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ガールズトーク
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「で、兄さんはそんな傷心の杏子さんにつけ込んだ訳だ」
加奈子がそう言うと、
「つけ込むって、また。そりゃ確かに、次付き合うとしたら教師かなとは思ったけど。それより、一生一人でいるだろうって思ってたよ」
と、杏子は苦笑する。
「英介君って、実は私の教え子なの」
続いてそう言う杏子に加奈子は首を傾げる。4つしか違わない英介がどうやったら杏子の授業を受けることができるのだろう。そしてその様子を見た杏子の口から程なく種明かしがされる。
「教育実習よ。私は英介君の高校の先輩でもあるのよ。
赴任早々、『お久しぶりです、小橋です』と言われても、全然覚えてなかったんだけどね」
まぁ、表情の乏しい理系男子だったから、短い期間では英介が杏子の印象に残らなかったのは加奈子でも容易に想像できる。
それでも同じ高校の同窓生同士、4年のブランクで教わった教師たちは若干異動しているものの、周囲のことなど話は弾んで、英介は杏子のことを『間宮(杏子の旧姓)』先輩と言って慕うようになる。
その強面に似合わない子犬のような態度がいつしか杏子の心を溶かしていってついには恋愛に発展したのだが、実のところは英介は別の道に進むつもりだったのが、杏子に惚れて教師に進路を変更したのだった。ただ、恋人とかましてや結婚など夢のまた夢で、せめて一緒に仕事ができればと思っていただけだった。
だが、再会した杏子が長年付き合った彼氏と別れたと聞いて、英介はこの機会を逃すまいと必死に頑張った。
「あのわんこみたいな瞳が計算だったなんて、よもや思わなかったよ。ま、数学教師なんだから、計算は得意なんだろうけど」
それでも、こんな私を得るための計算なんだから許すと、杏子は赤い顔をして言った。この妻をしてこの夫ありというところかと加奈子は思った。
「ああ、それからお父さんお母さんのこと看てくれてありがとう。骨折したときも、ちっともこっちに来れなくてごめんね」
兄の話が一段落して、加奈子はそう言って改めて杏子に頭を下げた。
「いいよ、そんなの気にしなくて。加奈ちゃんはお店があるから仕方ないよ」
杏子はそれに手を振りながらそう返した。
「だって私、子供たちが小さいときには不義理のしっぱなしだったから、遅ればせながらの親孝行。って、自己満足だけどね」
と言う。
「そんなことないわよ。フルタイムで仕事して子育てしてたら、余分な時間なんてないもんね」
もし、あの頃から今のように店をしていたら、自分もこの地にいてもほとんど自分から親元を訪ねることはないのではないだろうか。
「あの頃ね、実のところ加奈ちゃんにコンプレックス感じてたんだ」
すると杏子はそう言う。その言葉に加奈子は自分の耳を疑った。
「ウソ」
コンプレックスを感じるのなら、いきいきと仕事と家事を両立している杏子ではなく、のほほんと専業主婦でいた自分の方だろう。
「私なんか、全部親がかりだったわ。堂々のパラサイトツインよ」
家族ぐるみで実家に寄生していたからパラサイトファミリーと言うべきか。
「そんなこと言ったら私も同じ。それが小橋か間宮かの違いだけだよ。私の方が加奈ちゃんより9つも上なのにね。なのに、何もできないったらありゃしない」
杏子はそう言ってため息をつく。
「だけど、子供の歳はさしてかわらないじゃない」
だが、加奈子がそう言うと、杏子は膝を打って身を乗り出した。
「そうそう、それ! 成実の中学の事で悩んでたとき、お義母さんにもそれ言われたの。何でも巧くやろうと思わなくて良いって。『杏ちゃんあなた、今までに別の人と結婚生活したり、子供がいたりした訳じゃないでしょ。じゃぁ、いくつだって、初心者よ。初めての事を巧くできる方が珍しいんじゃない』って。
目から鱗が落ちちゃった。私何でそんな細かいことに拘ってたんだろうなって」
三十路を過ぎての4歳年下の英介との結婚。しかも教師という聖職に就いている杏子にとって、長男の嫁という立場は周囲が考えている以上にプレッシャーだったのかも知れない。
こんな事もできないのか、こんな事も知らないのかと言われそうでつい遠のいてしまう夫の実家。加奈子自身にも身に覚えのある話だ。寂しがり屋の瞳(まなこ)が足重く実家に通ってくれなければ、きっともっと疎遠であったろう。あの子は意図してそれをしていた訳ではないだろうが、結果的に瞳のおかげで今のつきあいがあると言っても過言ではない。
ただ、そういうコンプレックスが自分だけではなく、仕事も家事も子育てもマルチにこなしている義姉にもあったのが驚きだった。
「一緒だよ。誰だって同じ。スーパーマン? ウーマンか、じゃないんだからさ」
