み焼きに釣られてやって来た。
「まだまだ色気より食い気なのよ、この子たちは」
「そんなこと言ってても、いつの間にかあっっと言う間に彼氏を見つけてくるわよ」
「そうかしら、そうだと良いけど」
加奈子は姪を助手にして作業を始めた。二人は大騒ぎしながら自宅から持ってきたブレンダーでキャベツをみじん切りしている。
店では量がいるので、業務用のみじん切器を使うが、家で食べる量などしれているから、手切りでも良かった。しかし、杏子が是非作り方を伝授して欲しいと言うので、より手軽にと思い、ブレンダーがあれば持ってくるように言ってあったのだ。
「キャベツは千切りにするところもあるよね」
「あれは広島焼きよ。修司に言わせればあれは焼きそばクレープなんだって」
杏子の言葉に加奈子はそう返した。確かに千切りのキャベツで提供する店もあるが、関西風の場合、圧倒的にみじん切りする店が多いのではないだろうか。修司曰く、
『キャベツが細かい分、それぞれに空気を含むから、ふんわりと口解けが良くなる。俺に言わせりゃ、千切りなんて邪道』なのだそうだ。
「ひえ、そんなモノまで持ってきたの?」
続いて、明らかに購入した包装ではない粉とソースに杏子がそんな声を上げる。
「うん、修司のオリジナル」
粉は師匠直伝のものだが、ソースはそこからこの十年の間に改良を加えた修司の完全オリジナルだ。自分が作るのではないとは言え、『ウチの味』を期待している英介たちにはここは妥協できないと、修司が加奈子にむりやり持たせたものだ。
「ま、修ちゃんらしいって言うか。そうでなきゃそこそこのとこまでいってた会社を辞めて商売なんかできないか」
すると杏子は頷きながらそう言った。良いことも悪いことも等閑にできないからこそ、今の修司が、私たちがあるのかも知れないと加奈子は思った。
小さなボウルに溶いた粉と卵とキャベツを混ぜ少しおいてから焼く。
「でっかいボウルで混ぜちゃえばいいのに」
と、英介の次女、志伸が言う。
「そんなことしちゃうと、最初に焼くのは良いけど、最後のは水っぽくなっちゃうのよ」
それに対してそう説明する加奈子に、
「へぇ、一見非合理に思える事にもなにかしら理由があるんだな」
と、英介が口を挟む。
この『いたくら』の『出張サービス』は大好評だった。
「うーん、やっぱりプロは違うよね」
満ち足りたお腹をさすりながら、長女の成実はそう言ったが、
「え? 大したことないよ。今日は鉄板じゃないから、表面の焼き具合が甘いし、混ぜ方も修司の方が上手いし」
と、加奈子は今日の出来を由としない。
「そうなの? 十分おいしかったよ。でも、もっと美味しいんだったらウチも鉄板欲しいな」
売ってない? と志伸が加奈子に聞く。
「バカ言いなさいよ、一般家庭用のものなんてあるわけないじゃない」
その言葉に、すかさず成実がそう窘めるが、
「大阪の道具屋筋に行けば、一般家庭用のものもあるわよ」
と、加奈子が返すと、
「へぇ~、あるんだ。さすが本場」
目を丸くして驚いた。
「そうか、修司君のはこれよか旨いのか。そりゃ、是非とも一度名古屋に行かなきゃな、母さん」
すると姪たちの言葉を聞いて父がそう言うので加奈子は驚いた。見ると、父の台詞に母も頷いている。
彼らはこれまで、なにを言っても日進の加奈子の店に足を向けてくれたことはなかったのだ。次男でずっとこちらにいる思っていた加奈子たちが、修司の親元近くに行ってしまったことにやはりわだかまりがあったのだろう。それを、修司のこだわりで焼く加奈子のお好み焼きが溶かしてくれたのかも知れない。
「うん、来て来て! 修司張り切っちゃうから!!」
加奈子は目頭が熱くなり、慌ててトイレに駆け込んだ。
今年77歳になる加奈子の母は、加奈子の顔を見たとたん、
「どっこらしょ」
と言いながら台所にお茶の用意に向かう。
「お母さん、お客さんじゃないんだから別に気にしないで、私がやるから。」
生まれ育った家だ。どこに何があるか位はわかっている。
「いいえ、お客さんよ。わざわざ名古屋からでてきた人にお茶なんて入れてもらえるもんですか」
それに対して、母はそう返す。加奈子は、
「まだ、名古屋に行ったこと根にもってるの?」
と聞き返す。
「そんなことないわよ。朝早くにあっちをでたんでしょ、疲れてるだろうって言ってるだけ」
加奈子はただ、知り合いの出産祝いの帰りに寄ると言っただけなので、母は朝早く家を出て来たのだと思っているのだ。
「お茶を入れるくらいの元気はあるわよ」
それに対して、加奈子はそう言って笑った。下手に飯塚家に泊まってきたことを言えば母のことだ、4回目の年女を目前にしている娘に、やれ先様に失礼はなかったかなど無用な取り越し苦労を述べるに決まっているのだ。
