Body Language

神山 備

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番外:祈り

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 -あれから5年-

 その日、ランチタイムが終わったすぐ後、板倉家の電話が鳴った。
「はい、板倉です」
「もしもし加奈子さん? 私、明日香です」
電話の主は未来の妹明日香だった。あの時、高価な祝いの品を送ってきた青年結城秀一郎と、一昨年結婚したと加奈子は聞いている。明日香は明らかに涙声だ。加奈子はひどく悪い胸騒ぎがした。未来が事故にでも遭ったのだろうか。
「明日香ちゃん、なんか用?」
と恐る恐る聞き返す。
「すいません、そっちにお姉ちゃん行ってないですか?」
すると、明日香はそう言った。
「未来ちゃん、またいなくなったの?」
「はい」
「達也くんとほのかちゃんは?」
「お姉ちゃん一人です。今、子供たちを頼むと私にメールがあって……」
その後の声は涙でかすれて聞こえない。
どうやら未来は子供たちを置いて一人で出たようだ。
「何か……あったの?」
たった、3日前に電話してきた未来には家出をするようなそぶりは何もなかったのだがと、加奈子は首を傾げる。陸が自分をお袋と呼んでいることを知って驚いていたから、
「覚悟しなさい、未来ちゃんもすぐにそういう風に呼ばれるようになるんだから。
それにね、この前陸が本命の彼女を連れてきたの。私もその内おばあちゃんよ」
彼女にそう言って『脅し』をかけ、彼女もそれを笑って聞いていた、なのに。
もしかして、父親が子供たちの存在を嗅ぎつけたのだろうか。それならば、未来は子供と共に逃げるはずだ。

「私が悪いんです……私がお姉ちゃんにたっくんとほのちゃんの認知をしたいって言ったから」
すると、涙で声を詰まらせながらも、明日香はそう続けた。
「認知?」
と思わず聞き返した加奈子に明日香は驚くべき真実を告げた。

 未来は加奈子に子供たちの父親は当時の未来の上司だと説明していたが、それは偽りで、本当の父親は明日香の夫秀一郎だったのだ。あの時、祝いの品が法外な値段だったのは、自分の子供だという気持ちの表れだったのだろうと加奈子は思った。
 秀一郎は出会った頃から未来が好きで、当時の未来の恋人、広波克也の二股を知り、
『そんな奴より俺を選べ』
と、酔った勢いで強引に関係を持った。そのたった一度の行為が未来を身ごもらせたのだ。
 実のところ、未来の方も秀一郎に惹かれてはいた。だが、自分は彼より5歳年上だし、あの時点では僅かでも克也が父親である可能性は捨てきれなかった。
 しかも、秀一郎は大企業の御曹司で、父の腹違いの兄弟としのぎを削っている状態。小さなことが秀一郎の今後の致命傷になるかもしれないと未来は考えた。
 さらには彼は明日香のの想い人であった。他人なら押し退けられたのだろうが、愛する妹とは張り合いたくはない。いろいろなことが重なり結局、未来は自ら身を引いてしまう。自分たちにはこの子供たちがいればそれで良いと。彼らは彼らでまた子供が産まれるだろうと。
 しかし、その明日香が、病気で卵巣を一つ失って、子供を望むのが非常に難しい状態になってしまったのだ。明日香は、無理して自分の子供を儲けることをせず、既にいる秀一郎の双子を認知したいと未来に申し出た。

 そして、家出がその明日香への認知の返事だった。彼女は子供の親権放棄と秀一郎と明日香との特別養子の手続きを整えてどこかに出奔したという。
「明日香ちゃん、残念だけど私も未来ちゃんの居所は知らないわ。だけど、待ってあげて。未来ちゃんはきっと生きているから。何年経っても、絶対にあなたたちのところに帰ってくるわ」
加奈子はそう言って電話を切った。本当に戻ってくる確証なんて何もなかった。ただ、加奈子自身がそう望んでいるだけだ。

(未来ちゃん、どうか生きているなら、どうかそれだけでも知らせて)
加奈子もそう祈るしかなかった。

 そして半年後、板倉家に差出人のないエアメールが届いた。怪しいこときわまりない限りだが、その丸くきれいな文字に加奈子は躊躇なくその手紙を開封した。
 中には、白く雪を冠した山々の写真と一枚の便せん。そこにはたった一言だけ、
『元気です』
と書かれていた。これは未来からの手紙だと、加奈子は直感的に思った。
「未来ちゃん、知らせてくれてありがとう」
加奈子はそう小声でつぶやくと、その手紙を誰にも見せることなく引き出しの奥深くにしまったのだった。  
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