加奈子が率直にそう言うと、杏子は照れながらそう答えた。
加奈子がそう言うと、
「つけ込むって、また。そりゃ確かに、次付き合うとしたら教師かなとは思ったけど。それより、一生一人でいるだろうって思ってたよ」
と、杏子は苦笑する。
「英介君って、実は私の教え子なの」
続いてそう言う杏子に加奈子は首を傾げる。4つしか違わない英介がどうやったら杏子の授業を受けることができるのだろう。そしてその様子を見た杏子の口から程なく種明かしがされる。
「教育実習よ。私は英介君の高校の先輩でもあるのよ。
赴任早々、『お久しぶりです、小橋です』と言われても、全然覚えてなかったんだけどね」
まぁ、表情の乏しい理系男子だったから、短い期間では英介が杏子の印象に残らなかったのは加奈子でも容易に想像できる。
それでも同じ高校の同窓生同士、4年のブランクで教わった教師たちは若干異動しているものの、周囲のことなど話は弾んで、英介は杏子のことを『間宮(杏子の旧姓)』先輩と言って慕うようになる。
その強面に似合わない子犬のような態度がいつしか杏子の心を溶かしていってついには恋愛に発展したのだが、実のところは英介は別の道に進むつもりだったのが、杏子に惚れて教師に進路を変更したのだった。ただ、恋人とかましてや結婚など夢のまた夢で、せめて一緒に仕事ができればと思っていただけだった。
だが、再会した杏子が長年付き合った彼氏と別れたと聞いて、英介はこの機会を逃すまいと必死に頑張った。
「あのわんこみたいな瞳が計算だったなんて、よもや思わなかったよ。ま、数学教師なんだから、計算は得意なんだろうけど」
それでも、こんな私を得るための計算なんだから許すと、杏子は赤い顔をして言った。この妻をしてこの夫ありというところかと加奈子は思った。
「ああ、それからお父さんお母さんのこと看てくれてありがとう。骨折したときも、ちっともこっちに来れなくてごめんね」
兄の話が一段落して、加奈子はそう言って改めて杏子に頭を下げた。
「いいよ、そんなの気にしなくて。加奈ちゃんはお店があるから仕方ないよ」
杏子はそれに手を振りながらそう返した。
「だって私、子供たちが小さいときには不義理のしっぱなしだったから、遅ればせながらの親孝行。って、自己満足だけどね」
と言う。
「そんなことないわよ。フルタイムで仕事して子育てしてたら、余分な時間なんてないもんね」
もし、あの頃から今のように店をしていたら、自分もこの地にいてもほとんど自分から親元を訪ねることはないのではないだろうか。
「あの頃ね、実のところ加奈ちゃんにコンプレックス感じてたんだ」
すると杏子はそう言う。その言葉に加奈子は自分の耳を疑った。
「ウソ」
コンプレックスを感じるのなら、いきいきと仕事と家事を両立している杏子ではなく、のほほんと専業主婦でいた自分の方だろう。
「私なんか、全部親がかりだったわ。堂々のパラサイトツインよ」
家族ぐるみで実家に寄生していたからパラサイトファミリーと言うべきか。
「そんなこと言ったら私も同じ。それが小橋か間宮かの違いだけだよ。私の方が加奈ちゃんより9つも上なのにね。なのに、何もできないったらありゃしない」
杏子はそう言ってため息をつく。
「だけど、子供の歳はさしてかわらないじゃない」
だが、加奈子がそう言うと、杏子は膝を打って身を乗り出した。
「そうそう、それ! 成実の中学の事で悩んでたとき、お義母さんにもそれ言われたの。何でも巧くやろうと思わなくて良いって。『杏ちゃんあなた、今までに別の人と結婚生活したり、子供がいたりした訳じゃないでしょ。じゃぁ、いくつだって、初心者よ。初めての事を巧くできる方が珍しいんじゃない』って。
目から鱗が落ちちゃった。私何でそんな細かいことに拘ってたんだろうなって」
三十路を過ぎての4歳年下の英介との結婚。しかも教師という聖職に就いている杏子にとって、長男の嫁という立場は周囲が考えている以上にプレッシャーだったのかも知れない。
こんな事もできないのか、こんな事も知らないのかと言われそうでつい遠のいてしまう夫の実家。加奈子自身にも身に覚えのある話だ。寂しがり屋の瞳(まなこ)が足重く実家に通ってくれなければ、きっともっと疎遠であったろう。あの子は意図してそれをしていた訳ではないだろうが、結果的に瞳のおかげで今のつきあいがあると言っても過言ではない。
ただ、そういうコンプレックスが自分だけではなく、仕事も家事も子育てもマルチにこなしている義姉にもあったのが驚きだった。
「一緒だよ。誰だって同じ。スーパーマン? ウーマンか、じゃないんだからさ」
加奈子が率直にそう言うと、杏子は照れながらそう答えた。
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