Body Language

神山 備

文字の大きさ
16 / 25

ガールズトーク

しおりを挟む
「で、兄さんはそんな傷心の杏子さんにつけ込んだ訳だ」
加奈子がそう言うと、
「つけ込むって、また。そりゃ確かに、次付き合うとしたら教師かなとは思ったけど。それより、一生一人でいるだろうって思ってたよ」 
と、杏子は苦笑する。
「英介君って、実は私の教え子なの」
続いてそう言う杏子に加奈子は首を傾げる。4つしか違わない英介がどうやったら杏子の授業を受けることができるのだろう。そしてその様子を見た杏子の口から程なく種明かしがされる。
「教育実習よ。私は英介君の高校の先輩でもあるのよ。
赴任早々、『お久しぶりです、小橋です』と言われても、全然覚えてなかったんだけどね」
まぁ、表情の乏しい理系男子だったから、短い期間では英介が杏子の印象に残らなかったのは加奈子でも容易に想像できる。
 それでも同じ高校の同窓生同士、4年のブランクで教わった教師たちは若干異動しているものの、周囲のことなど話は弾んで、英介は杏子のことを『間宮(杏子の旧姓)』先輩と言って慕うようになる。
 その強面に似合わない子犬のような態度がいつしか杏子の心を溶かしていってついには恋愛に発展したのだが、実のところは英介は別の道に進むつもりだったのが、杏子に惚れて教師に進路を変更したのだった。ただ、恋人とかましてや結婚など夢のまた夢で、せめて一緒に仕事ができればと思っていただけだった。
 だが、再会した杏子が長年付き合った彼氏と別れたと聞いて、英介はこの機会を逃すまいと必死に頑張った。
「あのわんこみたいな瞳が計算だったなんて、よもや思わなかったよ。ま、数学教師なんだから、計算は得意なんだろうけど」
それでも、こんな私を得るための計算なんだから許すと、杏子は赤い顔をして言った。この妻をしてこの夫ありというところかと加奈子は思った。

「ああ、それからお父さんお母さんのこと看てくれてありがとう。骨折したときも、ちっともこっちに来れなくてごめんね」
 兄の話が一段落して、加奈子はそう言って改めて杏子に頭を下げた。
「いいよ、そんなの気にしなくて。加奈ちゃんはお店があるから仕方ないよ」
杏子はそれに手を振りながらそう返した。
「だって私、子供たちが小さいときには不義理のしっぱなしだったから、遅ればせながらの親孝行。って、自己満足だけどね」
と言う。
「そんなことないわよ。フルタイムで仕事して子育てしてたら、余分な時間なんてないもんね」
もし、あの頃から今のように店をしていたら、自分もこの地にいてもほとんど自分から親元を訪ねることはないのではないだろうか。
「あの頃ね、実のところ加奈ちゃんにコンプレックス感じてたんだ」
すると杏子はそう言う。その言葉に加奈子は自分の耳を疑った。
「ウソ」
コンプレックスを感じるのなら、いきいきと仕事と家事を両立している杏子ではなく、のほほんと専業主婦でいた自分の方だろう。
「私なんか、全部親がかりだったわ。堂々のパラサイトツインよ」
家族ぐるみで実家に寄生していたからパラサイトファミリーと言うべきか。
「そんなこと言ったら私も同じ。それが小橋か間宮かの違いだけだよ。私の方が加奈ちゃんより9つも上なのにね。なのに、何もできないったらありゃしない」
杏子はそう言ってため息をつく。
「だけど、子供の歳はさしてかわらないじゃない」
だが、加奈子がそう言うと、杏子は膝を打って身を乗り出した。
「そうそう、それ! 成実の中学の事で悩んでたとき、お義母さんにもそれ言われたの。何でも巧くやろうと思わなくて良いって。『杏ちゃんあなた、今までに別の人と結婚生活したり、子供がいたりした訳じゃないでしょ。じゃぁ、いくつだって、初心者よ。初めての事を巧くできる方が珍しいんじゃない』って。
目から鱗が落ちちゃった。私何でそんな細かいことに拘ってたんだろうなって」
 三十路を過ぎての4歳年下の英介との結婚。しかも教師という聖職に就いている杏子にとって、長男の嫁という立場は周囲が考えている以上にプレッシャーだったのかも知れない。
 こんな事もできないのか、こんな事も知らないのかと言われそうでつい遠のいてしまう夫の実家。加奈子自身にも身に覚えのある話だ。寂しがり屋の瞳(まなこ)が足重く実家に通ってくれなければ、きっともっと疎遠であったろう。あの子は意図してそれをしていた訳ではないだろうが、結果的に瞳のおかげで今のつきあいがあると言っても過言ではない。
 ただ、そういうコンプレックスが自分だけではなく、仕事も家事も子育てもマルチにこなしている義姉にもあったのが驚きだった。
「一緒だよ。誰だって同じ。スーパーマン? ウーマンか、じゃないんだからさ」
加奈子が率直にそう言うと、杏子は照れながらそう答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...