そういう意味で、加奈子は箱入り娘だったと自分で思う。自宅通学・通勤だった加奈子は結局結婚するまで男を知らなかった。それが良かったのかどうかは今一つわからない。修司しか知らなかったことで従順でいられたと思う反面、免疫のなさで亮平のめり込んでしまったとも思う。
夕刻、兄夫婦が娘たちを連れてやってきた。もう大きくなってしまった彼女らは、普段なら一緒にくることはないが、今回叔母の作るお好み焼きに釣られてやって来た。
「まだまだ色気より食い気なのよ、この子たちは」
「そんなこと言ってても、いつの間にかあっっと言う間に彼氏を見つけてくるわよ」
「そうかしら、そうだと良いけど」
加奈子は姪を助手にして作業を始めた。二人は大騒ぎしながら自宅から持ってきたブレンダーでキャベツをみじん切りしている。
店では量がいるので、業務用のみじん切器を使うが、家で食べる量などしれているから、手切りでも良かった。しかし、杏子が是非作り方を伝授して欲しいと言うので、より手軽にと思い、ブレンダーがあれば持ってくるように言ってあったのだ。
「キャベツは千切りにするところもあるよね」
「あれは広島焼きよ。修司に言わせればあれは焼きそばクレープなんだって」
杏子の言葉に加奈子はそう返した。確かに千切りのキャベツで提供する店もあるが、関西風の場合、圧倒的にみじん切りする店が多いのではないだろうか。修司曰く、
『キャベツが細かい分、それぞれに空気を含むから、ふんわりと口解けが良くなる。俺に言わせりゃ、千切りなんて邪道』なのだそうだ。
「ひえ、そんなモノまで持ってきたの?」
続いて、明らかに購入した包装ではない粉とソースに杏子がそんな声を上げる。
「うん、修司のオリジナル」
粉は師匠直伝のものだが、ソースはそこからこの十年の間に改良を加えた修司の完全オリジナルだ。自分が作るのではないとは言え、『ウチの味』を期待している英介たちにはここは妥協できないと、修司が加奈子にむりやり持たせたものだ。
「ま、修ちゃんらしいって言うか。そうでなきゃそこそこのとこまでいってた会社を辞めて商売なんかできないか」
すると杏子は頷きながらそう言った。良いことも悪いことも等閑にできないからこそ、今の修司が、私たちがあるのかも知れないと加奈子は思った。
小さなボウルに溶いた粉と卵とキャベツを混ぜ少しおいてから焼く。
「でっかいボウルで混ぜちゃえばいいのに」
と、英介の次女、志伸が言う。
「そんなことしちゃうと、最初に焼くのは良いけど、最後のは水っぽくなっちゃうのよ」
それに対してそう説明する加奈子に、
「へぇ、一見非合理に思える事にもなにかしら理由があるんだな」
と、英介が口を挟む。
この『いたくら』の『出張サービス』は大好評だった。
「うーん、やっぱりプロは違うよね」
満ち足りたお腹をさすりながら、長女の成実はそう言ったが、
「え? 大したことないよ。今日は鉄板じゃないから、表面の焼き具合が甘いし、混ぜ方も修司の方が上手いし」
と、加奈子は今日の出来を由としない。
「そうなの? 十分おいしかったよ。でも、もっと美味しいんだったらウチも鉄板欲しいな」
売ってない? と志伸が加奈子に聞く。
「バカ言いなさいよ、一般家庭用のものなんてあるわけないじゃない」
その言葉に、すかさず成実がそう窘めるが、
「大阪の道具屋筋に行けば、一般家庭用のものもあるわよ」
と、加奈子が返すと、
「へぇ~、あるんだ。さすが本場」
目を丸くして驚いた。
「そうか、修司君のはこれよか旨いのか。そりゃ、是非とも一度名古屋に行かなきゃな、母さん」
すると姪たちの言葉を聞いて父がそう言うので加奈子は驚いた。見ると、父の台詞に母も頷いている。
彼らはこれまで、なにを言っても日進の加奈子の店に足を向けてくれたことはなかったのだ。次男でずっとこちらにいる思っていた加奈子たちが、修司の親元近くに行ってしまったことにやはりわだかまりがあったのだろう。それを、修司のこだわりで焼く加奈子のお好み焼きが溶かしてくれたのかも知れない。
「うん、来て来て! 修司張り切っちゃうから!!」
加奈子は目頭が熱くなり、慌ててトイレに駆け込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貴方の✕✕、やめます
戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。
貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。
・・・・・・・・
しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。
それなら私は…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる